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File85 蔵


蔵の町・岡山県倉敷には、白壁の美しい蔵が建ち並んでいます。
「物資が集積する場所」を意味する「倉敷地」が名前の由来です。
商人町として栄えた倉敷では、江戸〜明治にかけて大商家が蔵を次々と建てました。

明治2年創業のこちらの呉服商には、今も敷地内に7つの蔵が残されています。
蔵を持つということは、それだけ蓄える物を持つということ。蔵はモノの貯蔵庫というだけでなく、富の象徴として庶民のあこがれの建物でした。

蔵といえば一般的にイメージされるのは土蔵です。土蔵は、優れた防火機能を持ち、江戸時代に日本全国に広まりました。土を何層にも塗った土壁は、厚みが20〜30センチほどにもなり、蔵の中を火から守る役割を果たしています。

窓や入口の扉にくふうが見られます。扉の周りは段をつけて漆喰(しっくい)で塗り固めた「掛子(かけご)塗り」。通常は開けておきますが、いざ火事のとき、扉を閉めると掛子塗りの段が重なり合って、どんな小さな火の粉も蔵の中に入れません。
大切なモノを火事から守る蔵には、各所にさまざまなくふうが隠されているのです。

壱のツボ 幾何学模様に機能美あり

こちらは、倉敷にある江戸時代後期に建てられた大商家の土蔵。壁一面が、幾何学模様になっています。

「なまこ壁」という壁の独特な幾何学模様。目地の白い漆喰部分の盛り上がりが、海にいるなまこを連想させることから名前がつきました。白と黒のコントラストが、どこかモダンな感覚を醸し出します。


なまこ壁にはさまざまなデザインがあります。各地で職人が腕をふるい、独創的な模様が生み出されました。

倉敷で土蔵の再生事業に携わる建築家の楢村徹さんにツボをお聞きしましょう。

楢村「蔵というのはもともとモノを入れるための建物ですから、本来ならば囲われてさえいればいいはず。その蔵の壁になまこ壁が並ぶことで、より品格も上がり、より高級に見えたり、より守りが強くなったりする。蔵にとって幾何学模様にはそういう意味がある。」

蔵鑑賞、最初のツボ、
「幾何学模様に機能美あり」

なまこ壁の黒い部分は、平瓦(ひらがわら)という正方形の平らな瓦です。もともとは寺院などの床に敷く平瓦を、壁に並べてはり付け、白い漆喰で固めることでなまこ壁の特徴的な幾何学模様が生まれました。

なまこ壁が生まれた理由は、実は蔵の軒下に隠されています。
火事が起きたとき、軒下には熱がこもりやすく、もっとも燃えやすい場所になります。そのため、蔵の軒はできるだけ短くする必要がありました。

一方、軒を短くすると、雨が直接当たって壁が傷みやすくなるため、耐水性に優れた瓦をはって、壁を保護しようとしたのです。こうしてなまこ壁の特徴的な幾何学模様が生まれました。

なまこ壁の蔵が多く残る静岡県松崎町に、なまこ壁の修復現場を訪ねました。
なまこ壁の目地は、漆喰を何度も塗り重ねて作っていきます。この日の作業は一番上の層を仕上げる作業。

まっすぐな目地にするために赤い線で印をつけてから、線に沿って漆喰を塗っていきます。強度が増すように、漆喰を重ねて塗り、1.5センチほど盛り上げます。
こうすることで、長年風雨にさらされても、継ぎ目から水が入ることはありません。

左官職人の関賢助さんです。

関「なまこ壁の漆喰目地は、実際よりも高く盛り上がって見えるようにすると美しいのです。」

一本一本手間をかけ、高く盛り上げて塗られた目地は、なまこ壁に立体的な表情を与えています。蔵独特の整然とした幾何学模様は、機能と一体になったデザインなのです。

弐のツボ 漆黒の壁に輝きあり

一般的な土蔵のイメージは、真っ白に塗り固められた漆喰壁。黒い瓦やなまこ壁が、白さを際だたせています。白い壁の蔵は江戸時代に全国でつくられるようになりました。

一方、こちらは幕末の江戸・日本橋の町並みを描いた浮世絵です。通りに面して並ぶ蔵は、どれも黒い色をしています。「江戸黒」と呼ばれる蔵の黒は、江戸商人たちの間で大流行しました。

その日本橋をまねて作られた町並みが、小江戸と呼ばれる埼玉県川越に残されています。明治26年に起きた大火のあと、川越商人たちが建てた蔵造りの店舗。
今も30棟ほど残っている蔵のほとんどは、「黒漆喰(くろじっくい)」によって重厚な色をまとっています。

川越の蔵の調査・研究を行っている福田喜文さんです。

福田「黒漆喰は、手間・暇・金のかかる非常にぜいたくなもの。しかもただ黒いというだけでなく、輝きをもった黒なんです。商人たちは競って輝きを持った黒い蔵造りを作っていったのです。」

蔵鑑賞、二つ目のツボ、
「漆黒の壁に輝きあり」

もともと黒は渋好みの江戸っ子たちの間で粋(いき)とされた色。
こちらは解体された蔵の壁の破片です。断面を見ると、白い漆喰で仕上げた上に、輝くような黒がごく薄く塗られていることがわかります。

