【記者特集】うちの子、入園だめですか? ~母の涙から入園までの3年11か月~

 

「うちの子は保育所に入れない子なんだ…」

 

それまで、わが子がほかの子とそれほど違うとは思っていませんでした。

 

地元の保育所に通って同年代の子どもたちと思い切り遊んでほしい。

 

そう願っていただけなのに、突きつけられたのは厳しい現実でした。

 

「医療的ケアが必要なので、受け入れられる保育所がない」。

 

そう言われると、従うほかありませんでした。

 

それから4年近く。

多くの人が声を上げ、奔走し、準備を続けてきました。

 

そして、その日がやってきたのです。

 

 

 

みんなと保育所に

 

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山形県米沢市に住む須藤叶真(とうま)くん(4歳)です。

 

生まれつき気道が細く、呼吸がうまくできない状態で生まれてきたためすぐに集中治療室に運ばれ、呼吸を助けるための「気管切開」の手術を受けました。

 

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のどには「カニューレ」と呼ばれる専用の器具が挿入され、今も定期的にたんを吸い出す医療的ケアが欠かせません。

 

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私(記者)が叶真くん親子と出会ったのは4年前。

 

当時、シングルマザーだった母親の美咲さんは、出産前に働いていた仕事への復帰を考え、叶真くんも体と知的な発達には特に問題がなかったため、ほかの子と同じように地元の保育所に通わせることを希望していました。

 

(母 美咲さん)

「ただたんの吸引が必要なだけで あとは周りの子と同じなんじゃ ないかなって。保育所でみんなと一緒に遊ばせてあげたい。それが叶真のためなのかなって」

 

 

立ちはだかった「壁」

 

しかし、そこに壁が立ちはだかりました。

 

生後8か月が過ぎたころ、今後について市の担当者などに相談した会議でのことです。

 

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(米沢市の担当者(当時))。

「医療的ケア児を受け入れている保育所は山形県内にどこもない」

 

保育所での受け入れは難しいと告げられたのです。

 

「たんの吸引」という医療的ケアが必要な叶真くんを受け入れるには看護師を配置する必要があります。

 

当時、山形県内にはそうした体制をとっている保育所はまだなく、

国からも具体的な方針が出されていなかったことが理由でした。

 

会議が始まる前には笑顔も見せていた美咲さんですが、厳しい現実を突きつけられ、ことばにつまりました。

 

声を震わせ涙ながらに口をついて出たのは「叶真くんのために」と考えていたことを実現できなかった自分を責めることばでした。

 

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「自分では甘く見ていた部分があったのかな…叶真には本当に申し訳ない…」

 

 

車で1時間の通所施設へ

 

受け入れてくれる保育所がない中、美咲さんは叶真くんが通える障害児のための通所施設を探しました。

 

しかし、希望していた週5日預かってくれるところはなかなか見つかりませんでした。知人の紹介でようやくたどりついたのが、地元の米沢市ではなく、北に50キロほど離れた山形市にある障害児のための通所施設。ここに叶真くんを通わせることを決めました。

 

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連日、車で片道1時間の道のりの送迎にあたった美咲さん。叶真くんはそれから3年間この施設に通い、友だちと水遊びをしたり公園に行ったりと多くの経験をしました。

 

気管切開の影響であまり声を出せなかったのが、ほかの子よりも小さな声ながらも何を伝えたいのか聞き取れるくらいに声を出せるようになりました。

 

また、はじめはよちよち歩きだったのが、ジャンプしたり走ったりと活発に動くこともできるようになりました。

 

 

成長の一方で複雑な思いも

 

叶真くんがこうした成長をみせる中で施設のスタッフは、もどかしさも抱いていたといいます。

 

(通所施設の担当者)

「ここに通うほかの子どもたちの中にも、保育所に行ったらもっと成長できるだろうなという子もいるが特に叶真くんの場合は同じ年齢の友だちとのことばのやりとりや、体を思いきり動かせる環境が必要だと思っていました」。

 

母親の美咲さんも、通い慣れた通所施設で叶真くんが成長して年齢を重ね、友だちもできていく中で今後へ向けて複雑な思いも抱えていました。

 

「地元の保育所に通える日が来るかわからないし、このまま山形で成長していけたらいいのかな…」

 

自分の中で半分諦めかけていた時期もあった美咲さん。

 

