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File91 蓄音機(ちくおんき)


壱のツボ 曲線が生む華麗な響き

蓄音機は、1877年、かの発明王、トーマス・エジソンが生み出しました。
蓄音機独特の臨場感あふれる音。人を魅了する、その音の秘密はどこにあるのでしょうか?

数十年に渡って蓄音機を研究してきた店のオーナー磯貝建文(いそがいたけふみ)さんに伺いましょう。

磯貝「蓄音機と今のオーディオ機器とはまったく別物。
電気信号に変換せず、直接、空気を震わせて音を出す蓄音機は、いわば『楽器』だと思えばよい。」

音が出る仕組みは、いたってシンプル。

まず、レコードに刻まれた溝から、針が小さな振動を拾い上げ、サウンドボックスと呼ばれる部分で、音を再生します。
さらに、ホーンを通ることで音が拡大されます。

大切なのは、この過程で、忠実な音を再生すること。
そのために、曲線を駆使した独特の形が生み出されました。

磯貝「美しさが美しさのための美しさではなく、いかに良い音にするためにそういう形にするのか。
音の入り口から出口まですべて曲線でできているし、それが最も美しい音を出すような形に折り曲げられたりしている。」

そこで、蓄音機鑑賞、一つ目のツボは、
「曲線が生む華麗な響き」

この円形のサウンドボックス。蓄音機の心臓部と呼ばれています。
中に入っているのは、ダイアフラムと呼ばれる振動板。
この丸い形に音を再生する秘密が隠されています。

まず、レコードから拾いあげた振動を中心で受けます。


そして、そこから波紋のように広がる振動がダイアフラム全体に均等に伝わっていきます。
円形だからこそ、録音された音が正確に再生されるのです。

さらに、渦巻状に施された美しい模様は、ダイアフラムの中心から外側まで振動を効率的に伝えるために計算された形なのです。

そして、サウンドボックスで再生された音を拡大する装置がラッパ型のホーンです。
蓄音機の顔とも呼ばれ、ここにも独特な曲線美があります。

最初にエジソンが発明した蓄音機は、ストレート・ホーンと呼ばる、直線的な形でした。(冒頭写真参照)
その後、試行錯誤を重ね、生み出されたのが、この、滑らかな曲線です。
徐々に比率を変えて広がっていくことで、それまで出なかった低い音や高い音が再生されるようになりました。

どうしてなのでしょうか?
まず、直線的なホーンの場合、空洞の中で音が乱反射するので出口付近で音がこもってしまいます。

対して、ラッパ型は、音の伝わり方に抵抗が少なく、より自然に音を再現しながら、拡大することができるのです。

音の測定器が無い時代、職人は、耳だけを頼りに、この複雑な曲線を生み出していったのです。

ラッパの造形には、高度な技術が必要でした。
木製のラッパの場合…
何枚かのパネルを、微妙な曲線に整形したあと、はり合わせて作ります。
100年経った今なお、木が反ったりせず、継ぎ目がわからないほど正確な形をとどめています。

こちらは、明治の終わりに造られた、国産第1号の蓄音機。
9枚の金属パネルをはり合わせた形は、菊の花。
花びら一枚一枚が彫金され、美しさが引き立ちます。

百花りょう乱、個性的な表情を見せる、ラッパの形。
蓄音機を飾るさまざまな曲線美。
それは、より美しい音を求めた職人たちの技術のたまものです。

 

弐のツボ 木が生み出す音の個性

金沢にある蓄音機の博物館。
展示されているのは、個性豊かな蓄音機のコレクションです。
中でも、ひときわ目を引くのが、豪華な調度品としてリビングを飾る「フロア型」と呼ばれるもの。
戦前は、家を一軒買えるほどの値段がついたものもありました。

重厚感ある高級木材を使ったボディには、それぞれの木の特徴を生かしたさまざまな装飾が施されています。

オーディオルームにずらりと並べられたフロア型の蓄音機。
青柳廣則(あおやなぎひろのり)さんは、音にこだわって蓄音機を集めていくうちに、あることに気がつきました。

青柳「それぞれの蓄音機の持っている材質の違い、装飾、そういった表情と音が密接に関連している。
やわらかい木の音はやはりとても優美な音がする。固い木の音はとても力強い音がする。
一台一台が本当に個性的に響く、そういう楽しみ方を蓄音機はできると思う。」

そこで、蓄音機鑑賞、二つ目のツボは、
「木が生み出す音の個性」

イギリスを代表する2台の高級蓄音機。
それぞれに木の特性が生かされています。

青柳「こちらが202。
素材はオークという非常に硬い材質を使ってできている。
素材に合わせてデザインも直線を基調とした力強いデザインになっている。そのデザインがまさしく音そのものになって表れている。
とても男性的な力強い音。」

青柳さんにこの蓄音機に合う曲を選んで、かけていただきました。
チェロの巨匠、カザルスが奏でる音色が低く荘厳に響き渡ります。
低音が力強く際立つのが、オークを使った202の特徴だと青柳さんは言います。

一方、203はマホガニーの柔らかな材質を生かした、女性的なデザインです。 
艶(つや)やかな輝きを放つ木目に、草花を模した彫刻が施され、優美さを醸し出しています。
ハープシコードの軽やかな音色・・・
高音部がやわらかく深みある音を出すのが、マホガニーを使った203の特徴。

