番組制作のための光・IP伝送技術の研究開発動向

倉掛 卓也

インターネットをはじめとする通信技術の進展に伴い,中継番組制作などにおいて,番組素材信号を光ファイバー回線やIP(Internet Protocol)回線を使用して伝送することが一般的になりつつある。本稿では,番組制作のための光・IP伝送技術に関する研究開発動向を解説する。ライブ番組制作における光・IP伝送技術について俯瞰ふかんするとともに,8K対応やIP活用における課題を述べる。また,課題解決に向けた研究開発として,大容量の8K番組素材信号を長距離伝送するための光伝送技術や,IP伝送技術により効率的なライブ番組制作の実現を目指すIP制作システムの動向について解説する。

1.はじめに

番組制作の現場において,中継番組制作の素材伝送や放送局内のスタジオ間の伝送・分配に,電波や同軸ケーブルだけでなく,光ファイバーを利用する機会が増えている。これは,広帯域で低損失な光ファイバー*1 を利用することで,電波や同軸ケーブルを用いた伝送と比較して,飛躍的な大容量化と長距離化を実現できるためである。近年では,LAN(Local Area Network)技術を低価格な光伝送技術やルーティング技術として取り入れ,それによって,さらにIP(Internet Protocol)の「接続機器の物理的な位置に関係なく」「さまざまなフォーマットの信号」を「大容量で双方向伝送可能」という特質を生かし,より便利な番組制作システムを実現しようという動きも活発化している。本稿では,まず,関連する周辺技術を含め,ライブ番組制作における光・IP 伝送技術の発展経緯について俯瞰する。続いて,8Kの長距離伝送やIPを活用した番組制作を実現するにあたっての課題を述べる。さらに,課題解決に向けた研究開発として,大容量な8K番組素材信号を長距離伝送するための光伝送技術や,IP伝送技術により効率的なライブ番組制作の実現を目指すIP制作システムの動向について解説する。

2.関連する周辺技術の発展経緯

本章では,「ライブ番組制作における光・IP伝送技術」について俯瞰するのに先立って,関連する周辺技術として,①放送メディアの進展に伴って番組制作用映像機器間の電気インターフェース(主に同軸ケーブルを利用したもの)がどのように進展してきたか,②放送業界に比べてはるかに市場規模の大きい通信業界*2 において光ファイバー通信技術がどのように進展してきたか,について概観する。

2.1 放送メディアの進展と機器間インターフェースの変遷

国内のテレビ放送に関しては,1953年に白黒テレビ放送が始まり,その後,カラー化,ハイビジョン(HDTV:High Definition Television)*3 化を経て,2018年12月には新4K8K衛星放送が開始された。放送メディアの進展に伴い,番組制作用の映像機器間の電気インターフェースに関しても,新たなものが開発されてきた。ハイビジョン化以降の主な放送メディアと機器間インターフェースの変遷を1図に示す。同軸ケーブルを用いた機器間インターフェースについては,1990年代は,ハイビジョンのアナログコンポーネント信号*4 (Y,Pb,Pr)をそれぞれ個別の同軸ケーブルで伝送する方法が一般的であったが,1990年代半ばから,デジタル伝送方式の規格化が徐々に進められた。1998年には,1080/60I*5 に対応した非圧縮デジタルハイビジョン信号(約1.5Gbps)のシリアル伝送方式であるHD-SDI(High-Definition-Serial Digital Interface) が,SMPTE(Society of Motion Picture and Television Engineers)*6 292M 2) *7 として規格化され,その後,このデジタルインターフェースが主流となっていった。

2000年代からは4K/8K(Ultra-High Definition Television:UHDTV)の研究開発が活発化し,その機器間インターフェースとしては,初期には上記のHD-SDIや,2006年に1080/60P*8 向けに規格化されたSMPTE ST 424 3)(3G-SDI)を複数用いる方法が採られていたが,現在は,2015年に規格化されたSMPTE ST 2082-1 4)(12G-SDI)を用いる方法が主流になっている。これらの技術は,機器間を結ぶためのインターフェースであり,伝送距離は100m程度である。そのため,長距離の映像伝送用技術として,光ファイバー伝送技術が求められることになった。

