バックナンバー

File81 和のステンドグラス


壱のツボ つたなさに味わいあり

ステンドグラスの基本は、色とりどりのガラスを切って、それらを鉛の線でつなぎ合わせることです。
中世ヨーロッパで生まれ、教会をおごそかに飾り、キリスト教の教えを広めてきました。

日本に初めてステンドグラスが伝えられたのは幕末といわれています。
障子越しのぼんやりとした光で暮らす日本人は初めて目にする色のついた光のとりこになりました。
当時の日本には窓にガラスをはめるという習慣すらなかったのです。

政府が西洋の本格的なステンドグラス製作技術を導入したのは明治半ば。国家権威の演出として近代建築にステンドグラスが必要と考えたからです。

日本を代表するステンドグラスと言えば、国会議事堂のものです。
スケールのすごさに圧倒されます。

道後温泉本館の最上階には明治27年の建設当初から赤い色ガラスがはめられていました。
当時、ガラスはヨーロッパからの輸入品でギヤマンと呼ばれていました。これはオランダ語でダイヤモンドの意味。
とにかく貴重なものだったのです。

2007年、道後温泉本館の屋根裏倉庫から137枚もの色ガラスが発見され話題になりました。
これらの色ガラスによって、道後温泉本館は今より華やかに飾られていたと考えられます。


建築資材の歴史を研究する加藤雅久さんによると、発見された色ガラスには気泡やゆがみの他に色むらも見られました。
当時は手作りのため、こうした不均一なガラスしか作れませんでした。
しかしそのつたなさがかえって味わいとなっているのです。

和のステンドグラス鑑賞、一つ目のツボは
「つたなさに味わいあり」

こうしたつたないガラスで日本人は独特なステンドグラスを生み出しました。

宮城県登米市にある興福寺です。
つたないガラスを日本人は慣れ親しんだ障子にはめました。

こうして新しい光は日本の文化にうまく溶け込んでいったのです。
色ガラスは日本家屋にそれまでにないモダンな感覚を添えました。

 

弐のツボ 金属が描く日本画の線

文京区にある鳩山会館はかつて総理大臣を務めた鳩山一郎の邸宅跡で、関東大震災の翌年の大正13年に建てられました。
リビングや書斎などあちこちにステンドグラスがはめ込まれています。

中でも目をひくのが階段の踊り場にある高さ3.6メートルほどのステンドグラス。鳩(はと)と法隆寺をモチーフにしたという五重塔が描かれています。
このステンドグラスは日本人作家によって作られました。

作者の小川三知(1867〜1928)は、アメリカで技法を学び日本のステンドグラス作家の草分けとなりました。
彼はもともと日本画家を志していました。
2008年は ちょうど彼の没後80年となります。

小川三知のステンドグラスのデザイン帳です。
三知は欧米のスタイルの模倣ではなく、日本の風土や暮らしにあったステンドグラスを模索しました。
そのヒントとなったのが日本画の繊細な線だったのです。

「三知にとって鉛の線は日本画の筆と同じようなもの。作品になる前、鉛の線は非常に柔らかいのですが、これを筆を使うように自由自在に使って自分の作品を作った」
と日本のステンドグラス史研究家の田辺千代さんは言います。

そこで、和のステンドグラス鑑賞、2つ目の壺は
「金属が描く日本画の線」

戦前から続く老舗の工房を引き継ぐ、ス テンドグラス職人の松本健治さんです。

特別に同じ図柄の作品を2種類の方法で 組んでいただき、鉛線の使い方によって 作品がいかに変わるか、検証していただ きました。

まず、こちらは幅6ミリの鉛線のみで組んだものです。
西洋の教会なども、使用される鉛線は主に1種類だそうです。

下の写真と比べてください。

こちらには4種類の鉛線が使われています。
中央のおしべが3ミリ、花びらが4ミリ、葉が6ミリ、周囲が11ミリ。西洋の教会の場合、ステンドグラスは遠くから鑑賞されます。

しかし日本の場合は目の位置で見られることが多いので、こうした繊細な鉛線使いが大切なのです。

ステンドグラス作家小川三知の晩年の傑作です。
梅の古木の幹の力強さと花をつけた細い枝が鉛線によってみごとに描きわけられています。

こちらは竹をあしらったデザインです。ガラスをつなぐ鉛の線は墨で描いたようなすっきりとした印象です。

参のツボ ガラス越しの自然を感じる

こちらは川口市にある昭和14年に作られたステンドグラス。
実は男子トイレにはめられています。

「用をたしながら、夕方になってきたなとか、そうした外の移ろいを感じさせる」
と建築写真家の増田彰久さんは言います。

一方、女性用には浜辺の松のステンドグラスがはめられています。

こうしたプライベートな場所でも日本人はガラス越しに自然の気配を楽しんでいるのです。

明治、大正、昭和の近代建築を撮り続けてきた増田彰久さんは
「例えば日本にはぬれ縁のような内とも外もとれるあいまいな場所がある。日本人は自然と仲よく暮らしてきた。だから和のステンドグラスは、外と別の空間をそこに生み出すのではなく、自然といっしょに楽しむように発達してきた」
と言います。

和のステンドグラス鑑賞、最後の壺は
「ガラス越しの自然を感じる」

ガラス越しの自然を感じさせるために、 和のステンドグラスは西洋のものと比べると淡い色調でまとめられています。
また、図柄のないガラスを多用し、景色もいっしょに味わいます。

昭和初期に作られた日本画風のステンドグラスです。
大半を半透明なガラスが占めます。
中庭に面しているため、ガラスを通して四季それぞれの自然の移ろいを感じることができます。

外の気配によってさまざまに表情をかえる和のステンドグラス。
自然の息遣いが生活に安らぎと潤いを与えてくれるのです。

高橋美鈴アナウンサーの今週のコラム

初めてヨーロッパに行った時、パリ・ノートルダム大聖堂のバラの花のようなステンドグラスの前で動けなくなりました。薄暗い聖堂の中、そこだけぽっかりとまばゆい光が集まって・・・心の中まできらきらと照らされるようで、時のたつのを忘れてしまったのです。
今回は「和の」ステンドグラス。教会の中で見上げるのではなく、日常の中で眺める、目の高さにあるステンドグラスがたくさん登場。優しい色と繊細な線で和風の家の中にも驚くほどとけこんでいました。海外から入ってきたものなのに、日本の四季の自然がみごとに描かれていて、心を和ませます。日本のステンドグラス作家の草分け・小川三知が日本画を学んでいたことを知り、納得。まさに日本画のデザイン、筆遣いそのものです。あんなステンドグラスに囲まれて暮らしてみたいなあと憧れてしまいました。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Crazy Rhythm The Three Suns
Twilight Time The Three Suns
American Dreams Charlie Haden
Rise Up In The Morning MJQ
Django’s Dream Django Reinhardt
Theme From Piano Concerto No.1 Niels Lan Doky
Hang Gliding Maria Schneider
Waltz In A-Flat Minor The Three Suns
Pavane For A Dead Princess Steve Kuhn
Stolen Moments Turtle Island String Quartet
Waitz For Debby John McLaughlin
Laura The Three Suns
Theme From The Nutchracker Niels Lan Doky
Alice In Wonderland Branford Marsalis
Moon River Lena Horne
Dream The Three Suns