写真:ジュディ・パーナル

世界を変える未来のメディア技術

BBC R&D(英国放送協会研究所)/EBU(欧州放送連合)技術委員会 議長
ジュディ・パーナル

メディア技術は,現在もそのスピードを緩めることなく変化し続けている。メディアの利用者だけでなく,それを創造し,発信している人々にとってもまた刺激的な時代であると言える。本講演では,BBC R&D(British Broadcasting Corporation Research & Development:英国放送協会研究所)およびEBU(European Broadcasting Union:欧州放送連合)におけるメディアサービスの検討から,ヨーロッパにおけるメディア技術の将来を展望する。

1.はじめに

私は,EBU(欧州放送連合)の技術委員会で議長を務め,またBBC R&D(英国放送協会研究所)ではメディアの技術戦略を担当している。

EBUは,ヨーロッパと地中海周辺における公共メディア組織である。56か国115社の会員から成り,10億人以上の視聴者に160以上の言語でサービスを提供している。

Broadcast Technologies Futures Group(BTFグループ)は,EBUの中の1つのグループであり,BBC,イタリアのRAI(イタリア放送協会),ドイツのIRT(放送技術研究所)*1,NHK,そしてカナダのCRC(通信研究センター)などの研究開発機関が加盟している(1図)。最近では,ベルギーのVRT(フランデレン・ラジオ・テレビ放送協会),フィンランドのYLE(フィンランド国営放送),スイスのSRG(スイス放送協会)など,技術革新に実績のある他の組織もメンバーとして参画した。BTFグループは,公共メディアサービスに関する研究開発機関どうしの相互の交流を促進し,研究開発におけるコラボレーションの創出を目的としている。対象となるテーマとしては,例えば,超高精細映像の規格化や,ハイブリッド・ログ・ガンマ(ハイダイナミックレンジ技術)の開発などが挙げられる。

最近検討を進めている将来展望については,「ユーザーエクスペリエンス」,「制作」,「配信」の3つの重点分野に分けることができる(2図)。ユーザーエクスペリエンスの分野では,優れたパーソナライズド・サービスと臨場感向上のためのアンビエントメディア*2,制作の分野では,柔軟性の高さに注目したマルチプラットフォームによるコンテンツ制作,配信の分野では,放送と通信の技術を利用して,それらのコンテンツをどのような端末にも配信できることが重要と考えている。

本講演では,EBU BTFグループで検討した上記の3つの重点分野について詳述するとともに,BBCが持つ将来展望についても述べてみたい。

1図 Broadcast Technologies Futures (BTF) Group
2図 3つの重点分野

2.EBU BTF Vision Reportにおけるメディア技術の将来展望

2.1 ユーザーエクスペリエンス

EBU BTFグループは,メディア技術の将来展望を「Vision Report」としてまとめた。この中のトピックスとして,まず,近い将来のユーザーエクスペリエンスについて述べる。これからの視聴者はどのような体験が可能になるだろうか。テクノロジーは,私たちをどこへ連れて行ってくれるだろうか。

1つ目の将来展望として,パーソナライゼーション*3と制御性の向上が挙げられる(3図)。ユーザーが必要とするサービス,あるいは要求するサービスについては,それらを予測する技術に基づいて,例えば購入したい物のおすすめ情報をいつでも得ることができるだろう。また,個人の視聴体験が,実世界での行動にまで広がるかもしれない。そして,これらの情報や体験は,個人の必要性に合わせて完全にパーソナライズされる。そのためには,システムがユーザーを識別できる必要がある。例えば,ユーザーは顔認識や音声認識など好みの方法で,サービスへのログインが可能となるかもしれない。

昨今,デジタル技術によるアシスタント機能やアンビエント・コンピューター・エコシステム*4がさらに発展し,その重要性も増している。音声対応IoT(Internet of Things)デバイスとしては,スマートスピーカー,ウェアラブル端末,スマートカーなどが使われる。従来のGUI(Graphical User Interface)から進化し,音声の動的応答に対応し,自然言語に基づいたGUIが,もっと増えていくかもしれない。デジタル技術によるアシスタント機能は,近いうちにますます生活に寄りそうものになるだろう。