また,8Kにはフレーム周波数120Hzの規格が存在するが,上述の機器間インターフェース(SDI)には,この規格に対応したものがなかったため,別途,光ファイバーを活用したインターフェースが開発・規格化された5)。

1図 主な放送メディアと機器間インターフェースの変遷

2.2 光ファイバー通信技術の変遷

(1)基幹網系6)7)

光ファイバー通信への関心が本格的に高まったのは1970年である。この年に,伝送損失が20dB/kmの光ファイバーを米Corning社が発表し,また米Bell Laboratoriesが室温で連続発振する半導体レーザーを開発したことで,光ファイバー通信が実用になる可能性が示された。その後の10年間で,伝送損失が20dB/kmから0.2dB/kmまで低下するなど,光ファイバーは基礎研究段階から実用化段階に達した。国内では,1981年に日本電信電話公社が光ファイバー伝送方式の商用を開始した。

通信事業者の基幹網における,その後の光ファイバー通信技術の進展を2図に示す。通信分野で主に扱われる信号は,狭帯域でデジタル化しやすい音声や,計算機からのデジタルデータなどであり,光ファイバー伝送の初期からデジタル伝送が用いられた。また,海底ケーブルで典型的なように,伝送路の両端の装置が高価になったとしても,光ファイバー当たりの伝送容量を拡大したり,中継距離を延ばしたりできれば,十分な投資効果があるため,研究開発が活発に進められた。その結果,2図に示すように急速な発展が見られた。

光ファイバー当たりの伝送容量の拡大は,初期の段階では,光デバイスの進歩による時分割多重(TDM:Time Division Multiplexing)の改善によって進められた。1990年代に入ると光ファイバー増幅器が実用化され,続いて波長多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)技術による大容量化が進められた。2010年代には,デジタル信号処理技術の活用などで多値変調技術による大容量化が進んだ*9 。このような発展の中で開発されたさまざまな光デバイス(半導体レーザーや光ファイバーコネクター*10 などを含む)は後述するLANの分野でも活用されている。

通信事業者の基幹網で取り扱われる信号としては,2000年頃までは音声通信の需要の方がデータ通信の需要よりも優勢であったが,2000年代からデータ通信の需要が増加し,音声通信のトラフィックは減少した。そこで,音声通信も含めてパケット通信とする方が効率的と考えられるようになり,2008年ごろからNGN(Next GenerationNetwork)と呼ばれるIPによる閉域網*11 への移行が進められている。また,基幹網だけでなくアクセス網*12 の光化・IP化も進められており,例えばNTT(日本電信電話(株))では,NGNへの移行による完全IP化を2025年までに終えようとしている。

2図 通信事業者の基幹網における光ファイバー通信技術の進展(文献7)の図を基に記載)

(2)LAN系

一般家庭,企業のオフィスや研究所,工場等の限られたエリア内の計算機ネットワーク(IPネットワーク)であるLANは,初期にはさまざまな技術があったが,1995年にインターフェース速度が100Mbpsのイーサネット(Ethernet)が規格化されたころから,シンプルな仕組みで低コスト化しやすい*13 イーサネット8)が主流になった。100Mbpsのイーサネットでは光ファイバーケーブルを使う方式も規格化され,大型ビル内でのバックボーン*14 などで一般的に使用されるようになった。1Gbpsのイーサネット以降は,UTP(Unshielded Twist Pair)ケーブル(いわゆるLANケーブル)よりも光ファイバーケーブルの方が,規格化および普及が先行するようになった。イーサネットはその後も高速化が進み,現在は400Gbpsまで規格化されている。映像伝送で用いられるSDIとイーサネットのデータ速度の比較を3図に示す。同軸ケーブルによる伝送も考慮したSDIでは,これ以上の高速化は困難と考えられるため,4K/8K映像のインターフェースとしてはLAN技術の活用が検討されている。また,イーサネットで用いられるスイッチの大規模化・低価格化が進んでおり*15 ,これを映像信号や音声信号のスイッチング(ルーティング)に活用しようという動きも活発化している。

