カフェ・あがすけ 7杯目 「そっくりの、笑顔」

 

ラジオドラマ・なまら小劇場

Café あがすけ (7杯目)

 

 

『 そっくりの、笑顔 』

 

 

マスター  柴田 徹
客    テ ツ 
女の子  岸田麻由美
             ☆         
脚本     あべ美佳

 

 

N「ここは『cafe・あがすけ』。カウンターしかない、小さな喫茶店です。……え? あがすけの意味ですか? 山形弁で“カッコつけで生意気な男”のことを言います。もちろん、私のことではありません。最近、この店を検索している人がいるらしいのですが、どうかおやめくださいね。ここまで、必ず辿り着けるとは限りませんから。なぜなら『cafe・あがすけ』の看板は、悩める山形県人にしか見えないのです──」

 

 

   カランコローンとドアベルが鳴る。男性客が一人。

 

 

マスター「いらっしゃいませ」

 

テ ツ「しぃーっ!」

 

マスター「え? あの……お客様?」

 

テ ツ「静かに!」

 

マスター「え? え? なんですか?」

 

テ ツ「マスター、悪い。ちょっとかくまって」

 

マスター「え? ……ちょ、ちょっと、なにするんですか、お客さん?!」

 

 

   カップ類が、かちゃかちゃ揺れる。 

 

 

N「そのお客さんは、慌てて店内に駆け込んできたかと思うと、そのまま私がいるカウンターの中まで入ってきました。 帽子を目深にかぶって顔を隠していますが、年は……40半ばといったところでしょうか? まるで芸能人か何かのようにサングラスまでかけていて……ん? 芸能人?」

 

マスター「うわっ、あなた、俳優さんじゃないですか!?」

 

テ ツ「あはは、バレた?」

 

マスター「バレた? じゃないですよ! でも、あれ……? あなた今、庄内映画村で撮影中のはずじゃないですか!」

 

テ ツ「よくご存じで」

 

マスター「だって、今朝もニュースでやってましたよ。個性派俳優の中本テツヤ主演の映画が、庄内でロケの真っ最中だ、って」

 

テ ツ「へぇ。僕、有名になったもんだなぁ」

 

マスター「なんですか、ひと事みたいに。それよりなんで、山形市内にいるんですか? きょう、撮影は?」

 

テ ツ「1日休みになったんですよ。だから1人で、懐かしい場所でも歩こうかと思ってね」

 

マスター「そうか、ご出身、この辺でしたもんね」

 

テ ツ「実家はもうないんですけどね。通ってた高校とか、遊んでた河原とか、ぶらぶらしてました。……あ、でも、誰かに僕のこと聞かれても、いないって言ってね」

 

マスター「無理ですよ。というか、こんなところに隠れてもすぐばれますよ」

 

テ ツ「そーかなー」

 

マスター「そうですよ。そんなサングラスかけてる人、このあたりにはいませんもの」

 

テ ツ「はぁ……きょうだけでいいんだけどなぁ。きょうだけ、普通の人になりたい」

 

マスター「普通の人、ですか」

 

テ ツ「あれ、なんか今の……感じ悪かった? ボクはフツーの人じゃない、みたいな?」

 

マスター「ですね。俺はおまえらと違うぜ、みたいな言い方でした」

 

テ ツ「いやいやいや」

 

マスター「今じゃ大スターですものね」

 

テ ツ「今じゃ、って。なんかトゲあるなー」

 

マスター「え、あぁ、だってホラ、何かの雑誌インタビューで読みましたよ。売れないころの苦労話」

 

テ ツ「あぁ、売れないころね。売れないころだらけでしたよ、ほんと。今でこそ、外歩いたら指とか指されるけど、まともに仕事が来たのなんて、この2,3年ですもん」

 

マスター「今、おいくつなんですか?」

 

テ ツ「46になります」

 

マスター「そうですか、たしかに、少し遅いブレイクかもしれませんね。ところで、どうして隠れてるんですか?」

 

