リアルタイムMTF測定システムの開発

正岡 顕一郎 瀧口 吉郎

カメラの空間解像度特性を示すMTF(Modulation Transfer Function:変調伝達関数)をリアルタイムで測定するシステムを開発した。本システムは,レンズのフォーカスやアイリス,ズームをコントロールしながら撮影したエッジ映像を分析して,多方向のMTFを同時に測定できる。レンズからカメラの信号処理に至る,撮像システム全体の解像度特性の評価に最適なツールであり,4K/8K撮影機材の開発,検査,メンテナンスなどに活用されている。

1.はじめに

ハイビジョンを超える高精細な映像によって「臨場感」と「実物感」を提供する4K/8Kスーバーハイビジョン(以下,4K/8K)において,高精細な映像を視聴者に届けるためには,カメラにどのくらい映像の細部を再現する能力があるのかを把握する必要がある。そこで,NHKでは4K/8K撮影機材の開発や現場導入を進める傍らで,カメラのMTFをリアルタイムで測定するシステムの開発を始め,数年間にわたるさまざまなカメラ・レンズの測定を経て実用化に導いた。本稿では,そのリアルタイムMTF測定システムについて報告する。

2.リアルタイムMTF測定システムの概要

4K/8Kでは,撮像システムの空間解像度特性が重要となる。撮像システムの空間解像度特性とは,被写体のディテールを再現する能力のことで,必ずしも画素数に比例するものではない。空間解像度特性を評価するためには,MTFを的確に把握することが有用である。MTFの概念を1図に示す。MTFは,異なる空間周波数の正弦波に対する応答の大きさを表し,一般に空間周波数が増加するにつれてMTFの値は減少する*1

今回開発した新しい測定システムでは,任意の方向のエッジに対する応答(ステップ応答)からリアルタイムでMTFを求める。本システム(リアルタイムMTF測定装置)の概要を2図に示す。本システムは,直感的なGUI(Graphical User Interface)を備えたスタンドアローンアプリケーションと,SDI(Serial Digital Interface)入力を備えたビデオキャプチャーデバイスが接続されたPCで構成され,入力信号のY(輝度)成分を分析する。本システムは,レンズのアイリスやズームをコントロールしながらMTFを測定することが可能であり,収差*2や回折限界*3の影響が最も少ない絞り値(いわゆるスイートスポット)や,ズームレンズの望遠端から広角端までの空間解像度特性の変化を完全に把握できる。MTFのプロットを見ながら正確にフォーカスを合わせることが容易で,テストチャートのエッジを画像の中心に位置させれば,フランジバック*4の調整にも応用できる。また,多方向のエッジを使用した測定により,多方向MTFを等高線プロットで示し,レンズやイメージセンサーの光学的な正対だけでなく,画素配列(例えば,ベイヤー配列*5)や画像処理(例えば,デモザイキング*6,ディテール調整*7)に伴うMTFの異方性も把握できる。

1図 MTFの概念
2図 リアルタイムMTF測定装置の概要

3.従来のハイビジョン(HDTV)カメラにおける空間解像度測定

現在,放送用HDTVカメラに求められる空間解像度は,通常,水平空間周波数800 TV本/画面高(TVL / PH)の矩形波応答から CTF(Contrast Transfer Function:コントラスト伝達関数)*8を測定し,その値が45%以上であることが基準となっている1)3図は,2/3インチ3板式4Kカメラにより,画像中央のHDサイズの部分に合わせてHDTVインメガサイクルチャート*9を撮影した画像(3図(a))と,中央部の1ラインの波形(3図(b))を示す。この場合,波形モニターで読み取れる振幅は,カメラのノイズやモアレ(干渉縞)*10の影響で正確に測定できない。また,チャート周辺に配置された他の矩形波パターンは,レンズのシェーディング(周辺減光)や解像度特性の低下のため,通常は測定しない。さらに,チャートのフレーミング(画角合わせ)に手間がかかり,焦点距離と撮影距離が固定されるという制約もある。

3図 HDTVインメガサイクルチャートと波形モニターによる測定
(4Kカメラの画像中央のHDサイズの部分にチャートを合わせて撮影)

4.新しい測定システムのMTF算出アルゴリズム

新しい測定システムでは,4図に示すように,撮影したエッジ映像の比較的小さい関心領域(Region Of Interest:ROI)からMTFを測定する。4図の赤または橙色で表した図形が,ROIを表す。ROIの形状は任意で,イメージセンサーの画素配列に対して,任意のエッジ方向に対応することができる*11。したがって,前述のインメガサイクルチャートのように,フレーミングを行う必要はない。

MTFの算出手順を5図に示す。まず,ROIのエッジ方向をハフ変換*12により0.1度の精度で予測し,エッジが直立するようにROIを回転させる。さらに,エッジの僅かな傾きや歪曲収差*13によるカーブを高精度に予測する*14。次に,予測したエッジに沿って,ROIの画素を,水平軸に1/8画素間隔で配置したビン*15に投影し,各ビンに集まった画素の平均値を求め,8倍オーバーサンプリングしたエッジ広がり関数を得る。エッジ広がり関数を微分して得られる線広がり関数をフーリエ変換することにより,MTFを算出する。

