NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

file267 「がま口」


日本人の財布と言えば、まずはがま口。
名前の由来は、ガマガエルのように大きく開く口。
たくさんお金が入りそうですね。
ガマは、金運を呼ぶとも言われ日本人に好まれ使われてきました。


和の象徴のようながま口も、もともとはヨーロッパ生まれ。
貴婦人方が、舞踏会のお供にしたバッグでした。
その頃、ヨーロッパで使われていたバッグがこちら。
一面宝石とみまごうガラス玉で飾られ、夜会のきらめきを、美しく反射します。
ヨーロッパから伝わったがま口が、なぜこれほど日本人に愛されるようになったのか。
今日は、がま口の美に迫ります。

壱のツボ 美しいがま口は美しく響く


ガマ口に求められるのは、よい口金(くちがね)。
かつて、東京の下町では、多くの職人が腕を競っていました。
その子孫の一人、秋元清さん。
一番大事ながま口を見せてもらいました。
当代随一のがま口職人だった父親に頼み、最後に作ってもらった形見です。


口金は、高価な真鍮(しんちゅう)製。
コーナからタマにかけて、うっとりするような曲線美。
精緻な作りで髪の毛を挟んでつるしても持ち上がるほど。


そして、何より名人が作ったがま口の真骨頂は、音。
がま口の美は、口金から生れる音にも宿ります。

今日1つ目のツボ、
「美しいがま口は美しく響く」


古都・京都。
がま口の響きが、最も似合う街です。
もちろん、舞妓さんも、がま口。

舞妓 「出たての舞子さんはイメージカラーが赤。赤のイメージが強いので、赤いもんを使わせてもろうてます」

がま口は、舞妓さんのいでたちの一部。
その重要な演出は、やっぱり“音”。

舞妓 「すごいええ音やと思う。がま口でしかこういう音は聞けない。すごい風情があって古風でええなと思います」

絶妙な音は、どうやって生れるのでしょうか。
舞妓さんがよく通う専門店のご主人松井さんに教えてもらいました。

松井 「開け閉めがスムーズな時は必ずいい音がする。パチンと歯切れのいい音がするようになります」

パチンの正体は、鉄のフレームがぶつかり合う音です。


その決め手が・・・。
2つのタマの位置です。

松井 「タマとタマが重なるこの瞬間が適度な場所にあるとあとは勢いでパチンと行くようになる。ところが悪いと、やっぱりこう、パチンと歯切れのいいように閉まらない」

タマが一直線に並んでから、フレームがぶつかり合うまでの距離や勢いで音が変わります。
タマの大きさや かみ方が、決めてとなるのです。
フレームの間隔が、広すぎたり狭すぎたりするといい音がしません。

松井 「がま口の古い、ちょっとレトロな感じと、パチンという歯切れのいい音は、京都の町にもよく合うと思います」

美しい口金の響き。
それは、人や街の物語をも演出します。

弐のツボ 歴史ががま口を包み込む

都内にあるハンドバッグを中心に扱うファッションメーカーに、戦前のバッグや小物入れの名品があります。
その1つがこのがま口です。
昭和初期に作られたがま口。
裕福な人物による特注品です。
浮き糸や相良縫いといった数々の技法が使われています。

これらの品は、会長の岡田國久さんが、集めたもの。
社員が、商品開発の参考にするためだといいます。

岡田 「今風に言うとオリジナリティーがあるんですよ。今はこれがいいというと皆同じものを作る、そういう社会です。これはそうじゃない。商品になる以前のプロセスと、それなりの背景と哲学がある。私どもはそれを継承していかなければならない」

がま口の布地には、作る人と使う人の想いが込められています。

今日2つ目のツボ
「歴史ががま口を包み込む」

古い布のよさを生かして、がま口を作る人がいます。
がま口作家の、イシカワカオルさんです。
着物や帯、海外の古い布を使います。

イシカワ 「どうしてこの柄が織られただとか、そういう今までの時間の流れを想像したりはします。それが楽しみです。」

イシカワさんが、がま口を作り始めたのは、10年ほど前。
祖母の着物のハギレを何かに使いたいと、がま口を作ったのがきっかけでした。

花柄の着物を使ってがま口を作ってもらいました。
布地は、どこを使うかで、印象がまったく異なってきます。
この部分を使います。花の中心をずらし、余白を作るのがポイントです。


今回は裏側と内側に違う布を合わせます。
裏側は、「よろけ縞(じま)」。ヨロヨロと曲がりくねった縞模様です。
内側は高価な「紬(つむぎ)」。
見えない部分だからこその贅沢(ぜいたく)です。

