仕事帰りにちょっと一杯。 赤ちょうちんに、ついつい引き込まれてしまった経験ありますよね? 赤いちょうちんは、茶店などの看板として江戸のころから親しまれてきました。
そもそも、ちょうちんとは持ち運んだりつるしたりできる照明のこと。 竹ひごに和紙をはっただけのシンプルな作りです。 和紙を通した柔らかい光が、日本の夜を美しく照らしてきました。
ちょうちんは江戸時代、ろうそくの普及とともに広まっていきました。 絵や文字を書くことで照明としてだけでなく、飾りとしても使われてきたのです。
この道60年、京都の老舗(しにせ)ちょうちん店の職人・橋康二さんは、赤ちょうちんなどの実用品から祭りで使うものまでさまざまな種類を手がけてきました。
高橋「御神燈と書けばお祭りのちょうちんになり、おでんと書けば飲み屋さんの赤ちょうちんになります。形を変えるわけですが、これは化けるということなんですかね」
ちょうちんには、どこか人の心を高揚させる力があります。 日本有数の花街(かがい)、京都・祇園。 ちょうちんを、舞妓たちが舞う都をどりの舞台に飾りつけることで、観客を派手やかな世界へいざないます。
人が集まるところにちょうちんあり。 東京・浅草のシンボルは、雷門の大ちょうちん。 ちょうちんは、日本の暮らしと深く結びついた特別な道具です。
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夜の街に一斉に掲げられた明かり。 毎年八月に行われる秋田の竿燈まつりです。 竹ざおにつるされたちょうちんを体を使ってバランスよく支え、技を披露します。 ちょうちんをこのような形に飾るのには訳があります。 実はあるものに見立てているのです。
それは風に揺れる稲穂。 この地方では、豊作を祈願してちょうちんを飾り、明かりをともしたのです。
愛知県一色町に400年以上伝わる大ちょうちん祭りです。 10メートル近い巨大なちょうちんが、神社の境内に所狭しと並べられます。 江戸時代から幾度となく張り替えられ大きく作り直されてきました。
平成の大改修には、職人の橋康二さんが携わりました。
高橋「神様に明かりを献ずる道具として使われてきましたので、道具そのものも神聖化されるということにつながっていると思います」
ちょうちん鑑賞、一のツボ 「ちょうちんがまとう聖なる意匠」
大ちょうちんは、50人がかりで何とか運べる大きさ。 なぜ、このように大きくなったのでしょうか?
ここにはその昔、海からやって来る魔物が田畑を荒らしたという伝承があります。 村人は魔物の退散を祈り、かがり火を焚(た)きました。
やがて、聖なる火を雨風から守るため、かがり火はちょうちんへと姿を変えました。 そして、町内ごとにちょうちんの大きさを競うようになったのです。 神話を題材にした鮮やかな絵の数々。 何枚も和紙を継ぎ合わせてできた大画面。 そこに描かれた巨大な絵が見る人を圧倒します。
橋「大きくするには、ちょうちんだったからできたと思うんです。だから、由緒ある神話の絵だとか、そういうものを描けるようになりましたけどね」
夜、祭りは一層の盛り上がりを見せます。 御神燈に火がともされちょうちんの中に入ると、周囲は幻想的な光でほのかに照らし出されます。 豊かな表情を持ったちょうちんの一つ一つが、聖なる明かりそのものです。
どこか女性的な雰囲気を醸し出す清楚(せいそ)な姿。 その美しさで知られてきた岐阜ちょうちんです。
岐阜では江戸時代からちょうちん作りが盛んに行われ、洗練された技術が今も受け継がれています。 1ミリに満たない極細の竹ヒゴを、ていねいに巻いていく作業。 この繊細な骨組みが、岐阜ちょうちんの特徴です。
出来上がった骨組みに、あらかじめ絵が描かれている和紙を一枚一枚はっていきます。 より光を通すように、竹ヒゴが透けて見えるほど薄い和紙を使います。 ちょうちんの模様も明かりをともしたときに、最も美しく見えるよう考えられています。
明かりをともす部分、火袋(ひぶくろ)を専門に作る職人の鈴村昭夫さんです。
鈴村「ちょうちんは明かりを入れて浮き上がる柄を見てもらうものだから、その想定をして柄を作ります。中に灯を入れたときに絵柄が浮き出てきて、癒しというかそういう気分にさせてくれるような」
