ページの本文へ

徳島WEB特集

  1. NHK徳島
  2. 徳島WEB特集
  3. 再開発で動き始めた西新町

再開発で動き始めた西新町

約20年越しの着工 計画の停滞で失われたものは
  • 2024年06月12日

徳島市の中心市街地 西新町の再開発計画は長年の停滞を経て、ようやく建物の解体工事が始まりました。衰退する街の経過を見てきた住民の思いを取材しました。

失われた過去のにぎわい

人通りが少ない商店街のアーケード

西新町は人気の観光地「阿波おどり会館」と徳島駅をつなぐ道中にあります。市の中心部にあるにも関わらず、人通りはわずかしかありません。

新町西地区市街地再開発組合 高木俊治 理事長

再開発組合の高木俊治 理事長は、かつてあった靴屋で生まれ、この街で育ちました。今とは異なり、幼い頃は街一帯が活気にあふれていたと振り返ります。

高木
理事長

夜周りが真っ暗でもアーケードに電気がついているから、この辺りだけはすごく輝いていました。街が華やかだという印象があります。

昭和33年の商店街の様子(県立文書館 提供)

西新町はかつて、衣料品や食器など生活用品を扱う店が並び、問屋街として栄えました。商工会議所や青年会議所が入る「経済センター」も立地し、徳島の経済を動かしてきました。

再開発の停滞で衰退に加速

しかし、自家用車が普及し、働く場所や商業施設が郊外にできるようになると、街のにぎわいは減っていきました。

市議会で再開発の計画表明する当時の原市長(2005年)

衰退に追い打ちをかけたのが、再開発計画の長期にわたる停滞でした。
徳島市がこの地区の再開発計画を初めて表明したのは今から19年前の2005年。音楽ホールの建設を目指していましたが、県との調整の難航や市長の交代で、2度にわたって計画は挫折しました。
再開発の進捗を待つ間にも、閉業する店は相次ぎ、街は次第に「シャッター街」と化していきました。

“冷凍睡眠”に陥った街

商店街にある日本人形店

高木さんは再開発で解体する建物の1つ、老舗の日本人形店を案内してくれました。高木さんにとっては娘の人形を購入した思い出の店ですが、20年ほど前に閉店したといいます。店内には積み上げた箱が倒れていたり、壁紙がはがれたりしているところもありました。
このように長年、手入れされずに残された店は、地区に多くあると話します。

高木
理事長

お店を辞める人は後継者が違う仕事で県外に行ったりしていて、あっという間に廃墟が増えていきました。街が冷凍睡眠みたいな状態になりました。

再開発の検討再開で街に転機

現在の再開発計画 完成イメージ(新町西地区市街地再開発組合 提供)

地区は衰退の一途をたどっていましたが、4年前に再開発計画の検討が再び始まりました。
高層マンションやホテルを整備する新しい計画に基づき、ことし4月から建物の解体工事が始まっています。

思い出の街並みにお別れを

にぎわうフリーマーケットの様子

高木さんは解体工事を前に思い出の街に区切りをつけようと、3月にフリーマーケットを開きました。
出品されたのは再開発にむけた引っ越しで店や家庭から出た食器や雑貨などです。高木さんが案内してくれた日本人形店の人形も並びました。たくさんの人が掘り出し物を探しに訪れ、アーケードは久しぶりににぎわいました。

会場に設けられたメッセージボード

メッセージボードも設けられ、地元の人たちが思い思いにメッセージを寄せました。

メッセージを書いた男性
「これからも活気あふれるまちになりますように」と書きました。阿波おどりでいろいろな連がここに入ってきて踊るのに混じって楽しかった思い出があります。人が集まって賑やかになるのはいいことだと思うので、またこういうイベントが開かれるといいと思います。

メッセージを書いた女性
「毎日通学で通っていました。少し寂しい気持ちもありますが再開発楽しみにしています」と書きました。再開発されるのは寂しい反面、活気が取り戻せるのも楽しみです。

高木さんは「さびしくなりますが、新しい街に希望を」と書きました。

高木理事長

これから全く新しいものを作ることには希望を持っている。徳島らしい中心市街地のあり方というのは作っていかなければいけないと思う。それは誰かがというよりも、一人ひとりが、みんなが思いを集めていけば必ず形になっていくと思う。

たくさんの人が集まる街を目指して、西新町が変わり始めました。工事期間は3年の予定です。

ページトップに戻る