今、色鮮やかでかわいらしい弁当箱が女性たちに人気です。
弁当箱専門店の店主のトマ・ベルトランさん。
京都へ来て、母国フランスでは見られなかった弁当の豊かさに驚かされました。
日本の弁当の魅力とは？

ベルトラン 「お昼を楽しくするためにきれいにお弁当を盛りつけないといけないのです。きれいだともっと食べたくなりますよね。見た目は大切ですね。それって日本の弁当文化の魅力だと思いますね。」

小さな箱の中に繰り広げられる食のアート、弁当。見ても食べても楽しい日本の弁当の美を鑑賞します。

料理や弁当を作り配達する仕出しを、京都の人々はことあるごとに利用してきました。
京都の仕出し弁当です。
注目すべきは、おかずの多さ。２０品が贅沢（ぜいたく）に、彩り豊かに盛りつけられています。
京都では、大事なお客さんや祝い事のある日には、贅（ぜい）を尽くした仕出し弁当でもてなすのです。

たくさんのおかずを、互いにケンカしないようおいしく見せるためには、２つのコツがあるといいます。
まずは、色づかい。
赤、緑、黄、白、黒。
五つの色の食材をバランス良く使います。

もう一つは、盛りつけ。
京都の老舗仕出し専門店の主人・川村岩松さんは、ある青写真を描いています。

川村 「平坦すぎてもだめなんです。だいたい向こう側を山とします。山から川へゆるりと。手前がちょっと低くなるようにその間に凸凹が山あり谷ありという感じで盛ると変化があるようにおいしく見えるんですけどね。」

まずは箱の奥に、ごはんをどっしりと盛りつけます。ご飯を山に見立て、それより低くだし巻きたまごを置きます。

次に、高さがあるものを並べだし巻きを谷間に見立てます。
こうして出来た凹凸が、おかずが見え隠れする楽しい風景を生み出します。

仕上げは、川の下流の部分。
端に向けて低く盛り、手前から見た時に美しく見渡せるよう仕上げるのです。

煮物には、遊び心を加えます。
麩（ふ）の四角形、小芋の六角形、かぼちゃの台形。
異なった形を、わざとずらして盛ることで、リズムを作り出します。

わずか数十センチの小さな箱の中。選び抜いた食材と技で、心躍らせる贅沢な景色が現れました。

ひとつ目のツボ、
「贅を詰め込んだ小さな空間」

昭和初期、大阪から革新的な弁当が登場します。
松花堂（しょうかどう）弁当です。
十字に仕切られた箱の中には、風合いの異なる四つの料理。お造りや器までもが盛り込まれています。
考案したのは料理人・湯木貞一（ゆき ていいち）。
独自の自由な発想で日本料理を芸術の域にまで高めました。
湯木が四つの空間に詰め込んだのは、懐石料理の時間の流れでした。

もとは、茶会で振るまわれる料理として生まれた懐石料理。
向付（むこうづけ）に始まり、お椀（わん）、お造り・・・
十品近くの料理を、ゆったりと流れる時間の中で味わいます。
この贅沢な時間の流れを楽しんでもらおうと、懐石料理の献立を詰めて一箱に凝縮したのです。

十字の箱のモデルです。
茶を愛した僧侶・松花堂昭乗（しょうかどう しょうじょう）の煙草（たばこ）盆。
その名にちなんで、松花堂弁当と名づけられました。
この弁当の登場には、ある時代背景がありました。
茶の湯の大衆化です。茶会が頻繁に開かれ、中には一日に二千人以上も集まる大規模なものもありました。

湯木美術館・谷端昭夫さん

谷端 「それだけ大人数が来られますと、それまでのお茶のように小さな部屋で何人かだけがこぢんまりと懐石料理を頂いてお茶を頂くという、そういう形は実現が出来なくなってしまうんだろうと思いますね。」

湯木は、少しでも多くの人に懐石料理の雰囲気を感じてほしいと考えます。
器を用い、冷たいものは冷たく、温かいものは温かく。
懐石料理本来のもてなしを弁当に盛り込みました。
伝統的な茶の湯の文化が弁当をさらに豊かにしたのです。

東京・日本橋にある老舗の劇場。
幕が下り３０分の休憩に入ると、客席のここかしこで幕の内弁当を楽しむ姿が見られます。
これが幕の内弁当の定番。
ひざの上で食べることができ、「幕の内三種の神器」、たまご焼、焼き魚、かまぼこが入っています。

起源は江戸時代。
庶民の娯楽、歌舞伎の幕と幕の間に食べたことから幕の内と名付けられたといいます。
江戸時代の幕の内弁当を再現してみました。
１８センチ四方の箱に、１０個ものおにぎり。
朝から一日がかりで芝居見物に出かけ、これを何度かに分けて食べ、一日楽しんだのです。