適応型の体験もさらに増えていくだろう。能力や制約条件によらず,誰でもコンテンツを理解し楽しむことができる。音声合成技術により,まるで本物の人が話しているように聞こえ,質の高い自動翻訳が可能になる。また,自然なアバターによる,手話の自動生成も可能になる。まさに体験はシームレスになり,例えば家で見たり聞いたりしていたコンテンツをサイクリングしながら視聴し続けることや,AR(Augmented Reality)での視聴,声やジェスチャー,ブレイン・コンピューター・インターフェース*5による操作も可能になるだろう。

実物感も格段に向上し,今まで自分が知らなかった世界を没入体験することができる(4図)。現在のヘッドマウントディスプレーより格段に優れた技術がめがねに搭載されるかもしれない。可搬型の3Dディスプレーはセカンドスクリーンとして使われ,3D音響は方向感だけでなく奥行感も伝えるようになる。

実世界とデジタル世界は,今後ますます融合していくだろう。現実世界に3Dの世界地図を重ね合わせたARクラウドの構築により,コンピューター・ビジョンにおけるデバイスがアバターの入口になる。さらに長期的に見ると,ブレイン・コンピューター・インターフェースこそ,人の言動とそれを囲むテクノロジーとをますます融合させるかもしれない。その世界を五感でコントロールするのである。

3図 パーソナライゼーションと制御性の向上
4図 没入体験

2.2 メディア制作

ただし,その実現のためには技術の創造と発展が不可欠である。マルチフォーマット・コンテンツ制作のためのワークフローやインフラの構築が,ローカルとリモートの両方で必要になる(5図)。この1年,在宅でのリモート制作の機会がとても増えており,今後さらに増していくだろう。この場合,柔軟性と拡張性が必要になってくるが,AI(Artificial Intelligence),機械学習,メタデータを用いた自動化の更なる推進によって制作技術は強化されていくだろう。

このためには,全体的に細分化,専門化した研究が必要になってきた(6図)。例えば,クラウド関連分野では,IP(Internet Protocol),ワイヤレス,エッジコンピューティングなどにおいて特定メーカーの専有化を避けるための互換運用性の検討や,マルチクラウドを含むサービスの検討などが挙げられる。また,映像撮影や音声収録,3Dやバーチャル撮影の処理技術,ライトフィールドの応用,どのプラットフォームにも対応できる視聴体験への応用などのテーマも挙げられる。メディアにおけるUHD(Ultra-High Definition),HDR(High Dynamic Range),8Kへの移行はまだ完了していないが,これらは着実に進み,それを伝送するためのコーデック技術も進展している。

今後は,新しい自動化技術とワークフローが生まれるだろう。仮想化が進み,サーバーレスの時代が到来し,ワークフローの中ではデータ管理の効率が向上する。例えば,ニュース番組が良い例になるが,AI,機械学習,メタデータの利用により,フェイクニュースの検出や,情報源の証明がなされるなど,人々が期待するツールを提供できるかもしれない。

また,新しい動向として,バーチャル制作の推進がある。例えば天気予報番組で,私たちはよく緑色の背景スクリーンを使用するが,今後は枠が決められたハードウェア主体のセットから,ソフトウェア主体の手法へ移行するなど,より多くの技術展開があるだろう。たとえば,ゲームエンジンの応用である。放送に特化したメーカーから,新たに参入するメーカーへ移行する部分も出てくるが,ゲームエンジンは究極のクリエイティブ・ツールであり,統合ツールでもある。ソフトウェアを統合することで,3Dの世界を実現でき,実世界の物理現象とリアルタイムに相互作用させることができる。リアルタイム性とライブ性がますます現実のものとなることが,コンテンツ制作に大きな変化をもたらすだろう。

