2022年5月 9日

集団力学に認知的不協和?横断歩道で車が止まらないワケ

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「信号機のない横断歩道での車の一時停止率、三重県で大幅改善」

「停止率3.4%で全国ワーストから、47%にアップ!」

 

こうしたニュースを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。確かに、以前と比べると止まってくれるようになったかな…。私もそう感じていました。

 

そんな中で「いやいや、そんなことはない、全く改善されてないですよ」といった声が津放送局に寄せられました。取材すると、まだまだ車が止まらない実態と、その裏にあるドライバーの“ある”心理が見えてきました。

 

(津放送局 周防則志)

 

改善してない!まだまだ止まらん横断歩道

 

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「最近、三重県の横断歩道で車の停止率が上がり、マナーが向上したと報道されているが、全く改善されていない。(家の近くにある)横断歩道では歩行者は車が切れるのをひたすら待っている状態。いつ事故が起きても不思議ではないです」

 

NHK津放送局に寄せられたメッセージです。

 

改善したと言っても去年の停止率は47%、いまだ半分以上は止まっていません。また、停止率の調査はJAFが各都道府県で2か所ずつ横断歩道を選んで行っているもの。横断歩道の場所は公表されていませんが、あくまでその2か所のデータであって、県全体の傾向を表しているかはわかりません。

 

 となれば、まだまだ止まらない、という横断歩道もあるはず。いったい、どんな場所なのか。さっそく、送ってくれた津市の伊原修二さんに、現場を案内してもらうことにしました。

 

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伊原さんが危険だと指摘するのは、津市神戸、県道657号にある横断歩道です。伊原さんは買い物で出かけるときなどに、ほぼ毎日使っていると言います。

 

「ドライバーが意地でも止まらないんじゃないかなっていう、そんな明白な意志を感じるくらい止まらないです。ここに関しては全く改善されていません。人の命がかかっていますから、ドライバーには、守るべきは守るということを遵守してもらいたい」

 

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憤りを隠せない様子の伊原さん。小学校があるので利用する児童もいるほか、近くの団地に暮らしている高齢者も多く、とても危険な状態だと言います。近くに住む人たちにも話を聞いてみました。

 

「車が止まるのが当たり前なはずですが、全然止まらないです。なんか急いでいるみたいな感じで、パーッと行かれるので、怖い」
「もう仕方ないっていうふうにあきらめてますから」

 

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といった反応で、この横断歩道では車が止まらない、というのは地元の多くの人が感じている思いのようです。

 

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実際に私も、横断歩道を渡ってみようと、待ってみることにしました。1台、2台、3台…。車はどんどん通り過ぎていくばかりで、全く止まりません。結局、15台ほど通過したところでようやく車が途切れ、渡れました。5回ほど試してみましたが、止まってくれる車は1台もないという状態でした。

 


“カーブが原因”?止まらない理由

 

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なぜ、横断歩道で車が止まらないのか。なにかこの場所特有の理由があるかも知れない。そう思って、伊原さんや地元の人たちに聞くと、「カーブが影響している可能性があるのでは」とのこと。

 

この道路、東西に走っていますが、東から走ってくる車が、特に止まらない傾向があるといいます。実際に東から西に向かってこの道路を車で走ってみました。すると、カーブをこえたすぐ先に横断歩道が。見通しがききにくいため、横断歩道に気づくタイミングが遅くなり、結果として止まらないのではないかというのです。

 

さらにこの道は、10年ほど前に鈴鹿と松阪を結ぶ「中勢バイパス」と接続。横断歩道から少し西に向かうと、「中勢バイパス」に乗れるようになりました。その頃から徐々に交通量も増えたと言います。

 

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「交通量で言うと軽く10倍にはなっていると思います。それまではほとんど地元の人、知ってる人だけが通るって感じの道路だったんですが、中勢バイパスがつながってからは、抜け道として使われるようになってます」(伊原修二さん)

 

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バイパスに向かってスピードを出す車も増え、横断歩道で止まらない車もさらに増えたと言います。

