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File50 万年筆


壱のツボ セルロイドは総天然色のきらめき

筆記具の王様と言えば、昔も今も万年筆です。
手にしたその瞬間、美しさを誰かに自慢したくなる小さな美術品です。


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今、万年筆は、世界的なブーム。
特に、日本は愛好家が多い国として知られています。
コレクターたちの交流会では、名品が、盛んに売り買いされています。

万年筆が誕生したのはアメリカ。
十九世紀後半のことです。

軸にインクを蓄え、持ち歩くことのできる画期的な筆記具として、普及しました。
明治の日本も、いち早く輸入。
文豪・夏目漱石も、最初は戸惑いながら、新しい筆記具とつきあい始めました。


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そんな漱石が出会ったのは、イギリス製のこの万年筆。
実用本位のシンプルなデザインです。


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こちらは、昭和の作家・開高健の書斎。


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開高健記念館 蔵

愛用の黒くて太い万年筆は、ドイツ製の名品です。

開高は、万年筆と書き手の相性について、こうつづっています。

「使用者の指と化し果てるまでになじみきれるのは一本か二本あるかなしである」(開高健「生物としての静物」より)

相性の良い万年筆は、生涯の伴りょのような存在なのです。

まずは、軸のデザインに注目しましょう。
世界的に知られる万年筆コレクターのお宅。
なんと一万本以上が並んでいます!

中学生のころから万年筆を集め続けてきた「すなみまさみち」さん。
さっそく、コレクションを拝見しましょう。


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百年ほど前に、アメリカで作られた万年筆。
軸を十八金の透かし模様で飾りました。


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こちらの軸は純銀。
手彫りで、繊細な彫刻が施されています。

二十世紀初頭まで、一般的な軸の素材はエボナイトというゴムの一種。
当時の万年筆の多くは、地味なものでした。


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1920年代、世界の人々を驚かせる華麗な万年筆が登場しました。

翡翠(ひすい)のような緑、ジェードグリーン。
当時の新素材・セルロイドです。

すなみ「特殊な配色とか、今までにないようなカラフルなものが、自由に作れるようになりました。
色のある時間を楽しむとか、色のある持ち物をめでるとか…
それが、セルロイドの優しさとない交ぜになって、うけてるんじゃないでしょうか」


万年筆鑑賞 ひとつめの壺、

「セルロイドは総天然色のきらめき」。

1920代から40年代にかけて、万年筆のデザインは百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の時代を迎えます。

セルロイドは、象牙の代用品として開発されました。
鮮やかに発色し、大理石やべっ甲を模した豊かな表情を作ることができます。

都会的でおしゃれな質感と、使い心地の良さ。セルロイドは、人気の素材として、一世を風靡(ふうび)しました。

鳥取市に、セルロイドを使って、万年筆を作り続けている工房があります。

六十年の歴史を持つ工房の社長・山本雅明さん。

数少ない万年筆職人の一人、田中晴美さん。


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セルロイドの中でも、特に、ジェードグリーンにこだわりを持ち続けています。

棒状のセルロイドを削って、軸にします。
同時に、セルロイドならではの光沢が出ます。

セルロイドは柔らかく、削り過ぎてしまうこともあるため、加工には熟練を要します。


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この工房から生み出された、貴重な万年筆。

間違って色が混ざってしまったセルロイドをあえて生かしました。
二度と作ることのできない名品です。

山本「実用一点張りではなく、持って、眺めて、手にとって、楽しいというのも、万年筆の魅力の一つなのです」

セルロイドは、使い込むほどに艶(つや)を増し、えもいわれぬ輝きを放ちます。

セルロイドの登場によって、万年筆は、総天然色の美しさをまとったのです。

 

弐のツボ  黄金のペン先に命あり


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万年筆は書くための道具。
その「書き味」が大切です。

万年筆の使い手がもっともこだわるのが、そのペン先。
日本語は画数が多く、「止め」や「払い」などさまざまな筆遣いがあります。
そのため、日本人は、万年筆のペン先に、ことさら神経を使ってきました。


