ページの本文へ

かがわWEB特集

  1. NHK高松
  2. かがわWEB特集
  3. 大島青松園からいま伝えること 入所者自治会 森和男さんに聞く

大島青松園からいま伝えること 入所者自治会 森和男さんに聞く

人権週間に考えるハンセン病元患者のことば
  • 2023年12月06日
大島青松園からいま伝えること 入所者自治会 森和男さんに聞く

高松市の大島にあるハンセン病の国立療養所・大島青松園。2023年11月1日時点で35人が暮らし、平均年齢は約87歳です。入所者自治会の会長を務める森和男さんに、島の療養所からいま伝えることばを聞きました。

森和男さん

大島青松園の入所者自治会の会長、森和男さん、83歳。2023年7月まで、全国の入所者でつくる全国ハンセン病療養所入所者協議会の会長も務めました。

五味

森さんは1949年、9歳の時にこの大島に来られたと聞いていますけれども、その当時はどういう状況でしたか。

森さん

まだ大島のなかも戦後の混乱の状況がそのまま続いていました。

大島青松園

高松港からおよそ8キロ。沖合に浮かぶ大島には、明治時代からハンセン病の療養所が置かれてきました。物資や水が足りないなか、島での暮らしを支えていたのは入所者たち自身の作業でした。「患者作業」と呼ばれた仕事の内容は水汲みや大工仕事、重症者の看護など、生活のあらゆる面に及びました。

療養所の中でも、多くの差別的な扱いがあったといいます。

森さん

園内は職員がいる南の地域と、入所者がいる北の地域が完全に分離されていました。昔は「無菌地帯」と「有菌地帯」なんて言っていましたけど、私らが来た頃でもそういうことを言うようなこともありました。私たちは南の職員地帯の方へは自由に出入りできなかった。

五味

そういうことを子ども心にどういうふうに捉えていたんですか。

森さん

隔離という政策がこんな島のなかまできっちりと行われていることに驚きました。こんな小さな島で、そういうことまでしなければいけないのかなぁと思ってね。

ハンセン病は、らい菌によって皮膚や神経などが侵される病気です。かつては強く恐れられ、患者は全国の療養所に強制的に隔離されました。ただ、感染力はごく弱く、現在は日本国内では新しく発症する人はほとんどいないうえ、薬によって完治する病気になっています。

「プロミン」という特効薬


ハンセン病の治療で大きな転機になったのが、1940年代に登場した「プロミン」という特効薬でした。

五味

プロミンによって、療養所の雰囲気は変わったんですか。

森さん

やはり大きく変わりましたね。それまで有効な薬というのはありませんでしたから、その薬に希望をもって、一生懸命治療に励んでいたように思います。

「らい予防法」

治療法が飛躍的に発展するなか、1953年に隔離政策を継続する「らい予防法」が制定されます。基本的人権の尊重をうたった憲法のもとで作られたはずのこの法律は、それまでと変わらず入所者たちの人権を制限するものでした。

森和男さん
感染力の強い、怖い病気だというイメージを、戦前から国もハンセン病を専門にやっている医者も国民に宣伝してきていたわけですよね。そういう状況は戦後においても何も変わらなかったわけですよ。世界の流れからはすこしずつ遅れていくようになるんですね。

国の責任を認める判決が確定

「らい予防法」がようやく廃止されたのは1996年でした。その後、元患者たちは「国の誤った隔離政策によって人権を侵害された」として各地で裁判を起こします。2001年、国の責任を認める判決が確定しました。

大島青松園

法律の廃止までにかかった40年以上の年月は、森さんの人生にも大きく影響しました。一度は療養所を離れ、一般社会で働いていた森さん。病気が再発し、大島に戻らざるをえませんでした。

森和男さん
病状が思わしくなかったときに、「らい予防法」はあるわけですよね。そうすると外で治療なんて受けられないんですよ。外でも治療ができるような状況だったら、なにもあえて療養所へ帰ってくる必要はなかったわけで、それが非常に残念といえば残念なところなんですけどね。もっと早く法律がなくなっていれば、そういう状況はなかったわけです。偏見・差別の問題についてもそれが尾を引いているんですよね。外で医療が同じように受けられるような状況であれば、この病気に対する考え方も変わっていたでしょう。

かつて700人以上いた大島青松園の入所者は2023年11月1日時点で35人、平均年齢は86.9歳になりました。

森和男さん

森和男さん
われわれ病歴者に対する差別とかそういうものは本当にほとんどありませんけれども、家族の方が時々まだ結婚とかそういうことになると問題が起きてくるということがありますのでね、啓発によってしかなかなか解消されないなと思っています。時間が少しかかるだろうと思いますけど、あきらめないように気を長くやらないとしょうがないなと思っています。
本当に幸せな人生を送ることができたと思って最期を迎えられたら、一番いいなと思っているんですけどね。

取材後記
森さんから発せられる「気を長くやらないと」ということば。その重さ。いままでどれほど長く耐え、待ったのだろうかと思うと、いったいまず何をどうしたらいいのかわからなくなります。偏見や差別は、自分のなかにある無邪気な身勝手さから始まるようにも感じます。正しく知ること、ほかの人の立場や人生に思いをはせること、ごく当たり前のことをひとりひとりが地道にやるしかないのでしょうか。とはいえ、時間は限られています。森さんのことばを、多くの人に聞いてほしいと思います。

  • 五味哲太

    高松放送局アナウンサー

    五味哲太

    2020年から「ゆう6かがわ」のキャスターを担当

ページトップに戻る