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2021年07月14日 (水)旅館がコロナで"ヒマ"だからダンスしたらバズった件

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旅館の従業員が、音楽に合わせてキレッキレッのダンスを披露。

 

新型コロナウイルスの影響で“ヒマ”だからとTikTokで公開した動画がまさかの100万回再生!

 

なぜ動画はなぜバズったの?そして、動画に込めた思いとは?

 

苦境の旅館、起死回生の舞台裏です。

 

(津放送局 記者 周防則志)

 

“ヒマ”だから始めたTikTok

 

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「ヒマでぼーっとしていてもしかたないし。自粛で、気持ちが下がっていく中で、皆さんに元気を届けられたらいいなと。1本あげてダメだったら、やめとこうくらいのそんな軽い気持ちで始めましたね」

 

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TikTokで初めて動画を公開した時のことについて、「鳥羽ビューホテル花真珠」のおかみ、迫間優子さんは、そう語りました。

 

例年、伊勢神宮への参拝者など年始のシーズンは多くの観光客が訪れますが、新型コロナウイルスの影響で激減。

 

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当時は、愛知県などで緊急事態宣言が出ていたこともあり、宿泊客は去年の2割程度に落ち込み、焦りも感じていたという迫間さん。

 

でも、お客の皆さんも旅行に行けず、つらい思いをしているはず。

 

そんな時だからこそできることは何か、そう考えた中でたどり着いたのが、TikTokだったといいます。

 

公開後すぐに100万回再生

 

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最初に動画を投稿したのはことし2月。

 

ホテルの男性従業員3人が音楽に合わせて軽快に踊る動画でした。

 

公開するとすぐに「ホテルのスタッフと思えないほどかっこいい!」と話題に。

 

ほんの数日で100万回再生を超え、バズったのです。

 

「公開して1時間で数千、時間が経つごとに、数万、数10万とどんどん増えていったので驚きましたね。ここまでバズると思っていなかったので、うれしさとこれからへの不安が入り交じったような気持ちでした」(迫間さん)。


“動画見て来た”という客も!

 

その後、感染状況がいったんは落ち着き、3月から5月の大型連休にかけては予約の埋まり具合も次第に回復。

 

しかし、感染状況が悪くなると、また宿泊客は減ってしまう、その繰り返しだったといいます。

 

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そうした中でも、TikTokの動画は着実にお客に届きつつあるとといいます。

 

この日も、「TikTokを見て来た」という女性が宿泊に。

 

「今、旅行先を調べるのって、大体TikTokかインスタグラムなんですよ。TikTokで見たスタッフさんがいるかなと思って。一緒に写真を撮りたいなと思っていたのでよかった」とのこと。

 

TikTokがきっかけでファンになったという人が泊まりにくることも少なくないと言います。


こうした1つ1つの反響が、スタッフのモチベーションにもつながっています。

 

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「TikTokなど、ネットで寄せられる感想も嬉しいですけれど、直接泊まりに来てくださって、言葉をかけてもらえるのはありがたいです。動画が集客に結びついているなと実感しますし、何よりご覧になった皆さんに元気を届けられているんだなと思うと、やりがいを感じますね」(フロントスタッフ 加藤皓信さん)

 

地域全体で盛り上がる

 

鳥羽ビューホテルでは、旅館業のすそ野の広さも知ってもらおうと、新たなチャレンジも進めています。

 

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地元の養殖業者や、清掃業者、それに地域の観光地…。

 

旅館は、それだけで成り立つことはできず、地域のいろいろな産業や働く人たちと関わっているからこそやっていける存在です。

 

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旅館だけのPRをするのではなく、地域全体を盛り上げていこうと、地元のさまざまな人や施設とコラボした動画を作り始めたのです。

 

アフターコロナを見据え

 

今回、従業員たちが訪れたのは、鳥羽水族館。

 

伊勢志摩地域を代表する観光地のうちの1つです。

 

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スナメリやジュゴンなど、観光客にも人気の動物たちと一緒に動画を撮りました。

 

さらに、この日は、鳥羽市のお隣、伊勢市の旅館「海の蝶」ともコラボ。

 

この旅館、実は、鳥羽ビューホテルの取り組みを見て、TikTokを始めたといいます。

 

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「どこの旅館も厳しい状況で、気持ちも落ち込んでいると思います。こんな時だからこそ、みんなで協力して旅館どうし、三重県を盛り上げたいなと思ってコラボすることになりました」(海の蝶 スタッフ)


2つの旅館のスタッフもすっかり息が合い、予定していた撮影を終えたときのことでした。

 

急遽、水族館の従業員も一緒に動画の撮影に加わろうという話になりました。

 

厳しい状況の中、地域全体で頑張っていきたい。

 

その場にいたみんなが思いを1つにすることができた瞬間でした。

 

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「コロナ禍が終わった時に、伊勢志摩・鳥羽というのが一番行ってみたい観光地になってほしい」

 

鳥羽ビューホテルの迫間さんは、そのように語っています。

 

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“アフターコロナ”を見据え、今は、胸躍る動画で魅力を届けたい。

 

旅館のにぎわいが戻る時を信じ、取り組みは地域を巻き込んで広がっています。

 

 

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周防則志 2020年入局 

“地域の課題を解決する”報道を目指している

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:20:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年07月07日 (水)横断歩道で手、上げますか?"ハンドサイン"が今、注目

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横断歩道で、手を上げてから渡っていますか?

