No.116 2009年7月発行

'09技研公開 講演・研究発表 特集号1

※概要のみ公開しています。

はじめに

  • 久保田啓一 放送技術研究所 所長 ↓概要

    概要
     NHK放送技術研究所(技研)は,放送技術全般を専門に研究開発するわが国唯一の研究所です。日本でラジオ放送が開始された1925年の5年後,1930年に設立されてから今年で79年になります。これまでに,ハイビジョン,衛星放送,デジタル放送などの新しい放送サービスとそれを支える基盤技術を開発し,わが国の放送技術の研究開発に先導的役割を担ってきました。技研は,受信料で支えられる公共放送の研究機関として,長期的な視野に立って,次世代の放送サービスとそれを支える基盤技術の研究開発を幅広く進めています。現在のNHKにとって最も大きな課題の1つである地上デジタル放送の普及につきましても,これから2011年のデジタル完全移行に向け,すべての視聴者の皆さまがあまねくそのメリットを享受できるよう積極的に取り組んでいます。

研究発表

  • 放送受信機向け通信サービスのための認証連携技術
    藤井 亜里砂 / 次世代プラットフォーム
    ↓概要

    概要
     地上デジタル放送の受信機には,インターネットを接続して双方向サービスを利用するための機能が備わっており,視聴者参加型の放送番組やショッピングなどのサービス提供が可能である。また,従来の放送とは別に,インターネットのブロードバンド接続を利用して,対応するデジタルテレビ向けに情報コンテンツや動画コンテンツを有料配信するポータルサービスや,帯域を保証した専用ネットワークで同様な動画サービスを配信するIPTVサービスも開始されている。  テレビ受信機は家電として各世帯への普及率が高くユーザーインターフェースもリモコンによるボタン操作が一般的で,簡易で親しみやすい。また,PCと比較して拡張性は低いが,利用者自身によるソフトウエアのインストールなどが必要ではなく,購入時からサービスを利用できる機能が備わっている。そのため,PC操作に抵抗のある利用者を対象とした通信サービスの提示デバイスとしても期待されている。テレビ向けの通信ネットワークサービスは,今後,ますます活発になると予想され,それに伴い個人向けサービスや有料サービスの数も増加すると考えられている。  本稿では,個人向けサービスや有料サービスに必要なアイデンティティー認証に着目して開発した「テレビ受信機におけるアイデンティティー認証連携技術」について報告する。
  • 一般ユーザーによって作られる映像コンテンツ
    浜口 斉周 / 次世代プラットフォーム
    ↓概要

    概要
      テレビが一般家庭に普及して久しく,今日では我々が接することのできるメディアの中で,最も一般的なものの1つになっている。しかし,視聴者が一般的に行っているのは主にテレビ番組を見るという行為であり,番組を作り,公開するという行為はほとんどプロが行っている。動画共有サイトに映像コンテンツを公開することも可能であるが,動画共有サイトは「公開する場」を提供しているだけであり,一般ユーザーがテレビ番組のような映像コンテンツを制作することは依然として容易ではない。  一方,インターネットにおけるテキストメディアに目を向けてみると,一般ユーザーでも容易にウェブページを制作し,公開している。特に,近年のブログ(WeblogやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の広まりは,一般ユーザーが簡単にコンテンツを制作・公開することを加速している。従って,ブログやSNSは一般ユーザーにコンテンツを「作る場」を提供しているといえる。  一般ユーザーに映像コンテンツを「作る場」を提供する技術として,我々はブログ型インターネットテレビシステムTV4U(TV for you)の研究を行なってきた。TV4Uのインフラに相当する技術がTVML(TV program Making Language)である。TVMLはテレビ番組を記述するためのスクリプト言語で,スタジオセットやライトのセットアップから,出演者のセリフや動き,カメラワーク,スーパーインポーズや動画ファイル再生まで番組制作におけるさまざまなことが記述できる。TVMLスクリプトをTVML Playerというソフト ウエアに読み込ませ,CG(コンピューターグラフィックス)や音声合成を用いて映像コンテンツを生成・再生す る。更に,映像コンテンツの演出部分をスタイルシート化したAPE(Automatic Production Engine)と呼ぶ技術を考案した。APEは文字列処理プログラムの一種で,核となる情報(台本)を入力すると,演出を付加したTVMLスクリプトが出力される。演出というあいまいなものに実体を与え,演出を部品(要素)の1つとして扱えるようにした。台本と演出を別々に制作・配信するという考え方を基本に,台本を一般ユーザーが作り,APEと組み合わせることで映像コンテンツを簡単に制作し,インターネット上に公開できるシステムを開発した。APEによる映像コンテンツの生成については2.1節で詳しく述べる。  ここで,実際のテレビ番組制作の過程を見てみると,収録番組などのように台本がきちっと決まっていて,それに沿って番組を作っていくこともあれば,生放送のライブ番組などのように大まかな筋書きだけが決まっていて,そのときの状況に応じて出演者やカメラマンなどが臨機応変に対応して番組を作っていくこともある。このライブ番組の制作スタイルこそが映画などにはないテレビの特徴であり,だいご味である。TV4Uでは,前者の収録番組型の制作スタイルをインターネット上に実現できるが,後者のライブ番組型のスタイルは実現できていなかった。  そこで,本稿では,収録番組型のTV4Uについて紹介した後,ライブ番組型の制作スタイルを実現する「リアルタイムTV4U」について述べる。リアルタイムTV4Uはインターネットを介して複数のユーザーが同時に1つの映像コンテンツを共同で作るもので,TV4Uシステム全体をリアルタイム化したものである。以下,本稿では映像コンテンツを番組と記す。
  • 120GHz帯無線伝送用10Gbps誤り訂正符号化装置
    岡部 聡 / 放送ネットワーク
    ↓概要

