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復旧か廃線か 揺れる津軽線

執筆者早瀬翔(記者)
2023年08月31日 (木)

復旧か廃線か 揺れる津軽線

龍飛崎のある津軽半島を走るJR津軽線。
去年8月の大雨で一部区間が被害を受けたローカル線を巡って、存廃議論が持ち上がっている。
鉄路の維持か、自動車交通への転換か。
路線の現状と議論の行方を取材した。
(※取材内容は8月10日放送時点のものです)。

1年以上も一部不通が続く津軽線

津軽線

JR津軽線は青森駅から外ヶ浜町の蟹田駅を経て、三厩駅に至る、55キロあまりの在来線だ。終着駅の三厩駅からおよそ15キロのところには、歌謡曲「津軽海峡・冬景色」に登場する「龍飛崎」がある。

この路線は、去年8月青森県を襲った大雨の影響で、盛り土が崩れるなどの 被害を受けた。

この路線は、去年8月青森県を襲った大雨の影響で、盛り土が崩れるなどの被害を受け、蟹田駅と三厩駅の間で今も不通となっている。

復旧に6億円 自動車転換を提案

JR東日本会議の様子

災害から1年以上が経過しているがいまも復旧工事が行われていない。
それには、JR東日本が打ち出した「ある提案」が関係している。
提案とは、「乗り合いタクシーなどの自動車交通への転換」だ。

これまでの経緯をまとめてみた。

去年12月、JR東日本盛岡支社の現地調査などの結果、復旧するための工事費用は最低6億円かかるという見込みを明らかにした。

その上で「利用状況はかなり厳しく1日の利用者は100人程度で、仮に復旧をしても、鉄道の特性である大量輸送メリット発揮が困難な状況と考えている」と今後の交通体系のあり方について、自治体などと検討する会議を立ち上げる考えを示した。

そして、ことし1月から6月までの間にJR東日本側と沿線自治体などがこの地域の交通体系のあり方を検討する会議があわせて5回開かれた。
この中でJRは、BRTと呼ばれる方式や上下分離方式への転換など先行事例を含めた20以上の検討案などを示した上で、鉄道の復旧ではなく乗り合いタクシーなどの自動車交通への転換を提案。

これに対して沿線自治体側は「JRが全額負担で復旧すべき」などと主張して、会議での話し合いは平行線をたどるようになっていたのだ。

利用者少ない津軽線の現状は?

早瀬記者

復旧工事が行われていないため、津軽線の不通区間についてJRは代行輸送としてバスや乗り合いタクシーを運行している。
代行輸送ではあるものの、いまの利用状況はどうなっているのか。
私は、その状況を実際に津軽線や代行輸送を利用して探ることにした。

取材を行ったのは、8月4日。
県内には多くの観光客が訪れている青森ねぶた祭期間中の平日だ。
まずは青森駅から平常運転されている蟹田駅までは鉄道で向かう。
青森駅で電車に乗ってまず感じたのは、高校生の多さだ。
沿線には、青森北高校もあり、朝夕も高校生の利用者が多い路線となっている。
この日も、夏休みでも部活に向かう生徒30人ほどが乗り、2両編成の座席が大体埋まっていた。

蟹田駅

高校生たちが下りたのは、高校の最寄り駅、青森駅の次の油川駅。
一気に乗客は減り、7人になった。
残る乗客は、観光客と地元の人たちのようで、中には、蟹田駅に着くなり、「ニューヨークとローマを結ぶ町 かにた」と書かれた駅標を撮影している人もいた。

乗り合いタクシーに乗る

さて、蟹田駅から三厩駅までは、不通区間となっている。
今回は、乗り合いタクシーに乗り換えて、先を目指すことにした。

乗り合いタクシーのルート

この乗り合いタクシーは、JRなどが大雨被害が出る前から、この地域の交通利便性の調査などのために実証実験していたもので、被災後は代行輸送の1つと位置づけられている。

沿線とその周辺のどこでも乗り降りできる予約制の便と、鉄道同様に予約なしでも乗れる定時便の2種類がいま、運行されている。

私が利用したのは「定時便」で、すべての鉄道駅と、龍飛崎など周辺の観光地が停留所として設定されていて、バスのようなシステムになっています。

乗客を探すタクシーの運転手

車両はワンボックスタイプの車で、蟹田駅から乗ったのは、私のほかは、大阪から来たという高校生の1人だけ。

このほか津軽二股駅に隣接する新幹線の「奥津軽いまべつ駅」から利用した2人を含めてあわせて3人。いずれも観光客だった。

「旅は道連れ世は情け」、利用客に話を聞いてみると、快く答えてくれた。

タクシーの利用者

「三厩までの津軽線もすごいロマンもあふれる路線だと思うし、できれば残って欲しい一方で、厳しいかなというところもあると思うし、ただこういう代替の乗り物があればこのあたりの観光という面ではすごく良いかな」

タクシーの利用者

「電車で行けた方が便利だとは思うが、会社側の立場で考えるとずっと赤字続きで頭を抱えている部分ではあると思います」

龍飛崎

この乗り合いタクシーの終着地となっている龍飛崎。
ここまで利用した人は、1人。一方、岬には多くの観光客が訪れていた。
駐車場に止まっている車はほとんどがレンタカーと県外ナンバー。
ほとんどの人が自動車を利用しているのが現状なのだろう。

戻る道すがら、津軽線が地域にとって、どれくらい必要なのか、住民に話を聞いてみた。

住民

「あったほうがいいな。廃止にしてしまえばまた大変だよ」

住民

「津軽線復旧にはすごいお金かかるでしょ。(乗り合い)タクシーが色々やっているから、私はこれで十二分だと思う」

住民

「寂しいし、不便だと思うよ。でも人口少ないからなくなると思う」

JRはなぜ自動車転換を提案?

