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File95 薔薇(ばら)


壱のツボ 均斉のとれた剣弁高芯(けんべんこうしん)を味わう

ばらは、人が改良に改良を重ねてきた花です。

日本原産のばら「ノイバラ」。
日本には、このほかにも10種類あまりの野生のバラがあります。

これらはみな、一重(ひとえ)のシンプルな形をしています。

万葉集には、この「ノイバラ」を詠った和歌が収められています。

ノイバラは当時、「うまら」と呼ばれました。それが、やがて「ばら」に変化したのです。


平安時代には、華やかな中国のばらが輸入され、貴族たちに珍重されたといいます。
のちに、中国でばらを意味する漢字「薔薇」に、「ばら」という音を当てるようになりました。


中国もまた、野生のばらの宝庫。
花びらが尖(とが)った形をしているものなど、豊富な品種があります。

中国では、これらを栽培し、さまざまな園芸品種を生み出しました。

18世紀以降、中国や日本のばらがヨーロッパへもたらされ、さらに交配が重ねられます。

そして1867年、フランスで生まれたのが、この花「ラ・フランス」です。
大輪の花を年に何度も咲かせる、完成された品種でした。

これ以降作られたばらを「モダンローズ」と呼びます。

私たちがばらと聞いてイメージする、豪華な花の誕生です。

一方、こちらは西洋の庭園でよく目にする、華やかなつるばら。

これも近代になって作られたモダンローズの一種。
その元となったのは日本からもたらされたばらでした。

日本の野生のばら・「テリハノイバラ」。これが、つる状の性質を伝えました。

近代ヨーロッパで作り出されたモダンローズ。
その原点は、中国や日本のばらだったのです。

 

では、花の形に注目しましょう。

5月、世界のばらを展示する大規模なイベントが開かれました。

ばらには、現在3万にのぼる品種があります。
その形もじつにさまざまです。

ティーカップのような「カップ咲き」。

花びらが密集した「ロゼット咲き」。

会場では、ばらの美しさを競うコンテストも開かれました。

ばらの愛好家たちが庭で育てた花を出品しています。

審査員は、ばらの普及につとめる団体「日本ばら会」の理事たちです。

大賞に輝いたのは、こちらのばら。

この花のどこが優れているのか。
理事長の長田武雄さんにポイントをきいてみましょう。

長田「現代ばらの最大の特徴である剣弁高芯、すなわち、一番外側の花びらが内側にちょっと丸め込まれまして、先が尖ると。で、中の芯(しん)は、残りの花弁は、こんもりと包まれまして、全体が正形になってると。同心円ていいますか。形の上で最高の形になってると。」

ばら鑑賞・最初のツボは、
「均斉のとれた剣弁高芯を味わう」

「剣弁高芯」は、モダンローズの代表的な形。

花弁、つまり花びらが剣のように尖り、中央の芯が高くそびえる姿をいいます。
中国の園芸品種がもつ特徴を、ヨーロッパでさらに際立たせて作り上げた、究極のばらの形です。

剣弁高芯の花は、19世紀以来、ばらの主流として栽培されてきました。

100年以上かけて、世界中で磨き上げられてきたのです。


この「京成バラ園」で7000株もの花を育てているのが、チーフ・ガーデナーの鈴木満男さん。

剣弁高芯の花をみごとに咲かせるコツをうかがってみましょう。

鈴木「まず、花数を少し制限するということが大事かと思います。そうしますと、ステム(枝)が長くなりまして、もっと大きな花が咲いてくれます。さらに、剣弁になってくれると思います。」

しかし、花の数を減らし過ぎてもいけません。今度は、高芯の形が崩れてしまいます。

鈴木「こちらのダブル・ポイント、芯が二つですね。こういう状態になることがあります。肥料吸収しすぎる。せっかくの花が、芯がふたつになる、ということが起きてしまう。」

同じ剣弁高芯のばらでも、品種によって性質が異なります。
花のすき方や肥料の与え方など、こまやかな目配りが必要です。

鈴木「自然界にはなかなかこういう花形は存在しないんですが、ま、存在しないってところがいいわけですね。それがずっとみんなに受け入れられてきた。まあ、ばらとしては非常に完成された形だと思います。」

