IPインターフェースを活用した8K60Hz, 120Hz混在システムの検討
フレーム周波数が120Hzであるフルスペック8Kの実用化を促進するために,IPインターフェースを活用した8K 60Hz, 120Hz混在システムについて検討した。本稿では,その混在システムを実現するための重要な要素となる,フレームインターリーブ方式による8K60Hz, 120Hzの互換性の確保や,軽圧縮コーデックを用いた8K120Hz信号の所要帯域の確認,および8K120Hzに対応した映像乱れの無いIPスイッチングの実現について,検討結果を報告する。
1.はじめに
これまで当所では,U-SDI(Ultrahigh-definition Signal/Data Interface)1)を用いたフルスペック8K制作システムの研究開発に取り組み,ライブ制作システムの開発などの成果を上げてきた2)3)。一方で,制作現場においては,ハイビジョンのみならず8K60HzにおいてもIP(Internet Protocol)インターフェースの適用が推進されており,今後はIPインターフェースを用いた制作環境が主流になると考えられる。IPインターフェースを用いた場合,帯域内であれば複数のストリームを流すことができ,複数の映像フォーマットを混在させる環境を作りやすいというメリットがある。
そこで我々は,IPインターフェースを活用して,8K60Hz信号と8K120Hz信号とを混在させることが可能なシステムの検討を行った。8K60Hz, 120Hz混在システムのイメージを1図に示す。本システムの送出においては,8K60Hzも含めて8K120Hzストリームとして符号化する方法と,8K60Hzと8K120Hzをそれぞれのストリームとして符号化する方法とが考えられる。
8K60Hzと8K120Hzの混在環境では,8K120Hzを制作するスタジオだけではなく,途中の監視環境においても,8K60Hzのみに対応した機器で,8K120Hz信号を簡易に確認できることが重要となる。また,現在の8K60Hz制作スタジオから送出され,放送されるまでの信号フォーマットを考慮し,8K60Hz信号のスタジオ規格である「8K60Hz YCbCr 4:2:2*1 10bit」との互換性が担保できることに留意して検討を進めた。
本稿の検討では,主に ①8K60Hz機器による8K120Hz信号の確認,②8K120Hz信号の所要帯域,③IP制作システムにおけるクリーンスイッチ機能(同期乱れの無い切り替えを実現する機能)の3点に焦点を当て,機器開発と検証を行った。
2.8K60Hz機器による8K120Hz信号の確認
現在,番組制作環境においては,SMPTE ST 21104)5)6)7)*2を用いた制作環境のIP化が進められている。ST 2110においては,1つのビデオストリームを複数のST 2110-20ビデオストリームに分割して伝送する方式であるRP 2110-23(Single Video Essence Transport over Multiple ST 2110-20 Streams)8)が定められている。今回の検討では,このRP 2110-23に準拠しながら,8K120Hzと8K60Hzの互換性を保つために,8K120Hzストリームを,それぞれ60Hzの偶数フレームと奇数フレームの2系統に分けて出力する方式(フレームインターリーブ方式)を採用した。この方式を用いれば,8K60Hzのみに対応した受信装置でも,簡易的に8K120Hz信号を確認することができる。
上記の方式を検証するために,2図に示すような「軽圧縮コーデック評価装置」を開発した。この装置は送信部と受信部で構成され,送信部では,U-SDIから入力された8K120Hz信号(144Gbps)を軽圧縮*3エンコーダーで圧縮し,IPインターフェースからIPパケットとして出力する。受信部では,IPインターフェースを介してIPパケットを受信し,軽圧縮デコーダーで圧縮伸長した後,U-SDIから8K120Hz信号または8K60Hz信号として出力する。軽圧縮コーデックには,後述のLLVC(Low Latency Video Codec)9)とTICO(Tiny Codec)10)を実装し,切り替えて評価できるようにした。圧縮率については,TICOは1/4~1/8で可変とし,LLVCはハードウェアの制約上1/4で固定とした。使用するIPインターフェースは,圧縮率1/4における伝送レートを考慮し,40GbE(40ギガビットイーサネット)×2系統とした。また,従来のSDIインターフェースとして,12G-SDI4出力を2系統設けた。
この軽圧縮コーデック評価装置を用い,実際に8K120Hz信号を送信部に入力し,受信部からは8K60Hz信号を出力することで,8K60Hzのみに対応する機器で8K120Hz信号を受信し表示できることを確認した(3図)。受信部では,8K120Hz信号の偶数フレームを受信するか,奇数フレームを受信するかを選択することが可能である。
3.8K120Hz信号の所要帯域(軽圧縮コーデックの性能評価)
