考える、子どもたちの"いま"

1989年11月20日。
子どもの生きる権利や守られる権利を定めた「子どもの権利条約」が、国連総会で採択されました。
しかし、虐待や貧困など、解決していない課題も多くあります。
「子どもの権利」をテーマに、栃木県内の子どもたちの“いま”を見つめます。

記者企画リポート18.11.14更新

心休める 学校以外の居場所を〈高根沢(11月14日):石川 由季記者〉

「学校には行きたくない…」
突然、子どもがこんな気持ちを打ち明けたとき、あなたはなんと返事をしますか。
また、その後どんな行動をとりますか?

学校へ戻ること目的としない適応指導教室

 高根沢町の田園風景の中に、築100年を超える古民家があります。15年前、町が不登校の子どもたちのために設置した適応指導教室「ひよこの家」です。適応指導教室は、県内でもほとんどの自治体にあります。一般的なものは、不登校の子どもたちが学校へ戻れるよう、公共施設の一室などで教員などが学習指導や相談にのっています。しかし、この「ひよこの家」は「学校に戻ることを目的として掲げていない」ことが最大の特徴です。

 母屋の戸を開けると目に入るのは、まきストーブやいろり。教室のような雰囲気は一切ありません。以前は、高根沢町にも公共施設の一室に適応指導教室がありましたが、不登校の子どもたちが利用していなかったのが「ひよこの家」の設置のきっかけでした。

 開設当初から支援にあたる、教育相談員の芳村寿美子さんは「学校や制服、ジャージを見るだけでも泣いてしまう子が多かった。子どもたちが自分の足で立ちあがってこられるよう、ひたすら待ってあげることを一番、大切にしている」と話します。現在在籍しているのは、18人の小中学生。スタッフたちは、何よりも子どもたちが心を休めることを一番に考えながら支援にあたります。

 町立の施設であるため、お昼になると給食も届きます。勉強や音楽、スポーツなど、いつ来て何をするか、スケジュールは、すべて子どもたちが自分たちで決めています。支援するスタッフは、教員ではありませんが、子どもたちの細かな変化も見逃しません。気になった子どもがいれば、話しかけて、子どもの話に耳を傾けます。

 この日も芳村さんは、久しぶりにひよこの家に来た生徒に「学校どうだった?」と尋ねていました。「ちょっと疲れちゃったでしょ」という問いかけに、生徒は「疲れた」とつぶやきました。それに対して、芳村さんは「よく頑張ってきたね」と優しく声をかけていました。スタッフは、子どもたちを否定せず、つねに話に耳を傾け、寄り添い続けているのです。

 開設以来、15年間で卒業した子どもはあわせて100人以上になり、学校へ戻ることを目的として掲げていない中、9割が高校などに進学しました。在籍する子どもの保護者は「学校を休む日もその子にとっては大切な時間として受け止め、その子らしく一歩踏み出せるための、一緒に待ってくれる場所」と、「ひよこの家」について答えてくれました。

問い詰めず待ち続け 再び学校へ

 「ひよこの家」の卒業生の1人、宗俊貴恵さん(23)は、いじめがきっかけで、中学2年のときに不登校になりました。「学校は、誰も味方もいなくて怖い場所でした。傷つけられるだけの場所ならいない方がいいと思い行かなくなってしまいました」と当時を振り返ります。人間不信で、最初は中に入ることすらできなかった貴恵さんを「ひよこの家」のスタッフは、ずっと待ち続けてくれたといいます。貴恵さんは、生きる自信を取り戻し、希望する高校に進学するという目標もできたのです。

 「『そうなのね、学校に行けなくなったの』『全然大丈夫だよ』という感じで、学校に行けなくなった原因も問い詰めてきませんでした。「ひよこの家」の人たちが、待っていてくれているというのが励みになりました。学校に戻ることを目的としないから、自分と向き合える時間がとれて、自分が元気になりました」(宗俊貴恵さん)

 貴恵さんは、現在、憧れだったアパレル業界で働いています。職場の同僚にも、不登校だったことは隠していません。この日もカフェで同僚に対して「不登校のこと、めっちゃ自然に言ったよね」と振り返る貴恵さん。同僚も「ワイワイしてる中、実は…みたいな感じで言ったよね。重い話という感じではなかった」と振り返ります。その上で貴恵さんは「あの頃の経験があったからこそ、こういう風な自分になれたと思うし、たくさん考えられた時期だからある意味よかったかなと思う」と話していました。それに対し、友人からも「すてき!」ということばが送られました。

心休める学校以外の居場所を

 さらに貴恵さんは今、学校以外の居場所の必要性を伝える活動に取り組んでいます。11月に足利市で開かれた、子どもの権利について考えるフォーラムで「ひよこの家」での経験を話しました。「信頼できる大人に出会えたこと、相談できるスタッフさんに出会えたことが、私にとってすごくよかったと思います」などと話す貴恵さんの講演に、大勢の大人たちが聞き入っていました。  参加した女性は「いま自分の子どもが不登校なので、卒業生の方のキラキラした明るい自信に満ちた今を見ることができてすごくよかった」と話していました。

「大人がたくさんたくさん話を聞いてあげて、たくさんたくさん受け止めてあげる。そうすると子どもは、ほっとして、何でもいえるようになってくる。そんな日がきたらいいなあと思いながら、日々、子どもたちの支援にあたっています」(ひよこの家 教育相談員 芳村寿美子さん)

 現在、高根沢町では、不登校などを含めどんな状況にある子どもたちにも学ぶ機会を保障していこうと全国的にも珍しい「学びの権利条例」の策定を目指しています。また、「ひよこの家」にも来ることができない子どもに対して、自宅に学習支援員を派遣する事業を始めることも決まっています。

 学校以外の居場所で心を休め、再び自分の力で歩み始めた子どもたち。

 「学校には行きたくない…」
子どもたちのこのことばに私たちが、どう反応し、どのような支援を広げていくべきかが問われています。

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