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File97 水石(すいせき)


東京、明治神宮。

ここでは、毎年6月、水石と呼ばれる石の展覧会が開かれています。

愛好家たち自慢の石が100点近く飾られています。

なぜ石がこんなにも人々の心をひき付けているのでしょうか?


日本水石協会 蔵

自然の石を、その形や紋様などから山水の風景に見立てる。
水石という名は、そこからつけられました。


仙台市博物館 蔵

どんな風に見立てるのか、やってみましょう。
これは、仙台藩伊達家が家宝として受け継いできた石。
一体、何に見えますか?

答えはこちら。鎌倉の風景です。

山が平地を囲っているような形が、鎌倉の地形そのものです。

続いてはこちら。
江戸時代の歴史学者、頼山陽(らいさんよう)が愛した石です。

細長くしなを作った形、じっと見つめていると神秘的な姿が浮かび上がってきます。

答えは、「観世音菩薩」。
水石は、山水だけでなく、人間や動物などさまざまなものに見立てることができます。

石を水石として観賞するようになったのは、鎌倉時代。
その後、日本独自の芸術として花開いていきます。
当時の絵巻物には、盆栽とともに水石が描かれています。

尾張徳川家には、誰もが知る歴史上の人物たちを魅了した名石中の名石が伝わっています。


徳川美術館 蔵

その究極の逸品がこちら。

南北朝時代に後醍醐天皇がめでた石です。
天皇は戦乱のさ中にも、この石を肌身離さず持っていたと伝えられています。
その後、天下人、秀吉、家康の元を経て、尾張徳川家のものとなりました。

この石は、その形から橋に見立て、「夢の浮橋(うきはし)」と名付けられました。

見る人が感性や想像力を膨らませてこそ楽しめる水石。
時代を超え、今も見る人の心をひきつけています。

 

壱のツボ 遠山に始まり、遠山に終わる

京都で会社経営する馬場利一さん。

水石に魅せられて50年という筋金入りの愛石家です。

およそ200点もの水石が並ぶ部屋。
実はここ、元々会社の会議室。
趣味が高じて、展示室にしてしまったのです。
飾られている石のほとんどが京都の川で採れたものです。

中でも、自慢なのがこちらの品々。

馬場「97年、京都御所に天皇皇后両陛下が2日間お泊まりになった。会見の場所と寝室とに飾らせていただいた石です。
これは茅舎(ぼうしゃ)のような格好ですが、美智子妃殿下がお手に取られて、よく自然にこんなものができますねとたいへん喜んでいただきました。
50年あまり石をやってきて、両陛下からこんな石を見てもらったということは、一生の宝ですよ」

そんな馬場さんのお気に入りがこちら。
山の風景を連想させる『遠山石(とおやまいし)』と呼ばれる形のもの。
水石を深く知る上で、とても重要だと言います。

馬場「何と言っても基本は遠山石。『遠山に始まり、遠山に終わる』といわれます」

山の景色を表す遠山石は、見立てやすく、いわば水石の入門編。
それでいながら、知れば知るほど、奥が深い石なのです。

水石鑑賞、最初のツボは、
「遠山に始まり、遠山に終わる」

遠山と言って、私たち日本人が真っ先に思い浮かべるのは富士山。
遠山石の基本は、富士山のような形だといいます。

その鑑賞法を日本水石協会の松浦有成さんに教えてもらいましょう。

松浦「三面の法というのがあります・・・」


日本水石協会 蔵

良い石を見極める際に重要なのは、バランス。
360度、どこから見ても均整のとれた美しさが求められます。



日本水石協会 蔵

遠山石には、中国の絶景をイメージさせるものもあります。


日本水石協会 蔵

一方こちらは調和がとれた二つの峰を頂く、遠山石。


日本水石協会 蔵

また険しい峰が連なり、連山となっているものなど、さまざまな山の姿があります。
すべて自然が作りだした造形。
人の手は一切加わっていません。

先ほどの馬場さん。遠山に人生を学んできたと言います。

馬場「自分は我を通してこうあって欲しい、あああって欲しいと要求しても無理でしょ、石は。自然のままで、あるがままがいいと、これは石に学んできたことです」

見る人の心によって、石は雄大な山を頂く大自然に姿を変えます。
水石は「遠山に始まり、遠山に終わる」といわれるゆえんはまさにここにあるのです。

弐のツボ 時がはぐくんだ風合いを味わう

名石は一日にしてならず。

東京青梅市で盆栽店を営む小松修さんの家の庭です。
たくさんの石が台の上に並べられています。

一体、なぜなのでしょうか?

小松「これから長い年月を掛けて養石をしていく。外に置いて雨風にあてたり、日にあてたりして、石の表面が古くなっていくのを待つわけです。時代がつくとか味が出るとかいいますが、それを養石といいます」

そう、自然の石を水石と呼べる芸術品にするには、天日に干したり、水をかけたりして、風化させなければなりません。
こうすることで、石肌に深い味わいが現われます。

水石鑑賞二つ目のツボは、
「時がはぐくんだ風合いを味わう」

どんな名石でも、初めは河原に転がるただの石。

自分の足で良い石を探し出すことも、愛石家の楽しみの一つです。

小松「1日いても1つも見つからずに帰るなんてあたりまえ!だからこそ、良いものを見つけたときの喜びは大きい」

鑑賞に値する石を探すことを探石(たんせき)といいます。
探石は、どこでもできるのですが川の中流で行うのがベスト。
適度に角が取れ、面白い表情の石が見つかるそうです。
早速、小松さんが石を手にとりました。
いかがですか?