ただ,今後しばらくの間は課題が山積している。3Dボリュメトリックキャプチャー*6を,どのようにしてリアルタイムに,そしてライブ制作として統合するか。また,バーチャル制作環境にこれをどのように統合していくか。これは制作部門に無限の可能性をもたらすが,実現のためには多くの努力が必要になると考えられる。

2.3 メディア配信

次に,今後のメディア配信について述べる。番組表,番組ガイドなどのチャンネルの概念から,人々が動画ポータルにアクセスしてコンテンツを閲覧・視聴する時代へと移行しつつあり,プロファイリング*7やコンテンツおすすめ機能の利用が増え,また検索機能の重要性が高まっている(7図)。これは今起こっている動向であるが,今後さらに加速していくだろう。

没入型サービスでは,新しい配信の形が考えられる。4K,8K,あるいは可能性として16Kにまで及ぶ映像解像度,そして次世代音響技術による拡張現実など,このようなサービスを支え,実現するためには高い伝送速度が必要になっていく。

また,パーソナライゼーションによる新しいユーザー体験が生まれる。例えば触覚情報や,認知デバイスによる知覚補助,さらにはスマートスピーカー経由での相互参加型のアクセシビリティーサービス*8,パーソナライズされたターゲット広告などである。

これらの実現には,配信インフラの整備が課題となる。従来の設備のままでは,将来の技術に対応できない。新しいメディア配信に対するチャレンジとなるが,今後は,新しいユーザー体験やコンテンツを,いつでも,どこでも,どんなデバイスでも利用できるようにしたいと考えている。そのために,従来の放送とIPを連携させて取り組んでいく必要がある(8図)。パーソナライズされたデータの伝送には,上り回線が必要になる。連携システムにおける広帯域IPであれば,今後必要となるすべての機能を提供・配信できるかもしれないが,公共サービスの要件を欠く可能性もある。

配信インフラには効率性が必要である。可能な限り最高の品質の番組を,費用対効果が高い方法で,国民全体に提供することが私たちの責務である。その点を考慮し,従来型の放送チャンネルを残すためにも,IPベースの双方向配信の利点を生かすことが必須である。

では,放送の将来はどうなるだろうか。長期的に見ると,一般家庭での視聴には通信サービスのインフラが必要不可欠だろう(9図)。ただし,そのような通信インフラを用いることができるのは,マルチキャストに対応した光ファイバー回線が各家庭に100%普及し,入出力の制約・管理が不要,などの要件をすべて満たした場合に限られる。それが実現した場合,特定の場所におけるサービスに必要な無線周波数帯の重要性は低くなる。しかし,自動車,公共交通機関,公共スペースなどにおいて,どこでも,どんなデバイスでも,メディア視聴を可能とするには,やはり無線による放送での配信が必要である。当然,サービスの質も問われてくる。したがって,放送専用の周波数帯は,今後も重要かつ不可欠なものであることに変わりはないだろう。

私たちは,放送とオンライン配信のハイブリッドのインフラ構築の必要性を検討していく。単一のインフラでは,必要とされるレベルのサービスをあらゆる場所で提供することができないからである。私たちに義務づけられたサービス提供の実現には,さまざまな物理的・インフラ的技術を組み合わせて柔軟性と信頼性を高めた,持続可能なインフラを構築する必要がある。可能な限りすべての地域の,すべての人に向けてサービスを提供するために,私たちはそのようなインフラ構築を望んでいる。

放送とオンライン配信をシームレスに統合するためには,メディアに最適化されたデバイスによるクラウドネットワークの拡大が必要になる。従来型の放送システムが,人気の高いメディアコンテンツをエッジ配信*9・クラウド配信し,家庭においてIPネットワークを使ってパーソナライズド・サービスと組み合わせる,という使い方も可能性がある。

以上で述べた技術は,EBUが注目していることでもある。現代はとても刺激的な時代で,技術変革に富んでいると言える。

5図 ワークフローとインフラ
6図 細分化,専門化する研究領域
7図 チャンネルの概念から,ザッピングの概念へ
8図 従来の放送とIPの連携
9図 放送の将来

3.BBCによる将来展望

3.1 これまでの取り組み

ここからはBBC R&Dの視点で将来展望を述べる。2010年,2015年,2020年という3つの時点における私たちの研究テーマを見ながら,私たちの検討がどのように進化してきたかを紹介する。

