-浮田家住宅-
2017年7月5日放送

今回紹介するのは、 富山市にある 「浮田家住宅」です。 およそ200年前に建てられ、富山の気候にあわせてさまざまな工夫が施されています。現在は国の重要文化財として、一般に公開されているその建物の魅力を紹介します。

富山市南部、水田に囲まれた屋敷林
浮田家 江戸時代の豪農

江戸時代の豪農

加賀藩の代官職を務めていた浮田家。その家は富山市南部、水田に囲まれた屋敷林の中に建っています。浮田家は代々、立山・黒部一帯の山林保護や国境警備を行う役割を果たしていました。

加賀藩の代官職を務めていた浮田家

建物からは、雪の多い富山ならではのさまざまな工夫を見ることができます。

主屋の屋根はかやぶき

主屋の屋根はかやぶきで雪が降りつもらないように。角度が急になっています。

広さ24畳の「広間」

来客用の式台玄関から入ると、広さ24畳の「広間」です。

豪壮な造りの「はり組」

天井には太いけやきを用いた豪壮な造りの「はり組」が施されています。

職藝学院 上野 幸夫 教授

職藝学院 上野 幸夫 教授

「富山の雪は湿潤で大変重い。北海道を1としたら倍以上の重さがある雪だからそれに耐えるために家の中心部分にものすごい強固な構造体をつくって、周りの部屋がその中心部分に寄りかかるようになっています。」

明かり取りの窓 少しでも室内を明るく

明かり取りの窓は、曇り空が続く冬にも、少しでも室内を明るくしたいとの思いから作られたそうです。

奥に進むと座敷が広がっています

奥に進むと座敷が広がっています。

水琴窟

縁側には、客をもてなす工夫があります。「水琴窟」です。

水琴窟 琴の音色に近いような音
水琴窟 おもてなしの1つ
職藝学院 上野 幸夫 教授

「ただ水を流すだけでなく琴の音色に近いような音が聞こえれば、来た方も喜ばれるでしょうしおもてなしの1つとしてプラスアルファがつくわけです。」

水琴窟は雨戸の内側にある。雪国ならでは

雨戸にもある工夫が

光を取り込む為に上部が障子になっている

明治時代に増築され、大切な客が招かれた「隠しの間」

『隠しの間』

「隠しの間」です。明治時代に増築されたこの部屋には大切な客が招かれました。

建材には高価な黒柿

高価な黒柿が使われています。

ふすまの引き手には、七宝焼き

ふすまの引き手には、七宝焼きが施されています。

壁には宝飾品として用いられる赤サンゴ

壁には宝飾品として用いられる赤サンゴが塗り込められています。

障子は、座ったときの目線の高さにあわせて一部窓ガラスになっている

障子は、座ったときの目線の高さにあわせて一部窓ガラスになっています。庭の景色を絵画のように 楽しんでもらうためです。

職人の工夫

当時の職人による工夫は浮田家の随所に見られます。

職人による工夫 オートロック

職人による工夫 オートロック

職人による工夫 オートロック

職人による工夫 閉じるときだけ自動ドア

職人による工夫 閉じるときだけ自動ドア

職藝学院 上野 幸夫 教授

職藝学院 上野 幸夫 教授

「本当にさまざまなところに工夫がなされているというのも浮田家の特徴だと思います。富山の住文化を生んだそのルーツを見ることは未来の人たちにとっても大変重要なことだと思う。」

当時の姿を残し続ける浮田家住宅

200年もの歳月を経て、当時の姿を残し続ける浮田家住宅。富山の宝です。

~取材後記~

今回取材で浮田家を訪れて、門構えや住宅の雰囲気から堂々としたたたずまいとともに当時の人々の生活を身近に感じることができました。また、庭住宅の周りにカエルやホタルもいて、建物だけでなく、その周りの環境も当時とあまり変わらないのかも知れないなと感じました。

浮田家が建てられた江戸時代には倹約令があり、家を建てる上でもさまざまな制約がありました。そんな中、浮田家は加賀藩の役宅であったことからご覧頂いたような立派な造りの住宅を建てることができ、当時の人々にとってあこがれの建物だったということです。明治になり、江戸時代の倹約令が解かれると、多くの人たちが浮田家の立派な門構えや建物の造りを真似して家を建てたため、浮田家は、富山県内の住宅のルーツと言われることもあるそうです。

-リポート NHK富山 白水 公規-

インフォメーション

【所在地】
●浮田家住宅 富山県富山市太田南町110

※NHKサイトを離れます

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