2018年度、幼児教育に関する法令が変わり、その中で「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が示されました。この「10の姿」を通して、大きく変わろうとしている幼児教育について考えていきます。
汐見稔幸(東京大学 名誉教授/教育学)
大豆生田啓友(玉川大学 教授/乳幼児教育学)
幼児期の終わりまでに育ってほしい「10の姿」とは?
2018年度4月から、幼児教育に関連する、文部科学省の「幼稚園教育要領」、厚生労働省の「保育所保育指針」、内閣府の「幼保連携型認定こども園 教育・保育要領」が改定されました。幼稚園・保育園・こども園、それぞれに「3歳からは同じ教育」の機能があることや、「子ども主体の学びが重要」であること、そして「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が示されています。「10の姿」が、幼稚園・保育園・こども園にとって、共通の新しい指針となったのです。
幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿
- 健康な心と体
- 自立心
- 協同性
- 道徳性・規範意識の芽生え
- 社会生活との関わり
- 思考力の芽生え
- 自然との関わり・生命尊重
- 数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
- 言葉による伝え合い
- 豊かな感性と表現
10の姿を分類して考える
番組では、「10の姿」をわかりやすく紹介するため、汐見稔幸さんに監修していただき、3つのジャンルに分類しました。
<体を使う力>
10の姿の「健康な心と体」「自然との関わり・生命尊重」「豊かな感性と表現」を含みます。体をうまく使うことや手先が器用になるなど、さまざまな技術を覚えていくこと。五感で感じとる感性。運動にとどまらず、自然や生命を感じることも、体を使う力のひとつです。
<考える力(頭を使う力)>
10の姿の「思考力の芽生え」「数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚」を含みます。子ども自身が試行錯誤しながらじっくり考えることで、考える力は育ちます。数や文字を、ただ覚えるのではなく、まずは興味を持って、必要だと思うことが、学びの基本になります。
<人と関わる力>
10の姿の「協同性」「道徳性・規範意識の芽生え」「社会生活との関わり」「言葉による伝え合い」を含みます。人と直接関わって力を合わせること、よい関係をつくるためにルールを守るなど、対人関係の基本を幼児期に育てていくことが大事です。
これらの3つを支えるために大切なのが「自立心」です。主体的に「やりたい」と思う気持ちが、さまざまな力を身につける土台になっていくのです。
10の姿は「方向性」であり、育つべき能力や到達点ではない
なぜ今、幼児教育が変わろうとしているの?
今、幼児教育が変わろうとしているのはどうしてなのか、汐見稔幸さんにうかがいました。
幼児教育が変わろうとしている背景
世界の先進国は、すでに幼児教育を大きく変えようと動いています。そこには、3つの背景があります。
子どもをめぐる環境の変化
かつては、子どもたちは家庭や地域での「生活」の中から、いろいろなことを学んで育っていました。例えば、親の仕事の手伝いなどです。しかし、そのような経験が減少したため、どこかで生活から得る学びを補填しなければなりません。
AI(人工知能)普及、グローバル化
幼児期の子どもたちが社会を担うことになる20年後は、今とは違う社会になっているはずです。AI(人工知能)の普及や、新たな道具や技術が生まれることもあるでしょう。また、社会のグローバル化により、多様な文化の人たちと上手に付き合う必要がでてきます。そのため、さまざまな道具を使いこなす力や、グローバルな社会に適応する力の教育が必要になっています。
答えが見つかっていない問題・先の見えない社会
現代の社会は、環境問題や少子高齢化など、簡単には解決できない、いろいろな問題を抱えています。そういった問題に向き合っていくために、みんなで協力して新しい解決策を探っていくような「新しい知性」を育てていかなければなりません。
これら3つの課題に取り組むためには、幼児教育がいちばん大事ではないかと考えられ、多くの国が幼児教育に力を入れるようになりました。日本の幼児教育に関する法令の改定も、このような世界の流れに沿ったものです。
認知的スキルと非認知的スキル
文字や数など、身についていることがすぐにわかる能力を認知的スキルといいます。認知的スキルを幼児期の早い時期から急いで身につければ、大人になって優秀になるかというと、あまり関係がないことがわかっています。
一方で、非認知的なスキルは、好奇心、粘り強さ、気持ちを切り替える力のような、身についているかどうかが分かりにくいが、生きていく上で大事になるスキルのことです。この基礎を幼児期に育てておくと、将来、勉強が行き詰ったときも「やり方を変えてみよう」と切り替えて進めることができます。勉強が伸びることにもつながるわけです。
認知的スキルが大事でないわけではありません。遊びなど、子どもが興味を持ったものに取り組むことができるだけの認知的なスキルは必要です。認知的スキルと非認知的スキルが支え合うことが大事になります。
非認知的なスキルは、かつて家庭や地域の生活の中で育っていましたが、今は子どもの生活環境が変わり、育ちにくくなっています。そのため、幼児教育で、重点を置いて育てることになったのです。
「10の姿」で、園はどう変わるの?
