NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

file180 「昭和のモダン家具」

高度経済成長期の1950年代、60年代。住宅やオフィスなどが次々と建てられる中で、新しい家具への需要が高まり、日本の家具作りは大きく進歩します。今なお使われる和製ミッドセンチュリー家具の名作が数多く誕生しました。

壱のツボ 畳との相性に神髄あり

歌舞伎俳優・松本幸四郎さんが50年近く使い続けている椅子があります。高さが通常の半分ほどしかない《低座イス》。デザインは、建築家・坂倉準三の事務所です。和室でゆったりテレビを見るための椅子(いす)をという、幸四郎さんのお祖母さんの要望から生まれました。

松本「畳に置いてあっても全然違和感ないですよね。むしろ新しい日本の住まいの美しさみたいなね、スタイルといっていいんでしょうか、それの先駆けみたいな椅子ですよね」

今日ひとつめのツボ、
「畳との相性に神髄あり」

松本幸四郎邸にある椅子の原型は、建築家・坂倉準三が戦後間もなく作った《竹籠低座椅子》です。竹で編んだ背もたれと座は、日本的なおもむき。丸みをおびたそり型の脚は、脚と畳ずりを一体にした巧みな造形です。(注・畳ずりとは、畳を傷つけないように椅子の脚に取り付けた横木で、和室で椅子を使うために工夫されたもの。)

この椅子が作られた当時、坂倉の事務所に務めていた北村脩一(なおかず)さん。

北村「(畳ずりによって)椅子本来のデザインを損なうような形になっていたので、それを根本的になくすために、そり型のデザインを発案するようになったわけです」

和の空間のために生まれた椅子。さらに座りやすい《低座椅子》へと、改良が重ねられました。そり型の脚はそのままで、座をクッションの効いた布張りに。竹の直線的な形から、丸みをおびた優しい姿に変わりました。

そして最後に到達したのが、松本幸四郎邸にある椅子です。 今度は脚のデザインが大きく変わりました。一筆描きのように滑らかで、洗練された曲線。
明治生まれのお祖母さんが、昭和の暮らしの中で出会った椅子。畳の上で進化をとげた、モダン家具です。

弐のツボ アイデアが決め手 みんなの家具

戦後の住宅難を解消するため、1950年代、各地に大規模な団地が建てられます。そこに住むことが若い世代の憧れでした。 こうした空間から、新しい生活のスタイルが育っていきます。

その象徴が、台所兼食堂を意味するダイニングキッチンでした。一般的な日本人の暮らしに、初めて椅子とテーブルが定着します。

団地のダイニングキッチンのために作られ、人気を集めたのが《スタッキングスツール》(剣持勇デザイン)です。透き間なく並べることができ、使わないときは、重ねて置くことも。狭い空間を有効に使うデザインです。人気の理由はもうひとつ、誰にでも手の届く値段でした。

デザイン研究家の島崎信(まこと)さん。

島崎「(当時は)大学卒の初任給が1万円そこそこぐらいでしょうから、やはり相当なローコストにしないといけない。材料を少なくし、しかし構造的に丈夫で、美しくなくてはいけない。デザインの仕事っていうのは、矛盾するような条件がいっぱいある」


そんな課題に応えるスツールの見どころは、U字型の脚。丈夫で、スマートです。その脚をつなぐ横木の両端に、斜めの切り込みを入れたところもポイント。座がふわりと宙に浮いたような、軽やかな印象を与えています。

今日ふたつめのツボは、
「アイデアが決め手 みんなの家具」

戦後の家具を象徴する作品として、専門家が高く評価する椅子があります。終戦から7年、まだ資材の乏しい時代に作られた《ヒモイス》(渡辺力デザイン)です。


背もたれと座に張られているのは、荷造り用のヒモ。いかに低価格な家具を作るかという苦心がにじみます。木材は、輸出向けに大量生産されていた安価なものを使いました。しかも最小限の量で、強さをもたせる工夫をしています。

高度経済成長が頂点に達した1970年。時代の主役となった若者たちをターゲットに発表された《ニーチェア エックス》(新居猛デザイン)です。材料はキャンバス地と少しの木材、ステンレス。軽くて折りたたみができ、何よりも低価格です。座り心地の良さで世界的な人気を集めました。
みんなが使う家具だから、安く、格好良く。デザイナーの知恵が、詰まっているのです。

参のツボ 成形合板はモダン家具の華


多くの名建築で知られる前川國男の事務所。50年以上、同じ椅子が使われています。一見おとなしい印象ですが、これもミッドセンチュリーの傑作。安定感のある形と座り心地の良さから、多くの公共施設などで使われてきた《小イス》(水之江忠臣デザイン)です。