IPインターフェースによる制作システムにおいては,軽圧縮コーデックを用いることが一般化しつつあり,8K120Hz信号の所要帯域を検討する上では,軽圧縮コーデックの性能を評価することが必要となる。現在,軽圧縮コーデックの方式としては,1表に示すように主としてLLVC, TICO, JPEG-XS11)の3種類が開発されている。このうち,LLVCとTICOについてはFPGA(Field Programmable Gate Array)に実装できるIPコア*4が開発され,ハードウェア実装が可能であるが,本検討の時点ではJPEG-XSは開発途上であったため,LLVCとTICOについては軽圧縮コーデック評価装置にハードウェア実装し,JPEG-XSはソフトウェアで評価することとした。
主観評価を行う場合,軽圧縮コーデックによる画質劣化は極めて少ないため,今回,試験的な評価として,従来の圧縮・非圧縮の映像を切り替えて目視で比較する二重刺激連続品質尺度法12),および圧縮・非圧縮の映像を並べて目視で比較する方法で評価を実施したが,有意な差が得られなかった。そのため,今回はPSNR(Peak Signal-to-Noise Ratio)による客観評価で検討を行った。
評価条件を2表に,評価系統を4図に示す。評価映像には5図に示すようなフルスペック8Kカメラで撮影された5種類の映像を用い,ビジュアルロスレス*5の目安をPSNR>40dBとして,所要帯域を概算することとした。
各映像の評価結果から,クリティカルな例として,機関車とセッションについて6図に示す。LLVCの圧縮率は1/4で固定であり,PSNRは常に40dBを上回っていたため,6図では特にクリティカルなTICO,JPEG-XSの1/6,1/8の場合について示した。横軸はフレームナンバー,縦軸はPSNRを示している。後発のJPEG-XSのPSNR値は,TICOに対して常に上回る傾向が示されている。評価結果から,TICOであれば圧縮率1/6程度,JPEG-XSであれば圧縮率1/8程度までであれば,一般的な映像において,PSNR値は40dBを下回ることはないという結果が得られた。このことから,所要帯域は,8K120Hz 4:4:4 12bitの場合,144Gbpsの1/8である18Gbps,8K120Hz 4:2:2 10bitの場合,96Gbpsの1/8である12Gbpsになると考えられる(3表)。現在,8K60HzのIP制作システムでは10GbE×4を使用した例があるが13),3表の結果から,それよりも帯域が少ない25GbEにおいても8K120Hz信号を取り扱うことができることが示された。
軽圧縮コーデック | LLVC (Low Latency Video Codec) |
TICO (Tiny Codec) |
JPEG-XS | |||
---|---|---|---|---|---|---|
提案母体 | SONY | IntoPIX | Fraunhofer, IntoPIX, 他 | |||
標準化 | SMPTE RDD34 | SMPTE RDD35 | ISO/IEC 21122 | |||
圧縮レート | 1/4 | 1/4~1/8 | ~1/8, 1/16・・・ | |||
圧縮方法 | 専用コーデックチップ(ハードウェア) | FPGA用IPコア,ソフトウェア | ソフトウェア,FPGA用IPコア | |||
I/F | ストリーム帯域 | I/F | ストリーム帯域 | I/F | ストリーム帯域 | |
8K60Hz伝送 (4:2:2 48Gbps) |
40GbE × 1 | 12Gbps (1/4圧縮) |
40GbE × 1 25GbE × 1 |
10~12Gbps (1/5~1/4圧縮) |
未検証 | 未検証 |
8K120Hz伝送 (4:2:2 96Gbps) (4:4:4 144Gbps) |
40GbE × 2 | 24Gbps (1/4圧縮, 4:2:2) 動画ストリームでは未検証 |
40GbE × 2 or 40GbE × 1 |
12~24Gbps (1/8~1/4圧縮, 4:2:2) 動画ストリームでは未検証 |
未検証 | 未検証 |
LLVC | TICO | JPEG-XS | |
---|---|---|---|
圧縮率 | 1/4固定 (2SI※1, SQD※2の両方を評価) |
1/4~1/8 | 1/4~1/16 |
ハードウェア/ソフトウェア | ハードウェア(軽圧縮コーデック評価装置使用) | ソフトウェア(Fraunhofer提供) |
※1 2 Sample Interleave:2画素ずつサブサンプルして画面分割する方法。
※2 Square Division:田の字に画面分割する方法。
LLVC (YCbCr 4:2:2) |
TICO (YCbCr 4:2:2) |
JPEG-XS (YCbCr 4:2:2) |
JPEG-XS (RGB 4:4:4) |
|
---|---|---|---|---|
圧縮率下限 (PSNR40dB程度を条件) |
1/4 | ~1/6 | ~1/8 | ~1/8 |
