メンタルクライシス① ~はじめて親になるとき~
2021年4月17日 放送
子育て中のパパ・ママにしのびよる心の危機 —— メンタルクライシス。みなさんは心の不調を感じることはありませんか? 正解のわからないはじめての子育てではなおさらです。心の危機を感じたらどうやって乗り越えていけばいいのか、2回にわたって考えます。
大日向雅美(恵泉女学園大学 学長/発達心理学)
市川香織(東京情報大学 准教授/助産師/母性看護学)
今回のテーマについて
2020年11月に行われた調査(※)によると、0~5歳の子どもを持つ保護者の30.3%に、中等症以上のうつ症状があるとわかりました。今は、コロナ禍の影響も心配されます。
※2020年 国立成育医療研究センター調べ
子育てをパパ・ママだけで担うのは難しい
今ここにいることが奇跡的ですばらしいこと
はじめての子育て どうして追い詰められるか
はじめて親になるとき、どうして追い詰められてしまうのでしょうか。メンタルクライシスを経験したママたちに話を聞きました。
産後すぐから赤ちゃんのお世話を楽しめませんでした。まわりの人たちは「かわいいね」と言ってくれますが、母親である私がそう思えません。当時は、かわいいと感じる心の余裕もなく、追い詰められていたと思います。
夫が仕事に行くと赤ちゃんと2人きりで、泣き声を聞くだけで心がモヤモヤしたり、思っていた子育てと違うと感じたり、憂うつな気持ちになって理由もなく気分が沈んでいました。はじめての子育てはわからないことだらけで、ミルクの量はこれでいいのか、どうして泣いているのか、どれも自信が持てないまま、黙々と世話を続けて。私には、子どもを育てる覚悟や親の資格がないのではないかと悩んでいました。
気持ちが変わるきっかけになったのは、産後の1か月健診です。医師が私の異変に気づいてくれたんです。その後、パパに不安を打ち明けることができて、パパや家族が私を支えてくれるようになりました。今では子どもをかわいいと思えます。まだ大変なことはありますが、それ以上に子どもが私を癒やしてくれていると感じます。
(お子さん4か月のママ)
出産した病院で「赤ちゃんには母乳がいちばん」と指導され、母乳だけで育てたいと思い、どんなに眠くても、つらくても、ミルクを使いませんでした。見かねた家族から「ミルクをあげてみれば」と言われましたが、病院で言われた通りにしないと、コロナもあるから免疫を高めてあげないと、私が頑張ればいいと思って、聞く耳を持てませんでした。
産後は寝不足や疲労はもちろん、何よりも精神状態がいつもと全く違っていました。まわりから何を言われてもネガティブに捉えて、赤ちゃんの泣き声で「自分はダメな母親」だと責められているように感じて、とてもつらかったです。1か月を過ぎたころから、楽しいはずのイベントが楽しめない、何を食べても味がしないといった異変が出てきました。だんだん子どもがかわいいと思えなくなり、うるさいと感じるようになり、消えてしまいたいと思うこともありました。
里帰りしていたある夜、突然、どうきと体の震えに襲われました。怖くなって実家の母に助けを求め、抱えている不安を全て打ち明けました。その後、母の勧めで地域の保健師に相談して、やっと母乳へのこだわりを捨てることができたんです。今は気持ちが楽になり、子どもがかわいくてしかたがありません。どうしてそこまで追い詰められていたのか、自分でもわかりません。
(お子さん3か月のママ)
私たちがママをケアすることが大切
いくつも頑張ることで心が折れてしまう
社会が仕切り直してママ・パパを支えるスタートを
自分の子どもがかわいいと思えないような、自分でも認めたくない、誰にも言えない悩みを持つことがあると思います。
ママが満たされると、満たされた愛情が子どもに注がれる
子どもをかわいく思う「私」が消えている
はじめて親になるパパのメンタル不調
はじめて親になるのはパパも同じです。メンタルの不調を経験したパパに話を聞きました。
とにかく最初の1年間は仕事と子育てで追い詰められていました。日中は仕事で、家に帰ると妻と一緒に子どもの世話や家事をしました。産婦人科などで育児について教えてもらいましたが、実際はうまくいかないことが多く、特に悩んでいたのが夜泣きです。毎晩2~3時間おきに泣くので、夫婦で睡眠不足の日々が続きました。仕事中も育児や家事のことを考えるくらい、やることが多くて大変だったと思います。
寝不足のせいか、次第に妻がイライラをぶつけてくるようになりました。「仕事を早く終わらせて家のことをして」「昼は仕事して自分だけいいね」と言われたりもしました。妻も苦しんでいたと思います。ちょうど転勤したばかりで、気軽に相談できる家族や友人もおらず、夫婦で話し合う余裕もなく、孤立していました。
そのころ、毎朝5時に子どもと散歩に出るのが日課でした。夜泣きで疲れた妻を寝かせるためです。ある日、近所のおばあさんたちに「がんばってるね」と声をかけてもらえて —— その言葉に、どんなに救われたかわかりません。
