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青森ねぶた祭で暴力行為 制作したねぶた師の思い

執筆者早瀬翔(記者)
2023年09月08日 (金)

青森ねぶた祭で暴力行為 制作したねぶた師の思い

東北を代表する夏祭り、青森ねぶた祭はことし4年ぶりに新型コロナ前の運用に戻して行われた。

「青森の夏が帰ってくる」

ねぶた祭の関係者に取材をする中で、誰もが目を輝かせて話していたのが印象的だ。しかし、この祭の夜間の運行最終日の8月6日。

「青森ねぶた祭」で大型ねぶたを運行する団体の1つ、「青森青年会議所」でねぶたの運行担当者が曳き手をたたくなどの暴力行為が行われていた。

その瞬間は、動画で撮影され、SNSで拡散された。
この問題を受けて、青森青年会議所は臨時の会議を開き、来年の青森ねぶた祭への参加自粛を決めた。

中止や制限付きの開催で翻弄されてきたねぶた師や団体の取材など、青森ねぶた祭の取材を4年続けてきた私が参加自粛の取材をしながら考えたのは、この団体の制作を手がけてきたねぶた師はいま、どう感じているのかだった。

“祭で暴力” 街の人は

青森ねぶた祭で起きた暴力行為

青森の誇る青森ねぶた祭で起きた暴力行為について、街の人はどう思っているか。まずは話を聞いてみることにした。

「暴力はよくない」

「伝統的な、すてきな祭だからそういうのがなくなって、今後よい形で継承していったらいい」

「(ねぶた師が)気の毒な感じがする。一部の人のおかげで」

当然ながら、いずれも暴力行為はあってはならないという意見だった。
また、参加自粛で制作を請け負うねぶた師や団体に所属する囃子方と呼ばれる笛などで祭りばやしを奏でる人たちのことを心配する声もあった。

制作したねぶた師は

団体が祭の参加中止を決めた直後に、私は制作を手がけたねぶた師の立田さんに電話をした。
団体が不参加となれば、ねぶた師にとって生きがいとも言える、ねぶた制作、そして披露する場を失うからだ。
いつもより暗い声で電話に出た立田さんは、取材を受けてくれることになった。

立田龍宝さん

取材に行ったのは、ねぶた祭が終わったとは思えないほど暑さが厳しい日だった。
青森ねぶた祭が終わってから3週間ほどがたち、片付けに追われていた立田さんだが、やはりその表情はどこかすぐれなかった。

立田さんは10年前にねぶた師としてデビュー。
そのときから手がけてきたのが青森青年会議所のねぶただっただけに、思い入れも深いという。

立田龍宝さん
「ねぶたの中で暴力というのはあり得ない話しですね。絶対許されないですね。自分のねぶたの下でそのようなことが行われていたというのは、ショックでは片付けきれない」

怒りを押し殺したような表情に、涙を浮かべて話す立田さん。
立田さんが憤る背景には、ことしの作品に込めた特別な思いがあった。

特別な題材「返して」

「国性爺合戦」

立田さんがことし選んだ題材は、歌舞伎の演目の1つ、「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」だ。
立田さんは、5歳の時に見たこの作品がきっかけでねぶた師の道を歩むことに。このねぶたを手がけた内山龍星さんに弟子入りして、腕を磨いてきた。

「国性爺合戦」

立田さんは「夢を与えてもらったねぶた」と構想に何年もかけてきた大切な題材だと5月の小屋入りの取材の時に教えてくれた。
デビューして10年の節目に、原点とも言えるこの題材に挑戦することを決めた。

制作中の立田さん

順調に制作が進み、手がけたねぶたを運行団体に引き渡す台上げの日。
多くの団体関係者も参加して、台車に大型のねぶたが載せられていく。
勇壮なねぶたがその姿を現した。

台上げの様子

「いろんなねぶたを見ても5歳の時に見た『国性爺合戦』が全ての土台なんですよね。ずっとあっためてきたものでもあるし、挑戦しないといけないとも思っていたし、大事な題材なねぶたですね」

立田さんも納得のいく仕上がりといった表情で、祭本番を心待ちにしていた。
しかし、祭が最も盛り上がる8月6日。
立田さんの手がけたねぶたの真下で、暴力行為が行われていた。

立田龍宝さん

「1年以上かけて作られた「国性爺合戦」のねぶたが、なんか一気に傷つけられたというか。思い入れのあったねぶた、題材がすべて水の泡になってしまった。あのねぶたを返して欲しいですね」

立田さんのもとに届く心ないメッセージ

失意のどん底にある立田さんに、さらに追い打ちをかける出来事があった。

立田さんのホームページを通して投稿されたコメント

立田さんのホームページを通して投稿されたコメントだ。

「暴力行為 あってはならない行為」
「青森青年会議所のねぶたを見る気にはなれない」

立田さんはねぶたを制作しただけで、運行には関わっていない。
それでも、立田さんのもとにも非難するコメントが来ていたのだ。

立田龍宝さん

「一生懸命ねぶたを作ってきて馬鹿見たなという思いはありますよね。『私じゃないのにな』と思いながらも。ねぶたの作品には罪はないし。なにをどういう言葉でどういう思いで整理しようとしても、ちょっと時間がかかりそうな感じですね」

自分のつくったねぶたの下で暴力が振るわれていた悲しさや、年に1度だけの大型ねぶたを披露する機会がひとつ失われる悔しさなどもあり、言葉にならない様子の立田さん。取材を続けてきた私も、かける言葉が見つからなかった。

ねぶた師は前を向く

ねぶた

今回のテレビでの放送のあと、新幹線で東京に出張に向かう途中、立田さんから1通のメールがあった。メールには、放送を見た人たちから立田さんに激励のメッセージが来たことが書かれていた。

「あなたの作品は素晴らしいです!世界に誇れるねぶた師の1人です!」
「応援している人はたくさんいます、前を向いて頑張って欲しいです」
「負けないで、どうかねぶたを作り続けてください」

立田さんからのメールは「一歩ずつ進んでいける日になりました。前を向いていきます」と締めくくられていた。
今回の放送を通して、立田さんに寄せられていた心ない言葉が、エールに変わったことを思うと、取材者としてこれほどうれしいことはなかった。

団体には真摯な対応が求められる

これまで、青森ねぶた祭を取材してきたが、2年連続の中止、新型コロナによる密回避のための制限付きの開催となった去年をへて、ことしは4年ぶりの通常開催で、「よし、ここからだ」と関係者やねぶた師など、多くの人が意気込んでいた。
今回の暴力行為は、祭に向けて熱意を持って取り組んできた、わずか6日間しか行われない「短い青森の夏」を取り戻すために努力してきた多くの人の思いに水を差す結果になったと思う。
来年の青森ねぶた祭は、少なくとも1台減っての運行が決まった。
青森青年会議所は自粛する1年を運行などを見直す時間にしたいとしているので、団体としてどう信頼を回復していくか見ていきたいと思う。

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