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File105 江戸の古地図


 

江戸時代、伊能忠敬が作った「大日本沿海與地図」。
日本初の全国測量地図です。

当時の測量技術の高さを示す、精密な美しさ。

しかし、同じ江戸時代、他にも日本独特の美しい地図が、数多く生まれたのをご存知ですか?

約13万点の地図が保管されている岐阜県図書館・世界分布図センター。

ここに古地図コレクター、山下和正さんのコレクションがあります。


岐阜県図書館
(山下和正コレクション)

これは江戸時代の福島の国絵図。国絵図で4色刷りはとても珍しいとか。

山下「陸奥の国の4つの郡の地図なんですけど、これも40年の間で2回しか見たことない地図なんですよ。その時点で珍しい。でもなんで4つの郡なのかっていうのは、最初は何だか分からなかったんですが、調べてみたら磐木平藩の領分を示している藩領図ですね。最初はなんだかわからないことが多いんですね。謎を解くのも、地図のおもしろさのひとつなんですよね」


岐阜県図書館
(山下和正コレクション)

これは山下さんのコレクションで、最も細長い地図です。
およそ8メートルにわたって、日本列島が描かれています。


岐阜県図書館
(山下和正コレクション)

実はこれ、道中図と呼ばれる地図。
江戸時代の旅ブームを背景に誕生しました。
街道沿いの宿場町やその距離などが、美しいデザインとともに描かれています。


岐阜県図書館
(山下和正コレクション)

このカラフルな地図は、武蔵の国、現在の東京近郊の地図です。
1つ1つの郡が色分けされています。

浮世絵など、木版画の技術が発達したことで、こうした多彩な地図が生まれました。
その技術とセンスが、地図にも反映されているのです。


岐阜県図書館
(山下和正コレクション)

これは、地震の被害を表わした地図。
マグニチュード6.9を記録した安政の大地震です。
地図は災害情報を伝える瓦版の役割も果たしていたのです。


岐阜県図書館
(山下和正コレクション)

赤は全焼、グレーは倒壊した建物。
隅田川にかかる橋もすべて崩れ落ちたことがわかります。


三井文庫

こちらは、鳥の目線で日本列島を描いた鳥瞰図(ちょうかんず)。
美しい山々が、折り重なるように連なっています。

しかし、列島の形は、かなり個性的です。

山下「たとえば日本列島を描いても、我々とはずいぶん認識が違う日本列島の姿があるんですね。それはある意味で抽象画的な意味でかえっておもしろいとか、稚拙だけれどおもしろいというか、プリミティブアートという意味で、我々が見ると意外性があっておもしろいと」


その鮮やかな色彩や、個性的なデザインは、今の地図にはない魅力にあふれています。
そして、そこには人々の暮らしをかいま見ることができます。

 