その座り心地を決めるのが、ゆるやかなカーブを描く座面。何枚もの薄板を重ね合わせて作る合板。そこに熱を加えながら型で押し、自在な曲線を作り上げる「成形合板」の技術は、戦後めざましく発達しました。


こんな棚も作られています。まっすぐな木材と成形合板のカーブを高度な技で組み合わせた1963年の《キャビネット》。

今日最後のツボ、
「成形合板はモダン家具の華」

ミッドセンチュリー家具を集める石川仁恵(じんけい)さんに、大切な1点を見せてもらいました。1956年に発表された椅子。ちょうが羽ばたくような《バタフライスツール》(柳宗理デザイン)です。

石川「ほんとに椅子なのかなって思うぐらい、不思議な形をしている。ひとつだけで存在感があるというのが、このバタフライスツールの魅力なのかなと思います」

全体が波打つ曲線でできた《バタフライスツール》は、成形合板の技術を最大限に生かした傑作です。二枚の成形合板をつないだ、それまでに例のない形。戦後日本を代表するデザイナー柳宗理(やなぎ・そうり)によって作り出されました。

柳は図面に頼らず、いつも石こうやプラスチックなどで模型を作ることからデザインを始めました。バタフライスツールの独創的な形も、柳の手の中から誕生しました。

バタフライスツールを作ってきた工場です。柳の手が生んだ複雑な曲線を成形合板で実現することは、大きな挑戦でした。

技術者たちは、まず型を作ることから取り組みます。柳が手作りしたモデルに基づいて正確な型を作るため、一年近い時間を必要としました。また、合板に強度をもたせるため木の繊維の向きを交互に変えるなど、工夫が重ねられます。

当時、製品開発に携わっていた菅澤光政(すがさわ・みつまさ)さん。

菅澤「与えられたものを、絶対できないとは言わない。新しい技術に対しては非常にどんよくに取り組んだ。難しい形に挑戦するという技術者の心をくすぐるような形が、バタフライスツールによって生まれたということがあろうかと思います」

デザイナー柳宗理は技術者との共同作業を何よりも重んじ、デザインは一人でするものではないと記しています。《バタフライスツール》は世界でも絶賛され、ニューヨーク近代美術館やルーブル美術館などに収められました。
デザイナーの手と技術者たちの意地が、日本独自のミッドセンチュリー家具を実現したのです。


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

料理が苦手な私が、足しげく通っている食器屋があります。磁器の日用食器を扱っていて、眺めているだけであっという間に時間が過ぎてしまう居心地の良い場所です。センス良く並べられた食器はどのような料理にも合いそうなシンプルなデザイン。簡素ではありますが無機質ではなく、手に持つと温かみを感じられるものばかりです。私がこの店にひかれるきっかけとなったのは、ある“急須”との出会いでした。1人でお茶を飲むのにちょうど良い小さな急須を探していて、たまたま店に入ってみつけたのです。丸みのあるかわいらしい形、白くツルンとした素地・・・。私のイメージ通りのものでした。
お店の方から伺ったところ、驚くことにデザインされたのは1960年代とのこと。昭和のころから今なお変わらずに愛され続けている急須だというのです。50年近くたっているのにデザインに古さはなく、使いやすそうな形からは機能美をも感じられました。形だけでなくエピソードも気に入り、“昭和のモダン急須”と湯飲みをセットで買って帰ったのです。それ以来、気に入った食器を少しずつ集めたり、友人の結婚祝いや出産祝いにプレゼントしたりとひいきにさせてもらっています。食器棚に好きなデザインの食器が一つずつ増えていくのは楽しみなのですが、「料理をほとんどしないのに、食器ばかりが増えているね・・・」と遊びに来た妹が言い放った冷ややかな一言が胸に応えています。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Theme TRAFIC Charlie Dumont
On The Street Where You Live Bob Thompson
Crystal Silence Chick Corea
My Favorite Things John Coltrane
Switch Blade Duke Ellington
Forgotten Love Jaco Pastorius
How High The Moon Les Paul & Mary Ford
Little Evil Paul Smith
I Do It For Your Love Bill Evans / Toots Thielemans
What Game Shall We Play Today Chick Corea
So What Miles Davis
Portrait Of Tracy Jaco Pastorius
The Koln Concert Part 1 Keith Jarrett
Waltz For Debby John McLaughlin

このページの一番上へ

トップページへ