2010年,私たちは新しい放送システムを見据え,インターネットを用いたメディア配信の可能性について検討していた。これには多くの作業が必要であり,コンテンツの制作,配信,利用に関するこれまでの考え方が覆されることになりそうだと考えていた。

2015年,それらは実現可能ではあるものの,もっと大きなエコシステム*10の中でメディア配信を進めていく必要がある,と考えるようになった。より大きなプラットフォーム,より大きなエコシステムの一部として,インターネットで多くの人々に配信し,それらの技術を統制していきたいと考えるようになった。

3.2 2020年以降のIP技術と,それに関連する課題

そして2020年には,もしこの配信サービスが実現するならば,BBCはどうあるべきなのか,を考え始めた。インターネット対応のBBCとは,どのようなものであろうか? およそ9割以上の仕事はIP化されるだろう。これを最大限に活用して新たなメリットをもたらすためには,実際,どのような施策を進めればよいのか?

私たちは研究課題の見直しを行った。そこで,最も説得力のある提案として,「2025年までに,BBCが直面する視聴者・技術・市場の課題に自信を持って対応できるように,BBCの技術・運用モデル・(視聴者に提供される)ユーザーエクスペリエンスは,十分に変革されるであろう」という「未来を考えるにあたっての進化した考え方」を提示した(10図)。

言い換えると,ソフトウェアの有用性を利用してIPに移行することで,ユーザーエクスペリエンス,データ,サービスが連携することになり,より柔軟な業務運用が可能になるということである。大きな変革を迅速に展開することで,組織の下層部においても選択性が広がる。スタッフは,業務運用上の決断に必要とされる判断材料となるような,より多くの情報を入手できるようになる。

私たちは,自分たちの仕事をより革新的なものにしていきたいと考えている。従来の仕事を新しい手段でやるだけでなく,新しい仕事を新しい手段で実行したい。本節では,この2,3年の間に私たちが挑戦していることをいくつか紹介する。

10図 2025年までの課題提示

(1)音声をテキストに自動変換する技術

私たちはこれまで,音声をテキストに自動変換する技術を利用してきた。テキストを音声や動画から取り出しているが,他の同様の取り組みと比較して最も優れている点は,この技術を報道システムの心臓部に実装し,BBCの語彙データを学習させたことである。これにより,ジャーナリストは従来以上に正確な情報を得られるようになり,この情報を使ってサービスや仕事の質を向上させることができる。

(2)ソーシャルテレビ

次に,ソーシャルテレビ*11にも着目した。離れた人と同時に番組を見る,BBC Togetherというツールを試作し,多くの国民が見る番組でテスト運用している。人々が実際に集まりグループで視聴する,そのIP版とはどのようなものになるだろうか。また,経済の観点で見たとき,ソーシャルテレビの役割とはどのようなものだろうか。ソーシャルテレビは,私たちの主要チャンネルであるBBC 1で積極的にプロモーションしてきたことである。他にも,撮影,収録,制作,伝送,消費,還元,拡張性あるインフラ,高精度なパーソナライズド・サービスなど,多くのテストを進めている。

(3)ストリーミングの次に台頭する技術

ストリーミングの次に台頭する技術は何であろうか? ストリーミングはメディア技術の最終形だろうか? これは言い換えれば,私たちに果たすことができる技術検討は他にあるか,ということになる。BBCの役割は,情報,教育,娯楽の提供である。そのために,映像や技術的サービスを強化・向上させるには何ができるか。データ関連の仕事はたくさんあるが,私たちはそのデータをうまく処理できるだろうか。下層ネットワークには何が必要で,どうすれば価値ある運用を進めることができるだろうか。

これらの疑問が,次の3つの課題設定につながった。1つはサービスにどのような責任をもって寄与するか。次に,ニュースに関連したどのようなサービスがあるのか。さらに,インターネットに関してはどのような改善が必要なのか。