 

「小学校低学年の頃まではあげてたかな」

 

「大人になったらちょっと恥ずかしいし…」

 

そんな人が多いかもしれません。

 

でも、「今から渡りますよ」という意思を示す“ハンドサイン”が、今、あらためて注目されているんです。

 

(津放送局 記者 伊藤憲哉)

 

「私、渡ります」の意思を示そう

 

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「大人も少し手を上げて とまっ手えの意思表示」

 

「見せ手 目立っ手 命を守る」

 

横断歩道で歩行者が手を上げて、「渡りたい」という意思を伝えるハンドサインの標語です。

 

実は三重県、JAF=日本自動車連盟による調査で、信号機のない横断歩道での車の一時停止率がおととし全国ワースト。

 

去年は、27.1%と改善しましたが、それでも7割以上が止まっていない状態です。

 

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こうした中、停止率をさらに向上させようと、三重県警察本部ではハンドサインのキャンペーンを始めました。

 

手上げ横断“復活”がきっかけ

 

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きっかけとなったのは、ことし4月、交通安全教育の指針の一部が改正されたこと。

 

「手を上げて運転者に横断する意思を明確に伝えよう」という項目が43年ぶりに復活したのです。

 

もちろん、歩行者がいれば、手を上げていようといなかろうと、車のほうが絶対に止まらなくてはいけません。

 

ただ、ドライバー側だけで呼びかけても限界があるとして、県警では、歩行者側にもハンドサインを促すことで、停止率の向上をはかろうと考えたのです。

 

「横断歩道ハンドサインキャンペーンによって、信号機のない横断歩道での停止率をアップさせる。それによって歩行者の方が安全に渡れるようになるので、交通事故防止にもつながると考えている」(県警察本部交通企画課 伊藤勝彦室長)

 

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実際に意味あるの?

 

ところで、実際に効果はあるのでしょうか。

 

県警本部では、事前に県内4箇所で調査を行ったといいます。

 

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その結果、ハンドサインをした場合は停止率が85.1%。

 

しなかった場合は37.4%と、したほうがはるかに停止した車は多かったのです。

 

実際、以前からハンドサインが広く普及している長野県では、横断歩道での停止率が70%を超え全国トップという実績もあります。

 

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やはり、ハンドサインは“効果あり”と考えて良さそうです。

 

YouTubeも活用

 

「運転者に横断する意思を“ハンドサイン”で示す 横断歩道“ハンドサイン”キャンペーンを行っています」

 

県警本部では、キャンペーンを多くの人に知ってもらおうと、YouTubeにも動画を公開。

 

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動画の中での歩行者役は、交通企画課の警察官が担当したほか、リアルさを実感してもらうため、実際の公道を使用しました。

 

特に気を遣ったのは、「大人でも抵抗感がないようにする」こと。

 

そこで、「少し」だけ手をあげるといった方法をすすめることにしました。

 

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また、渡った後に、軽くドライバーに会釈するというポイントも盛り込みました。

 

会釈は絶対しなくてはいけない、というわけではありませんが、ドライバーに「次も止まろう」と思ってもらうことにつながるかもしれないという考えからです。


ドライバーと歩行者の意思疎通が大切

 

このハンドサインの取り組み。

 

交通心理に詳しい帝塚山大学の蓮花一己学長は、歩行者とドライバーの意思疎通という点で、とても重要だと指摘します。

 

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「道路空間は広い意味での公共空間。知らない人、いろんな立場の人がいるので、ドライバーと歩行者がコミュニケーションをとる、というのは事故防止には欠かせないんです。そういう意味で、ハンドサインは、コミュニケーションの最初の一歩、きっかけのようなものだと言えます」

 

「横断歩道での車の停止率が安定するには、習慣化していくことが大切です。ハンドサインが周知・徹底されて、それを小さい頃に習った子どもが大人になっても続けていく、という風にまでなっていかないといけない。時間はかかりますが、ぜひずっと続けてほしいです」(蓮花一己学長)

 

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「これから渡りますよ」

 

そんなちょっとした意思表示が、事故を防いだり、安全につながるかもしれない。

 

ハンドサイン、皆さんも始めてみてはどうでしょうか。

 

 

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伊藤憲哉 2019年入局

中学時代 サッカー ジュニアユースで全国大会出場

 

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:20:00 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年07月01日 (木)"ひきこもっていてもいい"コロナ禍に必要なひきこもり支援とは

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「20年以上通院し、投薬治療をしていますが、ほぼひきこもり状態が続いています」

 

「他人と話すことに恐怖すら感じる」

 

20年以上の長期にわたってひきこもる男性から、NHK津放送局に寄せられた1通のメッセージです。

 

深刻化するひきこもりの長期化に加え、コロナ禍によってひきこもる人たちを取り巻く状況も変わってきているといいます。

 

いま、ひきこもりに求められる支援とは何か、考えてみます。

 

(津放送局 鈴木壮一郎)

 

「ただただ、年を取っただけ…」

 

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「何やったんやろうな、自分の人生。ただただ、年(とし)を取ったというだけですね…」

 

何度かメールでやりとりを重ねたあとの電話で、その男性は声を絞り出すようにして話をしてくれました。

 

20年以上にわたって、ひきこもり状態にあること。

 

当時の仕事を辞めてから、“時間が止まってしまった”という感覚にとらわれること。

 

40代後半にさしかかった頃から、“どこで足を踏み外したんだろう”という自問を繰り返すようになったこと。

 

言葉を選びつつも、質問に対する答えはとても明確でした。

 

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ひきこもりの人はコミュニケーションが苦手な人が多いというイメージを勝手にもっていたのですが、男性の口調からはそのような印象は受けませんでした。

 

ただ、自身のひきこもりが長期化していることに話が及ぶと、男性は少しだけゆっくりとした口調になって、次のように話してくれました。

 

「『同級生に子どもが生まれ、その子どもが独立した』という話を聞くと、自分はいまだに“親の子ども”から脱出できず、独立すらできてないことに、(自分は)異常な生活を送っていると感じたりする。ひきこもる時間が長くなればなるほど、自分に自信がなくなってきている」

 

そして、自分の人生について、「ただただ、年を取っただけ」と振り返ったのです。

 

県内の“ひきこもり”1万6000人

 

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三重県内におよそ1万6000人。

 

これは、県内にいると推計されている、ひきこもっている人の数です。

 