    概要
    放送局が生中継で使用する番組素材の無線伝送システムでは,伝送遅延が小さく,リアルタイムで映像や音声を途切れずに安定して伝送できる性能が求められる。このような要求条件を実現する無線伝送システムとして,HD-SDI(High-Definition Serial Digital Interface)信号をそのまま60GHz帯の電波を使用して100m程度無線伝送する技術がある。一方,ゴルフなどのスポーツ中継では,複数のHDカメラで撮影した映像を切り替えて臨場感あふれる映像制作を行っており,このような番組制作の現場では,複数のHD-SDI信号を数km程度無線伝送できる装置が望まれている。  低遅延かつ高い回線信頼性という2つの要求条件を満たすためには,前方誤り訂正(FEC:Forward Error Correction)の使用が適しているが,ビットレートが約1.5GbpsのHD-SDI信号を1本または複数束ねて伝送する装置に適したFECは高速デジタル信号処理をする必要があり実現が難しかった。60GHz帯では,回線信頼性を向上させるために複数の受信機から出力されるビット情報の多数決結果を出力する多数決判定方式のダイバーシティー合成を適用した無線伝送システムを開発し,スポーツ中継の番組で使用した。この装置は,比較的簡易なデジタル信号処理回路で実現できるが,多数決判定を行うためにミリ波帯の受信機が3台以上必要であり,複数の受信機の設置が困難な場所での運用は難しい。  筆者らは,120GHz帯の電波を用いてHD-SDI信号を6多重した10Gbpsの信号を伝送する次世代の無線伝送システムへのFECの適用の研究・開発を進めている。本稿では,10Gbpsの信号に適用する高速誤り訂正符号化方式について述べ,FPGA(Field Programmable Gate Array)を用いて試作した10Gbps誤り訂正符号化装置の誤り率(BER:Bit Error Rate)特性の室内実験の結果と野外実験の結果について報告する。
  • 番組視聴時の視聴者心理状態推定技術
    小峯 一晃 / 人間・情報科学
    ↓概要

    概要
    番組を視聴することによって視聴者にはさまざまな心理的な変化が起きる。その結果,「面白い」「感動した」といった番組に対する印象を持つことになり,再度視聴したり関連した番組を探したりするなどの具体的な行動につながっていくと考えられる。このような番組視聴中の心理状態の変化をとらえ,客観的に番組の質を評価する技術の研究を進めている。  現在,番組に対する評価は主に視聴率や視聴後に行うアンケートなどによって行われている。視聴率は番組がどれだけの人に見られたかを示す指標なので,番組自体の質と直接対応付けることは難しい。一方,アンケートは番組を通しての全体的な印象を評価するのには有効な方法であるが,それらの要因と考えられる各シーンにおける印象や演出効果などの時間的な変動を把握することは困難である。番組に対する評価結果をより良い番組制作をするための有効な知見とするためには,番組視聴時の視聴者の心理状態を客観的な指標に基づいてとらえ,それらの時間的な変化から番組コンテンツの評価を行うことが効果的であると考えられる。  このような評価に向けて,番組視聴時の視聴者の行動指標と生理指標を効率的に測定する装置の開発およびそれらから心理状態を推定する技術について,現在進めている研究を紹介する。
  • 冷陰極HARP撮像板による小型超高感度カメラ実現に向けた要素技術
    難波 正和 / 撮像・記録デバイス
    ↓概要