輝きを持った黒はどのようにして作られるのでしょうか。
今では少なくなった黒漆喰を作ることができる左官の加藤信吾さん。次の世代に技術を伝えるため、蔵造りの自宅を若い職人とともに建築中です。
加藤さんに、黒漆喰の作り方を教えていただきます。

黒漆喰の黒は、菜種油を燃やしてつくる「油煙」という高級なすすから生まれます。油煙を混ぜた黒い漆喰を、丁寧にこしたものが、「黒ノロ」といわれる塗料です。なめらかな黒ノロが輝くばかりの江戸黒の壁を生み出すのです。

真っ白に仕上げた壁の上に、黒ノロを薄く塗っていきます。ひび割れのないなめらかな表面にするためには、黒を「紙一枚」と言われるほど薄く塗る必要があります。

黒ノロが固まってくると、次に絹布で磨きます。しだいに輝きが宿ってくる壁にさらにとの粉を打って、最後にはなんと素手で磨き出します。時間をかけてじっくり磨くことで、表面は鏡のようになり、顔が映るほどです。

加藤「磨いていて音が出るようになるとだいたい下地が堅くなってきて、だいたい磨けてきたかな、という感じなんです。手で触ってみるといい漆喰は瀬戸物のようにつるつるしています。」

川越にある明治33年に建てられたしにせの茶屋の蔵。ここに、川越でもっとも美しいとされる黒漆喰が残っています。1階部分は屋根に覆われているため、風雨にさらされることなく、今なおつややかな光沢をたたえています。商人たちがあこがれた江戸黒の輝きです。

参のツボ 蔵座敷の贅(ぜい)を楽しむ

最後は蔵の中に注目しましょう。福島県喜多方にあるこちらの蔵の中は、なんとお座敷になっています。冬でも暖かい蔵の中は、寒さの厳しい雪国の人にとって快適な空間なのです。「蔵座敷」と呼ばれ、東北地方に多く残っています。蔵の中は厚い土壁に守られ、温度が一定に保たれるため、昔から日本酒の醸造に利用されてきました。

喜多方の「蔵の会」で事務局長を務める佐藤弥右衛門さんは「喜多方の商人は、一生懸命稼いで、40代までに蔵を、特に蔵座敷を作らないと一丁前とは言われなかった」と言います。商人たちは競うように立派な蔵座敷を作りました。

蔵鑑賞、三つ目のツボ、
「蔵座敷の贅を楽しむ」

明治38年に建てられたれんが造りの蔵の中にはこだわりの蔵座敷があります。室内には床の間から引き戸、天井、柱に至るまで、珍しい木目を持つことで知られる最高級の木材「黒柿」が用いられています。しかもおぜんや調度品までもが黒柿という、こだわりの蔵座敷です。

最後に紹介するのは喜多方で最大の蔵座敷。黒漆喰の蔵の中には、大きな間口をあけて巨大な蔵座敷がどっしりと構えています。2つの座敷がつながった、あわせて51畳にもなる大きな蔵座敷。

金ぱくが施された壁やふすまに囲まれた、豪華絢爛(ごうかけんらん)の大空間です。
喜多方の商人たちが競い合って建てたという豪勢な蔵座敷。最高級の材料と職人の技がつぎ込まれた、まさに究極の蔵です。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

今回は谷さんのお屋敷の蔵の中が初公開!まだまだいろんなお宝が眠っていそうで、興味しんしんでした。「蔵」というと、とにかく堅牢なイメージしかなかったのですが(残念ながら私の身近にはありませんし・・・)、今回はさまざまな蔵のバリエーションを知りました。黒漆喰と白漆喰、なまこ壁の模様、置屋根に掛子塗り。蔵を立てること自体、お金も手間もかかります。そのこだわりは、外から見るだけでもけっこう楽しめそうですね。
番組の中で、ムソルグスキーの「展覧会の絵」とチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」というクラシック音楽ををアレンジしたBGMが使われていました。立派なつくりでありながら、どこかモダンな香りのする蔵の姿ととても合っているように感じたのですが、皆さんはどうお感じになりましたか?

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Moanin' Art Blakey
Hat And Beard Eric Dolphy
Gone Lover Chico Hamilton
Mam'Selle 4 Freshmen and 5 Trombones
I Could Write A Book Miles Davis
Tick-Tock Wynton Marsalis
My Funny Valentine Bill Evans andJim Hall
O Rande Amor Gary Burton & Makoto Ozone
Why Shouldn't I Paul Desmond
Jubilo Wynton Marsalis
Picture At An Exibition Niels Lan Doky
Lullaby Of The Leaves Gerry Mulligan
Tempus Fugit Turtle Island String Quartet
Naima John Coltrane
Habanera Wynton Marsalis
Stella By Starlight Oscar Peterson
Theme From Violin Concerto In D Major Niels Lan Doky
Ballad Of The Sad Young Men Wynton Marsalis
Tick-Tock Wynton Marsalis
Love Is Just Around The Corner 4 Freshmen and 5 Trombones