時は流れて現代の劇場。
３０分の休憩の間に食べられるよう、幕の内弁当には工夫がされています。
劇場料理長・飯島勝さん

飯島 「食べやすさ、食材に関しては一口で食べられるぐらいの大きさにカットしたもので、箸でつまんでそのまま口に持っていけるように作ってあります。箸で切るとかそういうことは必要ないです。」

ご飯は俵型に小分けされ、簡単につまみやすく。
おかずも、どれもが一口で食べられる大きさに作られています。
これら一口サイズの小さなおかずにも、江戸の職人たちのこだわりが込められています。

ふたつ目のツボ、
「ひと口に込めた江戸のこだわり」

江戸のこだわりを見るなら日本橋。
創業１６０年をこえる日本橋の老舗が作る弁当。
しょうゆ色に染まった甘辛くて濃い味付けが特徴で、江戸っ子に愛されてきました。

深夜１時、昔ながらの弁当作りが始まります。
里芋の煮物は、たっぷりの砂糖と濃口のしょうゆでしっかりと味と色を付けます。
この味付けには理由があります。
煮物担当・尾形喜勝さん。

尾形 「やはり長時間、腐敗しないように抑えるためには味も濃くしないといけません。味を濃くすることによって、時間が経過しても味はそれほど変わりません。」

砂糖としょうゆを贅沢に使わないと出せない艶（つや）。
食欲をそそる江戸ならではのべっこう色です。

昔から変わらない弁当には、昔から変わらない頑固なファンがいます。
日本橋で生まれ育った小泉太郎（こいずみ たろう）さんです。 鳶（とび）職人として活躍してきた小泉さんを、引き付けてきたものは何でしょうか。

小泉 「やっぱりお弁当というと圧倒的にこのお弁当に慣れ親しんでいます。特に夏は汗をかいたり体力を消耗すると濃ゆ目の味じゃないと体が受け付けないです。」

かつて日本橋では、魚市場などで多くの肉体労働者が働いていました。
人々にとって、砂糖としょうゆたっぷりの味の弁当はエネルギー源だったのです。

その江戸の味を守り続けるのは容易ではありません。
老舗折詰弁当店店主・樋口純一さん。

樋口 「ハッキリ言って好き嫌いが別れてしまう味なんですね。商売としたらもっと当たり障りのない味にして幅広いお客様に売れるようにした方が良いのかもしれないんですけど、ただそれだとやっぱり１５０年以上受け継いできたものがそこで途切れてしまう。やっぱり好きでも嫌いでもお客さんの心をそれだけ揺さぶることが出来るっていうことが作っていて楽しいですね。」

飾り気のないひと口大のおかず。
その色艶は、かたくなにこだわり抜いた江戸っ子の姿そのものです。

京都で３００年以上続く商家に、代々の当主がコレクションしてきた弁当箱が大切に残されています。
行楽のための弁当箱は、春の花見、初夏の蛍狩り、秋の紅葉狩りに合わせた、なみなみならぬ凝りようです。
洒落（しゃれ）に洒落た弁当箱にごちそうを詰めて、野に出かける。
この上ない弁当の楽しみ方です。

３つ目のツボ、
「野を飾り野で味わう」

四国・徳島には、この地方独特の弁当箱があります。
子どものために作られた小さな手提げの重箱。その名も遊山箱（ゆさんばこ）です。
旧暦の桃の節句に子どもたちだけで近くの川や裏山で遊ぶ「遊山（ゆさん）」という風習のために、大正から昭和にかけて盛んに作られました。

外箱にはかわいらしい絵柄が描かれ、中はカラフルな３段重ね。
上から、甘い和菓子、煮しめ、巻きずしと子どもが大好きなものばかり詰め込みます。
しかし、昭和４０年代に遊山の風習が廃れ、それとともに遊山箱も使われなくなりました。

４０年たった今、惜しむ声が上がっています。
浜田克子（はまだ かつこ）さんは、昔の遊山箱を使い始めました。
思い出がたくさん詰まった遊山箱です。

浜田 「家を越えた所に土手があって、土手を降りて１～２分歩くと河原に出るんです。そこで隣のあっ子ちゃんと遊んだんです。石の上に遊山箱を置いて食べた思い出がありますね。なんてことないご馳走（ちそう）なんですけど、おいしかったですね。何日も前から母が手料理で作ってくれるんですよ。貴重な卵を湯がいてお羊羹（ようかん）を作ってくれるんです。」

忘れられない遊山の楽しさを、孫にも味わってもらいたい。
浜田さんは自分で、孫たちに遊山箱を作ってあげました。

この日は、孫の一人、のぞみちゃんとピクニック。
ちょっと近くの山まで散歩気分で、徳島市街を望む眉山へ登ります。
空の下で遊山箱が鮮やかに映えます。
まさに弁当の楽しみは無限。
とっておきの弁当箱に心ばかりのおかずを詰めて、秋を見つけに出かけてみてはいかがですか？