JR東日本盛岡支社

鉄道の復旧ではなく乗り合いタクシーなど自動車交通への転換について提案しているJR東日本盛岡支社。
そもそも、JRは災害を受けたから津軽線の存廃議論に踏み込んだわけではなく、「大量輸送」という鉄道の特性が発揮できていない状況があり、乗り合いタクシーの実証実験などを行い、地域に適した交通体系を検討したとしている。

というのも、JR津軽線は厳しい利用状況が続いていたからだ。
地方鉄道をめぐっては去年7月に、国土交通省の検討会が「輸送密度」が1000人未満の区間などを対象に、バス路線などへの転換も含め、協議を進めるべきとする提言をまとめていて、その直後、JR東日本は地方路線のうち、利用者が特に少ない66の区間について収支の状況を初めて公表した。

100円稼ぐのに8000円以上

営業係数

津軽線は被災前の2021年度の不通区間を含む中小国ー三厩間の「輸送密度」は97人と、100人を下回っていて、30年前と比べると7割以上も減少している。
また、100円の運賃収入を得るためにいくらの費用がかかるかを示す「営業係数」も、この区間では、8582円となり、県内の路線で最も採算が悪い結果となっている。

今回、取材に応じたJR東日本盛岡支社の久保公人支社長は、自動車を持つ人が増えたり、地域の人口が減り続けたりするなかで、自動車交通の方が公共交通としての役割を果たせるという考えを改めて示している。

久保公人支社長

久保公人 支社長
「鉄道という輸送手段がいまの現状に合っていないのではないか。自動車ぐらいのキャパシティーのものを有効に使っていくことによって、より公共交通として役割を果たしていけるのではないか。むしろ鉄道よりも自動車のほうが、このエリアに交通の網の目をより細かく行き届かせることができる。津軽線をやめるやめないではなくて、このエリアをどうやったらより活性化できるかっていうような観点で、私たちも考えていきたい」

地域の現状と町長の意見は?

一方の沿線自治体。
蟹田駅と三厩駅の間のある外ヶ浜町と今別町の町長に今回、単独インタビューで今の考えを語ってもらった。
実は、これまでの検討会議では、2つの町の総務課長が会議に参加して町の考えを示してきていたが、町のトップである町長の考えははっきりと明らかになっていなかったためだ。

このうち、外ヶ浜町の山崎結子町長は、町や住民にメリットが大きい場合は、鉄道の存続に必ずしもこだわらない考えを初めて示した。

山崎結子町長

山崎結子 町長
「JRさんは撤退したいっていうのは民間の企業として正しい判断だと思います。地域の交通は大事なインフラなので、住民が不便にならず、値段が高くならず、時間かからない方法であれば前向きに検討したい。今の若い子たちは50年もここの地域で生きて暮らしていく可能性が高いわけじゃないですか。その50年後に、町として今の若い子たちに負担をかけないって言うのを、将来に責任を持って考えなきゃいけないと思いますし、持続可能じゃないといけない」

今別町の阿部義治町長は、鉄路の復旧してから、存廃を巡る協議を慎重に進めるべきと主張した。

阿部義治町長

阿部義治 町長
「津軽線をもう一度去年の8月3日(被災前の状態)に戻して津軽線を走らせることが先決。これから4、5年かけて津軽線のあり方というものを代替交通も含めて話をしていくことが自然だ」

その一方で、阿部町長は近く町民全世帯を対象にアンケートを行って、住民のいまの意見を聞く考えも示した。

この地域の交通の未来とは

2つの町の町長で、意見が分かれる形となっている現状の津軽線。
今後、JR東日本盛岡支社、沿線自治体、さらには県で話し合いが行われるが、どんな議論が必要となっていくのか。

地域振興に詳しい青森大学の櫛引素夫教授は次のように指摘している。

櫛引素夫 教授

櫛引素夫 教授
「鉄道を残すか残さないか、バスや乗り合いタクシーに転換するかしないかというのはあくまでも手段の話であって、目的は持続可能な地域作りである。仮にバスタクシーに転換しても、みんな利用せずに、マイカーかレンタカーでしか動きませんとか。鉄道が残ったのに結局これまで通りで人が乗ってくれませんとか。自分たちが守らないといけないものは何かそこをきちんと議論しておくべきだ」

特に高齢化率や人口減少率が高い、外ヶ浜町と今別町。
櫛引教授の指摘するように、仮に鉄道を残したとしても、いまのままでは地域にとって苦しい状況は変わらないだろう。

津軽線

人口減少が進む中で、この地域の暮らしをどう守っていくのか。
議論を深めれば、持続可能な地域作りの解決策が見いだせる可能性もある。
また、同じような課題のあるほかの地域にもヒントにもなる。
今後も議論の行方を丁寧に見つめていきたい。

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