3図 SDIとイーサネットのデータ速度の比較(文献19)の図を基に記載)

3.ライブ番組制作における光・IP伝送活用の経緯

ライブ番組制作における光・IP伝送活用の経緯について,概要を年表形式で1表に示す。1980年前後に番組制作における光伝送技術の活用が始まり,長距離伝送や多チャンネル分配への活用が進められた。2000年代に入り,8Kの研究開発が活発化し,LANの世界では10Gbpsのイーサネットが規格化され,さらに1Gbpsのイーサネットの低コスト化が進むと,LAN技術活用の検討が始まり,さらに2010年代に入るとIP技術活用の検討が進められた。本章では,ライブ番組制作における,光伝送技術活用の経緯を3.1節で,LAN技術・IP技術活用の経緯を3.2節で説明する。

1表 ライブ番組制作における光・ IP伝送活用の経緯(概要)

3.1 光伝送技術活用の経緯

番組制作における光伝送技術は,同軸ケーブルでは困難となる長距離伝送への要望や,多数の信号を1本のケーブルで伝送したいという大容量化への要望から,導入が図られた。国内の初期の事例としては,1978年にゴルフ中継で光ファイバー伝送が使われている9)。音声信号に比べて広帯域である映像信号は,当時はデジタル伝送が困難であったため,1980年代半ばまでは,標準テレビのコンポジット信号*16 やハイビジョンのコンポーネント信号(Y,Pb,Pr)のそれぞれでLED(Light Emitting Diode:発光ダイオード)あるいはLD(Laser Diode:半導体レーザー)の発光強度を変調し,Y,Pb,Prを個別のマルチモードファイバー*17 で伝送する方式が用いられ,伝送距離も数kmまでであった。

当所における,光ファイバーを活用した番組素材伝送の研究は,ハイビジョン放送実用化の機運の高まりとともに1980年代に本格化し,それまで実現されていなかった多チャンネルの長距離伝送を目指して「FM多重光伝送技術」が開発された10)。この技術は,ハイビジョン素材のコンポーネント信号(Y,Pb,Pr)により,それぞれ搬送波をFM変調し,その信号と音声信号とを複数チャンネル分周波数多重した後,その周波数多重信号で光強度を変調する。この技術を用いた中継用伝送装置が,1988年のソウルオリンピックにおけるハイビジョン実験放送などで利用された。また,この技術を活用した標準テレビ用局内伝送装置が,1988年にNHK放送センターの回線センターに導入された。

1990年代に入ると,ハイビジョン番組制作のデジタル化の進展に対応するために,伝送レートが約1.5Gbpsと当時としては高速な非圧縮デジタルハイビジョン信号を,光ファイバーケーブルで長距離伝送するための技術開発を開始した。周波数利用効率とクロック再生性能の観点からPST(Paired Selected Ternary)符号*18 を採用し,PST符号化・復号回路のLSIを開発して,ハイビジョン用デジタル光伝送装置を実用化した11)。この装置は,1992年のバルセロナオリンピックをはじめ,数多くの中継放送に活用された。

1990年代中頃になると,非圧縮デジタルハイビジョン信号(約1.5Gbps)のシリアルデータで光強度を変調して光ファイバーで伝送する技術が実用化された。当所では,ハイビジョンや標準テレビなど,各種の信号を大容量に分配できる高密度波長多重光伝送技術の研究を開始し,1995年に波長間隔1nm で光32波を多重する光伝送技術の実現の見通しを得た。この技術を用いて,NHK技術局・制作技術局と連携して,NHK放送センターの回線センターとスタジオ間のハイビジョン信号分配システムの開発を行い,1998年に導入した12)

