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震災支援コンサートに出演!輪島市の音楽家親子の思いに迫る

武田祐季リポーターが中継
  • 2024年04月10日

こんにちは。
NHK富山放送局の武田祐季です。
元日の能登半島地震では、大きな被害を受けた音楽家がいます。

3月19日(火)の中継・富山ライブは南砺市の音楽ホールからお届けしました。
輪島市で被災し、南砺市に避難している音楽家の親子の思いに迫りました。

輪島の音楽家親子・仲谷さん

南砺市の楽器店の3階にある音楽ホール。
客席は90席ほどですが、ステージには立派なグランドピアノとパイプオルガンがあります。

ここで美しい歌声とピアノの音色を響かせてくれているのは、仲谷響子さん(メゾソプラノ)と響子さんの母親・仲谷美千代さん(ピアノ)です。
美千代さんは武蔵野音楽大学ピアノ科を卒業後、輪島市のご自宅で45年間ピアノ教室を開いてきました。響子さんは、幼い頃からピアノを始め、東京藝術大学声楽科を卒業。その後、オペラ歌手として活動する傍ら金沢や輪島で合唱団を指導しています。

お2人は輪島市で被災しました。自宅は全壊となり、現在は南砺市の親戚の家に避難しています。そんな中、ある演奏会に向けて練習をしていると言います。

能登震災支援コンサート

それが、「能登震災支援コンサート」です。(3月23日に開催)
企画したのは、竹田楽器の前代表・竹田時康さんです。

武田
キャスター

なぜ仲谷さん親子に出演をオファーされたんでしょうか?

竹田さん

元日の地震には驚き、何とかしなければならないと思ってコンサートを企画しました。
そのときにふと思いついたのは、輪島に非常に素晴らしい歌い手さんがいるということ。その方に歌ってもらえば被災者の方々を元気づけられるんじゃないかと思ってお願いしました。

その歌い手さんが響子さんです。
知り合いの調律師からの依頼で、ここ数年仲谷家のピアノの調律を行っていたという竹田さん。親交があった仲谷さんが輪島市で被災し、さらに南砺市の楽器店の近くに避難するということを知り、声をかけたそうです。
 
また、竹田さんは、長年、富山・石川にお住いの音楽家を中心とした仲間とともに、震災の支援活動に取り組んできました。東日本大震災の支援コンサートをこれまで10回以上企画しています。
しかし、今回の能登半島地震では、その仲間たちも被災。自身や身近な人が被災し、複雑な思いを抱えながらこのコンサートに臨みました。

輪島市で被災し南砺市に避難するまで

出演者である仲谷さん親子は、輪島市の自宅で被災しました。
お2人のご自宅は輪島市の朝市通りから徒歩7分ほど。川を挟んだ対岸の地域にあります。
発災後のご自宅がこちら。

外壁が大きく剥がれ落ちています。自宅は「全壊」の判定を受けました。
これ以上住めない状態となり、しばらくは避難所や自宅よりは被害が少なかった輪島市内の親戚の家で過ごしたそうです。また、地震で逃げてしまった飼い猫を探して車中泊をする日もありました。
そんな中、南砺市の親戚から「空き家に避難しないか?」と連絡があったそうです。
しかし、仲谷さん親子にとって心残りだったのが…

自宅に残されたグランドピアノです。

武田
リポーターー

このピアノは、美千代さんにとってどんな存在だったんでしょうか?

母・美千代さん

亡くなった実家の父が音大受験のときに苦労して用意してくれたピアノなんです。輪島にお嫁に行くときも一緒に来て、45年間ずっと一緒にピアノ教室をやってきました。たくさんの子どもたちとの思い出もある大事なピアノです。

ところが、倒れかけている自宅からピアノを運び出す作業は危険を伴うため、一時はピアノを諦めることも考えたそうです。
そこで立ち上がったのが、竹田さんが東日本大震災の際に支援していた方々からなるボランティアチームです。宮城県から輪島市に足を運び、仲谷家のピアノの搬出・搬入作業を行いました。

ピアノを弾く美千代さんと楽器店の皆さん

その結果、ピアノと一緒に南砺市に避難することができました。
私もピアノの搬入の日にお邪魔しましたが、音色を噛みしめるようにゆっくり鍵盤に触れながら演奏する美千代さんと、穏やかな表情で見守る竹田さんたちの姿が印象に残っています。

