「美の壺」チーフプロデューサー 紙屋 聡
番組スタートから3年間、「美の壺」の案内人を務めていただいた谷啓さんが、先週土曜日亡くなりました。 2006年4月のスタート以来、123本の番組にご出演いただきました。
収録はほぼ毎週。ご高齢だったにも関わらず、病気などでキャンセルされることもなく、私たちの撮影にお付き合い下さいました。 私たちが書いた台本を、見事な演技力とユーモアで表現し、「美の壺」という番組のカラーを作っていただきました。何気ないセリフも、谷さんが発するとものすごくおかしかったり味が出たり。本当に助けられました。
また舞台となった日本家屋は、実は古い民家を利用したハウススタジオなのですが、そこでお会いする谷さんは、制作者の私でさえ、本当に家の主の「谷さん」ではないかと思うほど、場に溶け込んでおられました。
撮影の合間には、クレージーキャッツの昔話や、ジャズの話をたくさんしていただきました。番組のBGMにジャズを使っていることをとてもお喜びで、即興演奏を大切にするジャズが自分の原点になっていたこと、いつも即興で面白いことができないかと考えていたことなど、教えていただきました。
そんな谷さんに刺激を受けて、「美の壺」も美術とコメディを合体させ、そこにジャズをまぶした、斬新でチャレンジングな番組を目指してきました。「美の壺」には今も谷さんのスピリットが生き続けています。
谷さんのような偉大なエンターテイナーと、3年間一緒に仕事ができたことは、制作チームみんなの誇りであり、自慢でもありました。
「僕は夕日に向って散歩するのが好きなんだ」 とおっしゃっていた谷さん。どうぞ極楽浄土へも、のんびりと寄り道しながら向って下さい。
心より御冥福をお祈り申し上げます。