小松「こういうデコボコしたのは面白いんですけどね。この半分くらいの厚さだったらいいかもしれないですね」

こうして集められた石には、まだ趣はありません。

長い年月をかけ養石(ようせき)すると、どうなるのでしょうか?

小松「これは養石して40年経っている・・・」

風合いが生まれた石をより美しく引き立てるのが台座。
鈴木広二さんは、台座を作り続けて30年の名人です。

鈴木「石だけだと単なる石ころ。それをいかに芸術品にするかは台座次第!」

鈴木さんの手がけた台座です。
堅く、磨けばつやが出る黒檀の木を使い、険しい山の風景を際立たせています。
長い年月をかけ、育てられた石は、深い味わいを持つ芸術品です。

参のツボ 石が見せる四季の彩り


日本水石協会 蔵

黒い石に赤く浮かび上がる模様はつばきの花。
春先の情景を思わせます。

水石は、飾り方によってさまざまな季節感を演出することができます。
基本は床の間に飾ること。
そこには、どんなコツがあるのでしょうか?

松浦「水石は、季節感を単体で出しにくい。掛け軸や草物、盆栽と合わせて飾ります」

床の間は、客人への心遣いを表す場所。
季節感が感じられる飾りは、訪れる人の心をも満たしてくれます。

水石鑑賞、最後のツボは、
「石が見せる四季の彩り」

まずは、夏の飾り方を教えていただきましょう。

涼しさを演出するために、砂が敷かれた水盤(すいばん)を使います。
砂は水を表し、清涼感を与えてくれます。


日本水石協会 蔵

そこに滝に見立てた滝石をじかに据えます。

そして、砂をきれいに整え、霧吹きで水を打ちます。

二段に落ちる滝の飛まつを浴びて、湿った岩肌が涼しげです。


日本水石協会 蔵

掛け軸には、夕暮れの月。

夏の飾りの出来上がりです。

月明かりの元、松が張り出した崖の上から滝が落ちています。

松浦「滝石に打った水が乾いてくると色が変わり趣がある。日本人独特の楽しみ方」


日本水石協会 蔵

春の飾りです。

掛け軸は、つばきの絵。

台座に飾られた雄大な遠山。
すそ野の先には、みずみずしい青草が春の訪れを感じさせてくれます。


日本水石協会 蔵

続いて、秋。

熟した山柿の実が落ち、その反動で枝に残った実がはずんでいます。

遠くに見える山の頂には早くも雪が積もり始めています。

冬の到来を感じさせる晩秋の風景です。


日本水石協会 蔵

そして冬は、正月の飾りつけ。

松が描かれた扇が、竹に掛けられています。


日本水石協会 蔵

飾られた石は、梅花石。
「海ゆり」という生物の化石が梅の模様を作っています。
松竹梅のおめでたい演出。

水石で四季を表す。
日本ならではの心の芸術です。

展覧会情報

◆ 第24回日本水石総合展
http://www.suiseki-assn.gr.jp/exihibition.html(NHKサイトを離れます)
9月26日(金)〜9月28日(日) 
会場:上野グリーンクラブ 台東区上野公園

◆ 徳川美術館所蔵 後醍醐天皇所持 銘 「夢の浮橋」
http://www.tokugawa-art-museum.jp/artifact/room3/index.html(NHKサイトを離れます)
7月4日(木)〜9月28日(日)
場所:蓬左文庫

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

今回のテーマ「水石」、私には初めて知る世界でした。石を鎌倉の風景に見立てたり、雪を頂く山の情景に見立てたり・・・一朝一夕には至ることのできない境地。
そういえば、子どものころは、きれいな石を見つけると、宝石みたいで嬉しくて、大事にとっておいたりしたんですよね。いつのまにか、道端の石に目をやる時間の余裕も心の余裕もなくなってしまったのかも。みずみずしい感性は大切にしたいと思います。
拾ってきた石を水石として飾れるようになるには、最低10年から15年の養石が必要だそう。
「暑い季節、滝石に水をかけて玄関先においたらすてき!」と思ったものの、やはり、一朝一夕にはまねのできないことのようです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Eronel Thelonious Monk
I Am An Old Cowhand Sonny Rollins
The Maze Herbie Hancock
Clara Duke Pearson
Wise One John Coltrane
We See Thelonious Monk
Midnight Blue Kenny Burrell
I'll Remember April Sonny Clark
Peace Horace Silver
Flamenco Sketches Miles Davis
Evidence Thelonious Monk
Blues Walk Lou Donaldson
St.Thomas Jim Hall & Ron Carter
Why Was I Born Jimmy Smith
My Romance Gary Burton & Makoto Ozone
Me'n You Ike Quebec
When I Fall In Love Nat King Cole
New Orleans Bump Wynton Marsalis