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File59 畳



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日本建築に欠かすことのできないもの。
それが畳です。

縦横の線が生み出す変化に富んだパターン。
いぐさの自然な色と香り。
和室の美しさを決めるのは、この畳です。

畳は、日本人の立ち居振る舞いにも影響を与えてきました。

礼儀作法の多くが畳を意識して形作られています。
畳の縁(へり)を踏まないように、静かに歩く。



茶会で人が座る位置や茶道具を置く場所は、畳の目を物差しにします。

古くから寝床や座布団として使われていた畳。

平安時代には、板張りの床に必要な枚数だけ置きました。
京都御所には、そうした形が伝わります。
鎌倉時代の絵巻には、部屋を取り巻くように敷いた畳が描かれています。

その後、武家の住宅などで、畳を敷き詰めるようになっていきました。
江戸中期に建てられた商家。
このころになると、一般の住宅にも畳敷きの部屋が普及します。
それでも畳はまだまだぜいたく品。
どの家でも大切に扱っていました。


壱のツボ 深くまっすぐな線こそ命


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まずは畳表(たたみおもて)に注目です。

畳表とは、文字どおり畳の表面を覆うもの。
畳はどんな作りになっているのか、見てみましょう。

土台となるのは、稲わらを圧縮した畳床(たたみどこ)。
ここに畳表をかぶせます。
さらに縁を縫いつければ出来上がりです。

畳の美しさを決めるのは何と言ってもこの畳表。
「いぐさ」という植物を使った織物です。


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織り方やいぐさの種類によって目の幅も変わります。
色の異なるいぐさを使って模様を織り出したものもあります。

東京で畳店を営む山田隆さん。

山田さんの家では、四代にわたって伝統的な畳作りの技術を守ってきました。





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全国の産地から取り寄せた畳表。
その中で最も上質なものを見せていただきました。

広島県で織られた「備後表」です。
この畳表、どのような点が優れているのでしょうか。




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山田「線がきれいで、すっきりした良さがあると思うんです。目が詰んでいて、遠くから見ると草の一本一本がわからないくらいの密度があります。凝縮していて、山谷がきれいですね」


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いぐさを密に織ることで畳の目は盛り上がり、谷、つまり畳の線がくっきりと際立ちます。

畳鑑賞・最初の壺は、
「深くまっすぐな線こそ命」。



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備後表の産地、広島県福山市。
高品質ないぐさを栽培しています。

世界各地の湿地に育ついぐさ。
日本では弥生時代から織物に利用され、世界に類を見ない規模で栽培されてきました。

収穫は7月上旬。
良いいぐさの条件は、長く、細く、色にむらがないことです。
備後のいぐさは、古くからこの条件を満たしてきました。

刈り取ったいぐさには、泥染めという加工が施されます。
同じ土地の土で泥水を作り、いぐさをさっと浸すのです。

いつ、誰が始めたとも知れない不思議な工程。
なぜ、このような作業が必要なのでしょうか。



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泥染めをして乾燥させたいぐさは、銀色をおびた独特の色合いになります。
畳特有の香りもこの泥染めによって生まれるのです。


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来山淳平さんは、手織りの畳表を作る今では数少ない職人のひとりです。
左右から2本のいぐさを織り込む「中継ぎ」という技法です。



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縦糸は麻。
大変丈夫なため、いぐさを強く打ち込むことができます。

全身の力を込めて繊維のつまった畳表を織り上げます。
機械で織る一般のものと比べ、使ういぐさは倍以上です。

来山「糸が太いと山が高くなりますね。そういう方が良いと思います。山と谷がすーっとまっすぐにそろったら、なんぼかきれいだろうと自分でも思うんですが…」



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来山さんが2日かけて織り上げた畳表です。
年に数十枚しか作ることのできない、最高級品。

陰影のあるまっすぐな線は、優れた材料と技術の証です。




 

弐のツボ 縁に秘められた格式を見よ

縁(へり)も畳の見どころです。


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和室に幾何学的な美しさを与える畳の縁。
注意して見ると、さまざまな種類があることがわかります。

水墨の襖(ふすま)絵があるお寺では、畳の縁も薄墨色です。
多種多様な織物で作られる縁は、畳を彩る「かざり」。
現在では2万種類も作られていると言われます。

なぜ、畳に縁がつけられるようになったのでしょうか。


京都で江戸時代から続く畳店の主人、佐竹真彰さん。
有職畳(ゆうそくだたみ)と呼ばれる特別な畳を手がけてきました。
有職畳とは、宮中に由来し、寺や神社などに受け継がれた畳です。

