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鑑賞マニュアル美の壺

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file291 「恋文」


下駄(げた)箱の前でワクワクしたこと、ありますか。
下駄箱を通してやりとりされる少女たちの想い。青春の伝統は、今も生きています。


石原まき子さん。
今も大切にしているものがあります。
夫は、石原裕次郎。
昭和を代表する大スターです。

まき子「私たちは本当に手紙で大恋愛で、何ていうのかしら、手紙で結ばれたって言っても過言ではないくらいに。」


もっとも想い出深いという恋文。
ロケ先のアフリカで拾い集めた、フラミンゴの羽が入っていました。


『フラミンゴの羽に、想いをよせて・・・。
 
チョット、ザーキかナ?』


愛する人に送り続けた恋文。
そこから香り立つ美を読み解きます。

壱のツボ 「雅(みやび)な恋は紙で口説く」


平安の世から、京都は、恋の町。
その中でも、特に人気のお地蔵さま。
このお地蔵さまを納めたのは、世界三大美女と名高い、小野小町と言われています。
貴公子たちから送られた無数の恋文を、お地蔵さまの木型に、貼り付けたといいます。
ひとひらの紙に、都人は、恋のすべてをかけました。

1つ目のツボは、
「雅な恋は紙で口説く」


歌人の尾崎左永子さん。
源氏物語の中でやりとりされる恋文。
その紙の美に着目してきました。

尾崎「お見合い写真と同じじゃない。顔を見られないわけでしょ、当時。だからどういう恋文の人かっていうので評価もされるんですね。」


物語の中で政争に破れた光源氏は、明石に流されます。
その地で、明石の君のうわさを聞き、恋文のやり取りが始まります。
最初に出したのは、光源氏。
紙は、高麗(こま)のくるみ色の紙。
高麗の紙は、大陸からの渡来品。
洒落(しゃれ)て高級な紙です。


ところが、明石の君は、返事を渋ります。
すぐにはなびかぬ君に、光源氏はさらにひかれます。
次に選んだ紙は、薄様(うすよう)。
薄様は、日本で生まれた薄い紙。
当時、恋文といえば薄様。
平安貴族御用達でした。


光源氏が勝負に出た、薄様の恋文。
それを、想像し再現してみます。
薄様の恋文が送られたのは、初夏。
その季節ならば、卯(う)の花を主題にしていたかもしれません。
手紙の色合いは、緑色。
初夏の風が、香ってくるかのようです。
さらに色を重ねます。


組み合わせたのは、白い薄様。
そして、畳みます。
「結び文」。
恋文に、最も多いおり方です。

最後に「折り枝」といって、本物の枝を差し込みます。
卯の花の恋文の完成です。
緑と白。
季節感を巧みに織り込んで、思いを届けます。
平安の世にかわされた恋文。
紙は、恋の駆け引きを彩っていました。

弐のツボ 「文字にハートあり」

すてきな恋文を書くアドバイスをする女性がいます。
大崎智代子さん。
こだわるべきは、文字だといいます。

大崎「その人の今を写真以外で感じることができるのが手書きじゃないですかね。ハートがそこにありますよね。」

形、色、配置。
恋文のカギは、文字にあります。

2つ目のツボは、
「文字にハートあり」

作家の太田治子さん。太宰治の娘です。
太田さんの手元には、父、太宰治から母の静子さんに送られた恋文が、残っています。

当時、太宰は36歳。
すでに家庭を持っていました。
あこがれの小説家との、道ならぬ恋でした。

ラブレターに関する著作もある、コピーライターの並河進さん。
太宰の恋文の魅力を分析してもらいます。

注目したのは、この2行。

『一ばんおいしいタバコを十個だけ、けふ、押入れの棚にかくしました。
一ばんいいひととして、ひつそり命がけで生きてゐて下さい』


一番という言葉を繰り返し、さらにピッタリ並べています。

並河「タバコを大切にしまうようにあなたのことを大切にしまうっていうところが、2つの言葉が重なってることで絵として感じられる。こういう風に書くことで、目に見えるようなものとして感じられるので。」

そして最後に、心憎いこの文字。

原稿用紙の欄外に、
カタカナで、小さく・・・。

『コヒシイ』

心ひきつける文字と体裁。
作家の恋文には、豊かな感性が詰まっています。

参のツボ 「出して待つ 恋文箱」

鎌倉にある、手紙用品専門店。
手紙に関するさまざまな品をそろえています。

まずは、恋文にお薦めのレターセットを、選んでもらいました。

こちらは、かすかに透けるバラ模様。
開封のドキドキ感が、恋文向きなんだそうです。

さらに、店の奥には・・・。
なんと、ポストまで。
店がかわりに投かんしてくれます。
恋文をどこでどうやってやりとりするのか。その舞台も重要な要素です。

3つ目のツボは、
「出して待つ 恋文箱」

100年以上の歴史を刻む、プロテスタント系の女子校の校舎。
今でも学びの場として大切に使われています。
自慢は、こちら。80年以上前から使われている教職員専用の下駄箱です。
時を経て、一枚一枚、個性さえ感じさせる扉です。

下駄箱と恋文は、いつから結び付いたのでしょうか。
戦前の女学校では、先輩と後輩の、ひそかな手紙のやりとりがはやっていました。
彼女たちが、秘密を守るため、下駄箱をポスト代わりに使い始めたのだそうです。

メールがどんなに便利でも、その伝統は、生き続けています。

こちらの生徒さん、あこがれの先輩に、思い切って手紙を書きました。

誰もいない時間を見計らって下駄箱へ・・・
置く位置にもこだわります。
それは、靴の上。
ちらりとのぞく、封筒の端。
恋文が、輝く瞬間です。
いつの世も恋文は、私たちの心を躍らせ続けます。

礒野佑子アナウンサーの今週のコラム

斬新なテーマでしたね、恋文!美の壺も日々挑戦しております(笑)
甘酸っぱい恋文の思い出でも書きたいところですが、思い出せません・・・。
書いたような気もするし、もらったような気もするのですが、残念ながら記憶から抜けているようです。
ただ、中学生の頃大好きなアーティストのラジオ番組にハガキや手紙を送ったような覚えがあることはあるのですが、これも一種の恋文でしょうか?!

紙の質や珍しさ、色に香り・・・平安貴族たちの恋文は自分の教養やセンスが込められた大事な物であったことになるほどなと思いました。写真やメール、電話が無い時代ですものね。

恋文に限らず、手紙を書くときには相手のことを思い、自分の気持ちを表す素敵(すてき)な文を送りたいですね。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin'Art Blakey & The Jazz Messengers0分2秒
Sunset And The Mocking Bird松本 茜1分27秒
Memory原田 節3分35秒
Fly Me To The Moon山中千尋5分33秒
ChopinJoey Calderazzo7分12秒
Choral原田 節9分23秒
I Loves You, PorgyKeith Jarrett11分30秒
Wheat Land松本 茜13分43秒
即興の花と水(五) 菊地成孔 / 南博15分42秒
Lulajze Jezuniu Pat Metheny & Anna Maria Jopek17分0秒
LE VENT SUR LE LAC原田 節18分26秒
AmanecerJoey Calderazzo20分35秒
I'll Close My EyesBlue Mitchell22分11秒
Elegie原田 節24分22秒

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