徳島から起業を 神山まるごと高専 エンジニア出身の校長に聞く
- 2023年06月29日

ことし4月に徳島県神山町に開校した「神山まるごと高専」は、起業家の育成を目指す全国でも珍しい学校です。徳島や東京、さらにはイギリスなど各地から第1期生として44人が入学し、全寮制の学校生活が始まっています。「起業家の卵」を育てるキーパーソンに抱負を聞きました。
育成のキーパーソンは現役エンジニア

神山まるごと高専の校長を務める大蔵峰樹さんは滋賀県出身の46歳です。大学院在学中に起業し、大手ファッション通販サイトZOZOの立ち上げにも関わりました。現役のエンジニアでもあり、起業経験や自身も福井県の高専を卒業した経歴も買われて校長に就任しました。
昨年末のインタビューで「最初の2、3か月が今後10年20年の学校のカルチャーを作っていく」と話していた大蔵さん。そんな大事な時期を過ごす起業家育成のキーパーソンに単独インタビューしました。
Q 開校して約3か月ですが、今の心境は?
A もっと深く感動するとか感慨深いかなと思ったんですけど、日々が忙しくてなんとか開校できたっていう方が大きい感じですかね。これから完成年度まで5年間やっていくっていう方の、これからやらないといけないことのほうが大きくて、今までの「やったー!」みたいなところが僕自身はそのゴールはもうちょっと先かなと思ってます。
Q 去年は「最初の2、3か月が大事な時期だから緊張感がある」と話していました。
A ずっと緊張感はありつつなんですが。そのコメントに対してというところで言うと、カルチャー自体はもちろんまだ形成という形にはなってないんですが、それを作っていくという姿勢だったり、何かこう生まれていくというものは今、感じ取っている感じです。それは良くも悪くもというかゴチャゴチャになっちゃってたりとか、そこから何かを生み出していくというところの過程において、今ちょうどいい混沌具合になってるかなと思っています。

Q 学生たちが学ぶ様子を目にして、どのように感じますか?
A 非常に感慨深いものはもちろんあるんですけど、ようやく今まで箱というか例えばプールだったらプールの側は作ったけど、水が入ってない状態だったので水を入れてという状況。もちろんここから学生が入ってきて、今まで想定してた通りにいかない部分がやっぱり多くあります。むしろ実際に学生といろんなことを新たに考えたりやっていくというところで、いい意味で今までの想定からずれている部分が今後、花開いていくんじゃないかなと思っています。

Q 学生と接した印象は?
A 良くも悪くも真っ白だなというか。やっぱりだいぶ年をとってくると、固定概念がどうしてもついてしまいます。頭で考えず決まったことをやっちゃうことがあると思うんです。そういう意味で学生から素朴な質問を受けたときに、本当に「あっ確かに!」みたいな新しい気づきが非常に多くあります。それが僕をはじめ教員・スタッフの大きい学びにもなっていると思います。
山あいの町に開校 学校の強みとは
学校が作られた徳島県神山町は、徳島市から車で40分あまりの距離にあり、人口5000人に満たない山あいの町です。1学年40人で(1期生は44人)全員が町内の寮で生活します。5年間のカリキュラムは基本的な科目に加えて「デザイン」、プログラミングなどの「テクノロジー」、ビジネスの基本から「起業家精神」にも及び、学校は卒業生の4割を起業家に育てるという挑戦的な目標を掲げています。

Q 神山まるごと高専の強みや魅力とは何ですか?
A 高等専門学校ということで、中学校を卒業していわゆる高校ではなくて大学のような高等教育機関としての体験をしていただくところです。我々の学校が目指すべきところとして「モノをつくる力でコトを起こす人」ということで、最終的には起業家を育てたい。単純にいわゆる座学だったり学びをやるだけでなくて、それとは別に放課後の活動や課外活動。普通の学校であればある程度用意されてたり、今までの流れをくんでいるものがあると思うんですが、開校初年度ということもあって、まったくゼロから学生が本当にやりたいことを自分たちで考えて動き始めている。そこが特に開校初年度というところだけで言うと、一番の特徴になってるんじゃないかなと思います。

