【記者特集】新型コロナウイルスの感染が発生した事業所 そのとき何が...

 

「おまえのところの職員がウイルスを持ってきたんだろう」

「地域の人に何を言われるかわからないから仕事を辞めて」

 

新型コロナウイルスの感染が発生した山形県内の事業所で働く職員にむけられたことばです。

その事業所に勤める男性がNHKの取材に対し、当時感じた不安や恐怖など、苦しい胸の内を明かしてくれました。

 

 

感染発生のあと、電話対応に追われる日々

 

去年、事業所では感染が確認された直後から、感染者を増やさないための対策、保健所など関係機関との対応に追われていました。

 

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当時、電話の窓口業務にあたっていた男性のもとには利用者の家族や報道機関からの電話が相次ぎました。

 

男性:「利用者の家族からは毎日のように『また感染者が出てたね』とか『いつになったら感染は収まる?』など、心配する気持ちから声をかけてくれるのはわかりますが、そのひと言ひと言に敏感に反応してしまって、とてもつらかったです」

 

また、こうした電話の中には、名前を名乗らずに心ないことばを浴びせる内容の電話もありました。

 

男性:「『感染対策はどうなっているんだ』と強い口調で言われることもあれば『おまえのところの職員が感染を起こした飲食店で飲み食いしてウイルスを持ってきたんだろう』とか、ありえないことを臆測で話している電話がありました。こうやってうその情報や臆測が広がっていくんだなと不安を感じました」

 

 

差別やひぼう中傷を恐れ退職選んだ人も

 

こうした周囲からのひぼう中傷や差別を恐れ、事業所では職員が辞めるほどの事態になりました。

 

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男性:「職員の中には家族から『地域の人に何を言われるかわからない』『自分も仕事に行けなくなる』という理由から仕事を辞めるよう言われた人もいました。当初は車中泊をするなどしていましたが、悩んだ結果、退職を選んだ人もいました。本当に残念です」

 

感染が発生したことをきっかけに、自宅に帰れない、さらに仕事を離れなくてはならないー。男性は感染拡大を抑えるための対応に追われながらも、同僚が退職するなど想像していなかった事態に、日に日に疲労感が募っていきました。

 

 

コロナ報道に感じた恐怖

 

また感染が発生すると、テレビや新聞といった報道機関が県などの発表をもとに事業所の建物を撮影することがあります。男性の事業所にも報道機関が撮影に訪れた際、男性は恐怖を感じずにはいられなかった出来事があったといいます。

 

男性:「感染者が出たということで、報道機関の何社かが事業所の建物を撮りに来ました。その日の報道を見ると、窓の中からスタッフが6人、7人、いろんな角度で映っていました。職員が特定されてひぼう中傷を受けるのではないかと不安を感じました。正直、建物を撮影したり、報道で事業所の名前を出されたりすることは、まるで犯罪者のように扱われているように感じました。報道1つで『あそこは怖いところだ』『感染者出たところだ』って思われることがあると思います。かなり恐怖でした」

 

 

安全を伝えるのも報道。恐怖をあおるのも報道

 

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ブログを書いている私自身も、この事業所を取材した記者の1人です。

当時、男性から報道する理由を問われ、私は「安全な情報を届けるためです」と伝えました。それに対し男性は…、

 

男性:「正直、それは記者さんの考えでしょうと思いました。安全情報を伝えることは記者さんが仕事として信念と思ってやっていること。報道機関の方々はカメラを構えていれば『いい絵が撮れるか』を考えるのかもしれませんが、撮られている私たちにとっては、『どのように映って、どのようにみんなが見て、どのようにネタにするんだろうか』と不安を感じる時間でした」

 

そして、男性はこう話しました。

 

「安全情報を伝えるのも報道ですが、恐怖をあおるのも報道なんです」

 

このことばで、私は記者として「何のための、誰のための報道なのか」を考えることになりました。

私たちが毎日のように取材し、報道する新型コロナウイルスのニュース。

 

それは、新型コロナウイルスという、今まで誰も経験したことがない感染症の問題について、多くの人が不安や恐怖を感じる社会だからこそ、正確な情報をいち早く発信することが報道の役割だと思って取材してきました。

 

例えば、毎日のように取材する県庁の記者会見。地域や年齢、性別、行動履歴など、より詳しい情報を確認して、その詳しい情報を伝えることが、県民の安心につながると信じてニュースの原稿を書いたり、映像を撮影したりしてきました。

 

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しかし、こうした安心を届けるために必要だと感じてきた取材、ニュースが、実は見えないところで個人の特定につながったり、差別やひぼう中傷を引き起こす要因の1つとなって、人を追い詰めたりしていたのではないかー。

 

取材の最後に、男性は、こう話してくれました。

「うその情報や臆測が広がらないよう、正しい情報を発信してほしい。でも、それだけではなくて『もし自分が感染したら、もし家族が感染したら、もし自分の大切な人が感染したら』と考えて、寄り添って報道してほしい」

 

いつ、誰が感染してもおかしくはない新型コロナウイルス。

 

だからこそ、正確で迅速な情報を発信する報道機関としての役割を果たしながら、「感染しても安心して暮らせる社会」を実現するために、感染した人や感染が発生した事業所が抱える不安や恐怖を忘れることなく「何のための、誰のための報道なのか」を常に考え、省みながら取材、報道に努めていきたいと思います。

 



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山形局記者 | 投稿時間:16:33