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File119 アイヌ模様


伝統舞踊「鶴の舞」。
湿原に舞う鶴の仕種をまねた踊りで、祭りの余興に舞います。
身に付けているのは、儀式や踊りの際に着る民族衣装。


大胆な柄で構成されたこの幾何学的なデザインがアイヌ文様です。
「モレウ」と呼ばれる渦巻状の模様や、植物のとげを表す「アイウシ」を基本とし、それらを組み合わせることで、無限のパターンを作り出すことができます。


身の回りの品を木から作るアイヌでは、彫刻も盛んに行われています。

アイヌの歴史や文化を研究してきた佐々木史郎さんに アイヌ文様の魅力を伺いました。

佐々木「奔放さとち密さの中のせめぎ合い、それは非常に魅力だと思います。わっと一瞬圧倒されるんだけれど、じーっと見るとこんなに細かい細工をしていると、遠くから見てはっと驚くとともに、近くにいくとまたその技に驚くというですね、そういう意味では非常に魅力的な文様かと思ってますけどね」

 

壱のツボ 木彫りに宿る自然の神秘

浦川太八さんは、アイヌを代表する彫刻家。
文様を木彫りによって今に伝えています。
浦川さんは、文様のデザインは、北海道の自然に深く関わりあっているといいます。

浦川「僕らの先祖なんかでも、別に美術学校行ったわけでもないんですよ。自然が先生なんですよ、僕らもそうですけれど、自然の中から得たものが自然とこういう文様になったんじゃないかと思うんですけどね」

アイヌ文様鑑賞、壱のツボ、
「木彫りに宿る自然の神秘」

浦川さんが彫っているのは、猟のときに使う「マキリ」と呼ばれる小刀です。
図案の発想は、川で魚釣りをしているときに得たもの。


浦川「じっと見てると結構、川の流れの中で、おもしろい模様が見えるんですよ。渦巻き模様が時々現れたり、その渦巻き模様が同じじゃなくて、大きかったり小さかったり、同じ流れなのにおもしろいなーって、魚釣るのやめて、しばらくずっと見てたことがあるんですけど」

浦川さんが川をイメージして刻んだ文様は実に抽象的です。

漁や狩りを行い、山の幸を集めて暮らしてきたアイヌの人々は、恵みを与えてくれる自然界のすべてのものを「カムイ(神)」としてあがめてきました。
そのため、アイヌでは神を具体的な姿で彫り込まないようにしているのです。


自然の姿を抽象化して文様に取り入れた浦川さんのマキリです。

魚に見立てられたち密なウロコ模様と躍動的な渦巻き模様が対比をなし、泳ぎまわる魚を連想させます。

発想の源は、北海道の豊かな自然。
北の大地とともに生きてきたアイヌだからこそ生みだせた表現が木彫りの中に息づいています。

弐のツボ 組み合わせが個性を引き立てる


アイヌの民族衣装を研究するため世界各地の博物館を訪ね歩いてきた津田命子さんは、着物の生地を組み合わせたアップリケに、アイヌならではの独創性があるといいます。

津田「これはですね、私のお友達が十数年前に作ってくれました。これを着るとね、力がわくんですよね。おもしろいのはですね、この辺とかね、日本手ぬぐい使ってるんですよね、で、この赤い所はちりめんで、縁の所はメイセンなんですね。ですから、手に入ったものをどんな風にしたらより美しくなるか、本当に知恵とくふうの塊なんですね」

アイヌ文様鑑賞、二のツボ、
「組み合わせが個性を引き立てる」

気温の低い北海道では、木綿の栽培ができないため、オヒョウの木などの皮から糸を作り生地を織ってきました。
こちらは木の繊維で織られた19世紀の着物。
一見つつましく見えますが、その装飾にくふうが。


刺しゅうによる模様を際立たせているのは、黒く光るビロード。
こうした素材をどうやって手に入れたのでしょうか?