基となるのは、2016年と2018年にそれぞれ内閣府が行った調査。

 

それによると、15歳から39歳では54万人余り、40歳から64歳では61万人余りがひきこもり状態にある(※1)と推計されています。

 

これを、単純に三重県民の人口に置き換えると、県内に1万6000人がいると推計されるのです。

 

(※1:自室からほとんど出なかったり、趣味の用事のときだけ外出したりする状態が6か月以上続いている人)

 

“長期化”“高年齢化”が課題

 

姿が見えづらくなりがちなひきこもりの人たち。

 

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今回、三重県が実態調査を行い、ひきこもりの長期化が深刻となりつつある現状が明らかになってきました。

 

三重県では、ことし1月から2月にかけて、調査を実施。

 

県内の相談支援機関に対し「原則的に6か月以上にわたって家庭にとどまり続けている状態」の360のケースについて回答を得ました。

 

その調査結果です。

 

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ひきこもっている「期間」について尋ねた質問では、5年以上の人が全体の55.1%と半数を超え、さらに20年以上の人は全体の17.3%に上るという「長期化」の実態が浮かび上がっています。

 

また、ひきこもっている人の「年代」では、最も多いのが30代の28.9%、50代が20.6%と続きます。30代以上が全体の72%を占めることに。

 

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全国的にも「ひきこもりの高年齢化」が指摘される中、三重県でも同様の傾向にあることが明らかになってきたのです。


鍵となるのは“家族の理解”

 

長期化や高年齢化が進む当事者をどのように支援していったらよいのか。

 

「家族の理解が、立ち直りに向けた鍵になる」と話すのは、2015年から津市でひきこもる人の家族が集まる会を主催している、みえオレンジの会の堀部尚之さんです。

 

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自身の息子も長くひきこもり状態にあったという堀部さん。

 

かつては、「息子がひきこもっている状態」が理解できなかったと言いますが、自身の反省も込めて、親の理解が最も重要だと言います。

 

「ひきこもりが長引く原因は、『親が諦めてしまった』場合が一番大きい。家庭内でおとなしくしているから放置してしまったり、周りの人にひきこもる家族のことを内緒にしてしまったり、親がひきこもる子どものことを諦めてしまったら、“8050”(※2)まで行ってしまう」

 

そのうえで、堀部さんは、ひきこもっている子どもやきょうだいなどの家族との接し方について、次のようなヒントを教えてくれました。

 

「彼らが望んでいるのは、とにかく『まずわかって欲しい、僕のつらさをわかってほしい』ということです。そこがスタートになる。彼らが社会に出て行く勇気をいかに醸成させるかが重要になる」

 

(※2:「8050」「8050問題」、80代の親と50代の“ひきこもり”の子が孤立する状態のことを指す言葉)

 

立ち直りかけても…コロナ禍の壁

 

堀部さんに話を伺った日は、家族会が開かれた日でした。

 

この日、テーマとなったのは、「コロナ禍で困っていること」について。

 

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参加した家族からは、当事者会や支援団体など、社会につながり始めたところで新型コロナウイルスが拡大してしまい、つながりが途絶えてしまったことを心配する声が相次いで聞かれました。

 

「ちょっと興味のある社会参加があったが、コロナ禍になってしまい、年配の親を心配して『コロナを持って帰ったらいけないからことしは見送る』と」

 

「十何年ぶりに行きたいと思っていた家族旅行が行けなくなった」

 

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「たかが家族旅行」と思う方もいるかもしれませんが、長年ひきこもっている子を持つ家族にとって、「家族で旅行に出かける」というのは紛れもない大きな一歩です。

 

せっかく動き出した、そのときに、むしろ「外に出ないこと」を奨励される世の中になってしまった。

 

大切な一歩一歩にも関わらず、コロナ禍が大きな壁となってしまっているのです。

 

ひきこもっている人たちの状況がますます見えづらくなってしまっている今、求められる支援とは何でしょうか。

 

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堀部さんは、「押しかけるのはダメ」としながらも、積極的にアプローチを試みる、いわゆる「アウトリーチ型支援」が今まで以上に重要になると教えてくれました。

 

「コロナ禍でもできるのは、当事者に電話をすることや、LINEで話をすること、またはZoomで話をすることや葉書を届けることです。本人が望まないのに、押しかけてもダメなので、まずは葉書を出したり、『LINEで話しましょうか』ということからのスタートではないか」


「ひきこもる権利は当然ある」

 

取材の最後、堀部さんは「ひきこもる権利」について、教えてくれました。

 

「誰にでも『ひきこもる権利』というのは当然あると思う。つらいときは思い切ってそこから逃げる。健全に逃げるということが大事です。家族も『そんなにつらいなら、一旦ストレスから逃げようよ。また勇気が出てくるまでじっとしていようよ』と受け入れることです。

 

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「ただ、それは勇気が出てくるまでであって、家族は勇気を醸成させないといけない。そのために『つらさ』を共有することが大事になる。家族が白い目で見ることが一番ダメなんです」


人と人のつながりが今まで以上に途絶えてしまいがちな今だからこそ、一番身近な「家族」の存在が大切になること。

 

それに、それぞれが抱える生きづらさに寄り添うことの大切さを、堀部さんは教えてくれました。

 

 

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鈴木壮一郎

2008年入局 初任地は津局 

去年9月から7年ぶりの津局勤務

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:19:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年06月17日 (木)ドミニクさんの決意 人気菓子"カヌレ"工場火災からの再起

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「もう、これで私の人生終わりだな…」

 

店を支えてきた人気商品“カヌレ”の工場が燃えていく…。

 

炎に包まれる建物を前に、立ち尽くすフランス出身のパン職人。

 

窮地に追い込まれた彼を奮い立たせたのは、プロの職人としての“誇り”とオーナーとしての“覚悟”でした。

 

(津放送局 記者 石塚和明)

 

本場フランスの味を日本に

 

