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大山はなぜ「だいせん」?

視聴者の皆さまからの疑問、調べました!
  • 2024年02月27日

鳥取県が誇る中国地方最高峰、大山。この山の読み方、もちろん「だいせん」ですよね。でも全国的には、同じ漢字でも「おおやま」と読まれる名前が多いそう。

「なぜ鳥取ではだいせんと読むのか」。調べてみると、大山の奥深い歴史が見えてきました。

                (鳥取放送局 保田一成アナウンサー、鶴颯人カメラマン)

「なぜだいせん?」  大山町で聞いてみると……

鳥取県大山町、大山の登山口にやってきました。
「なぜ大山と読むのか」疑問をさっそく登山客たちにリサーチ。

登山客にインタビューする保田アナ(右端)

「昔から”だいせん”と読み続けているので、何の違和感もないです」(岡山県 男性)

「千年万年の千年の”せん”かな」(兵庫県 女性)

「仙人の”せん”とか。このあたりは大山寺もあるし」(広島県 男性)

旅館を経営する男性

地元で旅館を営む男性にも話を聞きました。すると、こんな答えが。

仙人の仙は”人偏に山”ですよね。やはり山岳仏教のいわれがあるのではないか

ただ、はっきりとは分からないとのこと。有力な情報を知っている人がいないか聞いてみると…。

大山は昔はお坊さんしか住んでいない場所なので、大山寺の清水豪賢さんに聞けば、よく分かると思います

キーワードは呉音? 大山寺を訪ねてみると 

雪が積もった階段に苦労しながら大山寺に向かう

教えてもらった大山寺に向かいます。奈良時代に創建された由緒あるお寺で、ここなら何か分かるはず。大山寺観證院の住職・清水豪賢さんが迎えてくれました。

大山寺観證院の清水豪賢さん

ずばり、なぜ「だいせん」と読むのですか?

大山は昔から「神が住む聖なる山」としてあがめられていました。そこに仏教的な要素が加わって、仏教で使われる「呉音」という読み方で「だいせん」と呼ばれたのだと考えられています

キーワードは「呉音」です。
そもそも漢字には大きく分けて、「訓読み」「音読み」の2通りがあります。

「訓読み」はもともと日本にあった言葉を漢字に当てたもの。「音読み」は中国から入ってきた発音を元にしたものです。

この「音読み」の中でも「呉音」や「漢音」など複数の読み方があります。日本漢字能力検定協会によりますと、「呉音」は5,6世紀に日本に伝わり、「漢音」は8世紀から9世紀初めころに遣唐使らの往来によって伝わりました。

同じ漢字の音読みでも違いが

呉音と漢音では、同じ漢字でも読み方が異なります。

たとえば「行」という漢字は、呉音で読むと「行政の『ぎょう』」、漢音で読むと「銀行の『こう』」です。

奈良時代末以降、漢音が推奨された

奈良時代末に桓武天皇がこの「漢音」を学ぶことを推奨し、平安時代にかけて漢音が広く普及しました。一方、それまで呉音に親しんでいた僧侶は、漢音ではなく呉音を使い続けたといいます。

今でもお寺ではいろいろな用語が呉音で使われています。ご飯を食べる「食堂」は漢音では「しょくどう」と言いますが、お寺では「じきどう」といいます。このように呉音で読むという風習が今でも仏教の中には残っています

「山」の呉音での読み方は「せん」!

そして山という漢字の読み方。呉音では「せん」と読み、漢音では「さん」と読みます。そして「やま」は、もともとの日本語に由来しているとみられる訓読みです。つまり大山の「せん」は、仏教界で多い呉音の読み方ということです。

大山と仏教のつながり

では大山と仏教はどんな関係だったのでしょうか。続いて、大山の歴史をひもときます。

「出雲国風土記」の写本。向かって右から1行目に大山を示す「伯耄国火神岳」の記載がある(画像提供=島根県古代文化センター)

8世紀に成立したとされる「出雲国風土記」には古代の出雲地方の神話や地名の由来が、つづられています。大山は「伯耆国火神岳」と記載されていて、古代から山岳信仰が栄えた歴史が伺えます。

およそ1300年前には、山で修行する修験者が仏教を持ち込んだといわれています。

この修験者たちが「大いなる山」として大山を、仏教用語に多い呉音で「だいせん」と読み始めたのではないかと清水さんは考えています。

山自体が神や仏が住むエリアで聖なる空間なので、あえて呉音で読もうということで「だいせん」と名付けたのでは

ということで、結論です。

新たな疑問「中国地方に“せん”と読む山が多くない?」

これで解決かと思ったのですが、取材を進めるなかで、われわれは新たな疑問に突き当たりました。それは「大山以外にも、中国地方に“せん”と読む山が多くないか」という疑問です。大山の他にも「氷ノ山」(ひょうのせん)や「扇ノ山」(おうぎのせん)など、「せん」と読む山が数多くありますよね。

全国の山の読み方や標高を調査した竹内正さんの協力を得て、調べました。すると、呉音の「せん」やそれが濁った「ぜん」と読む山は、全国に80座ほどありました。そのうちの70座近くが中国地方と兵庫県北部に集中していました。鳥取県内だけでも30座ほどありました。

説1「中国大陸が近いため、呉音が定着した」説

中国地方に呉音読みの山が多い理由について調べてみると、さまざまな説がありました。

まず1つ目が「中国大陸が近いため、呉音が定着した」説です。

山陰地方の自然に詳しい鳥取市の清末忠人さんは「はっきりとは分からない」としながら「中国大陸や朝鮮半島に近い山陰地方で、呉音が定着していたのでは」と推測します。

中国大陸と向き合う日本海側は海外との交易がさかんでした。そのため呉音もいち早く入り、山をセンと読む文化が定着していたのではと考えています。

説2「都からのお達しがうまく伝わらなかった」説

2つ目が「都からのお達しがうまく伝わらなかった」説です。

奈良時代末に桓武天皇が漢音を学ぶことを推奨し、平安時代にかけて「漢音」が広く普及しました。

しかし、このお達しが、広大な山や谷を隔てた山陰地方には、うまく届かなかったのではないかというのです。そうして山を「せん」と呉音で読む文化が山陰地方では、定着したのではとも考えられます。

説3「大山にあやかって、地元の山を“せん”と呼んだ」説

3つ目が「大山にあやかって、地元の山を“せん”と呼んだ」説です。古くから、大山は人々の信仰を集めてきました。

そこから山陰地方に住む人は大山にあやかり、地元の山も「せん」と読むようになったのではないかということです。

このように3つの説を見てきましたが、いずれも確証には至らないということで、はっきりとした理由は分かりませんでした。


今回、取材に協力してくれた大山寺観證院の清水豪賢さんは取材の最後にこう話していました。

みんな心から”大山さん”と呼ぶ山なので、次の100年後、あるいはその先に向けて「変わらない大山の自然と力」をずっと伝えていく。それが私のやらないといけない使命だと感じています

取材を通じて、鳥取の人が大山に寄せる深い思いに触れました。鳥取の誇りである大山、これからも大切に守り続けたいですね。

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