多値符号化変調伝送技術

小泉 雄貴 鈴木 陽一 小島 政明

衛星放送の更なる大容量化を目的として,多値符号化変調方式の検討を進めている。多値符号化変調方式は,信号点配置,ビット割り当ておよび誤り訂正符号を適切に組み合わせて設計することで,多値変調方式の持つ伝送性能を十分に引き出すことが可能である。今回,新4K8K衛星放送の伝送方式ISDB-S3(Integrated Services Digital Broadcasting for Satellite, 3rd Generation)の規格に含まれる32APSK(Amplitude Phase Shift Keying)を超える多値変調方式を実現するために,集合分割法を適用した符号化率4/5の64APSK符号化変調を設計した。本稿では,64APSK符号化変調の設計手法について述べ,計算機シミュレーションにより評価した伝送特性について報告する。

1.まえがき

2018年12月に開始された新4K8K衛星放送においては,伝送方式としてISDB-S3 1)2)を用いることにより,1つの衛星中継器(帯域幅34.5MHz)当たり,100Mbpsの伝送容量を実現し,4K放送を3番組,または8K放送を1番組放送することが可能である。

当所では,衛星放送の更なる大容量化を目的として,集合分割法(後述)を適用した多値符号化変調方式3)の研究を進めている4)5)6)7)。多値符号化変調方式は,信号点配置,ビット割り当ておよび誤り訂正符号を適切に組み合わせて設計することで,多値変調方式の持つ伝送性能を十分に引き出すことが可能である。今回,ISDB-S3の規格に含まれる32APSKを超える多値変調方式を実現するために,集合分割法を適用した符号化率4/5の64APSK符号化変調を設計した。

本稿では,伝送路容量を評価関数とした64APSK符号化変調の信号点配置およびビット割り当て手法を示し,これらに適用する誤り訂正符号の設計手法について述べる。そして,グレイマッピング*1を適用した従来の変調方式と比較して,伝送性能が改善することを示す。

2.符号化変調の概要

本章では,集合分割法を適用した符号化変調の概要を説明する。

集合分割法は,各シンボル*2に割り当てられたビット(0または1)に応じてシンボルを分割していき,最小ユークリッド距離(Dmin)を拡大していく手法である。符号化変調は,変調と誤り訂正符号化を連携させた変調方式であり,集合分割法による最小ユークリッド距離の拡大に応じて適切な訂正能力を持つ誤り訂正符号を適用することで,雑音耐性に優れた伝送性能を実現可能である。

集合分割法を適用した多値符号化変調の概要を示すために,8PSK(Phase Shift Keying)符号化変調を例とした復号プロセスを1図に示す。8PSKの各シンボルに割り当てられた3ビット(a1, a2, a3)は,集合分割可能なビット割り当てとなっており,シンボル分割の結果,最小ユークリッド距離を拡大する構成となっている。ここで,a1をMSB(Most Significant Bit),a3をLSB(Least Significant Bit)と定義する。8PSK符号化変調信号は,集合分割法によりシンボル分割を行いながら,ビットごとにa1, a2, a3の順で多段的に復号される。始めに8PSKによりa1のみ復号を行い,a1の復号結果(Dec_a1=0または1)に応じて8PSKを2つのQPSK(Quadrature Phase Shift Keying)に分割する。次に,分割されたQPSKを用いてa2の復号を行い,a2の復号結果(Dec_a2=0または1)に応じて2つのQPSKを4つのBPSK(Binary Phase Shift Keying)に分割する。そして,分割されたBPSKを用いてa3の復号を行う。ここで,各復号ステージの最小ユークリッド距離に着目すると,復号ステージが進むに従い最小ユークリッド距離が拡大しており,後段ビットほどビットエラー耐性が向上する。そこで,各ビットのエラー耐性に応じた訂正能力を持つ誤り訂正符号をビットごとに個別に適用することで,8PSK符号化変調のトータルとしての伝送性能を向上させることが可能となる。

1図 集合分割法を適用した8PSK符号化変調の復号プロセス

3.64APSK符号化変調の設計

3.1 伝送路容量の定義

64APSK符号化変調の信号点配置およびビット割り当ては,白色雑音通信路における伝送路容量を評価関数として設計する。伝送路容量は,単位周波数帯域幅当たりで伝送可能な情報伝送速度の最大値(bps/Hz)を表す。

伝送路容量T 8)は,送信シンボルx,受信シンボルy,信号点数M,遷移確率密度関数 py¦x)を用いて(1)式により定義される。py¦x)はxを送信したときyを受信する条件付き確率であり