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三重県中部。鈴鹿市の閑静な住宅街に、パン屋「ドミニクドゥーセの店」はあります。

 

27年前の創業以来、地元の人たちに親しまれてきた名店で、全国各地にもファンがいます。

 

オーナーシェフを務めるのはフランス出身のドミニク・ドゥーセさん。

 

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34年前、鈴鹿サーキットでF1グランプリが開催されることになったのをきっかけに来日。

 

サーキット内のレストランのシェフとして働き、あのアイルトン・セナやミハエル・シューマッハなど名だたるレーサーたちの食事も担当しました。

 

その後、“本当のフランスの味を日本に”との思いから、慣れ親しんだ鈴鹿市に店を構えました。

 

地元の人たちからは“ドミニクさん”と呼ばれ、慕われてきた一方で、民放のバラエティー番組の「パン職人選手権」で2連覇を果たすなど、その腕の確かさは広く知られています。

 

 

コロナ禍の切り札“カヌレ”の存在

 

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そんなドミニクさんが何度も試作と失敗を繰り返し完成させたのが、フランスの伝統菓子「カヌレ」。

 

オリジナルの銅製型を使い、研究し尽くした焼き加減で、「外はカリカリ 中はフワッと」した食感が特徴です。

 

発売後、瞬く間に人気は全国へと拡大。専用の工場を建てて各地に出荷し、全国のデパートやイベントなどで販売されるようになりました。

 

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新型コロナウイルスの感染拡大後は、各地のイベントへの出店が相次いで中止になったり、店内のレストランが1年以上休業したりといった危機が何度も訪れましたが、支えとなったのがこのカヌレでした。

 

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オンラインショップなどでの売れ行きが好調で、コロナ禍をなんとか乗り越える切り札となってきたのです。

 

たった一晩ですべてが…カヌレ工場全焼

 

しかし、5月24日、ドミニクさんに悲劇が襲います。

 

カヌレ工場で火災が発生。従業員はおらず、けが人はいませんでしたが、工場は全焼してしまいました。

 

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「電話がかかってきて、『工場が燃えているよ』って言われました。聞いた瞬間、体の中が熱くなって、急いで向かいました」

 

消火活動が行われている中も、大きく炎が上がり燃え続ける工場。

 

夜空に火の粉が飛んでいく中、ドミニクさんは、現場に立ち尽くし、絶望したといいます。

 

「たった一晩でこれまで積み上げてきたたくさんのものを失ったんです。『従業員どうする』とか『借金どうやって返す』とか、一気に頭の中がいっぱいになりました。隣にいた奥さんに正直に言いました。『今までいろんなことがあったけど、もうこれで人生終わりだな』と」

 

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オーブンやオリジナルの型にも被害が出て、1万5000個あった型のうち、無事だったのは34個だけ。

 

店頭のみでの販売となり、各地のデパートに出荷するなど量産はできなくなってしまいました。

 


“誇り”と“覚悟”を胸に

 

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そうした中でも、ドミニクさんは、火事のあったその晩、再起を決意したといいます。

 

「全国のファンにまたカヌレを届けたい。いち早く届けるために、とにかくカヌレを焼きます。もちろん今までの数は出来ないけど頑張ります」

 

プロの職人としての誇りを胸に、毎日厨房に立ち続けています。

 

さらに、これまでともに歩んできた従業員への思いがドミニクさんを奮い立たせているといいます。

 

「本当にお客さんも従業員も愛しています。急いで早くカヌレを復活させて、従業員たちの経済の影響にならないように…」

 

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それまで気丈に話していたドミニクさんが突然言葉を詰まらせ、涙をこらえました。

 

再び開けた口から出たのは、オーナーとしての覚悟でした。

 

「…およそ20年間もいる従業員もいます。『すいません火事になって明日から仕事がなくなりました』なんて言えませんよ。ひとりになると思い悩む時もありますが、とにかくみんなのために倒れない。とにかく乗り越えます」

 

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寄せられる応援の声 決意新たに

 

そんなドミニクさんの支えになっているのは、お店のファンからの声です。

 

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「ネットで火災があったのを知って、びっくりしました。今日は応援のためにカヌレを買いにきました」

 

「よくきますが、1番はカヌレが好きです。またよりたいです」

 

取材中も、火事の知らせを受けて店を応援しようという客が次々に訪れ、そう語っていました。

 

さらに、再び量産できる環境を整えようと、クッキーの詰め合わせを「応援セット」としてネットショッピングで販売したり、カヌレを返礼品としたクラウドファンディングで寄付を募っています。

 

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するとSNSでは応援する多くのメッセージが。

 

「これは支援せねば!」


「絶対また食べたいもんね あのカヌレ」

 

「1日も早い復活を願っています」

 

エールを受けたドミニクさんは復活に向けた思いをさらに強くしています。

 

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「ものすごいエネルギーいただいています。私はできることをやります、頑張ります。日本で私の人生が終わるまでいいカヌレ焼きます。絶対諦めない、絶対頑張る」。


カヌレを待つ、全国のファンのために。

 

逆境の中も、カヌレを焼き続けるドミニクさんの目はしっかりと前を向いていました。

 

 

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石塚和明 2016年入局 

スイーツ好き・フランス語は自己紹介程度

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:19:30 | WEB特集 |   | 固定リンク


2021年05月31日 (月)シート越しの別れ 新型コロナで父を亡くした男は今...

