NHK

鑑賞マニュアル美の壺

これまでの放送

File125 「真珠」

柔らかくみずみずしい輝きで、見る人を魅了する真珠。
貝が長いときをかけて、生み出したものです。

一口に真珠といっても、色や大きさはさまざま。ジュエリーとして、女性を華麗に彩ってきました。

天然の真珠は、古くから希少価値の高いものでした。
「月の滴」「人魚の涙」とうたわれ、その神秘性をたたえられてきました。
貝を開き、美しい真珠が見つかるのは、万にひとつの確率といいます。

明治半ば、世界に先駆け、日本でアコヤガイを用いた真珠の養殖が始まりました。

冬、養殖したアコヤガイから、真珠を取り出す作業が行われます。
日本で確立された技術によって、白くて丸い真珠が、広まっていきました。
真珠は世界中の女性にとって、より身近な存在となったのです。

壱のツボ 姿を映す虹色の光沢

まずは、独特の「テリ」と呼ばれる光沢に注目です。
内側から光を放つような真珠の表情。
日本で養殖された真珠は、ほかにはない虹色の光沢を持っています。

真珠の研究を続けて、20年。
松月清郎さんに、良い真珠の見分け方を教えていただきましょう。

松月 「一番簡単な方法は、真珠をよく見ることです。そうしますと、中に自分の顔と背景がくっきり映ります。これが良い真珠。そうじゃないものは、のぞいても映りがぼやーっとしている。だから、くっきり映るか、ぼんやりと映るか。これが一番簡単でわかりやすい方法だと思います」

真珠鑑賞ひとつ目のツボは、
「姿を映す虹色の光沢」

美しく輝く真珠は、どのようにして、作られるのでしょうか。
春、アコヤガイに施す「核入れ」という手術は、真珠養殖で最も重要な作業です。

貝には外套膜(がいとうまく)という、貝殻を作り出す器官があります。
真珠は、この外套膜の働きによって、生み出されます。

そもそも天然真珠の元となるのは、貝の体内に入った砂などの異物。
「核入れ」は、手術によって、外套膜と人工的な異物を、貝の体内に入れる作業です。

メスで身を少し切開し、赤く色づけした外套膜の一部と、貝殻を加工して作った丸い核を移植します。
このとき、外套膜と核をうまく密着させないと、美しい真珠はできません。

移植された核と外套膜は、どのようにして真珠になるのでしょうか。
移植後数週間たつと、外套膜は成長し、核全体を覆います。
やがて核の周りに、同心円状にカルシウムの層ができていきます。
これを「真珠層」と呼びます。

カルシウムの結晶が一定の厚さで規則正しく積み重なっていくと、ここを通る光が、複雑に反射します。
そのため、よく形成された真珠層からは、鏡のような表面が生まれ、七色に輝くのです。

核入れしたアコヤ貝は海に戻され、1、2年すると引き上げられます。
冬、真珠は最も美しい光沢を放ちます。

真珠養殖場で、貝の核入れから、育成、採りあげまでを任されている出口隆史さんです。

出口 「真珠層が、機密に重なり合って巻いてくるんです。夏場は荒く巻くし、冬場になって水温が下がってくると、い性が落ちて機密に巻いてきて、きれいに表面が出来あがってくるんです」

大切に育てても、満足のいく真珠は、わずか5%ほどしかできません。
日本の優れた養殖技術によって産み出された真珠。
内側から虹色の光を放つ、人と自然が作り出した美の結晶です。

弐のツボ  ゆがみをいかした個性を愛(め)でよ  

次は、少しユニークな真珠の数々です。
真珠は、アコヤガイだけでなく、世界各地に生息するさまざまな貝が、作ってきました。

カリフォルニア沖で採れるアカネ・アワビ。
ごくまれに、貝殻と同じ、緑色の光沢を持つ真珠を作ります。

カリブ海で採れるピンクガイという巻き貝からは、炎が燃えているような模様の真珠が採れます。最近日本でも人気が高まっています。

南太平洋で採れる白蝶貝(しろちょうがい)の真珠にこだわって、ジュエリーをデザインしている穐原(あきはら)かおるさんに魅力を聞きました。

穐原 「人工的に作られたものではないので、形がとてもさまざまなんですね。真円のものは、ほとんどないんです。少しいびつなところからくる自然なやさしさとか、おもしろさというのは、とても魅力的です」

ひとつひとつをじっと眺めていると、何かの姿に見えてきます。
形が似たふた粒の真珠は、サクランボのブローチになりました。
いびつな形の真珠が、穐原さんの手で個性的なジュエリーへと、姿を変えます。