火袋に描かれた繊細な絵柄は、明かりをともすと淡く浮かび上がります。
ちょうちん鑑賞、弐のツボ、 「火袋に浮かぶ幽玄の世界」
和紙に絵を描くのは、専門の職人。 稲見繁武さんは、摺(す)り込みと呼ばれる方法で絵を描きます。
「摺り込み」は、型紙を使いながら、色を付けたい部分に顔料をすり込んでゆく方法。 色彩の微妙な違いを出すために、多いときには百回以上もこの作業を繰り返します。
桔梗(ききょう)の花びらに紫を乗せて、深みを出します。 刷毛(はけ)使いの加減で、表情がまったく変わってきます。 ボカシと呼ばれる技が作る色の濃淡が、絵の出来栄えを左右します。
稲見氏「やっぱりボカシですね。花が浮き出るようなやり方じゃないと、ベターっと花が死んでしまう」
それでは、ちょっと明かりをともしてみましょう。 ボカシが作る色の濃淡は、明かりがともるとそのまま光の陰影に変わります。 摺り込みの技が生み出す立体感。 かれんな花は、明かりを入れるとよりあでやかに。 火袋に浮かび上がる幽玄の世界が、夜を風流に演出します。
夏の終わりが近づくころ、京都では街のあちこちにちょうちんが飾られます。 軒先に並ぶ真っ赤なちょうちん。
地域で祭っているお地蔵さんに子どもたちの安泰を願ってちょうちんを奉納する、地蔵盆です。 子どもが生まれるたびに新しいちょうちんを作ります。 そのひとつひとつに名前が書き込まれます。
小杉和雄さんも孫娘のために、ちょうちんを奉納しました。
小杉「我が子だけじゃなくて、地区の子どもさんの幸せとか安全とかを全部願ってやってるんです」
孫の優奈ちゃんは今年、5月に生まれたばかりです。 掲げられたちょうちんが優奈ちゃんの成長を見守ります。
ちょうちん鑑賞、最後のツボ、 「文字に秘められた願い」
四国八十八カ所の霊場のひとつ、志度寺(しどじ)。 それぞれの願いを胸に、遍路たちがここを訪れます。
寺に奉納されているのは、極彩色の讃岐ちょうちん。 弘法大師によって中国から伝えられたといわれています。 力強く書かれた奉燈(ほうとう)という文字。 仏にともしびを献じます。
讃岐ちょうちんを今に伝える職人の11代目、三好正信さんです。 三好さんが手がけているのは、この地方に伝わる特別なちょうちん。
一見、普通のちょうちんに見えますが、実は中が三重になっています。 江戸の初め、地元の殿様の病気回復を願い、奉納するために作られたもの。 外から文字が読めないように、ちょうちんで囲ったのが始まりです。 中心となるちょうちんに神や仏の姿を描き、二重目に願いを書きいれます。 そして、一番外側を鮮やかな柄で彩ります。
凹凸があるにもかかわらず微妙な力加減が生む流れるような線。 酒で清めた墨を使い、一字一字に魂を込めて書いていきます。 文字に願いが託されたちょうちんは、ひと月あまりの時間をかけて作られます。
三好「一番大切なのがちょうちんの隠している部分。お参りする人もいろいろ願いがあると思います。癒しを受けたい人もあるし、またご奉仕をしたい人があったり。心を明かりにする。それが代々続いてきているんだと思います」
闇を明るく照らし出してきたちょうちん。人の心をも美しく照らします。
祖父母の家でお盆のときに飾られていたちょうちん。思いのほか美しく幻想的なあかりに心がやすらいだものです。私の父の故郷は岐阜。「岐阜ちょうちん」の伝統を誇らしく思いました。 職人の橋康二さんが『(ちょうちんは、形を変えて)化ける』とおっしゃっていましたが、骨組みの組み方やどんな絵を描くかで勇壮にも繊細にもなるのが本当におもしろい。 ちょうちんというと、盆ちょうちんのイメージが強いのですが(もしくは、身近な『赤ちょうちん』)、谷さんがしていたように、お月見のときなどに部屋に飾ったりしてもすてき。薄い和紙がはかなげでとても日本的な情緒を感じます。最近はろうそく型の電球が入っているものが主流で、洋間にも違和感のないデザインのものもあるようです。和紙で作った照明は外国などでも人気がありますが、あの繊細な技術、日本伝統の照明としてもっと見直されてもいいかもしれません。
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