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File106 伊万里焼色絵


東京・東村山市にある、イタリアンレストラン。
おいしそうな料理とともにテーブルを彩っているのは、江戸時代に焼かれた伊万里焼の色絵です。

日本生まれの器とヨーロッパの料理が織りなす、コラボレーション。

西洋のものとも相性の良い伊万里焼の色絵。
それもそのはず。
これはもともと、ヨーロッパ人の好みに合わせてデザインされたものだったのです。

ドイツ、ドレスデンにある「ツヴィンガー宮殿」。

十七世紀から十八世紀にかけ、ザクセン王アウグストが集めた陶磁器コレクションが展示されています。

ここに、ヨーロッパの人々を魅了した、色絵の最高峰が伝わっています。
それが「柿右衛門」。
江戸時代、日本からさかんに海外に輸出された伊万里焼です。

エキゾチックで繊細なデザインが人気を呼び王侯貴族が競って買い集めました。


佐賀県、有田。
伊万里焼は、江戸時代の初め、ここで生まれました。

歴史のある窯が建ち並びます。


まず、最初に作られたのは、染付。
呉須(ごす)と呼ばれる顔料で青の模様を施した磁器です。
色絵が生まれたのは、それから30年ほどあとのこと。

「青手」とよばれる初期の色絵は、豪放で油絵のような絵付けでした。
その後華やかな元禄時代には、色絵が広く出回るようになります。
金をあしらった「金襴手(きんらんで)」です。

金襴手は祝いの席やもてなしの場に花を添えるめでたい器として、武家から庶民に至るまで使われるようになったのです。

 

壱のツボ 温かい白が色彩を引き立てる

まずは、色彩に注目です。

伊万里焼の中でも最も美しいとたたえられてきた「柿右衛門」。
この明るく澄んだ色彩は他の色絵には見られません。

実は、その秘密は、素地の白さにあるのです。

その白を今に伝えるのが、江戸時代から代々続く、酒井田柿右衛門。

現在の当主で、人間国宝でもある十四代酒井田柿右衛門さん。
柿右衛門の白にはどんな特徴があるのですか。

酒井田「柔らかい白に、確かになってるんです。その上に乗っている色絵ってのが、ほんわりと楽しそうに、非常にこう、鮮明な色に見れるというか、色の本当の本質を見れるというか、やはり、白の温かさ、というのが非常にいいと、私どもも思います。」

ヨーロッパの人々を夢中にさせた柿右衛門。
その魅力は素地の白さ。
この乳白色が、鮮やかな色を生み出します。

伊万里焼色絵鑑賞、一つめのツボは、
「温かい白が色彩を引き立てる」

有田で焼かれる磁器の原料は、泉山(いずみやま)の陶石。
ここの陶石は鉄分が多く、焼いたあと、地肌が青みを帯びます。

この青みが、色絵の色彩をくすませる原因。

そこで、ほかの山から持ってきた2種類の土を混ぜ、青味が出ない土を作ります。

この土で形を作り、900度の窯で素焼きにすると真っ白な磁器になります。

素焼きにしたものを、同じ土で作ったうわぐすりにくぐらせます。

このとき、息を吹きかけ、余分なうわぐすりを吹きとばします。

うわぐすりをかけすぎると、地肌が、ガラスを重ねたように青みを帯びてしまうのです。

そして、およそ40時間。
1300度の炎が、あの透明感のある白を生み出します。

完成した白は「濁手(にごしで)」と、呼ばれます。
「濁し」とは、この地方の方言で、「米のとぎ汁」のこと。

温かみのある乳白色です。

酒井田「合わせ土してますので、単身の石と違いまして、非常にろくろの成形のときに手がかかる、あるいは、乾くときに、窯の中で、非常にロスが出ます。それだけ、犠牲を払っても、やはり色絵の美しさっていうか、味を出したかったのじゃないですかね。」

こうしてできた素地にひと筆ひと筆、ていねいに絵付けをしていきます。

そして、三たび窯の中へ。

すると、濁し手の白はそのままに、顔料だけが鮮やかに発色します。

まっ白な画用紙に描いた水彩画のように、色彩に透明感があふれています。

特に注目していただきたいのが、柿右衛門ならではの青。

染付や他の色絵に比べ、より明るく、ビビッドな青に仕上がっています。

通常青は、素焼きに絵付けしますが、柿右衛門は、うわぐすりをかけた上に絵付けをするため、表情が違うのです。

色彩を引き立てる、濁し手の白。
柿右衛門は伊万里焼が生み出した究極の色絵です。

弐のツボ 華麗な模様に元禄の華やぎ

続いては、そんな模様に注目しましょう。

東京・神宮前で骨とう店を営む栗原直弘さん。

祖父の代から三代にわたって江戸時代に作られた伊万里焼、「古伊万里」を扱ってきました。

これは、元禄時代以降盛んに焼かれた、豪華な色絵。
金を使って華やいだ色彩を作り上げています。

ところで、日本人の好む焼き物といえば、わびさびのある渋いイメージ。
なぜこのような器が生まれたのでしょうか?

