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File64 神輿(みこし)


神輿(みこし)は祭の華…

毎年100万人以上の人出でにぎわう東京・浅草の三社(さんじゃ)祭。
宮出しを迎えると担ぎ手たちの目の色が変わります。


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そんな熱狂の主役をよくよく見ると、実にきらびやか…
至る所に巧みの技が尽くされています。

ところで、神輿は、何故こんな形をているのでしょうか?

実は、神輿は神社を模したものなんです。



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その証拠に、神輿には必ず鳥居がつけられています。


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その起源は、高貴な人が乗った輿(こし)と言う乗り物にさかのぼります。

奈良時代、格式ある神社から神様を分霊する際、輿を用いたことから、こうした輿を、神の輿、「神輿」と呼ぶようにになったと言います。


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江戸時代、町民たちの祭にも神輿が登場。
競って作られるようになりました。

江戸初期の神輿、ここには、鳥居が見えます。
祭の時には、神社を模したこの神輿に神様を乗せ町内を練り歩くようになりました。




担いだ時に激しく揺するのは、神様を目覚めさせ、願いをかなえてもらうためだとか・・・。




壱のツボ 華麗な屋根は神輿の顔


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まずは、神輿の屋根に注目しましょう。
日本全国、神輿は数々ありますが、関東一円で広まった通称「江戸神輿」が今回の主役。

神輿は、土台にあたる台輪(だいわ)、


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真中の胴(どう)、


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その上の屋根で構成されています。


形やバランス、飾りに至るまで、全体の姿を決めるのが、神輿師。
7代目宮本卯之助さんです。

工房では、宮本さんの指示の下、土台や飾り、塗装などそれぞれを専門とする職人が作業を行っています。


宮本「私ども神輿師は、何と申しましても、神輿全体の姿とか形を大切にしております。江戸神輿ですから、担がれた時にですね。この神輿はいなせだなとか、粋だなとかそう言う風に見てもらえるように、神輿の一番中心となる屋根の部分ですね、顔とも言う部分、これを壮麗に、華麗に見せるということで、いろいろと工夫を凝らしております。」

というわけで、神輿鑑賞壱の壺
「華麗な屋根は神輿の顔」



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徳川家康奉納と伝えられる赤い面をいただいた品川神社の神輿。

銅葺(ふ)きに彫刻を施した屋根は重厚な趣です。


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江東区・富賀岡(とみがおか)八幡の神輿は、漆(うるし)がふんだんに使われた豪華なもの。

しかし担ぐことを考えると、屋根を大きくするのは限界があります。




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そこで神輿師たちが考えたこと…

それは胴を細く作ることで、相対的に屋根を立派に見せようとすることでした。





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その手本となった建築があります。
日光東照宮の陽明門(ようめいもん)です。

上に行くほど壮麗になるこの姿を神輿師たちは目指したのです。





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三社祭に使われた昭和の名品、きゃしゃな胴の上に壮大な屋根です。
しかし、大きな屋根を細い胴がどうやって支えているのでしょうか?

屋根と胴をつなぐ部分を斗組み(ますぐみ)と呼びます。
この斗組みに、秘密が隠されていました。


照井春吉さんは、神輿の骨格を作る職人として、50年以上この仕事を続けてきました。


斗組みはさまざまな部品の組み合わせですが、基本はこの三つ。


切込みを入れた二本の木材を合わせて十字を作り…


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さらに十字の切り込みをいれた部品「斗(ます)」をかぶせます。
できた部品は、がっちり固定されて外れることはありません。

こうした部品を、組み上げていきます。


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段と段は、だぼと呼ばれる細い棒でつなぎます。

釘は一本も使いません。
釘を打たないことで、段と段の間にわずかな隙間(すきま)ができます。


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神輿を激しく上下に揺り動かしても、この隙間がクッションとなって、屋根の重さを吸収するのです。