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ペン先を調整する専門の職人がいます。
久保幸平さん。
外国製万年筆のペン先を日本人向けに調整するのが、久保さんの仕事です。


まずはペン先の研磨です。
ペンポイントと呼ばれる先端部の角を削り、複雑な文字も滑らかに書けるようにします。
そして、ほどよい量のインクが流れるように、切り割りを調整。

久保「一番肝心なのがペン先です。
どんなにボディーが良くても、ちゃんと書けなければ道具になりませんから。
ペン先は、ペンの命みたいなものです」


万年筆鑑賞・二の壺、
「黄金のペン先に命あり」

およそ900度で溶けている十八金。
金属の中でも、特に柔軟性に富む金は、ペン先に最適です。


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ペンポイントはイリジウム合金。たいへん硬い金属です。
しなやかさと強さ、スムーズなインクの流れ・・・理想の書き味を求めて、多様なペン先が作られました。


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ロケットをかたどった1940年代の万年筆。
ペン先を軸に埋め込むことで、強い筆圧に耐え、同時にスマートなデザインに。


美しくなければ、万年筆ではない。
しかも、「書き味」が良くなければ、万年筆ではない。
使い手の願いを叶えるために、洗練されてきたペン先。
まさに万年筆の心髄です。

参のツボ 世界を魅了した蒔絵万年筆


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最後は、世界に名を馳(は)せた日本の万年筆をご紹介しましょう。

一九三〇年。ロンドンで海軍軍縮条約が調印されました。
この時、各国の代表が署名に使ったのが、日本製の蒔(まき)絵万年筆でした。
これは、そのころ作られていた蒔絵の万年筆。

昭和の初め、メイド・イン・ジャパンの万年筆に、欧米人の熱いまなざしが注がれました。
蒔絵万年筆は、今も世界の愛好家たちのあこがれの的です。


横浜にあるヴィンテージ万年筆の専門店を訪れたのは、蒔絵万年筆をこよなく愛する吉田豊さんです。

吉田「漆の漆黒は、世界でも一番きれいな黒という評価を得ています。
黒というのは、絵の中で言えば、闇です。その中に、ほんの一つの金があるだけで、すごく世界が広がります。
蒔絵万年筆という自分だけの宝物で書くと、おのずと心のこもったていねいな書き方になりますね」


万年筆鑑賞、最後の壺は、 「世界を魅了した蒔絵万年筆」。


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日本のメーカーが、漆塗りの万年筆を作りだしたのは大正時代。

さらに、日本独自の美で世界に打って出ようと考えられたのが蒔絵万年筆です。
蒔絵は、奈良時代に始まる日本の伝統的な技法です。


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こちらは、散りゆく桜を表したもの。蒔絵に加え、貝殻を使った螺鈿(らでん)細工を施しています。


東洋の美を手のひらに収めたい…
ロンドンやパリでは、多くの愛好家たちが、高価な蒔絵万年筆を買い求めました。


蒔絵万年筆は、今も、伝統の技法で作り続けられています。


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秋の夜、草むらに潜む虫たちを金と螺鈿で表しました。

日本が生んだ華麗なる蒔絵万年筆…
今も、世界のため息を誘っています。

今週の音楽

曲名
アーティスト名
Everything Happens To Me Wynton Marsalis
I'm Getting Sentimental Over You Tommy Dorsey
Bye Bye Blackbird Miles Davis
What Am I Here For? Duke Ellington
Softly, As In A Sunrise morning MJQ
Someday You'll Be Sorry Louis Armstrong
Courthhouse Bump Wynton Marsalis
Laura Branford Marsalis
You'd Be So Nice To Come Home To Jim Hall
They Say It's Wonderful John Coltrane And Johnny Hartman
Big Butter And Egg Man Wynton Marsalis
Naima John Coltrane
Stolen Moments Turtle Island String Quartet
Skating In Central Park Bill Evans & Jim Hal
Love Nat King Cole