本システムでは,エッジが静止しているという前提で,ROIの選定後に1回だけエッジ予測(エッジの方向と位置の予測)を行う。ROIの画素に対応するビンの情報はルックアップテーブルに記録し,以降の入力フレームにおいて,ROI画素のマッピング(ビンへの投影)に用いる。また,測定開始時から複数の入力フレームを加算平均し,ノイズを低減することで,エッジ予測の精度を向上させている2)

4図 ROI選定の例
5図 MTFの算出手順

5.測定例

5.1 4KカメラのMTFとCTF

アプリケーションのMTF測定結果を表すウィンドウを6図に示す。この測定では,3図の測定に用いたカメラと同一の4Kカメラを用いた。6図では,データの加算平均は52フレームとし,ライトグレーの曲線は各フレームのMTF,青の曲線は平均した現時点のMTF,オレンジの曲線は平均した過去のMTF,緑の曲線は直流からナイキスト周波数までのMTFの積分値が最大となるフレームの結果を示す。緑の曲線は,測定プロセスがユーザーによってリセットされるまでホールドされ,正確なフォーカス合わせに有用である。

MTF測定結果のグラフは,HDTVの場合は800 TVL/PH,4Kの場合は1,600 TVL/PH,8Kの場合は3,200 TVL/PHにおけるMTF値とCTF値を表示する。これらの空間周波数はすべて0.37 cycles/pixelに相当する*166図では1,600 TVL/PHのCTF値が49.4%と表示され,3図から読み取れるCTF値とほぼ一致している。

6図 4KカメラのMTF
(カメラは,3図の測定に使用したカメラと同一)
(青の曲線は,52フレームで平均したMTF)

5.2 HDTV用レンズと4K用レンズのMTFの比較

7図は2/3インチ4Kカメラ(3図に示す測定に用いたカメラと同一)にHDTV用レンズと4K用レンズ(いずれもB4マウント*17)を取り付け,画像中央部と周辺部のエッジを同時に測定して得られたMTFを示す。HDTV用レンズと4K用レンズを比較すると,画像中央部ではほとんど差がないが,画像周辺部では4K用レンズの方が高いMTF特性が得られた。

7図 HDTV用レンズと4K用レンズのMTFの比較

5.3 ディテール調整とMTF

8図は,スーパー35mm単板式4KカメラのMTFとエッジ広がり関数(ESF)を示す。ディテール調整値は,カメラメーカーが設計したデフォルト値を用いた。ディテール調整により,低い空間周波数のMTF特性がブーストされ,ナイキスト周波数付近ではディテール調整OFFとほぼ同じ特性が得られた。ディテール調整ONの場合には,エッジ広がり関数にオーバーシュートとアンダーシュートが生じることが分かる。

8図 ディテール調整とMTFの関係

5.4 単板式4Kカメラの多方向MTF

9図は,8図の測定に用いたカメラと同一の単板式4Kカメラの多方向MTFの等高線を,極座標プロットで示す図である。放射軸は空間周波数を表し,中心が直流(0 cycle/pixel),外径がナイキスト周波数(0.5 cycles/pixel)を表す。角度軸は,チャートのエッジ方向を表す。90, 80等の数字は,MTFの値(%)を表す。9図で,MTFが低いレベルの等高線がやや正方形に近い形に見えるのは,単板式4Kカメラのベイヤー配列の緑色画素が,斜め方向に対して疎であるためである。

デフォーカスした場合の多方向MTFを10図に示す。フォーカスずれが大きくなるほど,画素配列の影響に比べて,レンズのMTF特性の影響が支配的になり,等高線が円に近く,小さくなっていることが分かる。

9図 単板式4Kカメラの多方向MTF
10図 デフォーカスした場合の単板式4Kカメラの多方向MTF

5.5 絞り値とMTFの関係

11図は,単焦点レンズの絞り値をF1.7(開放)からF8まで変化させたときの,1.7インチ3板式8KカメラのMTFを示す。本システムを用いれば,レンズのスイートスポットを簡単に把握できる。この場合は,F3.5がスイートスポットとなる。

F8(赤実線)のMTFカーブのノイズは,露出が不十分なため生じているものであり,照明,ND(Neutral Density)フィルター*18,およびシャッタースピードを適切にコントロールすれば低減できる。

11図 絞り値とMTFの関係
(F1.7:黒点線,F3.5:緑実線,F8:赤実線)

6.まとめ

カメラの解像度特性を,映像フォーマットに依存せずに,正確に再現性よく容易に測定することができるリアルタイムMTF測定装置を開発した。4K/8K映像の真価はHDTV映像の空間解像度特性を超えるところにあり,MTFの測定は非常に重要である。本システムは,当所や放送現場において,設備整備や,数年間にわたる数多くのレンズ・カメラの測定を経て実用化され,水中カメラ(12図)などの特殊カメラの開発に加えて,放送以外の分野でも有効活用されている。

今後は,ディスプレーの解像度測定にも本測定の手法の適用を検討して,映像システム全体の解像度特性をMTFにより把握・管理できるようにしていきたい。

12図 水中カメラの測定

本稿は,SMPTE Motion Imaging Journalに掲載された以下の論文を元に加筆・修正したものである。

K. Masaoka, K. Arai and Y. Takiguchi:“Realtime Measurement of Ultrahigh-Definition Camera Modulation Transfer Function,” SMPTE Motion Imaging Journal,Vol.127,No.10,pp.14-22 (2018)