 (1)

 (2)

(1)式の第1項は受信シンボルyの平均情報量であり,Mは本設計において64とする。第2項はxを送信してyを受信したときの平均情報量であり,C/N(Carrier to Noise Ratio)(白色雑音電力σ2の関数)と送信シンボルxから決定される。任意のC/Nを設定した場合,Tは送信シンボルxの信号点配置の関数となるため,Tが最大となるように64APSKの信号点配置(以下,64APSK信号点配置)および集合分割可能なビット割り当てを設計することで,シンボル間のユークリッド距離を拡大し,64APSK符号化変調の伝送性能を引き出すことが可能となる。

3.2 信号点配置の設計

本節では,Tを評価関数とした64APSK信号点配置の設計6)について述べる。APSKは,複数の円周上に信号点を配置するため,正方格子配列を取るQAM(Quadrature Amplitude Modulation)と異なり,一意に信号点配置を決めることができない。したがって,以下に示す設計条件①~⑤の下で,Tが最大となるように下記の設計パラメーター a)~c)を決定することにより,64APSK信号点配置を設計する。設計の概要を2図に示す。

2図 64APSK信号点配置の設計概要

〈設計条件〉

  1. 半径の異なる4つの円周上に信号点を配置
    半径の小さい円周から順に第1~第4円と定義
  2. 同一円周上に配置する信号点の数は偶数とし,等間隔に配置
  3. 全信号点の平均電力=1(規格化電力)
  4. 設計符号化率=4/5
    64APSKに誤り訂正符号を適用した場合,実用的な受信C/Nにおいて,32APSKで達成可能な情報伝送速度を上回るような符号化率とした。
  5. 設計C/N=16dB

〈設計パラメーター〉

  • 各円周上に配置する信号点の数
    第1~第4円周上の信号点数をp1p4と定義(∑4i=1 pi=64)
  • 各円周上の信号点の位相(θ1~θ4
    I軸と,I軸に最も近い信号点との成す角をθ1~θ4と定義
  • 各円周間の半径比(γ1~γ3
    第1~第4円の半径 r1r4に対し,半径比をγ1=r2r1, γ2=r3r13=r4r1 と定義

上記の設計条件⑤(設計C/N=16dB)については,符号化率4/5における理論限界C/N*3 =14.9dBに対して,1dBの性能差を目標として設定した。理論限界C/Nは,DVB-S2X9)で規定される64APSK(以下,64APSK(DVB-S2X)と表記)の信号点配置から(1)式により求めた。

Tが最大となるように決定した設計パラメーターa)~c)およびT1表に示す。比較として,64APSK(DVB-S2X)のパラメーターを併せて示す。また,本手法により設計した64APSKと,64APSK(DVB-S2X)の信号点配置を3図(a)と(b)にそれぞれ示す。1表に示すように,本手法により,64APSK(DVB-S2X)を上回るTを達成可能な64APSK信号点配置を設計した。

1表 64APSK信号点配置の設計結果
項目 64APSK(本手法) 64APSK(DVB-S2X)
T (bps/Hz) 5.0839 5.0806
各円周上に配置する信号点の数 (12, 16, 18, 18) (8, 16, 20, 20)
各円周上の信号点の位相(deg) θ1=15, θ2=22.25, θ3=20, θ4=10 θ1=22.5, θ2=11.25, θ3=9.0, θ4=9.0
各円周間の半径比 γ1=2.00, γ2=2.93, γ3=4.05 γ1=2.2, γ2=3.6, γ3=5.2
3図 64APSKの信号点配置

3.3 ビット割り当て,誤り訂正符号

本節では,Tを評価関数として設計した64APSK信号点配置に対して,集合分割可能なビット割り当てと,誤り訂正符号の設計を行う6)10)。後述するように,ビット割り当てと誤り訂正符号を関連付けて設計することで,雑音耐性の高い64APSK符号化変調の設計が可能である。

64APSKに割り当てる6ビットは,a1(MSB), a2, …, a6(LSB)と定義する。受信した64APSK符号化変調信号は,a1から順に復号され,前段ビットの復号結果に応じて32APSK, 16APSK, …, BPSKと分割される。したがって,分割後の各信号点配置のTが最大となるようにビット割り当てを行うことで,各復号ステージにおけるシンボル間のユークリッド距離が拡大し,全体として雑音耐性に優れた伝送性能を達成することが可能となる。