2000年代に入ると,当所では8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)に関する研究開発が本格化した。これに合わせて,番組制作等で使用するための非圧縮8K信号の光ファイバー伝送技術や,圧縮8K信号のIP伝送技術の研究開発を開始した13)16)。8K長距離伝送の研究開発の取り組みについては,本稿の4章と5章で述べる。

3.2 LAN技術・IP技術活用の経緯

2000年代中頃からは,広く普及しているLAN技術により伝送やルーティングのコストを低減することを目的に,高速で汎用的なオープンシステムであるイーサネットやIP技術を,ライブ番組制作システムに取り入れる検討が世界的に行われるようになった。その結果,2012年にはSMPTE ST 2022規格17)が発行され,今日に至るまで放送局の番組制作における伝送の部分で幅広く利用されている。

その後,IP技術の双方向性や拡張性といった特長にも関心が集まり,これらを用いてより柔軟な番組制作システムの構築を目指す取り組み*19 も始まった。また,より高精細な4K/8K映像をSDI信号で伝送する場合には,複数本のSDI信号を接続して伝送することが必要であり,システムが複雑になるという課題に対して,IP技術を用いて対応していこうという検討も行われた。このような取り組みの結果,さまざまなメーカーにより独自の優れたIP伝送方式が開発され,製品化と販売が行われた。特に,中継車内部のシステムなどは独立性が高く,また同軸ケーブルよりも光ファイバーの方が軽量化できるという利点もあり,国内でも複数の導入事例がある。

一方,IP伝送方式の標準化により機器間の相互接続性を担保することができれば,多くのメーカーが市場に参入でき,市場の活性化や導入コストの低下につながるため,標準化団体における早期の統一規格の策定も望まれるようになった。その結果,2017年にはSMPTE ST 2110 18)が,番組制作向けIP伝送方式の標準規格として発行された。前述のST 2022とST 2110の主な違いを2表に,典型的な利用方法を4図に示す19)。ST 2022では,これまで放送現場で使われているSDI信号をインターフェースとして,伝送部分だけをIPネットワーク経由で伝送する(4図(a))。SDI信号の決まった場所に重畳されている各エッセンス(映像,音声,補助的データなど)のシリアル信号を順次IP化するため,中継現場から放送局へ,もしくは,スタジオから副調整室へといった,point to pointの伝送に適している。

一方,ST 2110は,IP技術を使ったより柔軟な番組制作システムの実現を目指して規格化された。IP信号をインターフェースとして,各エッセンスを別々のストリームで伝送できるため,例えば4図(b)に示すように,中継現場やスタジオから,映像信号は放送局Aの副調整室へ伝送してスイッチング後の映像を現場および放送局Bの音声ミックス室へ,音声は放送局Bの音声ミックス室へ伝送してミキシングといったような,point to multi-pointの伝送も可能となる。

このようにIP伝送方式の標準化は進んできているが,ケーブルを接続すれば信号が流れるSDIシステムとは異なり,IP制作システムでは,運用の際に,番組制作機器のIPアドレスの設定やネットワークスイッチのルーティング設定などさまざまな設定・制御が必要となる。

また,IP化によって実現が期待されているリモートプロダクションにおいては,離れた場所で運用する機器をIPネットワーク経由で制御できることが必須条件となる。SDIによる制作システムでは,機器の制御機能に関しては,ベンダー独自の方式が用いられていた。同様に,IPによる制作システムにおいても,制御方式に関しては,初期にはベンダー独自の技術が用いられていた。しかし,IP伝送方式の標準化が進むにしたがって,制御方式もオープンな標準規格にしたいという機運が生まれた。制御方式の議論はAMWA(Advanced Media Workflow Association)*20 において進められ,2016年にはネットワーク内の機器探索と登録についての制御方式の規格が発行された。AMWAの制御方式20) 21)は,番組制作機器ベンダーと放送局の協力によって規格化され,AIMS(The Alliance for IP Media Solutions)*21 が推奨する制御方式として採用された。また,EBU(European Broadcasting Union:欧州放送連合)がベンダーに対して,AMWAの制御方式への対応を求めることを表明22)している。

