2022年01月12日 (水)"フェルトが私に友達を連れてきてくれた"
「小さな頃からなぜかわからないけど、お友達と仲良くなれなくって…。自分らしくふるまうと嫌われるんだって思って自分を隠してきました」
周囲とうまくなじめず居場所がない…。周りから馬鹿にされているようでつらい…。
ずっと生きづらさを抱えながら暮らしてきた1人の女性。
そんな彼女が、大きく変わったのがフェルトとの出会いでした。
発達障害を公表した羊毛フェルト作家の話です。
(津放送局 鈴村亜希子)
羊毛フェルトの世界
愛らしい瞳でこちらを見つめるハリネズミ。本物そっくりのフクロウたち。いずれも“羊毛フェルト”で作られた作品です。羊毛フェルトは、色のついた羊毛を専用の針で刺して形づくる手芸。針に返しがついていて、刺すと繊維が絡み合い、好きな形に仕上げられます。
「どうやったらよりリアルな姿に近づけていけるかとか、それとももっと違う形にしてやろうかとか。そんなことをいろいろ考えながら想像できるのが楽しいんです」
作品を手がけた三重県鳥羽市の羊毛フェルト作家monmoさんは、羊毛フェルトの魅力をそう語ります。
生きづらい…“自分をマジックで塗りつぶす感覚”
そのmonmoさんは、小さいころからずっと生きづらさを感じながら暮らしてきたと言います。
「これかわいいよね」「うん、かわいいよね」
小学生のころの、同級生とのそんな何気ない会話にもうまくついていけない。実はかわいいと思っていないけれど、そう伝えると仲間はずれにされてしまうかもしれない。
自分らしくふるまうと嫌われたらどうしようという心配から、いつしか本当の自分の気持ちを隠して人と接するようになったというmonmoさん。「自分をマジックで塗りつぶすような感覚だった」と当時の気持ちを語ります。
就職してからも、人間関係でつまずいたり、ケアレスミスをして「要領が悪い」と叱られたりの日々。
「飲み会に行くのもすごく辛かったです。いじられたりするんですけど、加減がよく分からなくって、本当に悪口を言われているのか、馬鹿にされているのかもわからない。自分はだめなやつなんだって、つらかったですね、すごく」
会社を辞めて、ひきこもっていた時期もあったといいます。
発達障害と診断 そしてフェルトとの出会い
7年前、周囲のすすめもあって病院を受診。発達障害の「自閉症スペクトラム障害」と診断されました。
「発達障害だとわかってほっとしました。あ、自分が悪かったんじゃないんだって思えて。ただ一方で、治らないんだってなっていうショックもありましたね」
診断では、短期的な記憶を留めておくのが難しいことがわかった一方で、処理能力がはやく、それが手の器用さにつながっていることも判明しました。
そのころに始めたのが羊毛フェルトです。「そばにいてくれる友達がほしい」と思ったことが始めたきっかけだといいます。
診断で分かった手先の器用さを生かし、制作を始めると腕前はめきめきと上達。ボランティアで通っていた鳥羽市の交流施設で、作品の展示会を開いたところ、大好評となりました。そのまま翌年には、羊毛フェルトを教える教室を始めるまでに至ったのです。
発達障害を公表して開けた世界
作品が認められることで、信頼できる人たちに囲まれ、順調そうに思えた日々。しかし、monmoさんの心にひっかかることがありました。それは、「発達障害を隠している」ということでした。
みんなに嘘をついているようでおどおどしてしまう。でも、発達障害があると伝えたら、みんなが自分のもとから離れてしまうのではないか…。でも、本当の友だちが欲しいのであれば、本当のことを言わないと。本当の自分を知ってもらわないと。
悩んだ末、monmoさんは発達障害だと明らかにしました。心配をよそに、周囲の人たちはありのままを受け入れてくれたといいます。誰ひとり、それまでと変わることなく接してくれたのです。
「自分の心も晴れ晴れしましたし、自分が発達障害だからって自分の元を去った人ってひとりもいなくて。以前よりももっとみんなと仲良くなれた気がするんです。大切な人も友達もたくさんできて、本当によかった」
実際に、monmoさんが通う交流施設のスタッフも、公表してからmonmoさんがとても明るくなったと歓迎しています。
“多様性を認めて”の思いを込めて
発達障害を打ち明けて1年。monmoさんが、教室の生徒たちと開いた3回目の展示会には、ちょっと変わった姿の動物たちが登場しました。
犬のボストンテリアをかたどったかばんは、しっぽがファスナーになっていて、肩にかけることができます。さらに、おもちゃのパズルと合体したカメレオンも。一見すると変わった姿の作品もありますが、「それぞれに個性があって、多様なありようを認めてほしい」という思いが込められてるといいます。
「気持ち悪いとか、かっこいいとかいろんな感想を持つ人がいると思うんです。そういうのを全部、認めていこう、そんな思いです」
感謝と思いやりを
「たまたま私は手先が器用で、周りの人に恵まれただけだったんです。うまくいっていない人への理解、それと周りへの感謝を忘れてはいけないと思います。そういうのがきっと世の中をよくしていく鍵になっていくと自分は思っています」
話を聞いている間も、周りへの感謝や思いやりを忘れたくないと、何度も話していたmonmoさん。あらためて、自身にとって羊毛フェルトとはどんなものかと聞くと…。
「羊毛フェルトが友達を連れてきてくれたっていう感じですね。だから、すごく大好きな自分の一部のような存在です」
かつては生きづらさを感じながら暮らしてきたというmonmoさん。ありのままを周りに伝えたことで、とても楽しそうに、そしてうれしそうにひと言ひと言を紡ぎ出しくれた笑顔がとても印象的でした。
投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:19:00