テ ツ「やっぱり、それ聞くんだ」

 

マスター「そりゃそうですよ。気になりますもの。……あ、やっぱり、何か悪いこと」

 

テ ツ「ちがうちがう! いっとくけど、変なこととかしませんよ、僕は。ようやく役がもらえるようになったのに」

 

マスター「じゃあ、何から逃げてるんですか?」

 

テ ツ「……女の……人?」

 

マスター「ほら! 女性スキャンダルじゃないですか!」

 

テ ツ「誤解なんだよ、誤解。いやね、馬見ヶ崎川のほとりを歩いていたら……ちょっとその……女子高生に見とれちゃって」

 

マスター「女子高生?!」

 

テ ツ「気づいたら……あとを……ついていっちゃって」

 

マスター「それはさすがにやばいなぁ。ストーカー? というより、ヘンタイ?」

 

テ ツ「ちょっと、勘弁してよ……。そういうんじゃないんだって」

 

マスター「じゃあ、なんなんですか?」

 

テ ツ「ん……その子……知りあいに似てたんだ、すごく」

 

マスター「知りあいって?」

 

テ ツ「昔、好きだった……人?」

 

マスター「おやおや」

 

テ ツ「だって、そっくりなんだよ! 顔や姿だけじゃなく、着てるものも同じセーラー服だったし、ほんと、笑い方なんか、本人かと思うぐらいそっくりで」

 

マスター「ふーん」

 

テ ツ「まぁ、本人なわけないんですけどね。本人は、今頃立派なおばちゃんになってるはずだし」

 

マスター「でしょうね」

 

テ ツ「でも……本人だったらいいなぁ、なんて」

 

マスター「会いたくなったんですか?」

 

テ ツ「ん……そうなのかなぁ。会いたいような、会いたくないような」

 

マスター「昔の彼女なんかに会うもんじゃないですよ」

 

テ ツ「どうして?」

 

マスター「思い出は、思い出だからいいんです」

 

テ ツ「なるほどねぇ。……で、マスターは、会いたい人、いないの?」

 

マスター「ふふふ、さぁ、どうでしょう?」

 

テ ツ「あー、その顔は、いるな。ねね、どんな人? 初恋の人? かわいい?」

 

マスター「私の話はいいですよ。それより、そろそろちゃんと席に座ったらどうですか?」

 

テ ツ「あー、そうだよね。さすがにもう追っかけてこないかな。……(カウンターをくぐり、席に着く)よいしょっと。マスター、改めまして、メニューください」

 

マスター「ミルクセーキがおすすめですよ。コーヒー苦手なんですよね?」

 

テ ツ「よく知ってますね? もしかして、僕マニア?」

 

マスター「いやいやいや」

 

 

   柱時計の音。

 

 

テ ツ「でも、やっぱり失敗したなぁ。まさか、あの子に、逆に追いかけられるとは思わなかったし、焦りましたよ」

 

マスター「勇ましいですね、その女子高生」

 

テ ツ「ほんとですよね? そういうところも、昔の彼女にそっくりなんだなー」

 

マスター「もうずっと会ってないんですか?」

 

テ ツ「……会えませんよ、そんな」

 

マスター「どうして?」

 

テ ツ「僕がひどいことして、お別れしたから」

 

マスター「そうでしたか」

 

テ ツ「幸せに暮らしてるといいなぁ」

 

マスター「まだ好きなんだ」

 

テ ツ「え? まさか!」

 

マスター「じゃあ、あなたはどうして結婚しないんです? まだ独身でしょ」

 

テ ツ「いいじゃないですか、そんなこと」

 

マスター「結婚どころか、浮いた噂のひとつも聞こえてきませんよね。きっとモテるでしょうに」

 

テ ツ「いやいやいや」

 

マスター「寂しくなったりしませんか?」

 

テ ツ「それは……大丈夫だけど、やっぱり、子どもとかは……欲しかったな……なぁんて」

 

マスター「はい。わかります」

 