    概要
     夜間に発生する災害や事件・事故などの緊急報道に不可欠な小型超高感度ハイビジョンカメラの実現を目指して,電圧を印加するだけで電子を放射する電界放射陰極(冷陰極)アレイにHARP(High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)光電変換膜を対向させた小型超高感度撮像デバイス「冷陰極HARP撮像板」の開発に取り組んでいる。HARP膜を適用した撮像デバイスとして,既に,CCD(Charge Coupled Device)やCMOS(Complementary Metal-Oxide Semiconductor)イメージセンサーの感度をはるかに超えるハイビジョンHARP撮像管が実用化され,放送をはじめとするさまざまな分野で利用されている。冷陰極HARP撮像板はHARP撮像管と比較して格段に小さく,消費電力も少ないので,機動性の高い小型超高感度カメラを実現できる撮像デバイスとして,その開発・実用化に大きな期待が寄せられている。この撮像板に関しては,これまでに画素数640×480・画素サイズ20μm×20μmの標準TV用撮像板を試作し,月明かり程度の明るさで標準TVの解像度を持つ鮮明な映像が得られることなどを実証している。しかし,試作した撮像板では,良好な解像度を得るために冷陰極アレイから放射された電子ビームを磁界で集束する必要があった。そのため,撮像板の周囲に永久磁石を配置しなければならず,小型で軽量な超高感度カメラの実現を阻む大きな要因となっていた。また,ハンディーカメラに適用されている通常の撮像デバイスと比較して,撮像領域のサイズが大きく,小型の光学レンズや色分解プリズムを使用できないという問題があった。  ここでは,撮像板を適用した小型超高感度カメラを実現するために,電子ビームの集束に永久磁石などを必要としない新たな撮像板の開発に向けて行った要素技術の概要と,画素を微細化することで撮像領域を小さくした磁界集束型撮像板の開発の概要について報告する。
  • アダプティブアレイアンテナを利用した地上デジタル放送の高速移動受信技術
    山崎 雷太 / 放送ネットワーク
    ↓概要

    概要
     地上デジタル放送は2003年12月に東京・大阪・名古屋で放送が開始されて以降,その放送エリアは順次拡大されている。2009年3月末時点での世帯カバー率は97%であり,2011年7月のデジタル放送への完全移行に向けて全国展開が順調に進んでいる。日本の地上デジタル放送はISDB-T(Integrated Services Digital Broadcasting - Terrestrial)と呼ばれ,1つのチャンネルで固定受信(家庭)向けのハイビジョン放送と携帯受信向けのワンセグサービスが同時に行えることを特徴としている。地上デジタル放送対応受信機の国内出荷台数は2009年3月末時点で家庭用・ワンセグ用共5,000万台を突破した。  UHF帯を利用する地上デジタル放送では,送信所から直接到来する電波のほかにビルなどの建物に反射して到来する電波など,複数の経路を通って来る電波が受信されるマルチパス妨害を受ける。そのため,ISDB-Tの伝送方式にはマルチパス妨害に強いOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)が採用されている。OFDMはマルチキャリヤーの伝送方式であり,ISDB-Tでは約5,600本のキャリヤー(搬送波)を使用している。また,ガードインターバル(GI)を挿入することにより,マルチパス妨害によるシンボル間干渉を抑圧することができる。  しかし,バスや電車などの移動体で地上デジタル放送を受信する場合には,受信する電波の強さが大きく変化するマルチパスフェージング妨害が発生し,安定に受信することが困難となる。また,更に高速な移動受信環境では,マルチパスフェージングのほかにドップラー効果による周波数シフトも受信状況を劣化させる要因となる。  本稿では,移動受信環境について説明した後,移動受信環境での受信特性の改善手法であるスペースダイバーシティー受信方式と指向性ダイバーシティー受信方式について述べる。次に,伝搬状況に応じて指向性を適応的に変化させる適応指向性ダイバーシティー受信方式としてM-MSN(Multiple - Maximum Signal to Noise ratio:並列最大SN比法)アダプティブアレイアンテナを使用する受信方式を提案する。更に,計算機シミュレーションにより提案方式の有効性を示す。
  • デジタル放送の符号化信号解析による画質監視技術
    市ヶ谷 敦郎 / テレビ方式
    ↓概要

    概要
    デジタル放送で用いられているMPEG-2映像符号化方式は人の視覚特性を巧みに利用して情報を削減(圧縮)する技術であり,映像品質の劣化を伴う非可逆符号化方式である。この符号化劣化は入力映像の性質に応じて突発的・局所的に現れ,劣化の程度や性質が変動する。そのため,映像品質を連続して定量的に監視するための技術が必要である。しかし,人間が長時間安定した監視を行うことは困難であり,監視者を的確にサポートする装置が必要である。従来,デジタル符号化信号の監視には,伝送路における異常やTS(Transport Stream)の規格適合性を監視するTS監視装置が用いられてきた。しかし,TS監視装置では映像の性質による符号化画質の変動を測定することはできなかった。  そこで,MPEG- 2TSを入力信号とし,TSの規格適合性を監視するとともに符号化パラメーターをES(Elementary Stream)までリアルタイムに解析し,映像品質を客観的に測定する画質監視装置を開発した。