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「父親の遺体は、感染防止のためにシートにくるまれていました。なぜ父親なのか…という気持ちでした。悲しいというか、悔しさが残るんです」

 

新型コロナウイルスで父親を亡くした男性のことばです。

 

男性は今、三重県中南部にある小さな町で、感染対策の最前線に立っています。

 

なぜ、父親は死ななければならなかったのか、そして今、自分にできることとは。

 

男性の“思い”を聞きました。

 

(津放送局 周防則志 記者)

 

まさか自分の家族が…

 

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「それまでは、はっきり言うと“人ごと”みたいなところもあったんですよ。感染者がまだあまり出ていない地域でしたし、まさか自分の周り、それも両親が感染するとは思っていなかったので」

 

服部吉人さんは、当時を思い返し、そのように語ります。

 

ことし1月、大紀町内に住む両親が、新型コロナウイルスに感染しました。

 

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3月の町長選挙に立候補していた服部さん。

 

選挙にどのような影響が出るか気になりましたが、両親の状態については、当初それほど心配していなかったと言います。

 

「感染がわかった時点では、症状がそれほどなかったんです。病院に行くときも『気をつけて行ってこいよ』と言ったくらいで。まぁ、2週間たったら退院できるのかなという感じでした」。

 

母親は次第に回復し、およそ2週間で退院できました。

 

しかし、91歳と高齢の父親は容体が悪化したこともあり、経過を見守るための入院が続きました。

 

母親の退院から3日後の朝。

 

「血圧が上がらない」と、病院から服部さんの姉に連絡がありました。

 

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姉の家族は、すぐに病院に向かったと言います。

 

「私が聞いたのは夕方になってからで。それから妻と駆けつけたんですけれども、そのときにはもう遅くて…」。

 

姉の家族は、防護服を着るなどの感染対策を取って、父親にどうにか会うことができましたが、服部さんは間に合いませんでした。

 

父親との“シート越し”の別れ

 

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その後、服部さんが見たのは、透明のシートに包まれた父親の姿でした。

 

「顔の所は見えたんです。病院でとても丁寧に対応してくれたんだなと思いました。でも、やはり透明のシートに包まれている父の姿を見ると、悲しいなという思いがこみ上げてきましたね」

 

それまでまっすぐ前を見て話していた服部さんですが、このとき初めて、目線を落としました。

 

本来なら、自宅できちんとお経を上げたり、告別式を行ったりするところですが、それもできず、父親は、そのまま火葬場に行くことになったといいます。

 

棺の中にものを入れることもできないまま、シート越しに親族だけで最後の別れを告げることになりました。

 

町内に広がった“うわさ話”

 

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父親を亡くした服部さんに追い打ちをかけたのが、“うわさ話”でした。

 

「服部さんも感染しているらしい」
「それだけじゃない、妻も感染しているらしいぞ」

 

ことしに入るまで感染者が確認されていなかった大紀町。

 

人口わずか8000人の町に、そうしたうわさが広がるのに時間はそれほどかかりませんでした。

 

「精神的にもつらかったですね。自分が感染していたら、周りの人たちにうつしていないか…責任感や不安がどんどん出てくるんです。とはいえ、町の皆さんだって、小さい町なんで、不安にはなりますよね」

 

服部さんは、自分たちへのうわさをどうにかするよりも前に、正確な情報を発信していくことで町内に住む人たちの不安を払拭することが、重要だと考えたと言います。

 

選挙が迫っていたこともあり、両親の感染の経緯や、それ以外の家族は検査の結果、陰性だったことなどを、後援会の会報で伝えていくことにしました。

 

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「とにかく正確な情報を発信したい強い思いで進めました。ただ、私は会報などで情報を発信することができましたが、そうでなかったら、果たしてどうしたかなと…。いずれにしても不安をあおるようなうわさや発言だけはやめてもらいたいです。それを多くの人には伝えたいです」

 

丁寧な発信を心がけた結果、うわさは次第におさまっていきました。

 

父を失った経験元に町長として

 

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「もう予約とれた?」


「とれました、とれました。本当にスムーズにいって、みんなも喜んでます。安心です」

 

4月、町のワクチン接種を前に行われたシミュレーションの会場に服部さんがいました。


服部さんは選挙で当選し、町長になり、今、町の感染対策の最前線に立っています。

 

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安心してワクチンを受けてもらおうと、地元の高齢者たちに積極的に声をかけている姿が印象的でした。

 

今、そんな服部さんの心の支えになっているものがあります。

 

父親が愛用していたという懐中時計です。

 

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服部さんが遺品を整理している中で偶然見つけました。

 

元国鉄の職員で、時間に厳しかったという父親は、この懐中時計を肌身離さず持っていたといいます。

 

服部さんは、時計を机の上に置いて、時折眺めながら仕事にあたっています。

 

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「父親を亡くした悔しさもそうですが、病気に対しての悔しさがあったんです。こんな思いをする人は、もう1人でも出てほしくない。そして、もし感染者が出た場合は、本人や家族の立場になって、一緒に考えられるような町長になりたいですね」。

 

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父親を失ったつらい経験を胸に秘め、町長としての決意を服部さんは力強く語りました。

 

 

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周防則志 2020年入局 
“地域の課題を解決する”報道を目指している

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2021年05月28日 (金)あした、あさっての次は?方言"ささって"の謎

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あした、あさって…の次を何と言ってますか?

 

標準語では「しあさって」だけど、三重県だったらそこは「ささって」でしょ!という人も多いかもしれません。

 

でも、そもそも「ささって」って何なの?三重県でも全県で言うの?一部エリアだけ?

 

そんな「ささって」の謎を、静岡県出身の新人記者、私、中野七海が取材してきました。

 

(津放送局 記者 中野七海)

 

「ささって」ってそもそも…

 

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静岡県では、「あさって」の次は「しあさって」。

 

「ささって」は聞いたことなかったですし、“三重の方言”として有名だとは知りませんでした。

 

そんな“三重の方言”について詳しい人がいると聞き、三重大学に行ってきました。

 

お話をうかがったのは方言の研究を続けて四半世紀、余健教授です。

 

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(中野)
「『ささって』を初めて聞いたときに何が刺さってるんだ?と思っちゃいました!」

 

(余教授)
「なるほど・・・・・」

 

(中野)
「(す、すべったか…、よし、ここは気を取り直して)ところで、『ささって』ってどういう由来からなんでしょうか」

 

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(余教授)
「『さ』は、来週の次の再(さ)来週、あるいは来年の次の再(さ)来年、そんな時に使う『さ』という説が一般的ですね。『あさって』の次の日という意味で『さあさって』が縮まって、『ささって』という形が生まれてきたと考えられます」

 

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なるほど、わかりやすい!「ささって」は「さあさって」を短くした言い方だったんですね。

 

教授によると、このほかにも、きょうから数えて3日目だから「ささって」、「さきあさって」が変化して「ささって」になったなどの説もあるといいます。

 

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「ささって」は三重弁じゃない!