胴が細いにも関わらず、大きな屋根を支える秘密が、ここにありました。
斗組みがつなぐ胴と屋根の調和が神輿の美しい姿の基本、

まさに機能と美を兼ね備えた巧みな技が屋根を支えているのです。

   

 

弐のツボ 飛びたつ鳳凰(ほうおう)に生命(いのち)を感じよ


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それは錺(かざり)。
神輿をきらびやかに飾る装飾です。


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斗組みの周りを彩るのはインドに起源を持つ装飾品、瓔珞(ようらく)。
代表的な錺です。


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そしてもう一つ、錺の王様をご紹介しましょう。

これは、昭和7年に製作され、戦争の被害を奇跡的に免れた日本橋・小舟町(こぶなちょう)、八雲(やぐも)神社の神輿です。





森田「いい顔してますね」

長年神輿の写真を取りつづけてきた森田裕三さん。




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レンズが狙ったのは、屋根の上で大きく羽を広げた鳳凰です。

森田「そうですね、こうやって見上げた時に鳳凰の生命感ですね。うん。やっぱり鳳凰が、こうやって威勢のいい鳳凰がついていますと、やはりお神輿全体が映えます。ですから周りから見ている方でも、これは立派なお神輿だというひとつの目標にもなりますね。」

神輿鑑賞弐の壺
「飛びたつ鳳凰に生命(いのち)を感じよ」


鳳凰とは、古来中国で尊ばれてきた伝説上の鳥です。

鳳凰が飛ぶと、乱れた世を救う聖人が現れる。
そうした言い伝えから、いつしか神輿につけられるようになりました。


その鳳凰を、金物細工でどのように作り上げるのでしょうか?

錺職人、宍戸哲三さんの仕事場です。



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錺のほとんどは、真鍮(しんちゅう)の板を加工して作ります。
鳳凰の翼に、鏨(たがね)で文様を入れる作業。

しかしこれだけでは、生き生きとした姿は生まれません。



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そこで登場するのが、この床(とこ)と呼ばれる道具。

このくぼみにご注目!


くぼみを利用して、翼に微妙な丸みをあたえていきます。


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平たい板に、やわらかい膨らみを施しただけで、翼に躍動感が出てきたのがおわかりいただけるでしょうか?


宍戸「この胴体に対して羽を少し前にして、思いきってあげるとね、今にも飛び立つって言うかね、そういう感じに見えるんじゃないかと、そういうイメージで作っているわけ…。前にこうぐうっといくと…」


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今にも飛び立ちそうに見える八雲神社の鳳凰。

翼の大胆な曲線が生命力を感じさせます。
二枚の重ねた羽を別々の方向に伸ばすことで、より力強く見える工夫が凝らされています。


鳳凰は、時代と共にさらに華やかになってきました。

東京、東神田町会の鈴木正道さんに見せていただいた鳳凰。


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それは、昭和の名神輿師、浅子周慶が考案しました。
胸を大きく前に突き出し、翼をそらせて広げた形が特徴です。

これは京都・宇治にある平等院の鳳凰を模したもの。
これまでには無い鳳凰をと作り上げた浅子周慶の自信作です。
どうですか、この圧倒的な生命感!


鈴木「せっかく作るものですから、やっぱり作るんだったらなんがしか、ちょっと差別したい、一つ頭がぬきんでたようなもの、そういう気持ちがあると思いますね。それは基本的には、江戸っ子の負けん気と言うところでしょうね。ですからこの大鳥はですね、普通大体昔のお神輿に比べるとずっと大きいですね、屋根幅ぐらい確か羽の幅がある。だんだん大きくなっていると思います。これも負けん気で。だんだんでかくすると、はい」

神輿に完成形はありません。

他の神輿に負けないよう、新たな工夫を凝らす・・・
一体この先どんな鳳凰が現れるのか、それは神様にも分かりません。

参のツボ 彫り師の自由な造形を探せ


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神輿をあでやかに見せる錺の数々。
そんな表の装飾の裏に、手の込んだ美術品が隠されています。