なお,SMPTE,AMWA,EBU,VSF(Video Services Forum)*22 ではJoint TaskForce on Networked Media(JT-NM)23)を作って,制作設備のIP化・クラウド化に向けた開発ロードマップや標準的な実装方法などを議論している。

以上で述べたように,IP制作システムを構成する基本的な部分の標準化は進んできており,世界的には活用事例も出てきている。これらの技術を用いてさらに効率的な番組制作システムを実現するための取り組みについては,本稿の4章と6章で述べる。

2表 ST 2022とST 2110の主な違い
4図 ST 2022とST 2110の利用場面の違い(文献19)の図を基に記載)

4.8K映像伝送および番組制作の効率化に向けた課題

4.1 8K映像伝送における課題

8K映像の伝送レートは,フルスペックの非圧縮8K映像(フレーム周波数120Hz,画素サンプリング構造*23 4:4:4,ビット深度12ビット)では約144Gbps,現時点で番組制作の主流となっているフル解像度の非圧縮8K映像(フレーム周波数60Hz,画素サンプリング構造4:2:2,ビット深度10ビット)でも約40Gbpsと,非常に高い値となる。そのため,8K映像を伝送する機器の開発や長距離伝送において,技術的な難易度が高くなることが大きな課題となる。

8K番組の中継制作などの際に借用可能な回線としては,ダークファイバー*24 ,通信事業者が提供するIP回線,イーサネット回線がある。ダークファイバーを利用する場合は,経済的に中継距離を長くできるシステムが望まれる。通信事業者が提供するIP回線,あるいはイーサネット回線を用いる場合は,低遅延で高画質な画像圧縮技術を組み合わせて回線コストを低減することや,回線品質(パケット損失率やパケット到着時間の揺らぎ(ジッター)など)に合わせた誤り対策技術を開発することが求められる。

4.2 IP技術を活用したライブ番組制作の効率化に向けた課題

3章で述べたように,IP制作システムについては基本的な部分の標準化が進み,海外を中心に定型的な(決まったネットワーク構成,制作機器構成で,繰り返し行う)番組制作で活用され始めている*25 。今後は,以下の点が主な課題となる。

・大規模システムの構築手法システムの冗長度・安定性やシステム更新の容易さを,どのような手段でどの程度確保すべきか,2K/4K/8Kのいずれにも対応できるシステムをいかに構築するか,など。

・非定型な番組制作への活用番組制作を行うたびにネットワークやシステムを構築・変更する場合の効率化をどう実現するか。

・将来に向けてのソフトウェア化ソフトウェアによる高機能化や,IT分野での汎用的な機材(サーバー類,クラウドなど)による番組制作システム構築などをいかに進めていくか。

・セキュリティーの確保番組制作専用の閉じたネットワークにどの程度のセキュリティーが必要になるか,どういったリスクを想定すべきか,セキュリティーの確保にどのような手段を採用すべきか,など。

上記の大規模化や効率化の観点からは,IP制作システムに適したネットワーク監視技術の開発が課題の1つとなる。IPネットワークを利用することにより,映像・音声・制御などの複数の信号を同じ回線に容易に多重することができるため,SDIによるシステムでは発生しなかった輻輳ふくそうによるパケットロスが発生する可能性があり,どのようなIPフロー(一連のIPパケットの流れ)がIP回線を流れているかをリアルタイムに監視することが重要になる。また,IPネットワークでは複数のネットワークスイッチを経由して信号が伝送されるが,障害対応時に障害発生点を探すためには,各IPフローの伝送経路を把握しておく必要がある。このように,番組制作システムのIP化に伴い,IPネットワークの監視技術が必要となるが,従来のネットワーク監視技術では,番組制作システムが必要とする精度でリアルタイムに監視をすることはできないという点が課題となっている。