 

では、「ささって」は三重県特有の方言なのか聞くと…。

 

「三重県だけではなくて、中部地方、北陸にかけて確認されていますよ。石川県の能登半島から、岐阜県、そして三重県辺りですね」

 

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えっ!なんと、三重だけではなかった!

 

三重から北陸にかけての中部地方のほか、鹿児島県の種子島などでも確認できるといいます。

 

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意外にいろいろなところで使われているもんなんですね。

 

三重県内でも地域性がある

 

一方で、伊賀市や名張市、そして熊野市より南では「しあさって」が使われるなど県内での地域差もあるといいます。

 

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その理由について余教授は「伊賀・名張は京都や大阪との生活圏ができてますし、熊野以南の地域は和歌山県あるいは奈良県南部との生活圏ができています。そうした中で言葉の共通性があるんです」

 

伊賀や名張のことばは、津の辺りに比べると“関西弁”に近い、という話を聞いたこともありますが、昔からの地域性や生活圏と密接なつながりがあるというのは納得です。

 

若者は“ささって”を使わない?

 

さらに、「ささって」をめぐっては世代間のギャップがあるという話も。

 

NHK津放送局には三重県出身の人がたくさんいるので、ちょっと聞いてみることにしました。

 

まずは三輪アナウンサーに…。

 

(中野)
「あした、あさっての次の日のことなんていいますか」

 

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(三輪アナ)
「ふふふっ。『ささって』って言ってほしいんでしょ」

 

(中野)
「(うっ!するどい!)はい、言ってほしいです!」

 

(三輪アナ)
「もちろん分かりますけど、私は使わないですね、昔から。でも親は使いますよ」

 

あら、意外に使われてないのかも。

 

続いて、編集マンの方に。

 

(中野)
「あした、あさっての次の日のことなんていいますか」

 

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(編集マン)
「ささって?」

 

(中野)
「使いますか」

 

(編集マン)
「使います」

 

今でも使われている方がいてよかった!

 

警備員さんにも聞いてみました。

 

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「子どものころは学生のころは使ってましたけど、今はあんまり使わんもんね~」

 

今でも使うという人もいますが、知ってはいるけれど使わない、と言う人が徐々に増えているようです。

 

「ささって」が消える!?

 

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余教授によると、テレビなどのメディアの影響で、方言はどんどん消えているといいます。

 

「ささって」は今後、どうなっていくのか聞くと…。

 

「若い世代の人の中では、もう冗談でしか『ささって』を使わないということもあります。これって、方言がなくなってしまう前段階の現象なんですね。残念ながらこのままでいくと『ささって』の使用は三重県内では聞かれなくなる可能性は高いと思います」

 

そうなのか…。出会ったばかりの『ささって』ですが、なんかちょっとさみしい。

 

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「『ささって』と言っても伝わらない、理解してもらえないという経験が積み重なってくると、しゃべるほうもだんだん自信がなくなってきてしまいます。だから、三重の人には自信を持って『あした、あさって、ささって』と言ってほしいですね」

 

というわけで結論です。

 

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「『ささって』は、『あさって』に『次』を表す『さ』がついたものとみられる。中部地方などで使われる方言だがこのまま消えてしまう可能性もある」でした。


このまま消えてしまうのはおしい。「ささって」応援団として、日ごろから「ささって」を使っていきたいと思います!

 

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(中野七海 2021年入局 好きな三重弁は「かえるのかんぴんたん」)

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2021年05月27日 (木)航空機産業がアウトドア業界に参入?カギは"夢"

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「え、何ですかそれは。いくらなんでも無謀ですよ」

 

これまで支援してきてくれた担当者から、そう言われたという、新たな挑戦。

 

新型コロナウイルスの影響でピンチに陥った航空機の組み立て会社が挑んだのは、これまで培ってきた技術とは無関係の、アウトドア用品の分野でした。

 

なぜそんな転換ができたのか、キーワードとなったのは“夢”でした。

 

(津放送局 記者 須川拓海)

 

苦境にあえぐ航空機産業

「これまで従業員は、飛行機を作るというスケールの大きい仕事に夢や誇りを持っていました。今は、不安もある中で辛抱してもらっていて、事業継続ができなくなるおそれもある。何か新しいことを始めないと、と思って…」

 

三重県木曽岬町に工場を構える大起産業の天田淳一専務は、そう語ります。

 

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創業から60年、社員の“夢”も乗せた数多くの飛行機の組み立てを請け負ってきた大起産業ですが、新型コロナウイルスの影響で、主力だったボーイング社の飛行機が大きく減産。

 

国産初のジェット機「三菱スペースジェット」の開発縮小も追い打ちをかけ、航空機部門の売り上げは半分近くにまで減少しました。

 

 従業員は交代で休業を余儀なくされ、徐々に工場の活気が失われていったといいます。

 

社員アンケートで新事業募集!

