2021年05月31日 (月)シート越しの別れ 新型コロナで父を亡くした男は今...

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「父親の遺体は、感染防止のためにシートにくるまれていました。なぜ父親なのか…という気持ちでした。悲しいというか、悔しさが残るんです」

 

新型コロナウイルスで父親を亡くした男性のことばです。

 

男性は今、三重県中南部にある小さな町で、感染対策の最前線に立っています。

 

なぜ、父親は死ななければならなかったのか、そして今、自分にできることとは。

 

男性の“思い”を聞きました。

 

(津放送局 周防則志 記者)

 

まさか自分の家族が…

 

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「それまでは、はっきり言うと“人ごと”みたいなところもあったんですよ。感染者がまだあまり出ていない地域でしたし、まさか自分の周り、それも両親が感染するとは思っていなかったので」

 

服部吉人さんは、当時を思い返し、そのように語ります。

 

ことし1月、大紀町内に住む両親が、新型コロナウイルスに感染しました。

 

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3月の町長選挙に立候補していた服部さん。

 

選挙にどのような影響が出るか気になりましたが、両親の状態については、当初それほど心配していなかったと言います。

 

「感染がわかった時点では、症状がそれほどなかったんです。病院に行くときも『気をつけて行ってこいよ』と言ったくらいで。まぁ、2週間たったら退院できるのかなという感じでした」。

 

母親は次第に回復し、およそ2週間で退院できました。

 

しかし、91歳と高齢の父親は容体が悪化したこともあり、経過を見守るための入院が続きました。

 

母親の退院から3日後の朝。

 

「血圧が上がらない」と、病院から服部さんの姉に連絡がありました。

 

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姉の家族は、すぐに病院に向かったと言います。

 

「私が聞いたのは夕方になってからで。それから妻と駆けつけたんですけれども、そのときにはもう遅くて…」。

 

姉の家族は、防護服を着るなどの感染対策を取って、父親にどうにか会うことができましたが、服部さんは間に合いませんでした。

 

父親との“シート越し”の別れ

 

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その後、服部さんが見たのは、透明のシートに包まれた父親の姿でした。

 

「顔の所は見えたんです。病院でとても丁寧に対応してくれたんだなと思いました。でも、やはり透明のシートに包まれている父の姿を見ると、悲しいなという思いがこみ上げてきましたね」

 

それまでまっすぐ前を見て話していた服部さんですが、このとき初めて、目線を落としました。

 

本来なら、自宅できちんとお経を上げたり、告別式を行ったりするところですが、それもできず、父親は、そのまま火葬場に行くことになったといいます。

 

棺の中にものを入れることもできないまま、シート越しに親族だけで最後の別れを告げることになりました。

 

町内に広がった“うわさ話”

 

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父親を亡くした服部さんに追い打ちをかけたのが、“うわさ話”でした。

 

「服部さんも感染しているらしい」
「それだけじゃない、妻も感染しているらしいぞ」

 

ことしに入るまで感染者が確認されていなかった大紀町。

 

人口わずか8000人の町に、そうしたうわさが広がるのに時間はそれほどかかりませんでした。

 

「精神的にもつらかったですね。自分が感染していたら、周りの人たちにうつしていないか…責任感や不安がどんどん出てくるんです。とはいえ、町の皆さんだって、小さい町なんで、不安にはなりますよね」

 

服部さんは、自分たちへのうわさをどうにかするよりも前に、正確な情報を発信していくことで町内に住む人たちの不安を払拭することが、重要だと考えたと言います。

 

選挙が迫っていたこともあり、両親の感染の経緯や、それ以外の家族は検査の結果、陰性だったことなどを、後援会の会報で伝えていくことにしました。

 

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「とにかく正確な情報を発信したい強い思いで進めました。ただ、私は会報などで情報を発信することができましたが、そうでなかったら、果たしてどうしたかなと…。いずれにしても不安をあおるようなうわさや発言だけはやめてもらいたいです。それを多くの人には伝えたいです」

 

丁寧な発信を心がけた結果、うわさは次第におさまっていきました。

 

父を失った経験元に町長として

 

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「もう予約とれた?」


「とれました、とれました。本当にスムーズにいって、みんなも喜んでます。安心です」

 

4月、町のワクチン接種を前に行われたシミュレーションの会場に服部さんがいました。


服部さんは選挙で当選し、町長になり、今、町の感染対策の最前線に立っています。

 

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安心してワクチンを受けてもらおうと、地元の高齢者たちに積極的に声をかけている姿が印象的でした。

 

今、そんな服部さんの心の支えになっているものがあります。

 

父親が愛用していたという懐中時計です。

 

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服部さんが遺品を整理している中で偶然見つけました。

 

元国鉄の職員で、時間に厳しかったという父親は、この懐中時計を肌身離さず持っていたといいます。

 

服部さんは、時計を机の上に置いて、時折眺めながら仕事にあたっています。

 

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「父親を亡くした悔しさもそうですが、病気に対しての悔しさがあったんです。こんな思いをする人は、もう1人でも出てほしくない。そして、もし感染者が出た場合は、本人や家族の立場になって、一緒に考えられるような町長になりたいですね」。

 

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父親を失ったつらい経験を胸に秘め、町長としての決意を服部さんは力強く語りました。

 

 

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周防則志 2020年入局 
“地域の課題を解決する”報道を目指している

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:12:30


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