-富山県庁舎本館-
2016年5月18日放送

今回はこちら、富山県庁舎本館です。戦前に建てられ、戦禍をくぐり抜けるなど80年あまりの歳月を経て、今もなお、富山県政の舞台である建物です。その歴史的な価値の高さから去年、国の登録有形文化財になりました。建築美の中に、刻み込んできた時間を風格として備えた富山県庁舎本館。ご覧下さい。

設計したのは、国会議事堂の建設に携わった建築家の大熊喜邦

昭和10年に建てられ、今も変わらず、堂々とした姿をみせる富山県庁舎本館。設計したのは、国会議事堂の建設に携わった建築家の大熊喜邦です。

重厚さと安定感を感じさせる造り

設計のコンセプトは「威厳と親和」。建物は国会議事堂と同じ、左右対称。シンプルでモダン、重厚さと安定感を感じさせる造りになっています。

四隅は丸く造られていて、柔らかさも演出

一方、建物の四隅は丸く造られていて、柔らかさも演出しています。

中に入ってみましょう。

正面玄関に入いると、4階まで達する吹き抜け

正面玄関に入いると、4階まで達する吹き抜け。重厚な中にも、開放的な空間が広がります。

階段の手すりには大理石

階段の手すりには大理石。風格を一層高めています。

階段の手すりには大理石 アンモナイト

大会議室です。戦前には「正庁」と呼ばれる

大会議室

大会議室です。戦前には「正庁」と呼ばれ、知事の年頭あいさつなど、特別な行事でのみ使用されてきました。中央にしつらえられているのは「奉掲所(ほうけいじょ)」。昭和天皇皇后両陛下の写真が当時、掲げられていました。

中央にしつらえられているのは奉掲所

上部には、鳳凰の彫刻

上部には、鳳凰(ほうおう)の彫刻が施され格式の高さが伺われます。

日石寺

完成からほどなく、建物は激動の時代にさらされます。太平洋戦争。その末期には大空襲にみまわれ市街地の9割以上が焼失。県庁も被害を受けます。

完成からほどなく、建物は激動の時代にさらされます

屋上には、焼い弾と見られる痕跡が今も残されています。

屋上には、焼い弾と見られる痕跡が今も残されています。

焼けのこった県庁は戦災者の避難所となった

特別室

特別室

3階には特別室、正面玄関の真上でかつては「貴賓室」でした。終戦の2年目には、昭和天皇が県内各地の復興状況視察に訪れここに泊まりました。内装は、調度品合わせ格調高く仕上げられています。

天井にはしっくいでつくられた蛇腹の彫刻

しっくいでつくられた蛇腹の彫刻

シャンデリア

ワニス塗り仕上げ

現在も、知事の記者会見や表彰式、歓迎行事などで使用されています

当初の内装を今に残し、現在も、知事の記者会見や表彰式、歓迎行事などで使用されています。

当時のたたずまいを今に伝える富山県庁舎本館

建物完成から81年。昭和の初めから戦争・復興・激しい経済動向と、環境変化。そうした中、県民の暮らしを支えてきた「富山県庁舎本館」。今も、そしてこれからも県の象徴でありつづける富山の宝です。

~取材後記~

国の登録有形文化財に登録されている都道府県庁舎は全国で9軒あります。そのなかで、今でも現役で使用されているのは富山県庁舎をはじめ愛知県庁舎や神奈川県庁舎、和歌山県庁舎など全国でもわずか6軒です。

富山県では、富山県庁舎本館が建設から80年を迎えたことと、国の登録有形文化財に登録されたことから、去年、屋上に庭園を整備し、現在、期間を決めて一般に公開しています。また屋上と同時に整備した資料展示室には、県庁の開庁日な自由に訪れることができ、県庁の歴史や見どころなどを知ることが出来ます。

-リポート NHK富山 栗谷川 勝行-

インフォメーション

富山県庁舎本館

所在地 | 富山県富山市新総曲輪1−7

※NHKサイトを離れます

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