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祖父の“抑留”を絵で受け継ぐ 香川県さぬき市・千田豊実さん

五味アナウンサーが聞く戦争の記憶
  • 2023年08月15日

香川県さぬき市に、絵を描くことで祖父の抑留の体験を受け継いでいる作家がいます。戦争体験者が少なくなったいま、次世代に伝えたい記憶とは何なのか、話を聞いてきました。

さぬき市に住む美術作家・千田豊実さんは、なにげない感情や自然の移り変わりを抽象絵画に描いてきました。
大切にしているテーマがあります。旧ソビエトによる「抑留」です。

千田豊実さんが抑留を描いた最初の作品『生き続ける鼓動』

終戦後、中国などにいた元日本兵や民間人がシベリアなどに移送されたいわゆる「シベリア抑留」では、厚生労働省によるとおよそ57万5千人が抑留され、厳しい寒さや飢えのなかで労働などを強いられておよそ5万5千人が亡くなりました。
千田さんが2009年に描いた『生き続ける鼓動』は、抑留者たちが雪原のなかを一列になって進む様子を表現しています。この作品を出発点に、これまでに抑留を描いた11作品を制作してきました。

蛍に囲まれる祖父を描いた『祖父と蛍』

抑留を描き始めたきっかけは、千田さんが中学生のころに一緒に油絵を始めた祖父でした。

千田さん

祖父が初めて描いた絵が、本当に暗い、ろう屋に人が何人かいてというのを覚えているんですけども、「何の絵?」というような感じでちょっと恐る恐る尋ねてみると、「抑留されてたんだ、若い時に」って。

千田さんの祖父・川田一一さん

2012年に87歳で亡くなった祖父・川田一一(かずいち)さんは、終戦から3年間、いまのカザフスタンに抑留されました。戦後もその体験を口にすることはなく、家族が話を聞いたのは70代になって絵に描き始めてからだったといいます。

川田さんが強制労働の様子を描いた『帰雁』

川田さんが強制労働の様子を描いた『帰雁』(きがん)という作品では、木材を運ぶ抑留者の上を渡り鳥が飛んでいきます。

千田さん

毎年渡り鳥が日本の方向に飛んでいくのを見て、ああ自分も日本に帰りたい。でもいまは帰れない。ただ家族に思いを届けてほしいという、渡り鳥に託すじゃないですけれど。

五味

抑留の体験、どんな話を聞いていたんですか。

千田さん

まず食事は、マッチ箱ぐらいの大きさのパンと、“太平洋スープ”とよく言っていたんですけど、飯ごう炊さんのフタに、ほとんどスープで、かけらほどのじゃがいもが入ったものを1日2食与えられて、それで枕木の運搬だとか鉱山での作業といった強制労働をさせられていた。
ほとんど栄養失調の状態で労働を強いられているので、ばたばたと人が倒れていって、極寒のなか仲間が亡くなり葬ろうと思って土を掘っても、凍っているので雪をかぶせるだけ。生き地獄だったと話していました。

川田さんは晩年には、いまも異国の地に眠る抑留者の鎮魂をテーマにするようになります。時には涙を流しながら、自らの抑留体験を描き続けました。

孫としては祖父のなかの抑留の記憶は消え去ったらいいのにというのはすごくあったんです。忘れてほしいという気持ちがありました。ただ祖父の話を聞いていると、遺骨も戻っていない仲間のためには、生きて帰ってこられた自分が絵として残したいので、思い出したくない記憶も思い出しながら形にしていくんだと。表現者としての祖父を見ていると応援せざるをえないなというところはありました。

千田さんの作品『奪われた青春』

千田さんは、祖父を通して見た「抑留」を自らも作品に描いてきました。『奪われた青春』という絵の黒く塗りこめた画面のなかに様々な色の線で浮かび上がるのは、うずくまる若者の姿です。

祖父は「私は青春を知らない」とひとこと言っていたんですよね。ごくごく当たり前の幸せな生活を送っているはずなのに、祖父の心は本当にもう奪われている部分がありました。戦争って命を奪うのはもちろんですけれども、生きて帰ってきた者の心まで奪ってしまったんじゃないかと思って、それは家族としてすごくつらかったです。

千田さんの大作『シベリアで眠る人々』

祖父が亡くなって3年後の2015年、千田さんは横幅6メートルにもなる大作『シベリアで眠る人々』を描きます。

怒りだとか苦しみだとか、すごく負の感情。叫びですよね。戦争が生み出す、苦の叫びというか。祖父が亡くなっても祖父の絵を伝えていかないとという覚悟はこれを描きながらできました。

川田一一さんが残したメモ

千田さんの祖父、川田一一さんが最後に残したメモがあります。震える文字で書かれていたのは、こんなことばでした。
「私達は明日を担う若者たちへ、平和のありがたさ、戦争のない時代に生きる今の幸せ、その大切さを語り継いでいかねばなりません」

インタビューを受ける千田豊実さん

戦争や抑留を経験して生きて帰って来たとしても、本当に苦しむんだよというのを伝えたいんです。それは家族として見てきたところなので。いろんな視点から抑留のことや祖父のことを知っていただいて、その先にはやっぱり、いまもシベリアで眠る人々がいるというのも忘れないようにしてもらえたらと思います。

取材後記
抑留を経験した川田さんの絵、そしてその記憶を受け継ぐ、千田さんの絵。前に立つと、描かれた景色に、塗りこめた色に、祖父と孫、それぞれの思いが濃密に感じられます。絵を見て想像し、対話することで、私たちは戦争が生む苦しみを、ことばで聞くのとはまた違う感覚で知ることができます。
「ちいさな子にもわかるように絵で描くんだ」と話していたという、川田さん。その思いを受け継いだ千田さんはいま、より広く抑留の体験を知ってもらおうと、劇作家と協力して自分と祖父の関係を演劇でも表現しようとしています。
「明日を担う若者たち」のひとりとして、このインタビューを企画しました。同じ世代に、私よりも若い世代に、ふたりのメッセージが届くように願います。

  • 五味哲太

    高松放送局アナウンサー

    五味哲太

    2020年から「ゆう6かがわ」のキャスターを担当

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