あのころ私はどうすればよかったのか、子どもが3歳になった今でも当時の孤独感が忘れられません。
(お子さん3歳のパパ)
真剣に子育てに関われば、パパだからママだからじゃない
パパにもメンタルクライシスがある
パートナーにも起こるうつ症状
産後のうつは、出産した女性の100人中、十数人に発症するといわれています。実は、パートナーであるパパにも同じようにリスクがあることがわかっています。ある調査(※)では、産後の世帯3.4%に、夫婦が同時期にメンタルヘルス不調のリスクに悩んでいる可能性がありました。自分で気がつくのは難しいので、小さな不安でも早めに相談機関とつながりましょう。
※2020年8月 国立成育医療研究センター調べ
相談先と支援サービス
自分のメンタルの不調を感じたら、どこにどうやって相談したらいいのでしょうか。おもな相談先や支援サービスを紹介します。
おもな相談先
まずは、お住まいの地域の「保健センター」に相談してみましょう。「子育て世代包括支援センター」という名称で相談に応じている場合もあります。コロナ禍のため、オンライン相談を行っている自治体もあるので調べてみましょう。
そのほか、「産科」や「小児科」など「かかりつけのクリニック」、「助産院」でも相談できます。匿名が希望であれば「各都道府県の助産師会の無料電話相談」などを利用してみましょう。
うまく言葉にできなくてもいい
家事や育児の支援サービス
相談するだけでなく、家事や育児を誰かに手伝ってもらうのもひとつの考え方です。産後の一定期間、助産師などからケアを受けられる産後ケア事業、産後ドゥーラ・ファミリーサポートセンターなどの育児・家事支援サービスを導入している自治体が増えてきています。お住まい地域の自治体のホームページなどで確認してみましょう。
相談先がわかっていても、実際に相談するのは難しい
はじめての子育てで心の余裕がなくなっていたとき、電話相談の窓口があるのは知っていました。電話しようと思ったときもあったんです。でも、結局はかけることができませんでした。精神的に落ち込んでいるときは、誰かに相談を持ちかけるような行動を起こすことが難しいと感じます。
(お子さん3か月のママ)
自分で相談するきっかけをつくるのは難しい
妹に子どもができたときは、同じ思いをしてほしくはありません。自分の経験を生かしてサポートしてあげたいと思っています。
悩んでいる人のつぶやきに敏感に反応することが大事
支援の仕組みに気持ちを込めないといけない
あなたはどうした? メンタルクライシス
今回、番組にはたくさんの体験談が寄せられました。みなさんの対処法を紹介します。
Twitterで同じくらい大変な思いをしているママもたくさんいて、ひとりじゃないと思えた。YouTubeで息抜きもした。年配世代には信じがたい子育ての息抜きかもしれませんね。
(お子さん2か月のママ)
保健師さんに泣きながら電話をしました。話を聞いてくれただけで気持ちがラクに。家事の外注ができればいちばんいいのですが、とりあえず宅配のミールキットで乗り切っています。
(お子さん3歳・1歳4か月のママ)
赤ちゃんをあやしながらスマホでラジオを聞いていました。泣き声以外の声が聞こえてくるだけで冷静さを保てるのだと思いました。
(お子さん3歳・10か月のママ)
子どもをかわいいと思えないというのは人間としてダメだと思って、チャット相談をやってみた。虐待防止のサービスだったが、非対面で、匿名で相談できたのは良かったし、状況を整理してもらえて産後初めて泣くことができた。
(お子さん4歳・0歳のママ)
里帰り中は母からの言葉で自信をなくてしていましたが、保健師さんに連絡し「よくやってるわよ、あなたは間違っていないのよ」と言ってもらえて、涙が出るほどうれしかったし、ひとりで悩まなくていいんだと心強かったです。
(お子さん11か月のママ)
地域の産後ケア事業を申請し、産院で数日間宿泊して、みんなから声かけと育児を助けてもらった。
(お子さん7か月のママ)
完全母乳ではなくミルクにして、夜間対応は夫もしてくれることで「私がひとりで子どもを守らなければ」という責任感から少し解放されて楽になりました。
(お子さん4歳・3歳・1歳7か月のママ)
育児や家事、一日の「これをしなきゃ」をやめました。ちゃんと離乳食作らなきゃ、掃除しなきゃなどなど。できなくていい、適当でいい。頭ではそう言い聞かせていたのに手の抜き方がわかっていなくて自分を苦しめていたと気づきました。少しずつですがよくなりました。
(お子さん1歳9か月のママ)
心療内科を受診し、カウンセラーの方に話を聞いてもらいました。全く否定されずに話を聞いてもらえることがこんなに救われるんだと知りました。「みんな頑張っている」と思って自分のつらさをしまおうとしていました。今、少しでもつらいと思う人がいたら、ぜひそういう所を頼ってほしいと強く思います。
(お子さん3歳のママ)
※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです