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青森ミライラボ#003 青森りんごに迫る"温暖化"の影響

執筆者吉永智哉(記者)
2021年12月22日 (水)

青森ミライラボ#003 青森りんごに迫る"温暖化"の影響

青森県が直面する課題や解決のためのヒントについてシリーズでお伝えする「青森の未来を考える研究室=青森ミライラボ」。
これまで2回は人口減少と移住政策についてお伝えしてきましたが、今回は青森が誇るりんご産業への温暖化の影響についてお伝えします。

私は以前、三沢支局で勤務していたことがあり、2020年に7年ぶりに青森に戻ってきました。
青森の夏は涼しかったと記憶していたのですが、昨今はなんだか暑くなっているような気がしていました。実際の観測でも、この100年間、青森は少しずつ暖かくなっているということです。

そんな時、今世紀末にかけての気温の変化について気象庁が予測していることを知り、その資料を見て、私は大きな衝撃を受けました…。

“青森の平均気温が4.7度上昇” 今の東京並みに!?

青森県の21世紀末の気温予測(気象庁)

気象庁が公表しているのは「二酸化炭素などの削減が進まず、地球温暖化が最も進行した場合」の予測です。この予測では、青森の年間の平均気温は、今世紀末までの100年間で、なんと4.7度も上昇するというのです。平均気温がこれだけ上昇すると、現在の東京の平均気温と同じぐらいになります。

さらに、最高気温30度以上の「真夏日」は約36日増え、逆に最低気温が0度未満の「冬日」は、77日減るといいます。“ねぶた祭が終わればもう秋”なんて言われる青森でこんなに猛暑が!?想像が追いつかないレベルです。

もし本当にそんなことになってしまったら、涼しい気候を活かして生産され、青森が日本一の産地として知られるりんごにはどのような影響を及ぼすのか?取材をしていく中で、弘前大学などの研究者が、青森県産りんごへの温暖化の影響を調べる実験を続けていることがわかりました。この研究では、まさに私が知りたいと思っていたことが明らかになります。

その前に、県産りんごの主な品種の収穫時期について少し説明をしておきます。

りんごの収穫時期

りんごの品種のなかで、一番収穫時期が早いのは、9月頃までに収穫される「つがる」などの早生(わせ)品種です。
その後、10月上旬からは「ジョナゴールド」などが収穫され、最も遅い10月下旬から11月に収穫されるのは主力品種の「ふじ」などです。

実験 気温を3度高くしたら青森りんごは…?

弘前大学 藤崎農場

さて、温暖化が県産りんごに及ぼす影響を調べる研究に話を戻したいと思います。実験が行われているのは「ふじ」の生まれ故郷、藤崎町。

町にある弘前大学の研究農場では、実験のために実際にりんごを育てています。研究グループの代表を務める弘前大学農学生命科学部の伊藤大雄教授に農場を案内してもらいました。

弘前大学 伊藤大雄教授

弘前大学 伊藤大雄教授
「同じ場所で同一の土、降水量、日射量で、りんごを栽培し気温だけ高くしたらどうなるかを確かめたい」

この実験では、りんごを植えた隣り合う3つの区画ごとに栽培の条件を変えています。

3つの区画ごとに栽培の条件を変えている

1つ目の区画は、いまの気温のままです。
2つ目の区画は、外の気温よりも3度高くしてあります。
3つ目の区画は、気温が3度高いうえ、二酸化炭素の濃度も高くなっています。

それぞれの区画には、主に「つがる」と「ふじ」が植えられていて、研究グループは収穫した実などの分析を進めています。
実験は来年度まで行われるため、まだ途中の段階ですが、この3年間に集まったデータからは、温暖化がりんごに及ぼす影響が浮き彫りになってきています。

「ふじ」の実験結果

まず、県産りんごの出荷量の約半分を占める「ふじ」は甘さを示す「糖度」が若干高まる傾向がある一方、味のさわやかさを表す「酸度」や歯ごたえのよさを示す「硬度」は下がる傾向です。

県産の「ふじ」は酸味と甘みのバランスが特徴とされていますが、収穫直後はこれまでと食味が変わる可能性のあることがわかってきているのです。

ふじ

また、収穫量は、気温だけ高くした場合は、若干減る傾向がある一方、気温と二酸化炭素の濃度、両方を高くした場合は増える傾向にあります。

弘前大学 伊藤大雄教授
「酸度が落ちるとりんごの特徴である爽やかさがなくなるかもしれない。“ふじ”の場合は、収穫直後の味が好まれるので酸度はそんなに落ちない方がいいと思う」

「つがる」の実験結果

一方「つがる」には、目に見える形で影響が出る可能性があります。
実験では、温暖化が進んだ条件で栽培すると、いまの気候に比べて赤さを示す指数が3割ほど悪化しました。
売れ行きを左右するとも言われる実の赤さ、色づきが悪くなっているのです。

売れ行きを左右するとも言われる実の赤さ、色づきが悪くなっているのです。

「つがる」は気温が下がることで色づきが進みます。

伊藤教授は、温暖化の影響で厳しい残暑となる年が増えれば収穫時期が早い「つがる」への影響は大きくなると考えています。

弘前大学 伊藤大雄教授
「色づくにはすこし涼しくなる必要があるが、いまでも9月はあまり涼しくないので着色があまりよくない。『つがる』は硬度、酸度も下がるうえ、収穫量も上がらず、色づきも悪い。温暖化すると『つがる』にとっていいことはない」