壱のツボ 刻まれた、美しい町の面影


三井文庫

縦2メートル、横3メートルの巨大な地図。
紀州徳川家の秘図、『明暦江戸大絵図』です。

江戸城を中心に手書きで描かれた江戸の地図。
明暦の大火後、幕府の都市計画用に作られた地図です。


三井文庫

古地図の復刻を手がけてきた、芳賀啓さんです。

芳賀「江戸の初期の、これだけ古くてこれだけ広い範囲、それからこれだけの情報が集まった地図を私は見たことありません。まさに江戸図の宝石といっていいと思います」


三井文庫

まず、目をひくのは、色。
複数の色で、町が色分けされています。
江戸の地図で色は、重要な役割。

町屋は赤、寺社は白、川や池は青で表わしています。

芳賀「この地図を見てますと、江戸のこの時期の町はとってもきれいだったんだな、美しい町だったんだなって思わせる色使いをしております」

古地図鑑賞、1つ目のツボは
「刻まれた、美しい町の面影」


三井文庫

これは、江戸時代の中ごろに作られた、江戸切絵図です。
大名、旗本など武家の一軒一軒が、名前入りで記されています。

実は江戸の町は表札がなく、似たような家並みが続いていました。
訪問客の多かった武家にとって、携帯用の区分地図は画期的な地図だったのです。


三井文庫

ところで、この地図に描かれた名前の向き、バラバラだと思いませんか?
実はこれ、理由があるのです。

名前の向きが、建物の表門の位置を示しているのです。
これで、2つの通りに面している岡本さんのお宅の入口も、一目でわかります。

道沿いに点在する四角のマーク。
これは、「番所」と呼ばれる、今でいう交番のようなものです。


三井文庫

切絵図は、時代の変遷で、より美しい地図となっていきます。

特にこの尾張屋板の切絵図は、錦絵風の美しさでロングセラーとなりました。
この地図から、また新たなくふうが加わります。
家紋です。
家紋は、大名の藩主が住む、上屋敷を表わしています。


三井文庫

庶民たちの楽しみもまた、切絵図に反映されています。
ところどころに描かれた富士山のマーク。
江戸時代流行した、富士山信仰の影響です。


三井文庫

江戸には、富士山を模した、富士塚が多く作られました。
当時は、この富士塚にお参りすることで、現実の富士登山と同じご利益を願ったのです。


三井文庫

芳賀「幕末から今まで150年ほど経ってしまっている。たかが150年前の都市なんですけども、今ではもう面影というのはすっかりなくなっています。江戸の全体は、この切り絵図の中に、面影として残されているだけだと。だから江戸切絵図というのは、全体として江戸の町そのものを表わすサインだったといえるんじゃないでしょうかね」

今や幻のごとく、消えてしまった江戸の風景。
その美しい面影を辿る、数少ない手掛かりが、江戸切絵図の中に、ちりばめられています。

弐のツボ 空にはばたく絵師の想像力


神戸市立博物館

続いては、鳥瞰図に注目です。

葛飾北斎が描いた一枚の絵。
これもまた、地図なのです。
江戸から京都までの東海道を描いた地図。

しかし、さすが北斎。
巨大にデフォルメされた富士山が、地図の中央に描かれています。

これが、平面図ではできない、鳥の目線で描いた鳥瞰図なのです。

飛行機も高層ビルもなかった時代に、どのようにして絵師たちは鳥瞰図を描いたのでしょうか。

古地図鑑賞、弐のツボは、
「空にはばたく絵師の想像力」

現代の鳥瞰図絵師、延木由起子さん。
彼女は、祖父から続く3代目鳥瞰図絵師。江戸時代と同じくペン一本で、描くことを大切にしています。

これは、延木さんが住む、滋賀県大津市を描いた鳥瞰図。
航空写真など頼らず、地域をくまなく歩いて完成させました。

延木さんの鳥瞰図作りは、まず描く範囲を歩き回り、スケッチすることから始めます。

現在、手がけているのは、自宅近くにある西教寺。聖徳太子による創建と伝えられる古刹(こさつ)です。

建物の重なりや、見えにくい場所は、視点をずらし、さまざまな角度から観察。

さらに見えない部分は想像し、立体的に描いていきます。

これが完成した西教寺の鳥瞰図。

スケッチしていた鐘楼は、ここにあったのですね。

延木「自分が鳥になったつもりになって、空に舞い上がっていろんな建物を見ながら、その中でどんな生活が営まれているのかなぁとか。で、この森はどんな生き物がいるのかなぁとか。ここの祠(ほこら)はどういう風に大切にされているのかなぁとかそういったことを想像するのが楽しいですね」


三井文庫

これは、江戸の名物土産となった江戸の鳥瞰図。
江戸庶民が愛した名所が、この1枚に詰まっています。
隅田川にかかるのは、夏の花火の名所・両国橋。
蓮(はす)の花見客でにぎわうのは、不忍池。