セキュリティーに関しては,IT分野で使われている技術を必要に応じて適用することが基本であるが,機器共有を安全に実現するという観点からは,機器制御が競合しないための仕組みも求められる。

5.8K素材信号の長距離伝送技術の研究開発動向

本章では,8K素材信号の長距離伝送技術について,当所における研究開発を中心に述べる。

4.1節で述べた課題のうち,40Gbpsを超える高速信号を長距離伝送するために,通信分野における技術開発成果を最大限活用する方向で検討が進められた。当所では,2007 ~ 2011年度の5年間,(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:New Energy and Industrial Technology Development Organization)のプロジェクト「次世代高効率ネットワークデバイス技術開発」を受託し,将来の放送局内8K配信を想定して,OTU3(Optical channel Transport Unit-3)26)と呼ばれる40Gbpsの伝送速度を持つ光伝送フレームを,光時分割多重(OTDM:Optical Time Division Multiplex)により4多重する技術を開発した27)

その後,高速な100Gイーサネットが実用化され,機器の普及による低廉化が期待できるようになった。当所では,非圧縮フル解像度8K信号を100Gイーサネットで伝送する際の,低遅延かつ安定した伝送のための受信側映像クロック再生法28),パケット損失対策29)などの検討を進め,試作機を開発して,それぞれの効果を実証した。

ダークファイバーを用いた中継については,伝送路の途中に数10kmおきに設置するエルビウムドープ光ファイバー増幅器(EDFA:Erbium Doped optical FiberAmplifier)*26 の設営に要する作業時間や経費が課題の1つである。そこで,伝送に用いる光ファイバーが増幅媒体にもなる分布型ラマン増幅器*27 と,波長分散に強いRZDQPSK(Return-to-Zero Differential Quaternary Phase Shift Keying)変調方式*28を用いて,フル解像度8K映像を300km無中継伝送する実験を行った結果,分布型ラマン増幅器を用いない方法に比べて伝送距離を100km延伸できることを確認した30)

ダークファイバーを用いた中継設備を検討する際には,機器のインターフェースとの親和性を考慮する必要がある。フルスペックの非圧縮8K映像にまで対応したインターフェースとして,文献5)に記載されたU-SDI信号がある。この信号は,種々の映像パラメーターの非圧縮4K/8K映像を,伝送速度が10.692GbpsのNRZ(Non Return-to-Zero)信号(10Gリンク信号)によってマルチリンク光伝送*29 するベースバンド信号である。そこで,この信号の規格31)に準拠した非圧縮フル解像度8K映像の長距離伝送方式を開発した*30 。この方式は,誤り訂正符号を適用して伝送距離を延伸することが可能である。この方式を用いた実験装置を開発し,(国研)産業技術総合研究所(以下,産総研)と共同実験を行い,分散補償ファイバー(DCF:Dispersion Compensation Fiber)*31 と光ファイバー増幅器を使用して,NHK技研-産総研つくば間(173km)において,非圧縮8K映像*32 の長距離伝送実験に成功した32)

通信事業者の回線を活用する技術に関しては,JPEG-XS33)*33 に代表される軽圧縮技術*34 を活用し,さまざまな通信事業者が回線サービスを提供している10Gbpsの回線で,フル解像度の8K映像を伝送できる技術の開発を進めた*35 。また,回線のパケット損失による映像劣化を低減するための,圧縮映像信号のRTP(Realtime Transport Protocol)ペイロードへのマッピング方法34)や,高信頼化のために連続損失耐性*36 を改善した誤り訂正および冗長化機能を開発した35)。さらに,中継番組制作を効率化するために,2K/4K/8Kを統一的に扱える軽圧縮伝送技術の検討も進めている36)