8K120Hz 所要帯域 |
24Gbps | ~16Gbps | ~12Gbps | ~18Gbps |
推奨I/F (所要帯域の2倍程度が推奨) |
40GbE × 2 | 40GbE × 1 | 25GbE × 1 | 40GbE × 1 |
4.IP制作システムにおけるクリーンスイッチ機能
IP制作システムでは,IEEE-155814)で規定されるPTP(Precision Time Protocol)による信号同期15)16)が必要になるとともに,従来のSDI信号で存在していたスイッチングライン17)*6が存在しないため,ある程度IPパケットをバッファーしてから,信号同士の同期を取って乱れなくスイッチングすることが必要となる(以下,これを「IPクリーンスイッチ」と呼ぶ)。
8K120Hz信号に対応したIPインターフェースによるスイッチング機器はまだ開発されていないため,今回,8K120Hzの送信部2台と受信部1台から成るIPクリーンスイッチ検証装置を開発した。その構成を7図に,外観を8図に示す。この装置は,送信部A,Bと受信部,制御部,同期のためのPTPグランドマスター(PTP GM)から成る。送信部A,Bに入力された8K120Hz信号は,軽圧縮エンコーダー・ST2110エンコーダーに入力され,それぞれIPパケットの形で出力される。IPルーターでルーティングされ,受信部に入力されたIPパケットは,一度バッファーされ,ST2110デコーダー・軽圧縮デコーダーでデコードされた後,出力される。前章の結果から,軽圧縮コーデックを用いる場合,圧縮率1/8程度の帯域で送受信可能であるため,本コーデックの圧縮率は1/8とした。また,軽圧縮コーデックとしては,JPEG-XSのFPGA用IPコアは開発途上であったため,今回はTICOを採用し,8K60Hzとの互換性を保つために,YCbCr 4:2:2形式とした。入出力インターフェースとしては,送信側ポートには25GbE1系統,受信側ポートには25GbE2系統とした。これは,後述のように,IPスイッチングの過程においては,切り替え前のパケットと切り替え後のパケットが受信側に重複して届くことになるため,受信側のポートには2倍の帯域を持たせる必要があるためである。
IPスイッチングのプロセスを9図に示す。送信側からは,ストリーム1とストリーム2が常にマルチキャストで出力されており,受信側がIGMP(Internet Group Management Protocol)18)*7に基づき,マルチキャストグループにJoin, Leaveする*8ことでスイッチングが行われる。例えば,受信側でポート1を介してストリーム1を受信している状態からストリーム2にスイッチングする場合,制御PC(パソコン)から受信側にコマンドが発行され,受信側はそのコマンドに応じてストリーム2のマルチキャストグループにJoinし,少し遅れてストリーム1のマルチキャストグループからLeaveする。このスイッチコマンドは,AMWA-NMOS19)*9の規格に準拠している。受信側の信号切替部においては,1,2の両ポートから受信されたIPパケットを一度バッファーに入れて,フレーム境界において切り替えを行っている。フレーム境界で切り替え済みのIPパケットを,ST2110デコーダー・軽圧縮デコーダーを用いてデコードすることで,切り替え乱れのない出力が得られる。本実装により,8K120Hz信号が映像乱れなく切り替えられることを確認した。
本受信装置は,8K60Hz, 120Hz混在環境にも対応している。8K60Hz, 120Hz混在環境におけるユースケースを10図に示した。(a)は通常の使用例(8K120Hz同士を入力とし,8K120Hzを出力とする例),(b)は8K120Hzと8K60Hzを入力とし,8K120Hzを出力とする例,(c)は8K120Hzと8K60Hzを入力とし,8K60Hzを出力とする例である。(b)ではストリームの複製,(c)では奇偶フレームの選択を行うことが必要となるが,これらはIPルーターの経路制御機能を応用することで容易に実現することができる。これらの機能を実装したIPクリーンスイッチ検証装置により,8K60Hz, 120Hz混在環境におけるスイッチングが可能であることを確認した。
5.まとめ
IPインターフェースを活用した8K60Hz, 120Hz混在環境の実現に向けて,互換性,所要帯域,クリーンスイッチ機能に焦点を当て,軽圧縮コーデック評価装置およびIPクリーンスイッチ検証装置を開発して検証を行った。軽圧縮コーデック評価装置において,8K60Hz機器で8K120Hz信号を簡易的に監視できることを確認するとともに,8K120Hz信号の所要帯域について確認した。その結果を基にIPクリーンスイッチ検証装置を開発し,信号乱れのないクリーンスイッチを実現し,さらに8K60Hz, 120Hz混在環境におけるユースケースに対応したスイッチングを可能とした。以上の検証により,8K120HzのIPインターフェース導入に伴う基本的な機能が検証され,8K60Hz, 120Hz混在環境が可能であることが示された。