真珠鑑賞ふたつ目のツボは、
「ゆがみをいかした個性を愛でよ」

都内にある真珠専門の卸会社では日本ではまだ珍しい、色や形の真珠を、加工して売りだそうとしています。

社長の三原正明さんは、世界中を回って、ユニークな天然真珠を集めてきました。
三原さんが相談をもちかけたのは、長年宝石デザインの開発に携わってきた山口遼さんです。

山口さんがデザインした指輪。
縦に長く、へりが少し不格好なアワビ真珠を、リズミカルに配置したダイヤモンドで飾りました。

山口 「天然っていうのは、全部違うわけです。それをうまく昔の人は使ってたわけですね。それは、今丸い真珠に慣れたわれわれには、思いつかないデザインなんです。
そうした昔のものを見ると、すごく参考になります。
そして必ず一つしかない」

天然真珠をうまく使った西洋のアンティークを、ご紹介しましょう。
17世紀初めスペインで作られた聖母マリアの像。
マリアが立つ雲は、幅3.5センチほどもある大きな真珠です。
凹凸のある真珠が、力強い印象を与えます。

白く、柔らかそうな質感をいかして作った羊。
真珠を使った個性あふれる装飾品は、豊かな想像力によって生み出されてきたのです。

参のツボ  主役を引き立てる彫金の技

最後に、真珠を引き立てる日本ならではの技をご紹介しましょう。
桜をかたどった帯留め。
明治時代に作られました。
大小の真珠を引き立てるのは、地金に施された細やかな装飾です。
こうした繊細な装飾は、彫金という技法で作られています。
彫金は、江戸時代日本刀を飾る技術として、高度に発達しました。

世界中の装身具を集めてきた露木宏さん。
日本の装身具のこまやかな表現は、彫金によって、初めて可能になったと言います。

露木 「真珠をどういうふうに留めるかということは結構難しいんです。今でも例えば穴を開けておさえるとか。丸いですからなかなか留まりにくいわけです。
しかし日本では、伝統的な彫金技術がありました。これはもう世界でも最高峰と言われているような技術でして、うまく日本的にアレンジして、真珠の丸さをいかし、下の台座とのコンビネーションもうまくし、良いデザインを作っていったということがあると思います」

大正時代に作られた楓(かえで)のブローチ。
滑らかにカーブさせた地金の上に、大きさの異なる真珠がぎっしりと埋められています。

みっつ目のツボは
「主役を引き立てる彫金の技」

江戸時代以来の彫金技術を引き継いできた工房です。
ケシ真珠と呼ばれる極小の真珠をあしらったブローチを作る様子を見せてもらいました。
プラチナ製の台座に印をつけ、真珠を留めるツメの周りを削り取っていきます。
輪郭は、さらに細かいたがねで彫り込みを入れていきます。

続いて、2ミリほどのケシ真珠を穴に置き、削り残したツメを寄せ、真珠を留めていきます。
ツメが、一粒の真珠をしっかりと支えました。

小さな真珠とミクロな彫金の美しいコラボレーションです。

地金の彫刻を、担当する職人の大久保徳行さん。

大久保 「江戸時代から伝わる職人さんたちの技術を形を変えて伝承してきたものだと思います。それを継承して次に伝えていけるというのは、誇りがありますね」

花車をモチーフにした帯留め。
透かし彫りやち密な線の彫りなど、彫金の技術が凝縮された作品です。

日本に伝わる伝統の技が、ひと粒ひと粒の真珠を、より華やかに輝かせます。


古野晶子アナウンサーの今週のコラム

「月の雫(しずく)」とも「人魚の涙」ともいわれている真珠。小さな丸の中に柔らかなクリーム色と虹色の光沢が混ざり合っていて、じっと眺めていても飽きないくらいです。「真珠は貝が生み出したもの」と最初に聞いたとき、どうしてこんなにきれいな形になるの?と大変驚いたことを今でも覚えています。貝を開き、美しい天然真珠がみつかるまでにはさまざまな偶然が重なってのこと。それが天然真珠へのあこがれをいっそう募らせます。
番組では真珠をより身近な存在にした日本の技術や、天然真珠のいびつな形をそのままいかした、すてきなジュエリーの数々も登場します。「いつか真珠の似合う女性になりたい!!」と強く思いながらナレーションを入れた回でした。

今週の音楽

楽曲名 アーティスト名
La Fille Du Bedouin Stephane Grappelli
It Could Happen To You Oscar Peterson
Young At Heart Brad Mehldau
I Like Love More Harry Connick, Jr. & Branford Marsalis
O Grande Amor Gary Burton & Makoto Ozone
You Are Too Beautiful Bud Shank
Georges Stephane Grappelli
Corcovado (Quiet Night of Quiet Stars) Stan Getz/Joao Gilberto
Love For Sale Miles Davis
Polovtsian Dance Alex Riel
Granados Bill Evans
Stella By Starlight Branford Marsalis
All The Things You Are Jim Hall & Pat Metheny
Waltz For Debby Monica Zetterlund
Valse Dy Passe Stephane Grappelli

このページの一番上へ

トップページへ