りんごの収穫時期

さらに収穫時期にも影響が出ると分析されています。
気温が高くなると、早生の「つがる」は早く熟すようになるため収穫時期が早くなる傾向があります。一方、理由については詳しい分析が進められていますが、秋の終わりごろにかけて収穫される「ふじ」は、気温の上昇でさらに収穫時期が遅くなる傾向が見られています。

伊藤教授は今後、ある程度温暖化が進行することは避けられないとして、備えが必要だと指摘します。

弘前大学 伊藤大雄教授
「どんな影響が出るかわかったところで それが耐えられる変化なのか、耐えられない変化なのかよく考えて今から対策をしていかないといけない。青森でりんごが栽培できなくなるわけではないので、冷静に新品種の開発や別の果物への転換などを考えていく必要があると思う」

研究グループのメンバーは、今後、さらにデータを蓄積して研究結果を論文などで発表することにしているそうです。

暑い夏でも色づく新品種!

伊藤教授が指摘していた温暖化に対応するりんごの新品種。
調べてみると、各地で開発が進められていました。
青森でも開発された品種があると聞き、さっそく取材に向かいました。

温暖化で色づきが悪くなると考えられる「つがる」に代わる新たな品種を開発したのは「青森県産業技術センターりんご研究所」です。

青森県産業技術センターりんご研究所

実は「つがる」が生み出されたのもここなんです。
この研究所が30年の歳月をかけて開発し、そして3年前に品種登録をしたのが「紅はつみ」です。

紅はつみ

「気温が高くなっても色づきがいいというのが最大の特徴」というこの「紅はつみ」。研究のため冷蔵庫で貯蔵されていた実を見せてもらいましたが、確かに赤くきれいに色づいています。研究用ということで食べて味を確かめることはできませんでしたが、「つがる」より少し酸味があり、濃厚な味を感じられるということです。

まだ、広く流通するほど生産はされていませんが、県内の農家に苗木が販売されているということです。
今後、店頭で見かけたら、ぜひ買って食べてみようと思っています。

さらに「紅はつみ」は、木になっている実が落ちにくいため、栽培にかかる手間が少なくて済み、研究所は「紅はつみ」がさらに普及していくのではないかと期待しています。

りんご研究所 品種開発部 後藤聡部長

りんご研究所 品種開発部 後藤聡部長
「最近暑くて『つがる』の色づきが悪くなってきている。“品種に勝る技術なし”と言われているが新品種を開発して対応することが一番いい方法なんじゃないかと思う」。

“津軽の桃”で挑む

一方で、温暖化の進行を見据えて「つがる」から別の果物の栽培に切り替える農家も出てきています。
平川市で5代続くりんご農家 小野友之さんは「つがる」の栽培をほとんどやめて、「桃」の生産を始めています。
私が畑を訪れた10月下旬は「桃」の収穫は終わっていましたが、赤く色づいているりんご畑の一角が、収穫が終わって青々とした葉が生い茂る桃畑になっていました。

りんごから桃へ

「桃」は、青森より南の比較的暖かい地域が主な産地。小野さんは福島の農家から技術的な指導を受けるなどして、桃栽培を拡大してきたといいます。

りんご農家 小野友之さん

りんご農家 小野友之さん
「りんごの栽培技術があれば、桃栽培はそれほど難しくない。『つがる』といった早生のりんごは『桃』に切り替えて、秋が深まる時期は引き続きりんごの『ふじ』を出荷するイメージです」

小野さんは「桃」の生産量を年々増やしていて、ことしは4トンを収穫。同じ地域では約90人が栽培に取り組むようになっています。
福島や山梨など、ほかの産地の収穫のピークより遅く出荷できるため、価格も下がらないということです。
小野さんたちの農協では「津軽の桃」としてブランド化を進めています。

津軽の桃

りんご農家 小野友之さん
「りんごだと寒暖の差で色が付くけど、『桃』だと暑い方がいい品質の実ができる。暖かくなってきたことで、だんだん青森県で『桃』が作りやすくなってきている」

青森のりんごにも押し寄せる温暖化の影響。
対応が始まっていることには少しほっとしましたが、担い手不足が進むなどりんご産業を取り巻く状況は決してよくはありません。
温暖化が進む中でもりんご栽培を続けていくためにはどうすればいいのか、私たち県民も考えていく必要があると感じています。

取材後記

今回の取材で私が一番驚いたのは、りんごの新品種の開発にかかる時間の長さです。品種改良のための交配から登録までおよそ30年。
取材で話を聞いた「りんご研究所」の後藤部長も、1つの品種の開発について、研究員が交配から品種登録までを見届けられるのは“まれ”だと話していました。交配して生まれた木の中から、よりよいものを選りすぐり、試験栽培を繰り返していくためだといいます。
研究所には国内外のさまざまな品種のりんごが植えられており、日々、青森の気候に向いているりんごの開発が進められています。
今後、ある程度“温暖化”は進行すると考えられる中では、新品種開発による対応は、今から始めても遅くはないと感じます。
そして、温暖化の影響が少しでも小さくなるよう、私たちひとりひとりの努力も必要だと実感しました。

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