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鑑賞マニュアル美の壺

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File127 「襖(ふすま)」

壱のツボ 京からかみの“はんなり”を愛(め)でよ

襖は、平安時代に生れた日本特有の建具です。
ある時は、間仕切り。
ある時は出入り口。
部屋の広さを自在に変えることもできる、優れた機能をもっています。

襖の表にはられる、装飾を施した紙を「唐紙(からかみ)」と呼びます。
古くから人々は、この「唐紙」を使って室内を彩ってきました。
襖は、今も昔も、家のあるじの美的感覚を象徴するものなのです。

文筆家・白洲正子が暮らした家、「武相荘(ぶあいそう)」。
その書斎の襖に使われているのは『京からかみ』の伝統の文様、『枝桜(えだざくら)』です。
京都のからかみ職人を訪ねた折、ひと目で気に入り注文しました。

正子がほれ込んだ京からかみは、江戸時代から続く唐紙師・千田堅吉さんの工房で作られました。

京からかみの作り方は、「ふるい」という道具を使って、『板木(はんぎ)』に色をつけ、和紙に文様を写しとります。400年前から変わらない技法です。

千田家には650枚以上の「板木」が伝わっています。
その千田家に受け継がれてきた京からかみの文様は、公家(くげ)が用いた有職(ゆうそく)文様から雲や植物など自然をモチーフにしたものまでさまざま。

京からかみには、京都ならではの感性が宿っていると千田さんは言います。

千田 「京都ですごく大事にしている言葉、“はんなり”って言葉があるでしょ、それにかなう色というのが一番大事…」

そこで、襖鑑賞一つ目のツボは、
「京からかみの“はんなり”を愛でよ」

“はんなり”とは、上品で華やかな様子を表した言葉です。
千田さんの作る“はんなり”した色、顔料は黄色、赤、青の三色。
まず黄色と赤を混ぜ、そこにほんの少し青を加えます。

千田 「当然、底にはキレイな色が混ざってるキレイ、でも渋い。原色ばっかりを、キレイとはいわない。混ぜる、中間的なのをキレイという。まさに、茶色は“はんなり”色の代表的な色」

一見渋い、しかし、そこにはくっきりとした原色が潜んでいる、柔らかく上品な“はんなり”色です。

“はんなり”のもうひとつの表情を作り出す、雲母(キラ)という鉱物。
千田さんは、このキラを使って“はんなり”色を作りました。

こちらは白洲正子が愛した、あの「枝桜」の色。

千田 「そばで花びらを見ると白い、離れると薄いピンク、淡い感じ、ボーっとした中で品があるし、はんなりとした典型的な例かも…」

楚々とした桜が満開です。
「はんなり」という美意識、そこに正子は「余裕のある美しさ」を見いだしたのです。

弐のツボ 江戸っ子が育(はぐく)んだ豊かな色彩

今度は、江戸で作られた唐紙を紹介しましょう。
京都から伝わった技術で、江戸でもからかみ作りが盛んに行われました。
江戸からかみは、木版にこだわらずさまざまな技法で作られます。
和紙を重ね柿渋を塗った渋型紙。
江戸で好んで使われました。
木版に比べ、シャープな輪郭が特徴です。

こちらは“江戸更紗(さらさ)”と呼ばれる文様。
ち密な柄に鮮やかな色づかい。渋型紙を使った「多色摺(ず)り」です。

更紗とは、南蛮貿易によってもたらされた、インドや東南アジアの布のこと。
その文様が、江戸っ子の間で着物の柄として流行し、やがて襖の柄にも用いられるようになりました。
江戸からかみ版元 伴さん。

伴 「いろいろな文物が江戸に入り、それをヒントに、新しいものを作る、新しもの好きは、大いにあったでしょうね」

襖鑑賞二つ目のツボは、
「江戸っ子が育んだ豊かな色彩」

「江戸更紗」の技を受け継ぐ数少ない職人の1人、木部弘さんです。

「江戸更紗」は、カラフルな文様を出すために、色ごとに異なった6枚の渋型紙を使います。
一枚の渋型紙に一つの色、これを6回繰り返します。
色を重ねるたびに、柄が、生き生きとした表情をもちはじめます。

木部 「型紙何枚も使って、細かい柄が多いでしょ、だから摺り残しに気をつけてやんないと…」

最後に、金色をのせ、完成です。
異国から伝わった更紗の文様は、江戸っ子たちに好まれたからかみになりました。

江戸更紗は日常に使う部屋に用いられてきました。
手間をかけて作られたからかみは、新しもの好きの江戸っ子の暮らしを明るく華やかに彩ったのです。

参のツボ 引き手は“襖の鼻”

では、最後に、襖の名わき役「引き手」をたんのうしましょう。
引き手は、襖の開け閉めになくてはならない実用品。
でも、それだけでは、ありません。

こちらは主に江戸時代に造られたという引き手。
デザインに凝ったものが多く見られます。

七宝焼の引き手です。
凝ったデザインからは、手間を惜しまない、職人の遊び心が感じとれます。

今も、手作りの技を守る、引き手職人の堀口宏さんです。
堀口さんは、引き手を人の顔のある部分に例えます。

堀口 「唐紙を顔だとすると、引き手は“鼻”。目立つので遠慮気味がいい…」

三つ目のツボは、
「引き手は“襖の鼻”」

引き手は、見栄え良く、でも、目立ちすぎてはいけません。
作っているのはひょうたん型の引き手です。
引き手は、人の手が触れる場所。
ていねいに磨きをかけます。

沸騰した緑青(ろくしょう)と硫酸銅の溶液に入れて煮込むと、金属製の引き手でありながら、からし色の柔らかな風合いがでてきました。
決して出すぎない、奥ゆかしい引き手のできあがりです。

堀口 「襖の職人のプライドで、目立たないけど粋な作り方をする」「金物はおしゃれに作りたいとか、そういうこだわりはある…」

堀口さんが作った引き手です。
どれも粋ですっきりとしたものばかりです。
日本の伝統的な建具、襖。
そこには細部に至るまで家のあるじや職人たちのこだわりが秘められているのです。

古野晶子アナウンサーの今週のコラム

「襖」を開け閉めするときの“音”に、今でもつい耳をそばだててしまいます。子どものころに住んでいた家は和室が遊び場で、「襖」が身近にあったからかもしれません。両親の機嫌が良いか悪いかは、「襖」の音でおおかた判断がつきました。
“バサッ”と勢いよく開けられる音は、子どもたちが騒ぎすぎて怒られるとき。一通り怒られると“ピシャリ”と閉められ、部屋に充満していた緊張が緩みます。“ソロリソロリ”という音は、父がお土産を持って帰宅したとき。もったいぶった顔つきの父の顔が襖の奥からのぞいていました。

今住んでいる家に和室はないのですが、美しい「襖」を眺めているうちに、襖の表に張る紙=唐紙(からかみ)だけでも欲しくなりました。インテリアとして額に入れて飾るのもいいかな?と。ただ、置いているだけでは“音”は聞けないですけれどね・・・。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
Generique Miles Davis
Visite Du Julian Miles Davis
Parker's Mood Marcus Printup
Ana Luiza Urbie Green
All The Things You Are Akane Matsumoto
Cold Spring Jim Hall & Pat Metheny
My Song Keith Jarrett
Embraceable You Bud Shank
The Sage Chico Hamilton
You'd Be So Nice To Come Home To Art Pepper
Unidos Cal Tjader
It Don't Mean a Thing Kronos Quartet
Little Evil Paul Smith
Wadin' Horace Parlan
Blues - Ette Curtis Fuller
The Nearness Of You Norah Jones

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