普段は、瓔珞(ようらく)に隠れてほとんど見ることができませんが、外してみると…

ほら、細かな木の彫刻が…
その多くは、古くから伝わる物語を題材にしています。


そんな彫刻に、神輿の魅力があると語る人がいます。
全国の神輿を研究してきた木村喜久男さんです。

木村「やっぱりすごいなあ」


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台東区蔵前神社の神輿。
戦後担ぎ手がいなくなり、長く蔵に眠っていましたが、平成11年、40年ぶりに復活した幻の神輿です。


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至るところに彫られた精巧な彫刻は、多くの人々を驚かせました。


木村「江戸神輿というのは、木彫がたくさん配されているのが好きなんですよね。地方のお神輿には、こういう物語風の彫刻というのは少ないんです。そんなところに私は魅力を感じて数多く歩いております。台輪のところの十二支をめぐらせているところなんか、なかなか彫刻師として遊んでいると思うんですよ。猿、酉、犬が配されていますけれど、何と猿蟹合戦をやってますよね。彫刻というのは、彫刻師が自由に作れるんですね。そこにお神輿の特徴が出てきます。そういうところがものすごく楽しいですよ。」


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神輿鑑賞最後の壺は、
「彫り師の自由な造形を探せ」


ここは木彫師、北澤一京さんの工房。
神輿を飾る龍を彫る作業が、進められていました。

一見、無秩序にノミを入れているようですが、そうではありません。

北澤「彫刻屋の図案と言うのは、木の流れに沿って図案を作ると言いますかね。いまこれ龍を粗彫りしたんですけど、ここにひげが出てくる。ひげがここからちょっと下へ行くんですけどね…」


木の流れとは、木目に沿った方向のこと。

流れに向かって彫れば、祭の時に激しく動かしても折れたりしません。


流れに逆らわなければ、表現は彫り師の自由。
木との対話の中で、自然に見えてくるものを大切に彫り進めていきます。

北澤「何百年もかけて大きくなった木ってね、木の中にいろいろなものがいるというね、だから私のとこへ観音様を彫ってくれといえば、その中に観音様が出てくるし、龍を彫ってくれと言われれば龍が出てくるし、それで私は彫ると言うよりも、鑿(のみ)と言う道具を使って回りを取り払ってあげれば、木の中にそう言うものがいたっていうこと。」


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最後に、神輿を飾る木彫の傑作をご紹介しましょう。

昭和10年に作られて以来、今年初めて大修理が行われた神輿。

姿を表したのが、この彫刻です。

こちらは、古事記に記された天の岩戸開きの物語。


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岩戸の前で踊るアマノウズメノミコトやそれを見守る神々が、描かれています。

小さな彫刻を組み合わせているのではありません。
厚さ8センチほどの一枚の板に複雑な図柄を立体感に彫り込んだ名品中の名品です。

担がれている時には、見えないことを承知で彫り師が腕を振るった木彫。
隠れたところにまで贅(ぜいをつくす江戸っ子の美学です。


祭りの華「神輿」。
氏子たちの願いと共に、今日も宙を舞います。
それは、地域の人々の希望と情熱、そして意地と見栄(みえ)が作り上げたかけがえのない宝なのです。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Una Mas Kenny Dorham
すみ絵 秋吉 敏子
Love For Sale Cannonball Adderley
Yesterdays Paul Chambers
Home Is Africa Horace Parlan
Prelude To A Kiss 秋吉 敏子
Play Ray Lou Donaldson
Desert Lady 秋吉 敏子
The Boy Next Door Bill Evans
A Night In Tunisia Turtle Island String Quartet
Afrodisia’ Kenny Dorham
Flute Song Gil Evans
Nothing Like You Gil Evans
Flamenco Sketch Miles Davis
Dedicated To You John Coltrane
Una Mas Kenny Dorham