(4)ヒューマン・バリュー

私たちにとっての価値を評価する手法として,「ヒューマン・バリュー」と呼ぶ枠組みを考えている。これまでの番組の成功度合いの評価は,どれだけ多くの人が見ているかという観点でモデル化されてきた。一方で,もっと良い評価手法はないか,私たちのサービスが社会的に大きく影響を及ぼすことにつなげられないか,と考えてきた。クリック数や視聴時間などの数値以外にも指標はあるが,実際には,そのような数値が私たちのサービスのもたらす価値だと考えられてきた。

21世紀の公共メディアは今後どうあるべきなのか,私たちはこれを検討し,広く公開している。実際にサービスに寄与する方法をどのように変えていくか,番組をどのように構成するのか,どのような構成手法を用いるべきか,私たちは考え,実行に移している。

(5)機械学習と,さまざまなデータの利用

私たちは機械学習の利用についてよく議論している。機械学習に用いる手法とは,どのようなものだろうか。私たちの制作者ガイドライン集は,コンテンツの知見に関する究極の情報源である。今後は,これに匹敵する技術的な知見のまとめとして,機械学習に関するガイドライン集に期待が寄せられている。

そこには,データの処理手法も含まれるだろう。すでに,天気予報やスポーツの結果などのデータを機械学習に使用しているが,それ以外に何か利用できないだろうかと考え,個人データの保管について検討してきた。これは大きな飛躍である。もし,利用者がBBCのデータを含むすべての利用者データを管理できるようになり,データ源とひもづけできるようになれば,また,医療データや家計データも使えるならば,何ができるようになるだろうか。こうしたデータの応用に,私たちは興味を持っている。これらのデータは,個人や社会にどのような効能をもたらすだろうか(11図)。この件については,イギリスの計算機科学者,ティム・バーナーズ・リー氏の会社と協力して取り組んでいる。

11図 大きな飛躍:パーソナルデータ

(6)組織間の協力と標準化団体への寄与

インターネットを利用した公共サービスの成果はどのようなものになるのか,何を実行すればよいのか,私たちは模索しているが,放送への取り組みと同じレベルでネットワークに関わればよいと考えている。つまり,これまで放送で実施してきた,適切なレベルでの技術の積み上げと実践,規格策定を,ネットワーク分野でも実践するのである。

ウェブサイトやアプリの構築だけで課題を解決することはできない。組織間の協力と標準化団体への寄与が必要になるだろう(12図)。標準化については,例えば,データはどこのものなのかについて,情報源の検証サービスによりデータ偽装を防ぐための運用が可能である。しかし,データの傍受や改ざん防止,またデータ源の確認方法,動画の所有権の確認が実際にできるのか,データの送信者は何者なのか,そうした技術的な課題解決手法の検討が必要となる(13図)。

そのため,オンラインの身元検証に関する検討が進められている。世界的ウェブ・コンソーシアムであるMozilla Foundationと協力し,また,マイクロソフトやアドビなどの組織とともにデータ信頼性を検討するグループも設立した。公共メディアに求められるものとは何か? オンライン上で認められている独自性は無いのだが,しかし私たちはこの検討をどんどん進めていく必要がある。

12図 ネットワーク分野での公共サービス構築
13図 標準化について

3.3 サステナブルに配慮した取り組み

さて,私たちが着目しているもう1つの分野は,多くの人が注目しているとも思う。環境へ良い影響(サステナブルな効果)を与えることである。これは少々,企業ブランディングの一端を担う側面もあるが,私たちはこの分野で長い間経験を積んできた。実際に昨年の研究では,持続可能性に関する諸分野で最も重要な成果を得ることができた。その1つとして,BBCのラジオサービスとテレビ番組のエネルギー消費量を調べ,エネルギーの取得から消費まで,どのように使用しているかをすべて明らかにした。