Q なぜ神山町に高専を設立したのでしょうか?
A 僕自身最初から関わっていたわけではないんですが、この地域自体の地方創生という文脈の中でいろんな取り組みをされていました。とは言えやっぱり人口が減少するのに歯止めをかけないといけないよと。そこでやはり若い世代というか、人が増えていかないことにはもちろん歯止めがかからないと思うんですが、教育の充実を図らないといけないというのが最初のきっかけです。そこから小中高とか既存校との兼ね合いもありますよね。ただ大学となるとさすがにこの規模の町に大学を作るのはちょっと無理があるので、その中で高専という学校がちょうどフィットしたのがまず1つ。それで、じゃあこの高専と起業家を育てる所を組み合わせたんですけど。
これが例えば東京とか大阪とか都市部にあったところで「なるほど」で終わっちゃうと思うんですね。そこを地方のまちと組み合わせることによって地方創生の文脈もありますし、町の活性化だったり、学生もやっぱり都市部だと情報量が多いですし、色んな誘惑と言うと変ですけど、いろんなこの一番貴重な15歳から20歳という時間を余計なことに使っちゃう可能性もある。もちろん全部が全部余計とは言わないですが、そういうところを集中した環境でやるっていう意味でもこういう神山町みたいな場所で作るのは一つ意味があるんじゃないかなと思っています。それに加えてもちろん神山町でやることに意義があると思っています。
あと個人的にはこういう本当に小さな高等教育機関、これは高校だったらなんとなく普通で終わっちゃうのかなと思うんですけど、ちゃんとした高等教育機関の高専を作り地方の小さな町と組み合わせることで1つのロールモデルになるようであれば、同じような悩みを抱えている町はいっぱい日本にあると思いますし、日本が抱えている教育業界のいくつかの問題も1つ解決の糸口になるんじゃないかなと思っています。
授業でChatGPTを活用

学校は5月、学生たちに生成AI「ChatGPT」の利用を認めると発表しました。教育現場での利用にリスクを指摘する声もある中、学生たちにはふだんの学習から課題レポートの作成まで自由な利用を認めています。
Q 教育現場では生成AIに懸念の声もあるが、利用を認める狙いは?
A あくまでツールであるっていう点が大きいんですけど、もちろんChatGPTや生成系AIが今後もたらす影響は小さくないと思っています。よくする例えで、じゃあGoogleを使うときに何か規制してますかって。あんまりそんな会話しないんですよね。それと一緒でChatGPTも普通に使えばいいんじゃないかなということ。
実際よく言われるのはレポートをChatGPTに書かせて、それを課題として出すと言われますけど、じゃあ人間が書いたものとChatGPTが書いたものを仮に規制とか使用禁止と言って、学生がもし仮にそのルールを破ってそのまま使って出されて見抜けますかっていう問題だと思うんですよ。そこは見る側としてもなかなか難しい面が多い。使う側の、例えば学生にしてもChatGPTを使ってその場を何の理解もなしに、ただ出てきたものをそのまま出しちゃうと学生にとって何の学びにもなってないですし、しっぺ返しというか代償は後で自分が払うことになるので、そこをちゃんと理解して使うんだったらいいけど、というようなコミュニケーションを取ってるかですね。
なので規制して使わずに何の体験もなく理解もせず結局乗り遅れていくよりかは、多少のリスクを背負ってでもどんどん早く使わせて、まず使わせる。我々もどんどん使って、まずその本質をちゃんと見極めましょうという意図がある。
Q 10代後半に最新のテクノロジーを授業で使ったり、日常生活で取り入れたりすることにはどんな意義があるかと思いますか?
A 普通だと学校って決められたカリキュラムの中で新しいものを取り入れるといっても、若干フォロワーになっちゃう。ちょっと後追いになっちゃう傾向があると思っています。ただそれを早く使う、出たらすぐ使う。それに対してどういう使い方をすればいいかとか、その時どういうことを気をつけなければいけないかを学校で学ぶことによって、実際に社会に出てから本来であれば社会に出てから先輩から学んだりとか自分でちょっと失敗しながら学ぶことが多いと思うけど学校の段階で学んでおけばすぐ使えるので、そういう経験を学校の中で得るっていうのがすごく意義があることかなと思っています。
Q それは起業を目指す学生にとって、どんな効果がありますか?
A 新しいものを使う時って、どうしてもまずこれは何なのかという概念を理解しないといけないですし、もし本当に使い方マニュアルじゃないですけど、そういうの勉強しなきゃいけないのでちょっとハードルがあると思うんですね。
ほとんどの場合、ものすごく興味があるものであれば勝手に使いたくなると思うんですけど、全部が全部そうじゃないですよね。ただ興味のないものだったり、ちょっと今までアンテナを張ってなかったものでも、それが自分にとってそのあと何かやりたいことにすごくプラスになるかもわからないので、一度ドアを開けておかないといけない。
ほとんどの人がドアを開けずに誰かがドアを開けてるのをちらっと見るレベルだと思うんです。まず自分で開けてみるっていう、この最初の小さなハードルを越えるやり方を学ぶことで将来的に自分の可能性だったり、自分のやりたいことに使えるものを見過ごさないという体験、姿勢ですかね。そういうものが学べるんじゃないかなと思っています。
「水曜日の夜会」で育む起業家精神