武田
リポーター

発災から今日までの心境をお聞かせください。

娘・響子
さん

発災当時は家をはじめ失ったものが多すぎて、これまで経験したことのないような、言葉にできないような苦しみがありました。
あまり言ってはいけないのかもしれませんが、被災者同士でしか話をしたくないような閉じた気持ちで、「頑張ってね」とか「前を向いたら?」とかそういう言葉にも心が傷つくような、ふさいだような気持ちでした。
それが本当に2か月ちょっと経って、徐々に徐々に前に進み始めている感じです。

この響子さんの言葉が、取材の中で特に印象に残ったお話でした。
被災者の多くが、"当事者にしか分からない気持ち"という一言では表せないほどの葛藤を抱えて今も生活しているのだと思います。

音楽を再開する思い

自身も被災し気持ちの整理をするのが難しい状況の中、音楽を再開しようと思えたのはなぜだったのでしょうか。
 

武田
リポーター

竹田さんから出演のオファーを受けたときは、どのようなお気持ちでしたか?

母・美千代さん

最初はとてもじゃないけど音楽をするような気にはなれなかったんです。
でも、ご縁があって南砺市に来て、竹田さんが一生懸命背中を押してくれるので、それに応えられる、頑張れると思ってお受けしました。

娘・響子
さん

(美千代さんと)同じく、自分が音楽をするような気持ちではなかったんですけれど、南砺市の家に自分のピアノがあるのを見ると、だんだんと「あれ、自分はやってもいいのかな?」っていうような気持ちになりました。
(戻ってきたピアノがあるという)周囲の環境からだんだんと気持ちが上がっていくのを感じて、聞いてくださる方にも、「もう少し、もう少しだけ頑張ってみましょう」っていう気持ちを伝えられたらいいなと思っています。

コンサートへの出演に対して、最初は気が進まなかったというお2人。
自分たちが音楽をやっている姿で今傷ついている人たちに希望を与えたい、そして何よりも辛い気持ちに寄り添いたいという思いを感じました。

中継では、そんな思いを持って臨むコンサートから最後に1曲演奏していただきました。
お2人の演奏はぜひ冒頭の動画をご覧ください。

3/23(土)能登震災支援コンサート

この中継の4日後、南砺市の福野文化創造センター ヘリオスにて、「能登震災支援コンサート」が開催されました。

会場には募金箱が設置され、被災地への寄付金が募られました。
入場料と寄付金を合わせたおよそ251万円は南砺市を通じて被災地の復興に使われることになっています。

コンサートにはおよそ500人が集まり、ホールはほぼ満席の状態に。
前半は、弦楽器やフルート、ハープなどがしっとりとした演奏を奏でました。

後半は、氷見市の合唱団も歌声を響かせました。地震で被災した団員もいるということです。

そして、最後に、仲谷さん親子が2人で演奏を披露しました。
曲中では響子さんが故郷を思いながら涙する場面もあり、観客からは励ましと共感のこもった温かい拍手が送られていました。

コンサートを終えたお2人からはこんな言葉が。

娘・響子
さん

また歌うことができてよかったなという気持ちですね。今までは感じられなかった音楽の部分を感じながら歌うことができたかなと思っています。

母・美千代さん

ピアノが戻ってきたときに、やっと普通になったんだなと感じました。
ピアノ教室の生徒たちと突然(関係が)切れてしまっているので、なんとか子どもたちのケアをしていきたいです。

観客の中には被災地から訪れたという方もいらっしゃり、「本当に元気をもらえた」という感想が多く聞かれました。出演者の思いのこもった演奏は聴いている人に温かく寄り添い、まさに音楽の力を再確認する時間となりました。

一方、仲谷さん親子によると、同じように音楽教室がまだ再開できなかったり、大切な楽器を失ったりと苦しんでいる音楽仲間が他にもいるということです。
今回こうして前を向いて進み始めたことが、復興への後押しとなることを切に願っております。
 

  • 武田祐季

    NHK富山 キャスター

    武田祐季

    キャスター2年目になりました。
    吹奏楽部出身です。

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