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ロシア軍事侵攻から2年 徳島へ避難してきたウクライナ人の心境に変化

  • 2024年03月08日

2月24日でロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって2年。徳島で避難生活を送るウクライナ人夫婦の心境にも変化がみられます。
来日直後から夫婦と現地のことばで話し、関係を築いてきた記者が、長期化する戦闘や祖国への思い、そして今後の生活について聞きました。

避難生活1年9か月 「大きな困難はない」

ウクライナから徳島に避難したアナトリーさん(右)とラリサさん(左)

ウクライナ人夫婦、アナトリー・ソコロフさんとラリサさんは、おととし5月、スーツケース2つを持って、鳴門市に住む知人を頼って避難生活を始めました。
今は松茂町で町が無償で提供する住宅に住みながら医療機関でも働いています。  

徳島市で開かれている無料の日本語教室

来日当初、2人は日本語がわからず、戸惑いを見せていましたが、徳島市内で開かれる無料の日本語教室に週に2回通い続けた結果、学校で最も難易度が高いコースに入るほどになりました。
担当する先生も2人の日本語の上達を実感しています。

2人を担当する日本語の先生
「ご近所とのあいさつや簡単な話は全然大丈夫だと思います。真面目で一生懸命やってらっしゃいますので、応援したくなります。」

日本人と積極的に交流する2人

日本人との交流にも積極的です。
ことし2月、2人は徳島市内で開かれた国際交流のイベントに参加しました。
そこには、ウクライナからやってきたこと、今は松茂町に住んでいることなど、日本語で自己紹介する姿がありました。
避難生活が1年9か月となる中、サポートしてくれる日本人に対する感謝の言葉を口にしながら、生活は順調だと語っていました。

アナトリーさん
「最大の課題は言語だが、1年前は、彼らとまったく話せず、ただあいさつして終わりだったのに、今はもう話すことができる。コミュニケーションが取れているんだ。僕たちは働き、自由な時間には休む。だからおもしろい。僕たちの人生に関わり、同情し、助けてくれた日本の人々や援助に感謝したい。」

ラリサさん
「特に難しいことはありません。日本やウクライナの友人が助けてくれるので、基本的には大きな困難はありません。1年で言葉を習得するのは不可能に近く、まだ難しいですが、外出や何かを尋ねることを恐れていません。俳句も読んでみたい。日本語はもっと勉強するし、再び同じ日本語のコースで勉強します。」

帰りたい故郷 戦闘の長期化で心境にも変化

 2人が暮らしていた東部ドネツク州バフムト

一方、祖国での戦闘の終結は見通しが立っていません。
2人が暮らしていたウクライナ東部のドネツク州バフムトは、ウクライナ軍とロシア軍の一進一退の攻防が続き、激戦地となっています。

アナトリーさん(左端)ラリサさん(後列右から2人目)

親しかった友人は犠牲になり、自宅も破壊されたと聞かされました。知人や友人は全員バフムトから避難し、ウクライナ国内やポーランド、アメリカなどに避難したといいます。
2人が戻れる見通しは立っていません。

アナトリーさん
「私たちも戦争を早く終わらせたいんだ。でも、それは私たち次第ではない。隣人の家は直撃弾で完全に破壊された。戦前はとても美しい街だった。インターネットで見ればわかるけど、とても美しい。たくさんの花、たくさんの緑。私たちの街はなくなったと考えてもいい。」

ラリサさん
「戦争がどうなるか、私たちはわからない。私たちは今、ウクライナから離れている。ウクライナの人々は電気もガスもない生活を送っている。生活環境も整っていない。恐ろしいことだ。住宅街を砲撃し、破壊し、人々が死ぬ。先日、ハルキウも砲撃された。孫娘がハルキウに住んでいるので、とても心配している。今のところ不安ばかりだ。私たちは知人、他人、親戚を心配している。アメリカの選挙など政治の影響もある。年末までにはもっとはっきりしたことがわかるだろう。アメリカで選挙が終わって、誰が大統領になるかによって、何かが決まるかもしれない。物事は常に変化している。」

避難生活が始まったころの2人(2022年6月)

当初、戦争が終われば故郷に戻りたいと考えていました。                    しかし、戦闘の長期化で心境に変化がみられます。
ウクライナでの生活をあきらめ、徳島に住み続けることも考えないといけないと感じています。

アナトリーさん
「街が完全に破壊されている。再建されるかどうかもわからないんだ。戦争が終わっても、砲弾や地雷を取り除くだけであと数年はかかる。その上で復興を始めないといけない。誰がやるんだ?家を建てられるほど若くはない。当面の問題は、どうやって生きていくかということなんだ。期待するものは何もない。でも、僕たちは楽観を失ってはいない。とにかく強い人間だから、生きていける。どんな状況でも僕たちは生きていくし、生き残っていく。」

ラリサさん
「停戦が実現した場合、バフムトがウクライナとロシアのどちらに残るかはわからない。何が起こるかわからないので、何か計画するのは難しいし、どこにも戻るつもりはない。今のところは日本で新しい生活のすべてを築かなければならない。私たちは生き続けなければならない。人生は続くだろう。この事実から逃れることはできない。」

ウクライナからの避難者を支援する日本財団が行ったアンケートによりますと、ウクライナから日本に避難した人のうち、日本での長期的な滞在を希望する人は7割以上にのぼっています。
ロシアの侵攻は、多くのウクライナ人のささやかな日常や幸せを奪い、人生を大きく一変させました。
戦闘が長期化するなか、私たちに何ができるか、今後も寄り添いながら考えていきたいと思います。

  • 有水崇

    徳島局コンテンツセンター

    有水崇

    北海道での勤務を経て、徳島局へ。県政や経済を担当

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