また,本検討で適用する誤り訂正符号は,LDPC(Low Density Parity Check)符号11)(内符号)とBCH(Bose-Chaudhuri-Hocqenghem)符号(外符号)から成る連接符号とし,LDPC符号はISDB-S3と同一の検査行列構造(LDGM(Low-Density Generator-Matrix:低密度生成行列)構造*4)を持つ符号長44,880ビットの非正則LDPC符号*5,BCH符号は短縮化BCH(65535, 65167)符号(1つの符号語当たり23ビットを訂正可能)とした。

64個の各シンボルに6ビットのビット列(a1, a2, …, a6)を割り当てるパターンは64!(=約1×1089)通りあり,全パターンについてTを計算し,最大となる分割パターンを検証することは現実的ではない。そこで,効率よく性能の良いビット割り当てを行う手法を提案する。a1のビット割り当てを例に,提案手法を4図に示し,その手順を以下に示す。

手順1:4つの円周ごとに独立して,0と1を交互に割り当てる。0と1を交互に割り当てることにより,分割後の各シンボルが均等に分散され,シンボル間のユークリッド距離を拡大することが期待できる。このとき,ビット割り当てパターンは24=16通り存在する。

手順2:16通りのビット割り当てパターンに対して,a1=0または1に応じてシンボルを分割し,分割後の信号点配置に対してTをそれぞれ計算する。このとき設計C/Nは16dBに設定する。各パターンにおいて,a1=0に対するTの値と,a1=1に対するTの値は異なるため,各パターンのTとしては,小さい方の値を採用した。

手順3:16通りのビット割り当てパターンの中からTが最大となるパターンを選択し,a1のビット割り当てを決定する。a2以降についても同様にビット割り当てを行う。手順1~3により決定したビット割り当てを(a1’, a2’, a3’, a4’, a5’, a6’)とする。

a1’~a6’の各ビットのC/N対BER(Bit Error Rate)特性(誤り訂正前)を5図に示す。また,C/N=16dBにおける各ビットのBERを2表に示す。各ビットのBER は,後述の計算機シミュレーションと同様の系統で,誤り訂正符号化および復号を無しとして求めた。

5図において,a1’のようにBER(誤り訂正前)が大きく劣化している場合には,誤り訂正能力の高い低符号化率のLDPC符号の適用が必要となる。しかし,このような低符号化率のLDPC符号は,パリティビットが非常に長くなり,階段行列を有するLDGMの占める割合が増加するため,ランダム性*6を保った符号設計が困難となる。一方,a5’のようにBER(誤り訂正前)が良好な場合には,伝送効率を向上させるために,パリティビットを可能な限り短くした高符号化率のLDPC符号を適用することが望ましい。しかし,高符号化率の場合は,疎なLDPC検査行列構造を有する符号の設計が困難となり,エラーフロアの発生を抑えた良好な訂正能力を引き出すことが難しい12)。今回,ISDB-S3を基にしたLDPC符号を用いる際,符号のランダム性を確保して良好な訂正能力を実現するために,LDPC符号の設計対象とするBER(誤り訂正前)の範囲を,上記の観点から1.5×10-1~2×10-3とした。2表においては,a1’およびa5’が,上記のBERの範囲外となっている。また,a6’については,BER(誤り訂正前)の値が,外符号であるBCH符号によりエラーフリーを達成可能なBER=1.2×10-4以下となっているため,LDPC符号を適用せずBCH符号のみで訂正することとした。

そこで,(a1’, a2’, a3’, a4’, a5’, a6’)のビットを入れ替えることにより,第1ビットから第5ビットのBER が1.5×10-1~2×10-3 の範囲に収まるようにビット割り当てを行った。具体的には,a1’,a2’およびa3’, a4’, a5’を入れ替え,ビット割り当てを(a1, a2, a3, a4, a5, a6)=(a2’, a1’, a4’, a5’, a3’, a6’)とした。そのときのC/N対BER特性(誤り訂正前)を6図に,C/N=16dBにおける各ビットのBER,および各ビットに適用するLDPC符号化率を3表に示す。a1’のBERは1.96×10-1から1.13×10-1となり,1.5×10-1~2×10-3 の範囲に収まった。a2’のBERは7.18×10-2から1.39×10-1へ劣化するものの,これも1.5×10-1~2×10-3 の範囲とすることができた。a3’, a4’, a5’についても同様に, すべてのビットのBERを1.5×10-1~2×10-3の範囲に収めることができた。なお,3表のLDPC符号化率は,各ビットのBERの値に応じて決定した。