でも、あと1年半ほどすると、小校入学のタイミングが来ます。

小学校はできれば地元の学校に通わせたい。そのためにはやっぱり、地元の保育所のほうがいい。その思いが次第に強くなっていったといいます。

 

 

法の施行きっかけに

 

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入りたいけど入れない。

受け入れてくれる保育所が、どれだけ探しても見つからない。

 

美咲さんのような思いを抱える親たちが全国に大勢いる中、去年、

国会で大きな動きがありました。

 

「医療的ケア児支援法」が成立、施行されたのです。

 

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医療的ケア児と家族の支援を進めることを国や自治体の責務とする内容で、医療的ケア児も保育所に通えるよう

▽国や自治体は必要な支援を検討することや、

▽市区町村など保育所の設置者は、保育所で医療的ケアを担当する看護師や保育士を配置することなどを求めています。

 

こうした内容が法律にはっきりと書かれ責任が明確化されたことで、これまで進まなかった自治体の取り組みが動き出すことが期待されています。

 

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そうした中、ついに叶真くんと美咲さんの住む地元・米沢市も本格的に動き出しました。

 

これまで受け入れていなかった公立の保育所で医療的ケア児を受け入れることを決めたのです。

 

いったん方針が決まると、さまざまな準備が加速しました。

 

市は受け入れるためのガイドラインを作成し、保育所には常駐の看護師1人を雇用しました。また万が一の場合に備えて、医療の専門知識がない保育士も医療的ケアの一部ができるよう研修を受けてもらいました。

 

また、訪問看護ステーションとも契約を結び、常駐の看護師が休みの場合などには、訪問看護師に決まった時間に保育所に来てもらうというバックアップ体制もとれるようにしました。

 

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さらに、叶真くんに必要なケアの内容や注意点などについて、保育所の保育士や看護師が、これまで叶真くんが通っていた通所施設の担当者から引き継ぐ機会も設けられました。施設の担当者が、吸引は1日5回行っていたことや緊急時の対応などについて説明し、情報共有しました。

 

 

そして保育所へ

 

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そして迎えた6月1日。

登園初日です。

 

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美咲さんに連れられて保育所の門を初めてくぐり、同じ組の園児たちに紹介された叶真くん。

 

(先生)

「きょうから6月になりました。そして6月から新しいお友達が増えました」。

 

すると、園児たちから大きな声が。

 

「とうまくん!」。

 

みんなはもう知っていてくれました。

 

そして叶真くんも自己紹介。

 

「すとう・とうまです!」

 

はじめは母の美咲さんのそばから離れようとしなかった叶真くんでしたが、ほかの園児たちから大きな声で歓迎してもらって少し緊張が和らいだ様子です。

 

歓迎会のあとは、叶真くんが楽しみにしていた外遊び。

広い園庭で思いっきり走り回る叶真くんの姿がありました。

 

 

さっそく“小さな挑戦”も

 

遊びの中で叶真くん、さっそく小さな挑戦をしていました。

 

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「カエル!」

 

ほかの園児が小さなカエルを見つけ、素手で捕まえました。

 

実は近寄ってくるだけで泣き叫ぶくらいカエルが大嫌いでしたが…。

 

友だちの平気な様子に怖がらなくてもいいと思ったのか、このとき初めて触ることができました。

 

帰り際には一緒に遊んだ友だち全員とハイタッチをしてお別れしていた叶真くん。初日は保育所での滞在時間は2時間ほどでしたが、すっかりなじんでいました。

 

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初日の様子をそばで見守った美咲さんは、

「すごくうれしいですね。これからの成長が楽しみです」

と笑顔で話していました。

 

 

保育所の側も「一安心」

 

一方、受け入れ初日を無事に終えられて安心したのは、保育所の側も同じでした。

 

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(担任の保育士)

「きょうのきょうまでドキドキでした。ただ、子どもたちがあんなに叶真くんを受け入れてくれている姿を見てよかったなと一安心です」

 

園は、叶真くんのことを事前に子どもたちに説明し、登園初日に備えていました。担任が首にテープを巻いて「カニューレ」に見立てた透明なブロックをつけて叶真くんと同じような姿になりました。

 

叶真くんの気管はみんなより少し細くなっているため、のどに器具がついていること。その器具は叶真くんの命にとって大切なもので、引っぱったりしないよう伝えていました。

 

こうした準備を1つ1つ積み重ねて、初日の叶真くんの笑顔につなげることができたのです。

 