 

そこで行ったのが従業員を対象にしたアンケートでした。

 

去年6月、400人ほどから新たな事業に関する提案を募ったのです。

 

最初の質問は「あなたの趣味はなんですか?」。

 

飛行機に変わる“夢”を従業員のプライベートな好みから見いだすのがねらいでした。

 

「興味を持っていること、知見を持っていることが、一番、熱意を持って取り組めることだと思うんです。社員の皆さんの話を素直に聞いて、その中から何か突破口が開けないのかなと思ってやってみました」(天田専務)

 

ザリガニの養殖、家具の製作、船乗り、畑…。

 

社員からはさまざまな提案が寄せられました。その中で選ばれたのが、アウトドア用品の企画・販売だったのです。

 

提案したのは、当時、社外に出向中だった竹尾滋展さんでした。

 

社内に配られたアンケートの存在を聞きつけ、直接連絡があったと言います。

 

釣りが趣味の竹尾さんは、コロナ禍によるアウトドア人気の高まりを肌で感じる機会が多く、この企画は絶対にうまくいくと確信していました。

 

「何か新しいことにチャレンジしたいなという思いはずっとありましたが、規模が大きい会社ではないので、新たなことに踏み出せるチャンスはめったにない。何としてでも自分の思いを届けて実現させたいという思いでプレゼンしました」(竹尾さん)

 

天田専務も、竹尾さんの熱い思いに、心を揺さぶられたといい「非常に熱を持っていて。『絶対うまくいきます、成功させます』と言ってくれたので、素直にうれしかったですね」と話します。

 

「いくらなんでも無謀」の声も…

 

しかし、アイディアはすぐに周囲の理解を得られたわけではありませんでした。

 

大起産業の経営相談や支援にあたってきた、中小企業庁三重県よろず支援拠点の立道和久さんは、この企画をはじめに聞いたときは全く理解できなかったといいます。

 

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「え、何ですかそれは。いくらなんでも無謀ですよ」と反対したという立道さん。

 

大起産業の確かな技術を知っているからこそ、これまで培ってきたものをほかの業種に転用する道を探ることを提案しました。

 

そうした中でも、大起産業からは事業を進めたいという強い意向が寄せられました。

 

その思いに、立道さんは考えを改めたといいます。

 

「会社の閉そく感を打開するためにもやるんだ、という熱意を訴えられました。最終的に決めるのは事業者ですから、覚悟を持って取り組むなら私もできる限りのサポートをしようと思いましたね」(立道さん)

 

安全性を追求 相次ぐ壁を打破

 

とはいえ、商品を企画し、消費者に届けるまでを一貫して行うのは会社としても初めて。

 

始まってみると、ブランド名やロゴの決定、材料の表示、実際に製品を作る中国の工場とのやり取りや輸入する船の契約といったさまざまな壁があったといいます。

 

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そんな中でも徹底したのは安全性の追求でした。

 

ミスが許されない飛行機組み立ての品質管理のノウハウを生かしたのです。

 

中国の工場に対しては、飛行機組み立てと同じように資料を作成して検品の徹底を指示しました。

 

飛行機に変わる“夢”を実現するという仕事が、竹尾さんたちに新たな活力を生み出し、やがて開発は軌道に乗り始めました。

 

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竹尾さんも「商品を開発しているときはワクワクしかないですね。たぶん起きているときはずっとキャンプのことを考えています。仕事のことしか頭にないくらい」と話します。

 

ついに商品販売、夢は続く

 

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提案の採用から10か月、ついに最初の商品となるテーブルとコンテナボックスの販売が始まりました。

 

売り上げも少しずつ伸びていて、まずは商品を知ってもらおうと、販路拡大に地道に取り組んでいます。

 

「やっとここまで来たなと。思いどおりにならないこともたくさんあって、商品1つ作って世に送り出すのがこんなに難しいことなんだと痛感しました。それと同時に、今は本当にうれしさでいっぱいですね」(竹尾さん)

 

「社員のみんなの“夢”を乗せた商品がようやくできました。前向きでワクワクするような気持ちを、を買っていただく皆さんにも共有してもらいたいですね」(天田専務)

 

従業員に趣味を聞くことから始まった新たな事業。

 

厳しい状況の中で生み出されたアイディアが今、飛行機に変わる“夢”になろうとしています。

 

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(須川拓海 2018年入局 四日市支局に所属 飛行機には数えるほどしか乗ったことがない)

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2021年05月27日 (木)避難勧告が廃止?変わった避難情報のポイント教えます

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「“避難指示”ってどれくらい深刻なの?そう言われても、いつどんなタイミングで避難したらいいの?」

 

そんな風に思ったことがある人もいるのではないでしょうか。

 

大雨などで災害の危険が迫る時は、自治体が避難情報を発表しますが、この情報が5月から大きく変わりました。

 

変更点のポイントなどをわかりやすくお伝えします。

 

(津放送局 石塚和明 記者)

 

レベル3“高齢者等避難”

 

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避難指示などの情報や気象警報は、5段階の警戒レベルにわかれています。

 

図のうち、左側が従来の避難情報、右側が新しい避難情報になります。

 

変更されたところに絞って順番に見ていきましょう。

 

まず、レベル3。「避難準備の情報」が「高齢者等避難」に変わりました。

 

近年の災害では、高齢者の犠牲が後を絶ちません。

 

どんな人たちがまず避難が必要なのか、対象をより明確にすることで、いち早い避難につなげようという狙いです。

 

高齢者や体の不自由な人など、移動に時間のかかる人は、この情報が出た段階で避難を。

 

ただ、このほかの人も避難場所を確認したり、持ち出すものを準備したりといったことを始めてください。

 

そして、危険を感じたら、次のレベルを待たずに自主的に避難を始めてください。

 

高齢者を強調していますが、高齢者のためのだけの情報ではないということに注意が必要です。

 

レベル4“避難指示”

 

続いてレベル4。従来の情報では「避難指示」と「避難勧告」がありましたが、2つの違いをご存じでしたでしょうか。

 

「避難勧告」は避難を開始するべきタイミング、「避難指示」はもうそのタイミングを過ぎていて、身の安全に配慮しながら速やかな避難が必要とされる段階です。

 

ただ、この2つの情報、意味が正しく理解されていないという課題がありました。

 

内閣府が全国の人に行ったアンケートで、2つの情報を正確に理解していたのは、17.7%にとどまっていたのです。

 