石川 「開けた人だけが知ってるみたいな楽しみというか、ほかの人は知らない楽しみっていう・・・」

がま口愛好家ならではの、遊びです。

石川 「作ったものは全部子どもみたいなものなので愛しいです。今まで着物だったものがこうやってがま口でまた新しい時間を刻むのかなという感じがします」

がま口を使うとき、その布がたどってきた物語を、想像してみてください。

参のツボ 共に時を刻む

がま口の機能美に魅せられた女性がいます。
これらは、彼女の愛用品。
すべて、「がま口」です。


持ち主の橘薫(たちばなかおる)さん。
がま口を集め始めたのは、3年前。
片手で開ける手軽さと、収納力にひかれたと言います。

橘 「今の女の人ってすごく荷物が多いので、使う人のニーズをものすごくよく理解して、進化してるっていう言い方の方がいいのかな」

がま口は常に、時代の空気を、その中に詰め込んできました。

今日3つ目のツボ
「共に時を刻む」

がま口といえばこのカバンもありました。
鉄道やバスの車掌さんが使っていたカバンです。
数十年使われてきた、丈夫な牛革。
口金は、大きな鋲(びょう)で、ガッチリと留められています。

長年、関東一円の車掌カバンを、一手に作ってきた職人がいます。
石川良保(よしやす)さんです。
石川さんは去年、百年来の店をたたみ、修理だけを請け負っています。

石川 「デザイン的にはすぐれていると別に思いませんので、要するに機能ですよね。その点においては間違いなく使いやすいと思います」


石川さんのカバンを使っている鉄道がありました。
車掌の菊地成江(まさえ)さん。
その傍らには、いつも、がま口の車掌カバン。
無人駅が多いので、がま口で、切符の販売や回収を行います。
車掌の業務は、時間との戦いです。

菊地 「とにかくスピードを意識して中はいつも整理整頓しています」


ところで、このかばんの中、どうなっているのか見た事ありますか?
中は、大きく、3つに仕切られています。
菊地さんの収納の工夫を見てみましょう。


2つの小部屋には、硬貨。
取り出しやすいよう、種類ごとに、きれいに並べます。
紙幣は、一番奥に。風で飛ぶのを防ぐためです。
運賃表は、取り出さずに、傾けるだけで見える場所に。
そして、計算機や回収済みの切符。
車内で発行する切符とはさみは、最もよく使うので、真ん中に。
試行錯誤の末、菊地さんならではの、がま口になりました。


菊地 「自分のがま口じゃないとちょっと・・・。ほかの人のがま口を急きょ使えと言われてもちょっと使いにくいですね。みんなのがま口がそれぞれにたぶん育っていると思うんで」

あなたに寄り添いながら、がま口は、美しくなるのです。

磯野佑子アナウンサーの今週のコラム

がま口って、改めて今回思ったのですがとても愛らしい形ですね。
利便性はもちろん、ころんとした可愛(かわい)らしさがあって、幅広い年代に愛されているのが納得出来ます。
私も日常使いの小銭入れから、ちょっと華やかなパーティーバッグまで、いくつかがま口を持っています。
どんな場面にも溶け込めるのも、がま口の魅力ですよね。
そして何といっても、口金を閉じる時のあのパチン!という音。
あの音を聞くことは、使っている人だけの楽しみです。
「確かに中に荷物をしまったぞ」と確認する音だったり、「準備OK!このバッグで出発!」と気持ちの区切りをつける音というか。
番組の中では、草刈さんがおまじないをかけてがま口を閉じていましたね。
あのアイデアはディレクターが考えたものだそうですが、本当にかないそうに思えてきます♪

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名 使われた場所
(番組開始後)
Moanin' Art Blakey & The Jazz Messengers 0分2秒
Singing The Blues Backy Pizzarelli 1分4秒
I Only Have Eyes For You Ray Brown 2分53秒
It Had To Be Yu David Grisman 4分19秒
It Had To Be Yu David Grisman 6分7秒
Getting Some Fun Out Of Life Madeleine Peyroux 6分27秒
Fried Pies Stanley Turrentine 8分59秒
Fried Pies Stanley Turrentine 10分22秒
赤とんぼ Wong Wing Tsan 12分14秒
My Heart Belongs To Daddy Charlie Parker 13分54秒
I'm Old Fashioned Chet Baker 15分22秒
Girl Talk Martin Taylor 15分54秒
If I Should Lose You The Buddy De Franco Quartet 17分41秒
Like Someone In Love 赤松敏弘 19分11秒
竹田の子守歌 Wong Wing Tsan 20分11秒
Too Marvelous For Words Gene Ammons 21分38秒
I Can't Get Started Ron Carter 23分11秒
If Someone Had Told Me Thad Jones 26分27秒
The Flower Song Larry Goldings 28分30秒

このページの一番上へ

トップページへ