 

「可能性広げる」場所に

 

保育所に通い始めて2か月余り。

 

美咲さんが送る車から降りた叶真くんはてきぱきと園の門を開け閉めし、玄関で美咲さんと別れる際も、さみしがるそぶりを見せません。

 

看護師さんにたんの吸引をしてもらったあとは。

 

(叶真くん)

「ありがとうございました」

 

感謝のことばも忘れません。

 

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教室に入るとリュックから着替えやコップなど、その日必要なものを出していきます。

 

「1人でできることが増えているんです」。

 

そばで見守る保育士の目にも、そう映っているそうです。

 

朝の会が終わると、園庭で友だちと虫を捕まえて遊んでいました。

“小さな挑戦”だったカエルは、もうすっかり平気です。

 

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ことしの夏はもっと大きな挑戦もしました。

 

カニューレに水が入ると呼吸がしづらくなってしまうため、これまで大きなプールに入ったことはありませんでしたが、園で市営プールに行った際、初めて大きなプールに入る体験をしたのです。

園側がカニューレに水が入らないよう首にヘアバンドを巻くなど、工夫したことで実現しました。

 

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美咲さんはもうすぐ5歳になる叶真くんに日々、成長を感じています。

 

「できるようになったことが増えたのはやっぱり保育所のおかげだと思います。友だちを通して少しずつ自分の可能性を広げていってくれていると思うので、このままゆっくり少しずつ次のステップの小学校に向けて成長していってほしいです」。

 

そして今、育児への思いも少し変わりつつあると話しています。

 

「最初はすごく孤独でこれから先どうしたらいいかわからなかったし、思ってた子育てと違うと思ってたんですけど、叶真が叶真なりに成長してくれていることとか、私なりにこれが自分なりの子育てなのかなと思えるようになってきたと思います」。

 

 

受け入れる保育所、増やすには?

 

ここまで、壁に直面しながらようやくことし保育所入園にたどりついた叶真くんと母・美咲さんの道のりをお伝えしてきました。

 

しかし、叶真くんのように保育所に入ることができた医療的ケア児は、まだまだ少ないのが現状です。

 

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「医療的ケア児支援法」が施行されて1年。山形県内ではことし4月以降、保育所で医療的ケア児を受け入れる自治体が5つの市・町まで増えました。

 

さらに、来年度からは、山形市も公立の保育所で2人の受け入れ体制を整え、ことし9月まで保護者からの相談を受け付けるなど、法律が後押しとなり、受け入れ体制は少しずつ広がっています。

 

しかし、全体から見ると、県内35市町村のうちの5自治体と1割程度です。また、すでに受け入れを始めている自治体でも、受け入れ可能な年齢を3歳からに制限していたり、すべての医療的ケアに対応しているわけではなかったりと、入園を断られるケースもまだまだあるのが実情です。

 

ある自治体の担当者は

「医療的ケア児によって必要なケアは異なる。受け入れを始めたばかりなので、最初からすべての医療的ケア児を受け入れるのは難しい。保育所側も我々も経験を積んでいきながら受け皿を広げていきたい」

と話していました。

 

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「医療的ケアがあっても、1人1人のお子さんにあった成長の場を選べるよう、保育所という受け皿が増えていく必要がある」。

 

こう話すのは医療的ケア児の保育所での受け入れに詳しい香川大学教育学部の松井剛太准教授です。

 

松井准教授は、

「受け皿が増えない背景にはさまざまな要因があるものの、最大の要因はケアを担う看護師の確保だ」

としています。

そのうえで

「看護師の資格を持っているけど働いていない“潜在看護師”とのマッチングを進める必要がある」

と指摘しています。

 

さらに、保育所などで働く看護師の待遇がまだまだ低かったり、サポート体制が十分でなかったりするため給与水準を改善したり、しっかりとした教育プログラムを作る必要があるという声も上がっています。

 

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医療の進歩を背景に医療的ケア児は年々増加し、最近の推計では2万人以上いるとみられます。

 

取材を始めて5年。厳しい現実に直面する医療的ケア児の母親からたびたび「社会からの疎外感を感じる」との声を耳にしてきました。

 

医療的ケア児とその家族が、人生の選択肢が狭められることがない社会に、これからさらになっていってほしいと、私も2児の母親として切に願います。そして、これからも取材を続けていきます。

 



医療的ケア児     

山形局記者 | 投稿時間:13:28