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3代目おけ職人の挑戦

( 高松放送局・楠谷遼 )

画像 2022年4月19日放送

木製の「おけ」といって思い浮かぶのは、すしおけや、ご飯を入れるおひつでしょうか。「おけはもっと別のものにも展開できる」と、おけ型の家具食器などひと味違った商品の開発を進める若手職人がいます。父親の反対を押し切って、おけ屋を継いだ3代目の思いとは。

家具や食器をおけの技術で

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三木町の田んぼの中にひっそりと建つ古めかしい工房の一角で、4人の若者が熱い議論を交わしていました。その中心にいたのは、おけ職人の谷川清さん(37)。友人の家具職人やデザイナーと一緒に、おけの技術を応用したさまざまな商品について検討を進めていました。
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そのひとつがおけ型のいす。おけを大きくした形をしていて、座面には地元で捕獲された鹿の皮などを使うことを考えています。
もうひとつは、食器。サラダやパンをのせることを想定しています。谷川さんたちは、一連の商品に、地元のシンボルの山にちなんだ「白山(しらやま)コンセプト」というブランド名をつけて、近く市場投入する計画です。
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谷川清さん 「伝統的なおけだけに技術を使うのではなく、いろんなところにこの技術を生かして、これまでにない全く新しい商品を生み出していきたい。違う分野の商品を手がけてきた仲間たちが集まるからこそ、それぞれが個別にやっていたら絶対思いつかないようなものが生まれてくる」

父親の猛反対を押し切って…

新たなことに挑戦しようという思いは、谷川さんが4年前に家業のおけ屋を継いだ時から持ち続けていました。時代に合わせた商品の開発こそ、伝統産業が生き残るカギだという考えからでした。
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介護施設で働いていた谷川さんが継ぎたいと告げたとき、父親には猛反対されたといいます。需要が減少し、海外から価格の安いおけが大量に入ってくる中、今後おけが売れていくとは思えないというのが父親の当時の考えでした。
父親の谷川雅則さん 「継ぐと言われて確かにうれしい部分もあったが、それ以上に、職人としてこの先、生活できるかどうかを心配する部分の方が大きかった。絶対苦労するだろうからやめておいた方がいいと」
しかし、「やり方次第でおけには十分将来性がある」と考えていた谷川さん。「なぜ自分が継ぎたいのか」「今後どういう将来像が描けるのか」を両親に繰り返し訴え、説得を続けました。
谷川清さん 「おやじや母親からおけの需要が減っていると聞かされていたが、なぜ減っているのかというと生活に合っていないだけの話で、ライフスタイルに沿っているもので売れないものはないはずだと思っていた」

熟練の技術を継ぐ

説得のかいあって、ようやく継ぐことを認めてもらいましたが、父親から「やる以上は半年で技術を身につけろ、それが無理なら辞めろ」と告げられたといいます。谷川さんは「半年もいらない、3か月で身につけてやる」と父親にたんかを切りました。
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伝統産業は何でもそうですが、代々受け継がれてきた熟練の技術を身につけるのは、いばらの道です。例えば、おけをきれいな丸い形に仕上げるためには、木片ひとつひとつを1度にも満たない角度で削るなど、微細な加工技術が必要です。父親は教えてくれず、谷川さんは毎晩遅くまで試行錯誤を繰り返したといいます。
谷川清さん 「削るときの微妙な力のかけ具合しだいで木片の角度がわずかに違ってくる。ほんの少しでも角度が違えば、絶対にきれいな丸い形にはならない。その当時は、何回繰り返してもどうしても角度が合わなくて、夜に寝ていたらとうとう夢にまで出てきた。でも、翌朝、夢に出た力加減を試してみると、なぜかうまくいって、今から思うとなんだか不思議な話」

レンジが使える弁当箱を開発

こうして技術力を身につけた谷川さん。かねてから思いをめぐらせていたライフスタイルに沿ったおけづくりに乗り出しました。
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開発したのはおけ型の弁当箱。ふっくらとしたご飯を家の外でも楽しめるだけでなく、電子レンジにかけられることが大きな特徴です。
しかし、完成までには大きな課題を乗り越える必要がありました。弁当箱の素材の木は水分を含むため、レンジを使うと急速に収縮や膨張をして大きさが変わってしまうのです。
おけは、側板に溝をつけて底板をはめ込む構造をしています。
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底板が乾燥して収縮すると、側板との間に隙間が空き、中の汁などが漏れてしまいます。
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一方で、底板が水分を吸収して膨張すると側板に力が加わり、割れてしまうおそれがあるのです。
このため、レンジで木がどう変化するかを考えながら、板の厚さや大きさを1ミリ以下の非常に細かいレベルで加工。職人の技術力に新たなアイデアを加え、収縮しても隙間ができず、膨張しても力が加わらない絶妙の形状を実現しました。

開発の陰にあった父親の技術

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この技術、谷川さんが父親から受け継いだものでした。
かつて、父親も同じ課題に直面し、試行錯誤を繰り返してようやくたどりついた形状だったのです。
谷川清さん 「おやじが別の商品を開発していたとき、納入しても失敗して大量に返品されてというのを繰り返して苦労していた。何年もかけて試行錯誤して、ようやくたどりついたものだと知っていたから、これをなんとか自分の商品で生かしたいと思っていた。実際にできあがったときに、改めておやじのすごさを痛感した」
こうして、できあがったレンジにかけられる弁当箱は、工房の看板商品になりました。
父親から受け継いだ技術を生かしながら、時代に合った新しいおけ作りに挑戦する谷川さん。今度は自分の後にも工房を継ごうという人が現れるような、新たな伝統をつくっていきたいと話します。
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谷川清さん 「すごい技術を持っているはずなのに、父はかつてそれを誇れずにいて、寂しいしもったいないと思っていた。この技術を生かした弁当箱を買ったお客さんから感謝の声をもらって、この技術は残していかないといけないし、自分の代で終わらせたくないと改めて思った。時代に合ったおけづくりを進めて、今後も後を継ぎたいと思ってもらえるような産業にしていきたい」
編集後記 時にジョークを交え快活に笑いながら、取材に応じてくれた谷川さん。伝統産業の職人さんはもっといかめしい雰囲気かと思っていたので、最初に会った時は少し驚きました。でも、おけの木片を削る作業に入ると表情は真剣そのもの。修業時代に夢に出るほど悩んだという話も聞いて、職人のすごさ、そしておけづくりの奥深さも知りました。県内にかつて数10軒はあったといわれるおけの工房は、いまや谷川さんのところを含めわずか2軒にまで減少したといいます。職人技を継承していくためにも「ライフスタイルにあったおけづくり」をキーワードに、新たな道を切り開いていって欲しいと思います。
この記事を書いた人

高松放送局 楠谷遼
2008年入局 鳥取局、経済部などを経て、2021年秋から地元の香川県で勤務。現在は地域経済のほか地元の活性化に取り組む人たちを取材。

高松放送局 楠谷遼
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