大蔵さんは神山まるごと高専の強みの1つとして、東京にいても会うことができない経営者やクリエイターと直接対話できる機会をあげました。「ウェンズデイナイト」と呼ばれる毎週水曜日の特別授業では、起業の「スキル」だけでなく、起業家にとって大切な「ソウル」も伝えます。
Q 水曜夜の特別授業が高専の特徴の1つですね。
A 水曜日に起業家や、日本とか世界で活躍されている経営者、技術者、デザイナーといった方に来ていただいています。おそらく普通の20代で会社を作って起業して事業を始めてますっていう人たちが最も会いたい人たちから毎週、話を聞けますし、その後ディスカッションしたりとか、それこそ名刺交換したり。ただ講演を聞いてなるほどじゃなくてディスカッションしてちゃんと(自分を)認識してもらって何ならその後コンタクトを取ろうと思えば取れるっていう状況をこの1年間やっていく。(講師は)50人強ぐらいになると思うんですけど、その体験や連絡を取ろうと思えば取れる状況になっていることがものすごい資産になると思ってます。

「卒業生の4割起業」へ 求める学生像は
最先端の技術やサービスを取り入れ、起業家の生の声を聞く機会にも恵まれた学生たちに、大蔵さんは何を期待しているのか。常々、口にするのは「モノを作る力でコトを起こす」人材です。

Q 神山まるごと高専で学ぶ学生のあるべき姿とは?
A 今、明確には決めてはいない状況で、スタッフの中でも共通認識を持っていない状況です。ただ個人的に言うと1年生で15歳16歳で、5年生なら20歳になる。この5年間で人間性というところもそうですし、社会性というか自分のパーソナリティの部分も対外的なところもすごい成長すると思うんですね。どちらかというと1、2年生の間はより知識だったり、いろんな活動をしていく上での常識だったりをちゃんと学んでもらいたいと思っていますし、カリキュラムも一応そういう設計にしています。
3、4、5年生になってくると学校での学びというよりも、学校の学びをベースに外部とのコミュニケーションをとったり、いろんなプロジェクトに参加することによって学校が足場や拠点ではあるんだけれども、どんどん外とのやり取りで学んでもらいたいですし、ほかのいろんなものを学校の中にも入れてもらいたい。
1、2年生ぐらいでいろんな活動して行く上での人間性をしっかり学んで、3、4、5年生は学校の中だけで色々やってるんじゃなくて、より外に出ていけるような人材というか学生になってもらえるといいかなと思っています。
Q 5年後にはどんな学生になっていて欲しいですか?
A 学校として起業家を育てると言ってるんですけど、僕が話しているのは卒業段階で普通の会社の新卒3年目ぐらいの社員になるように。この学校を卒業したら新卒3年目ぐらいの動ける人材になるといいなと考えています。

Q そのために学校で学んでほしいことは?
A 今まで話した集大成になると思うんですけど、いろんな経験を積んでもらうことが大きい。学校で決められたカリキュラムの中の決められた経験ではなくて、結構イレギュラーな想定していなかった経験をいっぱい積んでもらいたいと考えているので、さきほど3、4、5年生の外に向いて欲しいと言ったのもそういう意味で、いろんな学校のカリキュラムのもちろん学びをしてもらいたいんですけど、カリキュラム外の学びも多く経験を積んでもらいたいなというふうに思っています。
Q 想定外の経験とは?
A 想定外は色々あると思うんです。例えばうれしい想定外だと何かの予約システムとか、なんかサービスを作りました。仮に町に向けてそういうサービスを作りました。最大使って5000人ですと。その時に想定外でぜんぜん違う使い方でほかの方もそれをどんどん使って、実はいきなり2万人3万人使われました。そんなつもりで作ったわけじゃないのにどんどんサイトが重くてとか、アクセスが多すぎて動かない。けど、それをなんとかやらなきゃっていう。
まさしく僕が経験した想定外なんですけど、自分が思ってたよりもすごく利用、ニーズが高すぎてそれに対して自分が追いつけないみたいなのとか。もちろんその逆もありますよね。これは絶対みんなに使ってもらえると思ってたのに、誰も見向きされませんでした。どっちかというと手痛い想定外だと言われたと思うんですけど。そういうときに、じゃあどうしたらこれがみんなから見向きされるのか。どういうふうにみんなが使いたいと思ってもらえるのか。またさらに考えてそれをブラッシュアップしていく。そういったことを考えてもらえるといいのかなと思っています。
Q 大蔵さんにとって、どんな学校になれば成功ですか?
A できあがっちゃう学校にはならない方がいいなと思っています。いろんな仕組みとか学校のカリキュラムはそんなダイナミックに変えられないんですけど、その時のいろんなルールだったりは時代時代に応じてどんどん柔軟に変えていくべきです。それを自分たちで変えていけるような組織、学校、学生になるといいなと思っています。