鳥瞰図は、作者の想像とこだわりが生んだ美しい地図なのです。

参のツボ 地図皿に時代の風


神戸市立博物館

最後はこんな古地図をご紹介しましょう。
幕末、日本地図を描いた皿が、庶民に流行します。
最も普及したのは、伊万里焼地図皿。
地図は器のデザインとして、楽しまれるようになったのです。


神戸市立博物館

神戸市立博物館学芸員の三好唯義さんにお話をうかがいました。

三好「たぶんめでたい席での、盛り皿といいますか、料理をたくさん盛ってですね、みんなの前でみんなが楽しんで食べる、と。それでモノがなくなっていくと日本列島が見えるというような。やはり宴席を盛り上げるといいますが、そういうような意味では嗜好(しこう)があったんじゃないかと思いますけど」


神戸市立博物館

デザインは、あえて稚拙な日本地図を採用しています。


仁和寺

日本に古くから伝わる「行基図」と呼ばれる地図です。
これが、当時庶民にとって、最もなじみ深い日本の姿でした。

古地図鑑賞、三つ目のツボは、
「地図皿に時代の風」


島津法樹

源内焼のコレクター、島津法樹さん。

源内焼は、エレキテルの発明で有名な平賀源内による焼き物です。
彼は、長崎で得た海外の情報を、焼き物にデザインしました。


島津法樹

この源内こそ日本で初めて地図皿を作った人物。伊万里の地図皿より60年ほど前に、一部知識人の観賞用として作られました。


島津法樹

島津「絵の具が上に厚く盛ったような感じになってますよね。これは油絵は、絵の具をずーっと盛り上げて作りますけど、源内のほかの作品をみるとほとんどそうです。こうすると線だけよりも非常にインパクトが強いものが出来上がるんですよね。これはもう明らかに油絵の手法でこれを作ったということがつながると思います」


神戸市立博物館

源内は、同じ手法で世界地図皿も作成しています。
地図皿には、当時最先端の知識が、詰まっていたのです。


栗田美術館

源内が地図皿を作ってから、約60年後。日本には、外国船が姿を現すようになります。 そんなとき、親しみやすい日本の形が描かれた地図皿が、庶民が楽しむ器として普及しはじめたのです。

島津「いやがおうでも、日本の国とか、世界の国とかそういうものを意識せざるを得ない時代にはなってきてたんで、まぁ庶民の間にも、国という範囲、国という意識が広まっている時代でもありますので、やはり当時の人々の地理的な知識なり認識が色濃く反映されていると思われます」


神戸市立博物館

やがて黒船が浦賀に来航。
地図皿には、時代の変化を感じ取った人々の意識が深く刻まれていたのです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

いきなり「鬼平」の名ぜりふで始まった今回の美の壺。実は担当ディレクターが時代小説の大ファンなのです(それも小学生のときから読み込んでいたとか)。『古地図』そのものもさるものながら、そこから浮かび上がってくる江戸時代の町や風俗には、時代小説ファンならずとも心躍るものがありました。江戸の町並みや暮らしに思いをはせると、無限に想像力をかきたてられます。
それにしても、精密な手書きの『鳥瞰図』を見ながら改めて思ったことですが、整然と活字になった地図よりも、手書きのイラスト入りの地図のほうがずっとわかりやすいということ、けっこうありますよね。後からでも周りの風景ごと思い出せる。観光地であのような地図を手に入れると捨てられずにとっておく私です。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Village blues Eddie Condon
Lotus blossom Nicholas Payton
Three for the festival Roland Kirk
Slipped again Thad Jones
Time after time Archie Shepp
I've lost your love MJQ
So what Nicholas Payton
America Tommy Flanagan
All the things you are Chet Baker
Joe's blues Eddie Condon
Chatte trois couleurs 大坂昌彦
Rumblin' Manhattan Jazz Quintet
A night in tunisia Miles Davis
Send in the crowns Richard Davis
On green dolphin street Hank Jones
Children's song #2 Gary Burton, Chick Corea
Love walked in Kai Winding
Tiger rag Eddie Condon