 

“流れを止めたくない”?止まらない理由

 

止まらない理由は、ドライバーの心理にもあると専門家は話します。元プロのオートバイレーサーで、交通心理学に詳しい大阪国際大学の山口直範教授に、話を聞きました。

 

「ドライバーは自分が止まると、車の流れを止めてしまうのではないかと、後ろのドライバーへの配慮をしてしまいがちです。本来は必ず止まらなければならないというルールがあることはわかっているんです。それでも環境との影響、環境との相互作用で、止まらずに行ってしまうというのはあります。ですので、交通量は非常に大きな要因となり得ますね」

 

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交通量が多く、後続車がいる場合、後ろに来ている車を気にして、止まらずに進んでしまうと言うのです。

 

「集団力学」「認知的不協和」…止まらない理由

 

山口教授はほかにも、心理学的に見て複数の要因が関係していると分析しています。山口教授による分析を順番に紹介します。

 

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①「集団力学」
みんなが止まらないから自分も止まらない、あの人が止まっていないから私も止まらないという心理が働いている。日本では現状、そもそも止まらない人が全体のうち圧倒的に多いことが、止まらない要因になっている。

 

②「優位性の効果」
車に乗っている人は歩行者と比べたら物理的に優位だということが、人の心理に影響している。ぶつかってもケガをするのは人だから、車に乗っている自分のほうが優先だとドライバーが思い込む。そして歩行者側も遠慮がちになってしまう。

 

③「認知的不協和」
「歩行者にとっても、さっさと通過してあげたほうがためになるだろう」などと、都合のいい理由付けをしている。日本のドライバーの誰もが「歩行者優先」ということばは知っているのに、実際の行動が伴わない状態ができあがっている。

 

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④「匿名性」
車は閉鎖された空間で、誰が運転しているのかわかりにくい状態。匿名性があるときは攻撃性が高まるというのが様々な心理学の実験結果で報告されていて、車の運転の場合も、どこの誰かわからない状態ならば行っても分からないだろうという気持ちが働いて、止まらずに行ってしまう。

 

⑤「スピードを落としたくない」
スピードを落とさないと、スムーズにストレスなく走れる上に、燃費の面でも効率が良く、今のままの速度を維持して、止まりたくないという心理が働いてしまう。

 

こうして並べてみると、「自分も当てはまる…」というものもありませんか。知らず知らずのうちに、止まらないでいい理由を自分でつくっていないか、私も気をつけたいと思いました。


解決の鍵は「同調効果」

 

では、こうした要因があるとしたうえで、どのような対策をとったらいいのでしょうか。山口教授は次のように話しています。

 

「ドライバーに教育を徹底する、取り締まりを徹底するという方法がまずありますよね。一方で、歩行者側にもやれることがあります。手を挙げる『ハンドサイン』で、歩行者が渡りたいんだと意思表示をすると停止率が著しく上昇するという報告があります」

 

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ドライバーが守らないといけないルールなのに、なぜ歩行者側が何かしないといけないのだ、という考えがあるのもわかります。ただ、こうすることで、止まる車が増えるのもまた事実。少しずつ、ドライバーの考え方を変えていくためにも、歩行者側が“渡るんだ”“今から向こうに行きますよ”と意思を示すことも大切だと言えそうです。

 

さらに、山口教授はもう1つ、ドライバー側の対応について興味深い話をしていました。みんなが止まらないから私も止まらないという先ほどの「集団力学」。これを裏返してみれば、自分が止まることで、ほかの人も止まるようになる「同調効果」にもなるというのです。

 

目標は停止率100%。ドライバーの皆さんひとりひとりが止まることで、それがほかのドライバーにも影響を与えて、世の中全体の考え方が変わっていく。そんな流れにつながっていってほしいと思います。

 

 

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周防則志 2020年入局

“地域の課題を解決する”報道を目指している

投稿者:NHK津放送局 | 投稿時間:15:00 | WEB特集 |   | 固定リンク


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