精巧な彫刻を思わせる剣弁高芯のばら。それは、人間の美意識が作り上げた、高度な芸術品なのです。

弐のツボ 奇跡の色を愛(め)でる

日本の酒造メーカーが青いばら作りに成功しました。

ばらの花には、青い色素がないため、「青いばら」といえば、「不可能」の代名詞でした。

それを可能にしたのは、最先端の遺伝子組み換え技術。

パンジーから取り出した青色の遺伝子をばらに組み込みました。
成功までに14年もかかった大プロジェクトでした。

研究所長の田中良和さんです。

田中「青いばらですとか黄色いアサガオは伝説になっていますから、難しいことにチャレンジするのは研究者としてやりがいがあります。」

じつは、青だけでなく、多くのばらの色は、人の手によって生み出されたものです。

ばら鑑賞、二つ目のツボは、
「奇跡の色を愛でる」

19世紀、誕生したばかりのモダンローズには、赤、白、ピンク系など、限られた色しかありませんでした。

人工的に交配を行うことで、「黄色」をはじめ、新しい色が生み出されていきました。

新しいばらの品種は、「育種家(いくしゅか)」とよばれる人々によって作られてきました。

日本を代表する育種家・寺西菊雄さん。育種家にとって、魅力的な色の品種を生み出すことは重要な仕事です。

望む色を出すために、「交配」を行ないます。
ある品種のめしべに、別の品種の花粉をつけて、新しい品種を作るのです。

しかし、思い描いた色がすぐ現れるわけではありません。
何度も交配を繰り返し、数年かけてようやく、これぞという色を生み出すのです。

寺西さんの代表作「天津乙女(あまつおとめ)」。
世界中の庭で育てられている名花です。
赤とオレンジのばらを交配し、このやわらかな黄色が生まれました。

薄紫色の「マダム・ヴィオレ」。
上品な淡い色調で、人気を博しました。

ばらの色は、計算どおりに作れるものではありません。
決め手は、長い経験に基づく「読み」だといいます。

寺西「カンというんでしょうかね。それはあると思うんです。それだけは人には負けないと思ってるんですが、それも長年やってる中のことですから。」

魅惑的でゆたかなばらの色の数々。そのどれもが、育種家の根気強い作業の末に生み出された、奇跡の色です。

参のツボ 名前に秘められた物語を知る

人の手で作られた作品であるばらには、それぞれ「名前」がつけられています。

園芸家の高木絢子(あやこ)さん。
名前を知ることが、ばらをより深く味わう手助けになるといいます。

高木「これはね、きれいでしょう、オフィーリアというお花なんですね。名前の響きもきれいですし、オフィーリアの名前というのは、シェークスピアのハムレットに出てくる悲劇のヒロインのイメージがね、このオフィーリアという名前で、ふくらんでくるのでね、よりキレイに感じます。」

高木「これはシュネービッチェンっていうお花ですね。いま一般に流通されている場合は、アイスバーグ(氷山)というふうな名前に変わってしまいましたのね。私はやっぱりこれを作られた人の気持ちが、シュネービッチェンというその名前の中に込められているような気がして、作出家の魂を、シュネービッチェン、と呼ぶことによって、感じることができます。
お花の形とか色とかといっしょに名前を受け取って、作った方の思いを受け取るわけですから、私は名前を大事に思ってますね。」

ばら鑑賞、三つめのツボは、
「名前に秘められた物語を知る」


提供:
佐倉草ぶえの丘バラ園

日本語の名前のばらにこだわった育種家がいます。鈴木省三。
「日本のばらの父」とよばれています。

省三がばら作りを始めたのは、昭和の初め。
当時は、西洋から輸入された品種がほとんどでした。

日本独自のばらを作る。それが省三の夢でした。

世界で、初めて認められた省三の作品。
その名は「天の川」。

濃い緑の葉の中、小さな花が散りばめられた姿は、まさに夜空にきらめく星のよう。

情緒あふれる名前が、日本的な美をかもし出します。

1967年に発表した代表作。
開くにつれ、花びらの縁が赤く染まっていく、新機軸のばらでした。当時、人々を熱狂させた、1964年の東京オリンピックにちなんで名づけられます。

このばらの名は「聖火」。
国際バラコンクールに出品され、みごと金賞を受賞しました。

省三が生み出したばらは100種類を超えます。そして、そのほとんどに日本語の名前をつけました。ばらの原点をたどると東洋だったとの思いが強く、日本のばらには、どうしても日本語の名前をつけたいと願ったのです。

バラの名前。そこには、人々が花に託した思いや、時代の記憶までもが刻まれています。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

多くの女性たちがそうかもしれませんが、バラは私の大好きな花。姿も美しいけれど、それにも増して「香り」が好きなのです。バラを見ると、必ず鼻を近づけてにおいをかぎます。バラの香りのシャンプー、せっけん、キャンドル、バラの香りの水・・・バラの香りがするものは何でも好きです。あの香りをかいでいるだけで、とても優雅でゆったりとした気持ちになるんです。
とはいうものの、今回番組に登場くださった愛好家の皆さんのように、本物のバラをきれいに育てるのはなかなか大変。風通しも日当たりも必要で、病気や虫にも気をつけなくてはいけません。園芸好きの私の母も、バラだけはなかなか上手く育てられず、何度も失敗していました。 その母が、今年、久しぶりにつるバラを求め、育て始めています。目標はバラのアーチ!・・・できるといいんですけどね。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
We See Wynton Marsalis
Milou Stephane Grappelli
Waltz For Debby John McLaughlin
Days Of Wine And Roses Sarah Vaughan
Speak Low 松本 茜
Time After Time Paul Desmond
I'll Close My Eyes Jimmy Smith
Generique Miles Davis
Stella By Starlight Duke Pearson
Li'l Darlin' Turtle Island String Quartet
No.2 Chick Corea
You Are Too Beautiful Bud Shank
Florence Sur Les Champs-Elysees Miles Davis
Everything Happens to Me Wynton Marsalis
My One And Only Love Oscar Perterson
La Vie En Rose Louis Armstrong
Au Bar Du Petit Bac Miles Davis
We See Wynton Marsalis