6.ライブ番組制作の効率化を目指すIP制作システムの研究開発動向

4.2節で述べたように,IP制作システムでは,各ネットワークインターフェース上のIPフローをすべて監視する必要があるが,そのような監視をネットワークスイッチ上で行うことは,ネットワークスイッチが本来行うべき処理に影響を与える可能性があり簡単ではない。そこで当所では,5図に示すような,ネットワークスイッチとは別のデバイスで,複数の回線のリアルタイム監視が可能な「IPフローリアルタイム監視装置」を開発した37)。試作した監視装置は,FPGA(Field Programmable Gate Array)を搭載したネットワークスイッチ(以下,FPGA搭載ネットワークスイッチ)と集計アプリケーションで構成され,FPGA搭載ネットワークスイッチを監視対象の回線に挿入して使用する。FPGA搭載ネットワークスイッチは,インターフェースに入力されたパケットから解析に必要な部分のみを複製して,集計アプリケーションへ出力する。集計アプリケーションは,IPフローごとにパケット損失やジッターなどの観測を行う。FPGA搭載ネットワークスイッチに入力されたオリジナルのパケットは,入力インターフェースと対になる出力インターフェースから出力される。

IPネットワークを用いた機器共有についても検討を進めている。機器の利用効率を改善したり,既存のスタジオの制作機能を拡張したりするために,制作機器をIPネットワーク上に配置して共有する場合,機器を手元に持ってくる場合と異なり,誰もが機器にアクセスできる環境にあるため,利用中に別の番組からの制御が行われると,意図しない動作を引き起こし,番組制作の妨げとなる可能性がある。そのため,利用中は別の番組からの制御を受け付けないようにする仕組みが必要となる。そこで,制御対象機器が,受信した制御を実行してよいかどうかを判断できる仕組みをAMWA IS-04*37 のAPI(Application Programming Interface)*38 を拡張して開発した38) 39)

将来的には,番組制作システムも汎用的なIT機器とソフトウェアで実現されることが想定される。当所では,2K/4K/8K混在システムや将来のソフトウェア化に向けた検討も進めている。ソフトウェア化により番組制作の規模(カメラ台数や,2Kか8Kかなど)に応じてクラウド上のリソース数を増減させられるような将来システムを念頭に,4K/8K信号を画素単位で複数の2K映像に分割して扱うシステムを開発し40),汎用的なサーバー上で動作する2K処理用ソフトウェアの並列動作により8K映像のスイッチング処理などが実行できることを実証した*39

5図 IPフローリアルタイム監視装置の概念図(文献37)の図を基に記載)

7.まとめと将来展望

本稿では,番組制作のための光・IP 伝送技術について,発展経緯や課題,当所での研究開発動向などを解説した。光ファイバーの「広帯域性」「低損失性」,LAN機器の「低コスト性」,IPの「多対多の接続性」などを生かすことで,光・IP 伝送技術は番組制作の中で活躍の場を広げてきた。今後も,通信技術の進展に伴って,光・IP 伝送技術は番組制作の分野でますます活用されるようになると予想される。

IP化に伴って,汎用的なIT機器とソフトウェアによりシステムを構築し,ソフトウェア化により絶えず進化し続けるシステムにしていこうという動きは,さまざまな分野で進行しており,放送分野も例外ではない。ソフトウェア化が進めば,バグによってシステムが期待どおり動かないような事象が発生する可能性があり,さまざまなバックアップ手法も検討していく必要がある。

当所の役割は,今見えている課題だけでなく,今後新たに生まれてくる課題に対しても,継続的な研究開発により解決を図り,さらに研究開発の成果を必要に応じて標準規格化するなど,光・IP伝送技術を広く活用できるようにしていくことであると考えている。