3表を基に設計したビットごとのフレーム構成(ISDB-S3に準拠)を7図に示す。Ra1等は,LDPC符号化率を表す。

最終的なビット割り当て結果およびシンボル分割結果の一部(a1に基づく分割)を8図に示す。8図で各信号点に割り当てた6ビットは,8進表記(例えば26=010:110)としている。

4図 ビット割り当て手法
5図 C/N対BER特性(誤り訂正前)
2表 C/N=16dBにおけるa1’~a6’のBER
項目 BER(C/N=16dB)
a1’ 1.96×10-1
a2’ 7.18×10-2
a3’ 1.86×10-2
a4’ 8.06×10-3
a5’ 2.17×10-4
a6’ 2.67×10-7
6図 ビット入れ替え後のC/N対BER特性(誤り訂正前)
3表 ビット入れ替え後のC/N=16dBにおけるa1~a6のBERと,各ビットに適用するLDPC符号化率
項目 BER(C/N=16dB) LDPC符号化率
a1 (a2’) 1.39×10-1 55/120
a2 (a1’) 1.13×10-1 65/120
a3 (a4’) 1.93×10-2 105/120
a4 (a5’) 4.57×10-3 114/120
a5 (a3’) 2.84×10-3 117/120
a6 (a6’) 2.67×10-7 120/120 BCH符号で訂正可能
7図 ビットごとのフレーム構成
8図 ビット割り当て結果およびシンボル分割結果の一部(a1に基づく分割)

4.計算機シミュレーションによる性能評価

9図に示す系統により計算機シミュレーションを行い,設計した64APSK符号化変調の白色雑音下における伝送性能を評価した。

送信側では,送信ビット列を7図示す情報ビット数に従いa1, a2, …, a6の順に誤り訂正符号化部へ入力する。次に,誤り訂正符号化された各フレームからa1, a2, …, a6を取り出し,8図に従い64APSKへのマッピングを行う。さらに,マッピング後の信号点の振幅と位相で直交変調を行い,64APSKの送信信号を得る。送信信号に白色雑音を加えることで,C/Nを設定する。

受信側では,直交復調の後,a1, a2, …, a6の順に,前段ビットの復号結果に応じてシンボルを分割していき,多段誤り訂正復号を行う。そして,受信ビット列を送信ビット列と比較することにより,設定したC/Nに対するBERを計算した。LDPC復号の繰り返し回数*7の最大値は50回に設定した。

10図は,設計した64APSK符号化変調(符号化率4/5)のC/N対BER特性の計算機シミュレーション結果を示す。比較として,同じ符号化率の64APSK(DVB-S2X)の特性も併せて示す。性能評価においては,誤り訂正符号の違いによる性能差を排除するために,64APSK(DVB-S2X)に対しても,ISDB-S3に準拠した誤り訂正符号を適用した。BERは,10-10まではシミュレーションで計算し,BER=1×10-11を達成するC/N(以下,所要C/N)は,ARIB STD-B442)に記載された外挿補間により求めた。10図より,設計した64APSK符号化変調の所要C/Nは15.70dBであり,64APSK(DVB-S2X)の所要C/N(16.06dB)と比べて0.36 dBの性能改善が得られた。この結果から,提案手法を用いることで,従来のグレイマッピングによる多値変調方式を上回る伝送性能を実現可能であることを示した。

9図 計算機シミュレーションの系統図
10図 計算機シミュレーションによるC/N対BER特性

5.まとめ

本稿では,衛星放送の大容量化を目的として,集合分割法を適用した多値符号化変調の検討を行い,伝送路容量Tを設計基準として64APSK符号化変調を設計した。最適な信号点配置と,集合分割可能なビット割り当てを設計するとともに,ビットごとに最適な訂正能力を持つ誤り訂正符号を適用した。これにより,グレイマッピングを適用した多値変調方式と比較して,雑音耐性に優れた伝送方式を実現可能であることを示した。

今後は,64APSK符号化変調を実装した送信/受信装置13)を用いて,実機による伝送性能評価を実施していく予定である。

本稿は,電子情報通信学会技術研究報告に掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。
Y. Koizumi, Y. Suzuki, M. Kojima, K. Saito and S. Tanaka:“A Study on 64APSK Coded Modulation,” IEICE Technical Report,Vol.116,No.243,SAT2016-55,pp.51-56(2016)