「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」で、園はどう変わっていくのでしょうか。「10の姿」を意識した保育を実施している認定こども園の様子を見せていただきました。
今回うかがったのは、認定こども園の年長クラス「いちょう組」です。
ホワイトボードに書かれた「今日の予定」には、時間の区切りがありません。みんなが集まる給食と午後の「いちょう組の会議」のほかは、子どもの興味や関心に合わせて自由に活動しています。
午前中は天気がよく、子どもたちは外遊びに出かけることに。思い思いに好きなことをする子どもたちは、楽しく体を動かすことでさまざまな動きを身につけていきます。
広場には、みんなでお世話をしている畑があり、この日は大根を収穫しました。
教室に戻ると、先生は大根をテーブルに置いて、子どもたちの興味をうながしていきます。
すると、虫眼鏡で大根を観察する子、紙で大根畑を作る子、大根料理の本を持ってきた子もいました。大根から、自然、感性、思考力の芽生えなど、子どもたちの興味をさまざまな方向に広げていったのです。
こちらは、木に張ったロープ渡りです。年長組になったときに「1度に3人しか乗らない」というルールを決めました。けんかをしないで、順番を守りながら、仲よく遊べるように成長したのです。
いちょう組のみんなで話し合いをする「いちょう会議」の時間になりました。この会議では、子どもたちが、自分から話し合いたいことを提案します。自分の意見を言い、友だちの意見もきちんと聞く。そうして、言葉による伝え合いが育っていくのです。
子どもたちの自主性に任せた1日の生活は、子どもたちが自由に遊び、いろいろなことをおもしろがる中で、いくつもの10の姿が育まれていました。園の先生は、子どもが興味を持ったタイミングで付き合ってあげることで、10の姿が自然に引き出されるのではないかと考えているそうです。
この園の子どもたちの様子は、どのように見えましたか?
夢中に遊ぶことを通して興味・関心が育つ
回答:大豆生田啓友さん
大根ひとつから、調べてみたり、作ってみたり、書いてみたりして、子どもたちは興味を広げています。そこに、10の姿のいろいろなことが関わってきます。10の姿は、別々に育てるものではなく、子どもたちが夢中に遊ぶことを通して、子どもたちの興味・関心が育まれ、後で振り返ってみたときに、“そういえばその遊びの中に「10の姿」に関連することがあったなあ”というようなものだと思います。
親の目線で、子どもたちが遊んでばかりのように見えたとしても、10の姿で考えると違って見えるのではないでしょうか。
主体的と対話的を組み合わせることが大事
回答:汐見稔幸さん
例えば、大人が子どもたちに「みんなでこれを遊びなさい」と決めてしまうと、興味を持つ子がいる一方で、「別のことがしたい」「昨日の続きがやりたい」と思うタイプの子もいます。興味が向いていない子どもは、そこで育つものが小さくなってしまいます。
今、国で強調しているのが、「主体的・対話的で、深い学び」です。主体的とは、子ども自身が「やりたい」と思って取り組むこと。自分で決めたことでなければ、しっかり身につかないのです。対話的とは、友だちや大人と話し合うこと。自由であっても、好き勝手にやってよいわけではありません。みんなで何かをするときや、うまくできないことを誰かに相談するとき、一定のルールの中で、相手に説明したり、相手の話を聞いたりする必要があります。
この園は、子どもたちが自由に活動する主体的な部分と、みんなで話し合う対話的な部分を組み合わせていて、そこが大事だと感じました。そのことで、さらに子どもたちの興味が広がったり、大事なことに気づいたり、価値観が変わるような深い学びになると思います。
幼稚園はお勉強、保育園は生活というイメージがあります。別のことを教わって小学校で同じにできるのでしょうか?
(4歳7か月の女の子をもつママ)
どの幼児教育施設も同じ目標の教育をする
回答:汐見稔幸さん
幼稚園と保育園で違う教育をすることは、なくなってきています。幼稚園・保育園・こども園、どの幼児教育施設も、3歳以上は1日4時間(平日)の同じ目標の教育をすることになっているのです。
遊びを通した学びが小学校の勉強にも生きる
回答:大豆生田啓友さん
勉強が教育で、遊びが生活であるようなイメージがあるかもしれません。ですが、今は子どもが主体的に学ぶ「遊びを通した学び」が大事で、それが幼児教育の考え方なのです。遊びが学びなのだということを、「10の姿」を通して小学校へも橋渡しすることも、重要な点のひとつです。
子どもの主体性が育っていると、小学校での勉強も「やらされるもの」ではなく、「ワクワクしてやっていることの延長」として入っていくことができます。そのように小学校の学びをワクワクしながらスタートできることが大事だと思います。
息子が通っている習いごとでは、息子だけが保育園で、ほかの子は幼稚園です。うちの子は興味があるときはきちんと座って先生のお話を聞くのですが、飽きてくると席を離れてしまうなど、ほかの幼稚園の子どもたちと比べて落ち着きがありません。小学校に入ったあとは大丈夫でしょうか?
(4歳3か月の男の子と5か月の女の子をもつママより)
自分がどう振る舞うべきかを考えるようになれば大丈夫
回答:汐見稔幸さん
小学校で、子どもが立ち歩いてしまうのではないかと心配される方は多くいます。それは、子どもが「自分がどう振る舞うべきか」を考える訓練がされていないためだと思います。先ほどの園のような、みんなで話し合う会議を続けていると、そのような振る舞いが結果として身についていきます。小学校の授業も同じです。自分にどういうことが求められているか、自分で考えるようになれば、きちんと座ることができるようになります。
「10の姿」は教育が変わるひとつのシンボル
※記事の内容や専門家の肩書などは放送当時のものです