栗原「日本人はもともとこういう華やかなものが好きなんです。桃山の文化なんかでも荘厳な、こういう金を使ったような物ですとか、金襴手なんかがでてくるわけです。やはり江戸時代になって伊万里の金襴手とかが出てくる背景は世の中が安定してきたってことでしょうね。それが一つのピークを迎えたのが元禄時代なんです。」

伊万里焼色絵鑑賞、二つめのツボは、
「華麗な模様に元禄の華やぎ」

東京・港区。
元禄時代、商家の跡から、色絵の破片が出土しました。

赤や青に彩られた皿が、食卓のにぎわいを感じさせます。

元禄の終わりころから、伊万里焼の輸出は次第に少なくなり国内向けの生産が増えていきます。
高級品だった色絵はやがて町人たちの手にも届くようになりました。

元禄は、町人が力をつけ、その財力を背景に多様な文化が花開いた時代。
歌舞伎の衣装や浮世絵など、たくさんの色彩を上品に使いこなすのが、はやりでした。
けんらん豪華な金襴手の模様は、そんな時代に生まれたのです。

栗原さんが、お気に入りのコレクションを見せてくれました。

栗原「これが今、私のお気に入りの元禄の色絵の鉢です。」

一面に描かれた複雑で精ちな模様。
どんなモチーフが隠されているのでしょうか?

栗原「基本になるのはやはり日本の美しい自然を映したもの。これなんかは四季草花といって四季の草花をちりばめた形をしていますね。」

元禄時代、色絵は、中国の模倣を脱し、独自の表現を行うようになりました。
絵付けを行う職人たちは、和風の模様を好んで描くようになったのです。

有田にある窯元で、絵付けの様子を拝見しましょう。

川原陽介さんは、10年の経験を積んだ絵付け職人。

「四方(よも)だすき」や「亀甲紋」など、伝統的な模様を組み合わせて描きます。

用いるのは「面相筆(めんそうふで)」。

細い穂先を自在に使いこなすには、鍛錬が必要だといいます。

この、手間のかかる絵付けを、大勢の職人が手分けして行うことで、大量生産が可能になりました。

日本的な色絵の模様には、さまざまな意味が込められています。
いくつかご紹介しましょう。

三果文(さんかもん)。
おめでたいもの尽くしの模様です。

これは、桃。
古くから邪気を払う魔よけの意味をもつ果物です。

こちらは、仏手柑(ぶしゅかん)。
その形が仏の手を連想させることから多福の願いが。

そしてざくろ。たくさん種があることから子孫繁栄の願いが込められています。

活気ある元禄の空気が生み出した日本ならではの模様。
色絵は、幸せへの願いでいっぱいです。

参のツボ 食卓に柄をいかす

古伊万里に魅せられて40年、テーブルコーディネーターの草分け、クニエダヤスエさん。

クニエダさんの仕事は、食器やクロスをどうセッティングすれば、より豊かな食卓になるのか提案すること。

古伊万里の色絵も積極的にとり入れています。
早速、そのコツを教えていただきましょう。

クニエダ「おぜんの上に全部染付の皿を並べまして、色絵のお皿を一枚入れるだけでもずいぶん変わってくるので、なんか、それが今、新しい感覚のような気がします。」

クニエダさん流、和風のコーディネート。

すずめの形や扇型の染付皿に、色絵の椀と鉢を組み合わせます。
鮮やかな色絵がアクセントになっています。

こちらは、洋食向けのコーディネート。
洋風の皿の上に色絵を置くだけで食卓がパッと、明るくなります。

伊万里焼色絵鑑賞、三つ目のツボは、
「食卓に柄をいかす」

東京都内の料亭。

ここでは、色絵の皿を使って客をもてなします。
まず、皿の色や柄を楽しんでもらったあと、炭焼きのカニを乗せます。
料理だけでなく、皿も味わう。
目で楽しむ日本料理に、色絵がいっそうの楽しみを加えます。

色絵に、料理を盛りつけるには、どんなポイントがあるのでしょうか?
料理長、木下清明さんに教えていただきましょう。

木下「器あっての料理ですから、器を殺さないような、生かすような盛り付けで、色合いで、気をつけています。」

水辺の景色が描かれた金襴手の鉢に、ハタの煮物。
図柄を生かすため、料理の色合いを抑えました。
波の間から顔を出すハタを表現。

遊び心が楽しい盛りつけです。

こちらの鉢に盛られているのは、お作り。
氷の白で色絵と刺身の間を隔て、色がぶつからないようにしながら豪華さを演出しています。

色のおとなしい「湯葉豆腐」が器に描かれた「山の風景」に溶け込み、秋の景色を作り出しています。

色絵だからこそできる極上のテーブルコーディネート。

伊万里焼の色絵は、今も昔も生活を楽しむ、とっておきの焼き物です。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

華やかな色絵なのに繊細な趣のある「柿右衛門」。学生時代、上京して初めて出かけた東京国立博物館でとても印象に残っているのが柿右衛門の磁器でした。あの透明感のある鮮やかな色にはちゃんと理由があったのですね。陶石の配合、絵付けや焼き方の技法、図柄や筆遣いの鍛錬・・・なんと研究熱心なことかとあらためて思います。
もうひとつ今回興味を持ったのが、皿と料理の取り合わせ。さまざまな色や柄が入った色絵は、料理とぶつかって難しいというイメージがあったのですが、くふう次第ですてきに使いこなすことができるのですね。使うほうにも創造力が必要、そういう意味でも存在感のある上級な焼き物かもしれません。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Fables of faubus 中村健吾
You say you care John Coltrane
Concerto in D major BWV.1054 Jack Loussier
A thrill from the blues Milt Jackson
But beautiful Freddie Hubbard
Lands end Clifford Brown
The well tempered clavier book 1 Fugue no.1 John Lewis
OP-OZ 中村健吾
A foggy day Louis Armstrong
Rhythm-a-ning Thelonious Monk
Fantastic Rhythm Bill Charlap
Savanna 岡安芳明
Lotus Blossom Joe Lovano & Hank Jones
Cat walk 中村健吾
Mam'selle The Dave Brubeck Qualtet
Time for relax 岡安芳明
Something cool June Christy
Brother nutman 中村健吾