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File98 はさみ


今日は「はさみ」に秘められた美の世界を、ご紹介しましょう。

日本は世界に誇る「はさみ」の国。
実にさまざまな形や大きさのものがあります。
「はさみ」には、道具を越えた美しさがあります。

鉄砲伝来で知られる種子島。
日本で初めて国産の「はさみ」が作られたといわれています。
それがこの「種子鋏(たねばさみ)」。
戦国時代、火縄銃といっしょに持ち込まれた中国の「はさみ」が、原型と考えられています。

種子島には、今でも、伝統の製法を受け継ぐ鍛冶(かじ)屋があります。はさみ職人の牧瀬義文さん。 
牧瀬家は、江戸時代まで、代々鉄砲を作るかたわら、はさみ作りも行ってきたといいます。


「種子鋏」は、同じ形の二つの刃を組み合わせて作ります。
一枚一枚、金づちでたたいて作るため、それぞれ形が微妙に違います。
「はさみ」にするには二枚の刃の相性が重要です。


牧瀬「夫婦いっしょになって、一つになって切り開いていきなさい、という意味合いで、結婚式の引き出物になんかによく使われます。」

未来を切り開く…。
日本人は、「はさみ」にそんな思いまで、託してきたのです。

 

壱のツボ 二枚の刃に 日本刀の輝き

洋服の仕立てに無くてはならないのが「裁ち鋏」です。
柔らかい布を自在に裁断する切れのよさが、持ち味です。
それには、理由があります。

手作りで「裁ち鋏」を作る数少ない職人の一人、北島和男さんです。

鉄を赤くなるまで加熱し、たたきながら形を作る伝統の技法。
これは日本で長い間作られてきたあるものの製法と同じです。

究極の刃物といわれる日本刀。
高度な技術がつぎ込まれた美術工芸品です。

北島「このはさみは日本刀と同じ作り、共通点があるんじゃないかと。
刃の切れ味、研ぎの美しさが一番あるんじゃないですかね。」

「裁ち鋏」と日本刀。
どちらも鋭い研ぎの美しさが、白い輝きを放ちます。

はさみ鑑賞、壱のツボ、
「二枚の刃に 日本刀の輝き」

東京・人形町にあるしにせ刃物店。店先に、明治時代の「裁ち鋏」が飾られています。
毛織物の「羅紗(らしゃ)」を切るために作られたものです。

手がけたのは「弥吉」という職人。
明治維新の廃刀令で仕事を失った元刀鍛冶です。
弥吉は、はさみの刃に日本刀の製法を応用しました。

軟らかい鉄と硬い「鋼(はがね)」…、
こうした性質の異なる鉄を組み合わせることで、鋭い切れ味を持ちながらしなやかで折れにくい刃になるのです。

「鋼」は、炭素量が多い鉄。
熱した鉄を、急激に冷やすことで、より硬くすることができます。

「はさみ作り」は、軟らかい地鉄(じがね)に、「鋼」を重ね、およそ1000度まで加熱していきます。
何度も強く打ち込み鍛え、「地鉄」と「鋼」を接合させていきます。
日本刀の技術を応用した「着け鋼」という技法です。

そして、重要なのが二枚の刃の組み合わせです。
よく切れる「はさみ」になるかは、これが決め手。

閉じた状態で真横から見ると、わずかなすき間があります。
それぞれの刃を、微妙に湾曲させているからです。
この状態では、二枚の刃は常に一点で交わります。
ここがモノを切るポイントです。

日本刀の技術を応用し、複雑な工程を経て完成した「裁ち鋏」。
その美しい刃には、日本人が培ってきた伝統の技が、息づいています。

弐のツボ 曲線美が生むしなやかさ

裁縫に欠かせない「はさみ」といえば、「握り鋏」。
糸を切る、縫い目をほぐす…。
細かな作業が得意な日本人ならではのはさみです。

兵庫県・小野市。
江戸時代以来、200年の伝統を守る「握り鋏」の産地です。

はさみ鍛冶四代目の水池長弥さん。
「握り鋏」の要は、U字型に曲がった腰の部分だといいます。

水池「腰が、硬すぎても柔らかすぎても感じが悪いわけです。自分の手で触った腰の感触、これが自分にかなったもんであれば、最高の品物と思ってもらいたい。」

滑らかな曲線を描く腰。
そこに、「握り鋏」独特の感触が秘められています。

はさみ鑑賞、弐のツボは、
「曲線美が生むしなやかさ」

「握り鋏」の最も重要な工程。
U字型の腰になる部分を何度もハンマーでたたきます。
たたいていくうちに、この部分に、粘りと弾力が生まれます。
たたき具合で、腰の硬さを調整します。