私たちは実際,自宅や研究所でどのような取り組みを進めているのだろうか。プロジェクト,番組制作,戦略,どの分野においても,私たちが行っている仕事を確実に未来につなげるためには,どうすればよいだろうか。それには,すべてを実行してみるしかない。まずは,どのような経済的活動をしているか知ることから始めるのである。持続可能性や環境への配慮という点で,自分たちは何をしているか把握しているだろうか。それから,「ネットゼロ」を目指すには何が必要であろうか。それは,単に温室効果ガス・二酸化炭素の排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにするだけではなく,実際に自分たちが変化を起こし,二酸化炭素を排出しないようにすることである。それは,決して些細なことではないはずである。

数ヶ月前からこの件を調べ始め,あらゆる仕事を精査するために,持続可能性検討チームは「FOREST」という枠組みを構築した。この枠組みには,職員が大きな関心を寄せている。ここでは,すべてのプロジェクトの持続可能性に対する影響を調べて評価することで,プロジェクトの環境への影響に当初から配慮することができるのである。これは公共サービスを定義するものではないが,真剣に取り組まなければならない。

3.4 今後の開発に重要な新しい世代

もう1つの分野として,私たちは「21世紀の公共サービス」に注目している。私たちの事業ではあらゆる側面を,少しずつ,ときに大きく変革している。取り組んできた軌跡を数年後に振り返るとき,21世紀の公共機関であることの本当の意味について,新たな思考段階に到達できると信じている。私たちはさまざまな変化に対する影響を考慮し,今後のパートナーシップを視野に入れている。これまでも,これからも,NHKをはじめとするパートナー各社は私たちにとって大変重要な存在であり,心より感謝している。

一方,完全IP化された世界を考慮すると,誰が他に良いパートナーとなり得るだろうか。私は,バルセロナなどいくつかの都市で行われている,市民を支援する活動に興味をもっている。そのような都市や国家は,私たちのパートナーとして興味深い存在になるのではないか。

私たちは正しいコンテンツを選び,正しい方法で伝える必要がある。技術者達が深層学習やAIを活用することで,複雑な世界をナビゲートしてくれる。私たちはパーソナライズド・サービスやコンテンツ推薦サービスに取り組んでいる。BBC R&Dは,今後10年以内にボットを育成するボット・ファーム運営を開始し,ネットワーク上で役立つボットを提供するようになるかもしれない。大きな変化をもたらし,世界にとって本当に良い,プラスの影響を与えることができるような,正しい方法でコンテンツを伝える必要がある。

番組制作者が自分達のコンテンツに最大の反響を得られるようにするには,どうすればよいだろうか。それを私たちのIPエコシステムによって実現するには,新しい状況の中で最大限の試行を繰り返しながらメディア提供できるような,先鋭的で,中心的役割を果たせる技術者達が必要である。そういった技術者達は,固定された実空間の中だけではなく,スケーラブル*12なインフラを使ってどこでも仕事ができる。BBCでもBBC R&Dでもそうだが,まずはいろいろと試行しているところである。スケーラブルなインフラを構築し,研究,通信,蓄積,データ管理にわたって,業務全体の3分の1をこのインフラ上で行っている。実際にこれらを試験運用し,何が機能するのかを検証している。柔軟性,公共サービス,倫理的に優れた働き方を持続可能な方法で構築するにはどうすればいいのか,これをまさに検討しているのである。

さて,今後5年間の動向はどうなっていくだろうか。優れた価値観を持つ,賢明な人材を採用し続ける必要があり,新しい才能,新卒者が鍵を握っている。彼らには,3年後,5年後,7年後,そして10年後というように,視線を目の前の景色から遠くの水平線に向けるよう促している。これまでの10年間に構築したIPネットワークの効能を実感し,これまでとは違う新しい公共サービスを構想してもらいたいと思う。それはすべて,未来のためである。もしかすると,インターネットそのものに組み込まれているかもしれない。それはおそらく,環境へのプラスの影響があるのではないだろうか。それは,古くからの,そして新しい仲間とともに作り上げたものとなるに違いないと考えている。