こちらはアイヌの村に伝わっていた清王朝で使われていた服です。
日本が鎖国をしていた江戸時代、アイヌの人々はすでに北方民族と直接交易を行っていたのです。


佐々木「実はアイヌの人たちが北海道で閉じこもってた訳じゃないんですね。実は人間あの当時ですね、しかの肉と魚の肉だけで生活できるわけではなくて、アイヌの人たちも盛んに外の人たち、例えば和人と呼ばれる本州以南の人たちとか、サハリンとか大陸の方に出て行く人たち、千島列島を通じてカムチャッカ半島まで出て行く人たち、積極的に表に出て行って、何をしたかといいますと、盛んに交易を行っていたんですね。だからそういう面ではアイヌの人たちは、われわれ和人と違う、国際性っていうのは非常に豊かに持っていた人たちでもあるんですね」


江戸時代以降、交易で手にした木綿で着物が作られるようになります。
貴重な木綿を手に入れるため、二反の布をラッコ一匹と交換していたといいます。


反物や古着のハギレを利用し模様に沿って縫い付けた着物。
背中で白く輝いているのは日本の婚礼衣装を裁断したもの。
菊をあしらった金糸の刺しゅうが華やかさを醸します。


津田「交易を通して、入ってきたカラフルなもの、そういうものの組み合わせで、あの、こういう色彩感覚っていうか、磨かれていた。ちょっと普通ではミスマッチだなって思うものも、うまく使うようなそういう技術とか感覚が、つくられてきたんだと思いますね」


個性あふれるアップリケが美しいアイヌの民族衣装。
人々が交易を通して磨き上げてきた組み合わせの美です。

参のツボ 柄に魔よけの力あり

彫刻家の星野工さんです。
若いころ、長老たちから彫刻の技や意味を学びました。
文様は、ただ飾りのために施すのではないといいます。

星野「アイヌは自然界に神様がたくさんいて、そして悪くても神様なんですよね。もし、この木に悪い神様が入ってたら、ものがまずくなるわけ。だから悪い神様が入んないように文様を施す。そうすると悪い神様は、食糧をのっけても、寄ってこれないんですよね。だからおいしくいただけるということですね」

アイヌ文様鑑賞、最後のツボ、
「柄に魔よけの力あり」

悪いものが入ってくるのを防ぐための文様。
特に着物に多く見られます。
文様が施されている場所にご注目。
襟や袖口、すそ。そのほとんどが開口部です。

佐々木「悪い霊が人間を攻撃するときにですね、どうしても口の開いてる所ですね、そういうところが弱点になります。で、そういう所から悪い霊が来ないようにということで、この魔よけの意味を込めましてですね、この自分の刺しゅうがこの人を守って欲しい、この着物がですね、自分の家族、あるいは自分が想っている人をですね、守って欲しいそういった願いを込めて、ていねいに一針一針縫っていってる」


着物に模様を縫うのは女性たちの仕事。
八幡智子さんは、母親のようにしたってきた知り合いのおばあさんのために着物を作っています。


植物のとげを表す「アイウシ」は、災いが侵入してこないようにという意味。
愛する人がいつまでも健康でいられるように。
そんな願いを込めた刺しゅうが着物に込められています。


八幡「もうそれはやっぱりその人の顔を浮かべながらね。着てもらったり、喜んでもらっている顔を思い浮かべながらやっぱり縫ってます。やっぱり、ね、皆長生きしてほしいし、で、またこの着物を着て、どっか行くことにしてもね、やっぱり私が作ったんだって。いっしょに歩いてるのといっしょでしょ?だから、着てくれたらうれしいなと思います」


一年をかけた着物が出来あがりました。
ていねいに刺しゅうされたアイヌ文様の一つ一つに作り手の温かい心が込められているのです。

 

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

北海道で生まれ育った私にとってアイヌ文様はとても身近なものでした。
家族でよく行く温泉街にアイヌの工芸品が置かれている民芸品店があり、行くたびに、お盆やスプーン、はしなどが一つずつ我が家に増えていきました。
彫刻刀を動かした手の動きがそのまま伝わってくるような、力強く躍動感のある文様は、子どもの目にもとても印象的でした。
仕事をするようになり、あるアイヌの女性に出会いました。同化政策で文化を否定されたアイヌの人たち。彼女も、博物館に収蔵されてしまった民族衣装を見ながら一生懸命文様と刺しゅうを学んだそうです。彼女の刺しゅうの現代的ですばらしかったこと!今に生きる芸術としてのアイヌ文様の生命力を私はあらためて意識しました。
アイヌ文様はアイヌの人たちが必死で受け継いできたもの。日本の中の多様な美に気づくとき、私たちの心はきっと豊かになるはずです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Slipped again Thad Jones
Naty High Five
Mamma Dollar Brand
Jazz〜introducing"How high the moon" Akiko
Summer wishes, winter dreams George Benson
One day I'll fly away Chris Minh Doky
Strivers jewels Hicks-Williams-Hayes
Dancing on the ceiling Chet Baker
What's jazz ? Akiko
I didn't know what time it was New York Trio
Variation 7 from Variations on Goldberg's theme and dreams Richard Stoltzman
Lands end Clifford Brown
Peace out 熊谷ヤスマサ