テ ツ「わかります?! ……ね、できれば可愛い娘がほしいですよね?」

 

マスター「そうですね」

 

テ ツ「楽しいだろうなぁ、そんな生活。……好きな人と、好きな人にそっくりな子どもと、家族そろって暮らすのって、夢かも」

 

マスター「つくればいいじゃないですか、家族」

 

テ ツ「無理ですよ」

 

マスター「どうして?」

 

テ ツ「僕には……資格がありません」

 

マスター「資格? どうしてですか?」

 

テ ツ「僕はいろんな人を傷つけて、夢をかなえてきました。どんなにひどいやつだと思われても、俳優っていう仕事だけにはしがみついてやってきたんです。今、ようやくこの仕事でご飯が食べられるようになったのに、その上もっと何かを望んだら、きっと罰が当たります」

 

マスター「自分で自分に科したペナルティ、ですか」

 

テ ツ「え?」

 

マスター「神様のせいにして、自分で自分に幸せ制御装置をかけてるんだ」

 

テ ツ「……おかしいですか?」

 

マスター「おかしいですね。だってそうでしょう? 神様はそんなに器が小さくありません。一生懸命生きてる人に、バチなんて当てませんから」

 

テ ツ「だって僕は……自分の夢のために彼女を傷つけたんですよ?」

 

マスター「だから?」

 

テ ツ「友だちも裏切ったし」

 

マスター「それでも、あなたはもっともっと、幸せになっていいんです」

 

テ ツ「……そう……かな」

 

マスター「あなただけじゃありません。みんな、もっともっと幸せになっていいんですよ」

 

テ ツ「……マスター……」

 

マスター「思い出してみてください。あなたが傷つけたっていう、その2人の顔」

 

テ ツ「え……なんで?」

 

マスター「いいから、ほら。……どうです、どんな顔が浮かびましたか?」

 

テ ツ「……へへへ」

 

マスター「……ね? 笑ってる顔、なんでしょ?」

 

テ ツ「へへへ。まいったなぁ……」

 

 

   ミルクセーキ、氷からから。

 

 

テ ツ「……昔、昔、こんな喫茶店で、彼女と2人並んで、コーヒー飲んだなぁ」

 

マスター「コーヒー嫌いなのに?」

 

テ ツ「そうそう、カッコ悪い男だと思われたくなくて、無理してブラックで飲んでた」

 

マスター「それでおなか痛くなってトイレにこもって、もっとカッコ悪くなって」

 

テ ツ「そうそう、ってなんで? なんで知ってるの?」

 

マスター「ふふふ、さぁ、なんででしょう?」

 

テ ツ「マスター、やっぱり僕マニアだな?」

 

マスター「勘弁してください」

 

テ ツ「勘弁、かぁ……そろそろ僕も……勘弁してあげようかなぁ」

 

マスター「……誰を?」

 

テ ツ「自分のことを」

 

マスター「そうですね、それがいいと思います。そろそろ、人生も後半戦ですし」

 

テ ツ「後半戦……か。……よし、マスター。ボク、本日をもって、幸せ制御装置、解除します!」

 

マスター「はい、了解しました!」

 

 

   男2人が笑っていると、ドアが開く。カランコローン。

 

 

マスター「いらっしゃいませ」

 

女の子「あ、いた! 見つけた!」

 

テ ツ「え?! やばい……」

 

女の子「サインしてください! ファンなんです!」

 

テ ツ「ええー?! なんだよ、ソレ」

 

 

   笑ってしまう、テツ。

   はにかみ笑いの、女の子。

 

 

N「そのセーラー服を着た女の子とお客さんは、なぜか……同じ笑顔でした。そうです、その笑顔がどこにつながっているのかを知っているのは、私と皆さんだけ。……おっと、これ以上言うのはヤボってもんですね。皆さん、お2人には内緒でお願いしますね──」
  


   ウルフルズ『笑えれば』流れて。

 

 

END

 

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なにしったのや~?  

柴田徹 | 投稿時間:19:13