佐竹「本来、畳は貴族の階級・位階を表すための調度でして、いろんな柄がありますが、その縁を見ることで、お使いになる方の身分を知ることができるわけですね」

畳の縁は、貴族の位を示すためのものでした。

畳鑑賞・二つめの壺、
「縁に秘められた格式を見よ」。

畳の縁には、木綿や麻などの生地が使われてきました。
縁を踏まないという作法は、大切な飾りがすり切れないようにという心遣いです。

佐竹「木綿の縁がついていたら、一般のご家庭でお使いの畳です。
麻の縁は、お茶人が好んでお使いになります。麻の生地がもつすばらしい風合いが、お茶人に好まれたということですね」



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かつて宮中での位を示した縁。
白黒の文様がはいった高麗縁(こうらいへり)はその代表的なものです。
菊の花のような文様を織り出したものは、大臣など位の高い貴族専用。
その他の貴族は文様の小さな物を使いました。
現在、高麗縁を使った畳は寺院などで見ることができます。

『美しい高麗縁で縁取られた畳を見ると、この世の憂さを忘れるようだ。』
清少納言は「枕草子」にこうつづっています。



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それでは、天皇の畳に使われた究極の縁をご紹介しましょう。

材料は繧繝(うんげん)錦という絹織物。
現在も京都・西陣で織られています。
繧繝とは、太陽や月のまわりに広がる光の輪。
仏教伝来とともに大陸からもたらされ、宮中でさまざまな装飾に使われてきました。


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繧繝縁を使った畳、「御茵(おしとね)」を作る佐竹さん。
こうした特別の仕事をするときは作業台を白い紙で覆い、みずからも白衣を身につけます。
御茵とは、畳表を絹で包み、繧繝縁をあしらった小型の畳。
今では、主に神仏に供える目的で作られます。


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歴代の住職を皇室から迎えてきた奈良・法華寺。
その奥深い一室に、繧繝縁を使った畳があります。
二枚分の厚さのある畳と、その上に乗せられた御茵。
皇室から客を迎えるとき使われる席です。

千年以上にわたって作り続けられてきた特別な畳。
豪奢な輝きを放つ繧繝縁が、高い格式を物語ります。

参のツボ 畳パズルに理あり


最後に、畳の敷き方に注目しましょう。
畳の大きさは地域によって異なりますが、縦横の比率は常に2:1。

伝統的な日本建築では、畳の配置から建物全体の設計が始まります。
8畳間を例に、いろいろな畳の敷き方を試しました。
まるでパズルのように、組み合わせを変えることができます。



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しかし、現在最も広く行われている敷き方はこれ。
外側から渦を巻くように置き、畳の合わせ目がT字状になるようにします。


なぜ、この敷き方が一般的になったのでしょうか。
和風建築を専門とする建築家の加美山敦嘉さんに聞きました。

加美山「同じ方向に畳を敷くと、部屋の雰囲気がものすごく硬くなるんですね。それで渦巻くように敷いていく。畳の合わせ目がTの字になると、優しい感じになると思うんです。
日本人は繊細なセンスをもっていて、単調なものよりリズミカルなものを好み、敷き方を変えることで陰影までも楽しんでいるという気がします」


畳鑑賞3つめの壺、
「畳パズルに理あり」。


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かつては、時と場合に応じて畳の敷き方を変えることがありました。
すべて同じ向きに並べる敷き方は「不祝儀敷き」と呼ばれ、家庭では葬儀などのときだけ行われました。

現在の敷き方が好まれるようになったのには、いくつもの理由があります。

和室で、最も人の視線が集まるのは床の間。
畳を並行に置くことで見た目がすっきりとまとまります。
また、人が出入りする方向と繊維の向きが合うため、畳表がすり切れるのを防げます。


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そして、畳の目と光の入る方向が直角になり、線の美しさが強調されるのです。

加美山「光によって畳の見え方が変わりますよね。一方向に敷いてしまうと、同じようにしか見えないわけですけど、この場合は畳の方向が変わりますので、非常にきれいだと思います」


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三畳、四畳半、十畳の三つの部分から構成された広間。
敷き方が異なる三つの部屋を、あえてひとつの空間として楽しみます。

人の動きや光の向きを考えた、リズミカルで目に心地よい畳の配置。
日本建築の美を生み出す細やかな心配りが、ここに凝縮されています。

 

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Embraceable You Earl Klugh
Pavane For A Dead Princess Art Farmer & Jim Hall
In The Still Of The Night Stephan Grappelli
All The Things You Are Paul Desmond
Take The “A” Train Ray Bryant
Bossa Antigua Paul Desmond
Misty Ray Bryant
It’s Only A Papermoon Earl Klugh
Times Like These Gary Burton & Makoto Ozone
April In Paris Thad Jones
My Song Keith Jarrett
Bess, Oh Where’s My Bess Miles Davis
I’m Confessin’ Earl Klugh
I’m An Old Cowboy Sonny Rollins
A Nice Day Chico Hamilton
Take Five Dave Brubeck
The Suge Chico Hamilton
They Say It’s Wonderful John Coltrane
In The Court Of King Oliver Wynton Marsalis