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「避難指示」よりも「避難勧告」のほうが差し迫った状態にあると思っている人も少なくなかったようです。

 

そこで、今回、2つの情報が一本化されました。

 

「避難勧告」は廃止され、レベル4は「避難指示」のみに一本化されました。

 

危険な場所にいる人は全員、避難が必要な段階です。

 

これまでの情報では、「まだ避難勧告だから避難指示が出てから避難すればいいか」と思ってしまう人もいたかもしれませんが、一本化でわかりやすくなったのではないでしょうか。

 

レベル5“緊急安全確保”

 

そしてレベル5。これまでの「災害発生情報」では取るべき行動がわかりにくいなどとして、「緊急安全確保」に変わりました。

 

住民がとるべき行動は「命を守って!」です。

 

災害が発生、もしくは切迫している時に発表されます。

 

まだ、危険な場所にいる人は、建物の2階以上や崖の反対側に移動するなど安全を確保してください。

 

あくまで、避難し遅れた人がとる行動であって、避難場所への移動はすでに手遅れになっているおそれがある段階です。

 

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レベル4の段階で、「まだレベル5があるから大丈夫」とは絶対思わないでください。

 

大切なのは日ごろからの準備

 

ただ、災害が迫っているから急に避難する、というのはなかなか難しいかもしれません。

 

日ごろから身の回りにある災害のリスクを確認しておくことが大切です。

 

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洪水で浸水する範囲などが確認できるハザードマップをチェックしておいてください。

 

そして、どこにどうやって避難したら良いのかを調べておいたり、実際に歩いてみたりすることも重要です。

 

東海地方のことしの梅雨入りは5月16日と、平年よりも21日も早い発表となりました。

 

大雨による災害がいつおかしくないシーズンに入っています。

 

日ごろからの備えを進めてください。

 

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石塚和明(2016年入局 鳥取局を経て現職 好きな映画は「ディストラクション・ベイビーズ」)

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2021年04月09日 (金)海女さんも 海水浴客も これを見たらすぐ逃げて!

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「皆さん!急いで逃げてください!!」

 

ライフセーバーが周囲の人に声をかけ、赤と白の格子模様の旗を左右に大きく振ります。

 

海にいる人に津波の危険を視覚的に知らせる「津波フラッグ」です。

 

去年、運用が始まりましたが、なかなか普及が進まないといいます。

 

いったいなぜでしょうか。

 

(津放送局記者 石塚和明)

 

 “津波フラッグ”とは

 

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津波フラッグは、気象庁が視覚的に津波の警戒を呼びかける手段として定めている赤と白の格子模様の旗です。

 

大津波警報や津波警報、それに津波注意報が発表された場合、海岸でライフセイバーなどが振ったり、建物に掲示したりします。

 

海水浴場などで泳いでいるときに、この旗を見かけたら、すぐに海から離れて高い場所に避難する必要があります。

 

きっかけは東日本大震災も普及進まず

 

導入のきっかけは、東日本大震災でした。

 

津波の警戒を呼びかける音声が聞き取りにくい海岸付近で亡くなったとみられる人がいたほか、岩手、宮城、福島の3県では、聴覚に障害のある人の死亡率が障害のない人に比べて2倍高くなったのです。

 

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そこで気象庁は、去年6月から「津波フラッグ」の運用を始めました。

 

ただ普及は進んでいません。

 

気象庁がことし2月までに、海水浴場のある全国446の市町村を調査したところ、「導入している」と回答した市町村は63で、全体の14%にとどまりました。

 

新型コロナウイルスの影響で、自治体の担当者と打ち合わせができなかったことなどが影響しているといいます。

 

三重県内では海女さんも避難

 

三重県内ではどうでしょうか。

 

主要な海水浴場がある沿岸部の市や町に問い合わせてみました。

 

このうち熊野市では、市内にある2つの海水浴場に導入済みで、津市と鈴鹿市、志摩市ではことしから導入予定だといいます。

 

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しかし、それ以外の多くは「導入するか検討段階」という状態です。

導入を決めている中でユニークなのが志摩市です。

 

海女の数が全国で一番多い三重県ですが、志摩市でも海女の素もぐり漁が盛んです。

 

そこで、海水浴場だけでなく、漁場の近くにも導入することにしました。

 

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また県内では啓発に向けた取り組みも進められています。

 

去年8月、鳥羽市の海水浴場では、津波が来るという想定で避難訓練が行われ、その際に津波フラッグが活用されました。

 

フラッグは、海水浴場を管理する町内会と漁協が独自に購入して導入したといいます。

 

“導入難しい”自治体も…

 

一方で、導入が難しいと話す地域もあります。

 

例えば、県南部の尾鷲市では南海トラフ巨大地震が発生した場合、早ければ津波が5分ほどで到達するところもあります。

 

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市の担当者は「旗を振る人も危険ではないか」として、導入は現実的ではないとしています。

 

気象庁も、安全が確保されない場合は必ずしも旗を振ったり、掲示しなくてもよいとしていて、難しい問題です。

 

“まずは存在を知って”

 

音声の聞き取りにくい海岸で、どう警戒を呼びかけるか、地域の実情にあった対応が求められますが、まず進めなくてはいけないのが認知度をあげることです。

 

せっかく導入されても、何の意味があるのか伝わらなければ意味がありません。

 

そこで先月、気象庁と日本ライフセービング協会が共同で啓発動画を制作しました。

 

津波フラッグの役割や、導入された経緯などがわかりやすくまとまっていて、日本ライフセービング協会のYouTubeチャンネルなどで閲覧することができます。

 

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こうした動画なども活用し、津波から1人でも多くの命を守るため、津波フラッグの存在を家族や友人など、周りの人たちにもぜひ知らせてください。

 

 

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石塚和明(2016年入局 鳥取局を経て現職 好きな映画は「パルプ・フィクション」)

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