そして、最後の仕上げ。
一気にUの字に曲げ、刃どうしのすり合せを決める作業。
腰のしなやかさを、瞬時に決める熟練の技です。

弾力のある握り具合が、やさしく手のひらに伝わってきます。

東京・日本橋にあるしにせの刃物店。昭和40年代に製作された「握り鋏」29点が大切に保存されています。
そのどれもが、最高の技術によって作られた貴重なはさみです。
長さ3センチほどの小さなものから、30センチもある大型のものまで、用途に応じてその形はさまざまに作り分けられています。

最も大きな「握り鋏」は、「矢羽根切り鋏」。

弓矢に使う鳥の羽を切りそろえるためのもので、矢師(やし)と呼ばれる専門の職人だけが使う特別な「握り鋏」です。

刃先が異なる二つ一組の「握り鋏」、和菓子の模様を刻む「細工鋏」です。菊の花びら一枚一枚を、刃先を使って切り出します。
「握り鋏」の独特な腰の柔らかさは、指の微妙な感覚を刃先に伝え、細やかな表現を可能にします。

日本ならではの繊細な表現に欠かせない道具。
それが美しい曲線を持つ「握り鋏」なのです。

参のツボ 柄に 握る楽しみあり

最後に、はさみの握りの部分、「柄」に注目しましょう。

緑のアートとして、再び脚光を浴びている「盆栽」。
その手入れに用いる「盆栽鋏」。
細かい作業がしやすいようにいろいろな柄のはさみがあります。

細長い柄の「剪定(せんてい)鋏」。
奥の込み入った所にある枝を切るとき、大切な葉を傷つけないように、くふうされた「はさみ」です。

「芽つみ鋏」。不要な芽を切り取るはさみで、他の芽をつぶさないように、柄が開いています。

「又枝(またえだ)切り」。
硬い枝を元から切断するため、柄は、太くて頑丈な作りです。

これらのはさみは、昭和の初め、盆栽ブームが起きたとき、盆栽師たちが考案したものです。
いろいろなはさみを使いこなす盆栽師の村田勇さんです。

村田「手の一部ですね。持って抵抗感のない、重さを感じないはさみは、指の一部分になっています。」

はさみ鑑賞、最後のツボ、
「柄に 握る楽しみあり」

柄が「蔓(つる)手」と呼ばれる大きな輪のある「花鋏(はなばさみ)」です。
このはさみには、切れ味を楽しむちょっとした仕掛けがあります。

「花鋏」を作っているのが、この道50年の川澄巌さん。
川澄さんの「花鋏」は、軽やかな音が特徴です。

川澄「皆さん長く持っていると手がすごく痛くなるんで、はさみを軽く感じさせるために、音をよくするというかな。」

そう快な音の秘密は、柄に隠されていました。
「蔓手」の先は、触れるか触れないかのわずかなすき間があります。
すき間があるかないかで、音に違いがあります。

すき間を閉じた場合、音がこもって、重たい感じ…
すき間を開けた場合、軽い感じがします。

川澄「切れ味は同じですけど、自分の体に伝わってくる感じがぜんぜん違うと思いますけどね。」

わずかなすき間を開けるのは、熟練の職人技。柄を瞬間的に打ちつけ、1ミリにも満たないすき間を作り出します。

その細部にまで、徹底してこだわる!
物を切る「はさみ」という道具にも、日本人は、洗練された美しさを求めてきたのです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

生け花、洋服の仕立て、和菓子づくり、盆栽・・・・はさみを使ったプロの技にほれぼれ。皆さん、はさみを体の一部のように自在に使っていらっしゃいました。軽やかなはさみの音はまるではさみが喜んでいるようです。切れ味と同じ、鮮やかなお仕事!
日本の職人さんの繊細な手仕事の影に人と一体になった『道具』があることをあらためて認識しました。番組で紹介したような、手作りで一からはさみを作ることができる職人さんは今では限られていて、本当に貴重な存在だそうです。
そういえば、和裁・洋裁ともに得意な義理の母もはさみを実に上手に使います。そしてとても大切に使っていました。北海道の小さな町に住んでいた義母は、たまに札幌に出る用事があるときには、お気に入りのはさみを持っていき、専門店で刃をといでもらうのです。道具の大切さを知っていたんですね。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Jelly Roll Charles Mingus
In your own sweet way Hazeltine, Mraz Trio
Happy little sunbeam Chet Baker
Harmonies Mal Waldron
Junior's arrival Clifford Brown
Invention 13 Eugen Cicero Trio
Echoes MJQ
Everybody's jumpin' The Dave Brubeck Quartet
Too close for comfort Art Pepper
I'm beginning to see the light Francois Rabbath
I loves you Porgy Curtis Fuller
Soul me Benny Golson Quintet
Let's fall in love Oscar Peterson
A child is born Hank Jones
Jitterbug waltz Stephane Grappelli & Toots Thielemans