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あの“新右衛門さん”のルーツは、富山なの?

富山市郷土博物館 特別展「蜷川新右衛門さん 室町幕府政所代蜷川家の盛衰」より
  • 2023年10月26日

※富山市郷土博物館 特別展「蜷川新右衛門さん 室町幕府政所代蜷川家の盛衰」より

 

あの“新右衛門さん”のルーツは富山なの?

アニメ「一休さん」の名脇役としておなじみの蜷川新右衛門(にながわ・しんえもん)さん。
 

蜷川 新右衛門 親当(にながわ しんえもん ちかまさ)
「蜷川親当像(模本)」東京国立博物館 所蔵の写真より

覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、その新右衛門さんを輩出した蜷川家の発祥の地、実は、富山きときと空港からほど近い、現在の富山市蜷川だったのです。

その地には、800年以上前に建立された蜷川家の菩提寺である最勝寺があり、蜷川家ゆかりの貴重な品々をいまに伝えています。

 

「蜷川親直像 模写」東京大学史料編纂所 所蔵

こちらは、蜷川家の初代、親直(ちかなお)です。

親直は源平合戦のころに、源頼朝に従い功をなしたことから、越中国新川群蜷川(にいかわぐん にながわ)と呼ばれていた現在の富山市蜷川を、領地として与えられました。それを機に、名字を蜷川に定めたことが、蜷川家の始まりとされています。

 

新右衛門さん、室町幕府の要職に!

その後、京都に移り住んだ蜷川家は、室町時代に入ると、幕府のもとで「政所代」(まんどころだい)という事務方の要職を代々勤めることになります。

その政所代を務め、最初に「新右衛門」(しんえもん)を名乗ったのが蜷川親当(ちかまさ)です。親当以来、蜷川家では5人の当主が「新右衛門」を名乗りました

親当は和歌とともに連歌が得意で“連歌中興の祖”と呼ばれたほか“連歌七賢”にも数えられています。とんちばなしで有名な一休和尚とほぼ同時代に活躍し、文化人としてよく知られた人物でした。

左:一休禅師   右:蜷川新右衛門
「贈答百人一首」金沢市立玉川図書館 所蔵

そのため、一休和尚と歌のやりとりをするイメージが定着していったと考えられるそうです。江戸時代になると歌や物語など一休の本が数多く出版されますが、その中では、新右衛門が一休の相手役を務めています。

「一休蜷川狂歌問答」富山市郷土博物館 所蔵

こちらは、その「一休蜷川狂歌問答」です。展示されているページには、一休が、正月だからといってめでたいばかりではない、一つ年をとり死に近づいているのだと教え諭すために「ご用心、ご用心」と言いながら、竹竿の先にドクロを刺して京の町を練り歩く姿と、それを見つめる新右衛門が描かれています。

 

「『集古十種 古画肖像四』蜷川親元像」金沢市立玉川図書館 所蔵

親当に続いて新右衛門を名乗った息子の親元(ちかもと)です。

 

「『日々記』(親元日記)冊1」国立公文書館 所蔵

親元が職務日誌として書き記した日記が残っています。その日記には、政所代として関わった裁判や幕府の財政に関する日々の業務などが記されています。

室町時代の武士の日記はほとんど残っておらず、また将軍の近くにいた人物として幕府中枢の出来事なども記されているため、この時代の資料として、とても貴重なものだといいます。

 

新右衛門さん、家康に認められ旗本に!

「徳川御家江奉公之事 蜷川嫡家略譜」最勝寺 所蔵

戦国時代に入り室町幕府の力が衰えると、蜷川家は京都から山形や高知などへ移り住むことを余儀なくされます。しかしその後、最後に新右衛門を名乗った親長(ちかなが)が、高知であげた功績などにより、徳川家康に認められて旗本に取り立てられます。この書状はその経緯がまとめられたもので、江戸時代中期に菩提寺である富山市蜷川の最勝寺に寄進されました。

五〇〇石の旗本だった蜷川家は、江戸時代後期になると、五千石を誇るまでに出世し、明治の世を迎えます。

 

富山市郷土博物館 萩原大輔 主査学芸員

富山市郷土博物館の萩原大輔(はぎはら・だいすけ)主査学芸員は、「700年続く蜷川家の歴史を、県内外の史料に基づいて紹介する展覧会です。これを機会に地元の歴史にも興味や関心を寄せていただければ」と話していました。

この展覧会は、11月12日まで、富山市郷土博物館で開かれています。

 

子どものころに、テレビアニメで見ていた「一休さん」、そこに登場していた新右衛門さんのルーツが富山にあったとは。それだけでも、大変興味がわく展覧会です。

さまざまな時代をたくましく生き抜いてきた、富山出身の蜷川家の700年の歴史を、ぜひ感じてみてはいかがでしょうか。

  • 牧野雅光

    NHK富山局

    牧野雅光

    愛知県出身。富山に来て10年目になります。県外出身者ならではの目線で、富山の魅力を発信していきたいと思います。

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