そして、青柳さんに最高の音を出すという蓄音機を紹介していただきました。
「ロイヤル」と名付けられたこの蓄音機。
イギリスのメーカーが、国王ジョージ5世の戴冠20周年に献上したものと同じものです。
優雅な丸みを帯びたボディは、マホガニー製。
80年近く経った今も重厚な気品をたたえます。

木目が、美しい幾何学模様を構成しています。
さまざまな木をはめ込んだ、細やかな象眼。

さらに、ボディのマホガニーは、当時最先端の技術であった合板にすることで、柔らかな音に力強さが加わります。

木の性質を生かすことで、音の個性が生み出されていった蓄音機。
その中から自分のお気に入りの一品を見つけることこそ、運命の出会いを楽しむのに似た、最上の喜びだったのです。

参のツボ 持ち歩く音に喜びあり

好きな音楽をいつでもどこでも楽しみたい、そんな思いから誕生したのが、ポータブル蓄音機です。

こちらは、コンパクトに持ち運べる、トランク型。
内蔵されたホーンの音が背後の穴から出て来る仕組みです。
また、小さくても音がよく通るように、ふたが反射板の役割を果たすという優れもの。

ポータブル蓄音機を日常的に 愛用している藤森朗(ふじもりあきら)さんです。

藤森「ポータブル蓄音機の良いところは、室内と同じように外でも音を楽しめること。
天気のいい日はこうやって、庭で聴いたりする。
音を持ち歩く喜びこそ、ポータブルのだいご味。」

そこで、蓄音機鑑賞、三つ目のツボは、
「持ち歩く音に喜びあり」

 

20世紀初頭、限られた人々のものだった蓄音機は、ポータブルの出現によって、広く楽しまれるようになります。

中には、遊び心あふれるユニークなデザインもたくさん誕生しました。

例えば、こちらは、時計がついた箱のように見えますが・・・

ふたを開けて、組み立てると、ほら、蓄音機に早変わり。
時間をセットすると、蓄音機が動き出す仕掛け。
アラームの代わりにレコードの音で目を覚ます朝。
そう快だったでしょうね。

こちら、世界最小のポータブル蓄音機。
直径11センチ。懐中時計のようなデザインのケースに、ターンテーブル、サウンドボックスなど、すべての部品がパズルのように納められています。
小さくても、セルロイド製の共鳴箱を使って、良い音を奏でます。

それでは、藤森さんにとっておきのポータブル蓄音機の楽しみ方を教えてもらいましょう。
それは、美しい景色とともに音楽を楽しむというもの。

芦ノ湖を一望できる箱根の草原で藤森さんが選んだ曲は・・・
伝説のテノール歌手、エンリーコ・カルーソーの「オー・ソレ・ミオ」。

藤森「蓄音機の音はCDと違ってナチュラルな音で、臨場感がある。
だから、野外で聴くと、それが開放されて、鳥もいっしょにさえずってるような感じがして自然とマッチしてとても気持ちがよい。
雄大な感じがする。」

何十年も前に録音された歌や演奏が大自然の音と響き合います。
人の息づかいを感じさせる蓄音機の音は長い時を経て、なお生き続けているのです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

蓄音機、ほんとに暖かい、いい音ですね。
生で聴くことにはかなわないでしょうが、その親密な音は、画面を通じても伝わったのではないでしょうか。使われている木によって音色が違うなんて、まさに『楽器そのもの』。きっと日によっても音が微妙に違うのでしょう。蓄音機を外へ持ち出し、自然の中でレコードを聴きながらワインを傾ける・・・映画の一場面のようでした。うらやましい・・
個人的には、あの伝説のテノール、カルーソーの歌声に感激しました。カルーソーは20世紀の初頭に活躍し、48歳で急逝したイタリアのオペラ歌手。彼のことを歌った「カルーソー」というとてもいい曲があるのですが、パバロッティさんが歌うこの曲が私は大好きで、ずっと気になっていたのです。カルーソーの歌声に聞き入り、ナレーションをするのを忘れてしまいそうでした。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Dandy Randy Paul Smith
Awaking Eddie Daniels
ST.Louis Blues Joe Daniels & his Hot Shot in Drumsticks
Come Sunday Phineas Newborn Jr.
Sweet And Low The Three Suns
NO.7 Chick Corea
Stardust Clifford Brown
Lush Life Yoshiaki Masuo & Tsutom Okada
A Young Man's Fancy Paul Smith
In The Still Of The Night Stephane Grappelli & Yo-Yo Ma
Bags' Groove Miles davis
I Remember Clifford Yoshiaki Masuo & Tsutom Okada
NO.1 Chick Corea
Fisherman Miles Davis
I Remember You Paul Smith
So In Love Stephane Grappelli & Yo-Yo Ma
Up Jumped Love The Three Suns


本編中にかけたレコードリスト

曲名
アーティスト名
聖ジェームス病院 ルイ・アームストロング
今も聞こえる君の歌声 歌劇『真珠取り』より エンリーコ・カルーソー
ラブ・イズ・ア・メニー・スプレンダード・シング ナット・キング・コール
メヌエット パブロ・カザルス
タンブーラン ワンダ・ランドフスカ
シャコンヌ ジャック・ティボー
ライム・ハウス・ブルース フランス・ホットクラブ 五重奏団
アイ・キャント・ギブ・ユー・エニシング・バット・ラブ フレディ・テイラー
誰も寝てはならぬ 歌劇『トゥーランドット』より ベンニャミノ・ジーリ
オー・ソレ・ミオ エンリーコ・カルーソー
シビライゼーションン ダニー・ケイ